For you, For me
食堂に入った綴は、目にもあざやかなオレンジをすぐに見つけた。昼食の時間はとっくに過ぎているし、夕食にはまだ早い中途半端な時間帯だから、食堂には空席が目立つ、ということもある。だけれど一番は、綴が探していた人物が放つオーラが為せるものだろう。
この春から、葉星大学に進学した綴の後輩。MANKAIカンパニーでたくさんの時間を共に過ごしてきた、夏組リーダー。圧倒的な演技力とあふれるオーラを持ち、世間にその名を知られる皇天馬なのだから。
「天馬、悪い。遅くなったか」
「綴さん。いや、そんなに待ったわけじゃない。ただ、太一と十座さんは先に注文してくるっていなくなった」
だから、荷物番と綴を待つ係を兼ねて天馬は一人でここに残っていたらしい。
カンパニーにおいて、現在葉星大学に在学しているのは綴を含めた4人だ。ただ、大学生ともなれば自由に時間割も組めるし、それぞれの人間関係もある。
だから常に一緒にいる、というわけではないのだけれど、時々時間があえば一緒に食事を取ることもあるし、こんな風に寮へ帰る前に待ち合わせて空腹を満たすことだってある。
「何か食堂でもおススメのメニューがあるとか何とか言ってたな」
「ああ。結構甘いものも多いって評判なんだよな」
最年長の綴は、当然大学における情報は一番詳しい。食堂のメニューについても色々と知っていることが多かった。しみじみした空気を流してから、苦笑を浮かべて言葉を続ける。
「って言っても、その辺はわりと伏見さん情報なんだけど。伏見さん、料理するの好きだからそういうのも詳しくてさ」
「そういうことか。だから、太一が意外と詳しいんだよな。同じ一年生なのにすごいなって思ってた」
「その辺はまあ、伏見さん情報と、あと色々聞いてそうではあるし」
太一のキャラクターを鑑みて言えば、天馬も納得したようにうなずいた。臣からの情報も当然得ているだろうけれど、太一自身色々なところにアンテナを張っているので、噂話に強いのも事実だった。
おかげで、太一は新入生であるにもかかわらず、天馬よりも大学については詳しく、その情報網は実際役に立っていた。
「太一には本当に助けられてる。もちろん、十座さんや綴さんにも。いつもありがとな」
心からといった様子で天馬は言って、あらためて頭を下げるので。綴は慌てたように首を振った。別にそんなに大層なことはしていないし、そこまで礼を言われることではないと思っているからだ。しかし、天馬は頭を上げると真顔で言った。
「いや。大学でも落ち着いて過ごせてるのはみんなのおかげだと思う」
「まあ、その辺は十座と太一が高校時代から引き続きって感じで、俺はそんなに役に立ってないと思うけど」
「そんなことないだろ」
笑って天馬は言ってくれるけれど、実際綴は自分がそこまで役に立ったとは思っていなかった。4月の入学当初は、さすがに大学内でも騒がれていたし、落ち着いたのは欧華高校組のおかげと、純粋に時間が経ったからだと推測している。
連休が明けるころには当初の熱狂も落ち着いて、皇天馬が在学している、という事実に周囲も慣れたのだろう。時々握手を求められたりちょっと騒がれたりすることはあるらしいけれど、そこは天馬も慣れたものでそつなくファンサービスを行っている。
「それに、綴さんには大学のあれこれも教えてもらってるしな。綴さんがいてくれてよかったって何回思ったか……」
若干遠い目をしている天馬に、綴は思わず笑みを浮かべる。入学式のあとのガイダンスなど、諸々を終えて帰宅した天馬と太一が一体これから何をどうすればいいのか、と途方に暮れていたことを思い出したからだ。
おおまかな大学生活についての説明はともかく、履修登録の意味がまったくわからなかったらしく、二人そろってハテナマークを浮かべていた。自分も一度通った道だなぁ、と思ってほほえましくなってしまったのだ。
もっとも、当の本人たちは笑い事ではないだろうし、と十座と二人であれこれと教えてやった。ただ、太一も天馬も元来理解力がないわけではないので、要点を押さえて説明すれば案外きちんと理解できる。つまずきさえ解消すれば、最終的には自力できちんと履修登録まで成し遂げていた。
「俺も先輩たちにはお世話になったから恩返しだよ。まあ、天馬もそろそろ大学には慣れたと思うけど、何か困ったことがあったら言ってくれよ」
4月は何かと慌ただしかったけれど、5月も連休を過ぎれば通常モードへ切り替わる。ここで気が緩んでしまう新入生がしばしば見受けられるけれど、少なくとも天馬にその心配はないだろうと綴は思っている。ただ、天馬のことなので無理をしてしまうのではないか、というほうの心配はあった。
「今のところは大丈夫だ。それに、あんまり綴さんや十座さんに頼りすぎるのも良くないかもなって太一とも言ってるし」
「それはそれでちょっと寂しいから、たまには頼ってくれると嬉しい」
そう言えば天馬は楽しそうに笑う。綴も同じように笑ってから、心の中で「同学年がいてよかったな」と思っている。
天馬も太一も真面目な人間だから、サボるとかそういうことは心配していないけれど。一人で頑張りすぎる傾向があるので、その辺りも同学年ならフォローしあえるのではないかと思っている。
「でもまあ、同学年で色々やってみるのも楽しそうだし……あれ、もしかしてどこか行くのか」
