目の前の行列に、天馬は顔をしかめた。一成から誘われた時点で、流行りの某かが目当てだとわかっていたから、予想通りの光景と言える。しかし、いざ直面するとうんざりした気持ちになってしまうのだ。
「ここ、ガーデンモチーフのお店だから、植物系のスイーツがめっちゃかわいいんだよねん!」
 行列の最後尾に加わった一成は、スマートフォンを取り出して嬉々とした調子で言った。曰く、おとぎ話に出てくるようなガーデンをイメージしたカフェは、スイーツからドリンクまで、一貫して植物をモチーフにしているらしい。
「花のミニロールケーキっていうのが有名かな~。フラワーリースっぽくデコるのがおすすめだよん」
 ほら、と見せられたスマートフォンの画面には、カラフルなロールケーキ円状に並んでいる。一つ一つにはクリームやチョコレートで作られた花がデコレーションされており、豪華なフラワーリースのようにも見えた。
「食べられる花使ったケーキとかもあって、こっちはこっちでめちゃんこきれいなんだよねん」
 そう言う一成は画面をスライドさせて、天馬に写真を何枚も見せてくれる。どれもがあざやかな色彩を放っており、お菓子というよりも装飾品みたいだな、と天馬は思う。思わず感心して一枚ずつを眺めていると、一成がそっと口を開いた。楽しそうな声で、からかうような響きで言う。
「機嫌直った?」
「……別に怒ってはいないだろ」
「でも嫌そうな顔してたっしょ」
「行列に並ぶってなったら、大体こうなるだろ……」
 ナチュラルなカフェの前には、若い女性を中心として行列ができている。天馬が一人だったら絶対にここにはいない、と確信して言えるのは、スイーツにそこまで興味がないということに加えて、そもそも行列に並ぶ、ということ自体天馬にとって歓迎したい事態ではないからだ。
 最近では、カンパニーのメンバーと連れ立って出かける関係で行列に並ぶことも増えたし、そこまで嫌がっているわけではないけれど。それでも、進んで行列に加わりたいかと言われれば首を振る。
 しかし、それを聞く一成はあっけらかんとした調子で答えた。
「オレ結構行列並ぶの好きだけどな~」
 ぱっと花が咲くような、明るい笑顔で一成は言った。それが本心からのもので、何かを取り繕うとしてのものではないことくらい、天馬にもわかった。一成は本当にそう思っているのだ、と理解したから天馬は怪訝な表情を浮かべる。一成はそれを察したのだろう。
「行列とか、人気スイーツ買いに行く時の醍醐味じゃん?」
 行列ができるというのは、それだけ多くの人の心を虜にしたということだ。並んだ先には素敵なものが待っている、という目印みたいなものだと一成は言う。
「一緒に並んだ友達と喋ったりLIMEとかしながら、どんなのが出てくるかな~ってワクワクして待ってるの楽しくって最高っしょ」
 きらきらと輝きを放つ、一片のかげりもない笑顔だった。真正面からそれを受け取る天馬は、驚きと納得がないまぜになった表情を浮かべて一成を見つめる。
 行列なんて、天馬にとっては面倒なものでしかない。待ち時間を楽しく過ごす方法ならカンパニーのメンバーに教えてもらったから、昔ほどの忌避感はない。それでも、進んで並びたいなんて思ったことはない。
 だけれど、一成は違うのだ。行列に並ぶこと自体を楽しいと言って、醍醐味なのだと口にする。これから先に訪れる、胸躍る瞬間を心待ちにして過ごすことは、一成にとって最高の時間なのだ。
 それはとても一成らしい、と天馬は思う。
 一般的には面倒で、できれば避けたいと思うような出来事だって、一成にかかれば途端に意味を変えてしまう。それは一成の得難い資質で、天馬の持ち得ない能力だ。
「――お前らしいよな」
 心からの感嘆を込めて、天馬はぽつりとつぶやく。予想外の言葉に驚きはしたものの、同時に納得していたのは、天馬が一成という人間をよく知っているからだ。
 最初に出会った時は、軽くてチャラくて、相いれない人間だと思っていた。だけれど、いつだって、どんな時だって、明るく笑っていてくれた。衝突してまとまりもない自分たちを、どうにかつなぎとめていたのは、どんな場面だって明るいものを見つけようとする目の前の人間だ。
 だから、そんな一成ならきっとこう言うのだ。こうして並んでいる時間さえ、何だかとても素敵なもののように意味を与えてくれるのだ。
 一成は天馬の言葉に、満面の笑みを浮かべる。ニコニコと嬉しそうに、弾んだ声で「テンテンに褒められちった!」と喜んでいる。
「それじゃ、行列記念ってことでツーショ撮ろ!」
 心をそのまま形にしたような、軽やかな声だ。嬉しくて仕方がないと、しっぽがあったら全力で振っているだろうな、という雰囲気でそんなことを言うので。「行列記念って何だよ」とか「ここ来るまでに散々写真撮ってるだろ」とか、返す言葉はいくらでもあったはずなのに、天馬は素直にうなずいた。



 何てことのない話をしている間に、時間はあっという間に過ぎた。行列と言っても長蛇の列ではなかったこともあり、あまり待つこともなく店内へ案内される。
 大型の観葉植物や壁に這うツタ、あちこちに置かれた鉢植え、煉瓦や木製のテーブルセットなど、ガーデン風の装いが特徴的な店だった。
 目当てのミニロールケーキと食べられる花のケーキはテイクアウト専用だ。店内飲食分も含めて、一成は手早く注文を終える。天馬には「オレのおすすめがあるんだよん!」とだけ言って、メニューは見せていない。それはもう盛大に怪訝な顔をしていたけれど、こればっかりは譲れなかったので、どうにか押し切った。
 変なこと企んでるんじゃないだろうな……という顔をしていたのは、日ごろの自分の行いの結果であることはわかっていた。しょっちゅうからかっているので、警戒されているのだ。
 だってテンテン、反応面白いんだもん、と内心で思っているけれど、今回は天馬をからかうのが目的ではない。恐らく天馬はそう思っていないけれど。
 ただ、注文したものが運ばれてきた時点で、一成の意図は察したらしい。
「――これ見せたくて、黙ってたのか」
「そそ。サプライズだよん! 盆栽ケーキ、めっちゃかわいくね?」
 示したのは、天馬の前に置かれたティラミスだ。ただ、それは普通のティラミスではなかった。黒い丸皿は植木鉢のような質感で、ココアパウダーのかかった表面が土に見立てられている。その上には、チョコレート細工で作られた枝ぶりも見事な盆栽が飾られていた。
 まるで手のひらサイズの盆栽のようで、一成はこれを見た瞬間から「絶対にテンテンを連れてこよう」と決意したのだ。天馬が大事にしているものを知っているから、それに連なるものを前にしたらきっと喜んでくれると思ったからこそ。
「なんでオレ誘ったのかって思ってたんだよな。甘いものなら、椋や十座さんも好きだし、こういう店とかは万里さんとよく行ってるだろ」
 他の人は都合がつかなかっただとか、そういうことだろうとは思っていたし、一成と出掛けることが嫌なわけではない。だから深くは突っ込まなかったのだけれど、恐らく最初からこれが目的だったのだろう、と天馬は察していた。
「これは絶対テンテンと来なきゃじゃん」
 きっぱりと一成は言う。他の人と来たってきっと楽しい時間を過ごせるのだ。だけれど、ここには天馬と一緒に来たかった。天馬の好きなものを模したケーキがあるなら、天馬に食べてほしかったのだ。
「だって、テンテンめっちゃ喜んでくれるっしょ」
 ケーキが運ばれてきた瞬間、天馬は目をきらきらと輝かせていた。いつもより幼い表情は、ただ純粋な喜びをたたえていて、一成の胸はあたたかく満たされる。天馬が喜んでくれた、その事実は一成の心をどうしようもなく舞い上がらせるのだ。
 天馬は一成の言葉に、ぱちぱちと目を瞬かせる。しかし、それもほんの数秒だ。天馬はゆっくりと笑みを浮かべて口を開く。いつもの力強い微笑ではなく、どこかやわらかな雰囲気をたたえて。
「なんで一成がそんなに嬉しそうなんだよ」
 天馬は喜んでくれる、と一成は言うけれど。それを告げる一成のほうが、よっぽど嬉しそうな顔をしてるだろ、と天馬は指摘する。一成はその言葉に「そっかな~」なんて答えるけれど、本当はわかっていた。
 楽しいことはたくさんある。嬉しいことも、喜ぶことも、たくさん知っている。だけれど、いつの頃から気づいていた。天馬が笑ってくれること、天馬が喜んでくれること。天馬が幸せそうに笑う瞬間が、いつからか自分自身の幸せになっていることに、一成は気づいている。
 だから、目の前で天馬が嬉しそうに笑ってくれるなら。喜びを両手いっぱいで抱えてくれるなら。一成はそれだけで、自分も幸せになれるのだと知っている。




END

スペシャリテ稽古会話と2022天馬誕生日ボイスに衝撃を受けた