そこで初めて、綴は机の上に広がった雑誌やガイドブックに気がついた。近郊の観光スポットに関するものばかりで、日帰りで出掛けられそうな場所だ。遊びに行く計画でも立てているのだろうか、と思って尋ねると、天馬が恥ずかしそうな表情を浮かべるので綴は悟った。
「一成と行ける場所はないかって太一に相談してたんだ」
小さな声でつぶやかれた名前に、綴は自然と件の人物を思い浮かべる。
三好一成。高校時代の先輩で、些細なきっかけで知り合った。いつでも明るくてハイテンション。決して悪い人ではないし、基本的にいい人だとは思うけれど、あまりにも馴れ馴れしいしうるさい。デザインセンスは認めるけれど、自分とは住む世界が違うのだとずっと思っていた。
だけれど、MANKAIカンパニーに所属することになって、一成が本当はとても真面目でやさしい人なのだと知った。素直になれない自分の物言いも明るく受け止めて、いつだって光を連れてきてくれる。一成の持つ強さを、綴はカンパニーに所属してから何度も知ったのだ。
そんな一成と天馬が、恋人同士であることはカンパニーの人間なら全員知っている。二人がきちんと報告してくれたからだけれど、その前から恐らくほとんどの人間は気づいていた。綴もそうで、二人の間に特別なつながりが結ばれていることは、すぐにわかった。
一成が通り魔事件を目撃し、それから起きた一連の出来事。一成が刺されたこと、それからあとには天馬が襲われ、夏組も精神に不調を来たした。彼らの身に降りかかった現実はあまりにも辛いことばかりで、カンパニーのメンバーは誰もが心を痛めていた。
さらに、それだけに飽き足らず一成は心に負った深い傷から、一定の場面で恐慌を来たすようになった。暗闇と木々の音を恐れて、体を縮こまらせて震える姿は綴にも大きなショックを与えたのだ。
いつだって明るく笑っていてくれる人だと思っていた。もちろん、真剣な顔だって弱気になる姿だって怒るところだって知っている。だけれど、あんな風に世界の全てを拒絶するみたいに、何一つ目に入らずにただひたすらに震える姿なんて知らなかった。
そんな一成の心を救ったのは他でもない夏組であり、目の前の天馬だったのだ。寄り添って手をつないで、抱きしめて、一成の傷も痛みも全てを分かちあってくれた。そうして今、一成はいつもの笑顔を取り戻してカンパニーに光を連れてきてくれている。
それまでの出来事を近くで見ていたから、天馬がどれほどまでに一成のことを大切にしているのかを綴はよく知っている。夏組リーダーだからというだけではなく、一成という存在がたった一人の特別なのだと全身で訴えるような姿は、深く胸に刻まれているのだ。
同時に、一成が同じくらいに天馬のことを大切にしていることだって知っている。この人がただ一人だと、これから先の未来まで共に歩むのだと、強い決意を宿して天馬の隣に立っていることを、綴は理解している。
そんな二人ではあるけれど、さすがに大々的に恋人同士であることは公言していない。天馬の仕事のことがあるので隠しておかなければならないのだ。
ただ、カンパニーには報告済みなので隠す必要は一切なかった。だから、二人でどこかへ行くにあたってアドバイスを求めていたのだろうと察した。
太一は本人の興味の対象から、デートスポットだとかそういうことにやたらと詳しい。太一も天馬に頼られることが嬉しいらしいし、相手である一成のこともよく知っているので、気合いを入れて色々と教えてくれるのだろう。恐らくそれが、目の前に広がる雑誌の答えなんだろうな、と綴は思った。
「なるべく人目のないところがいいとも思うんだけどな。ただ、一成が好きそうな場所ならなるべく連れていってやりたいんだ」
天馬は至って当たり前のことのように、静かに告げる。その言葉には一切の照れがなくて、天馬にとって一成の希望を叶えるのは息をするように自然なことなのだろう。
デートに行く、ということ自体を口にするのは恥ずかしくても一成を喜ばせることにはためらいがないのだ。そういうところがカッコイイんだよな、と思う綴はしみじみと感心して口を開く。
「天馬がいればどこでもいいって言うと思うけどな、三好さん」
心から思って言うと、天馬がちょっとだけ困ったような顔を浮かべる。ただ、それは本当に悩んでいるというより、どこか甘い雰囲気を漂わせているので、たぶんこれ惚気の類だな、と綴は察した。
「それは何回も言われる。だけど、どこでも喜んでくれるなら一番喜んでほしいだろ」
きっぱりとした言葉には天馬の揺るぎない意志が含まれている。何だって喜んでくれるとわかっている。だからそれなら、一番とびきりの喜びをあげたい。世界で一番だっていうくらい、笑っていてほしい。
心からの願いに、綴はあらためて思った。天馬は本当に三好さんのこと好きだよな。
「まあ、その点だとあの人マジで何でも喜ぶからなかなか難しいかもしれないけど……」
天馬が一成のことを大好きなように、一成も天馬のことが大好きであることは日々の言動からよくわかっている。なので、正直「天馬が一緒にいる」だけで一成の喜びのケージは簡単に最大限に達するのでは、というのが綴の見解だ。それだと天馬は満足しないんだろうけど。
なんてことを思いつつ、目の前の雑誌に手を伸ばしてパラパラとめくった。天馬のことは可愛い後輩だし何となく弟たちに連なるような気持ちもある。役者としては遥かな実力者で頼りになることはわかっていていても、この年下のリーダーの力になってやりたい、という気持ちは確かなものなのだ。
「ああ、でも結構チェックついてるんだな」
まったく何も決まっていないのかと思えばそういうこともなく、所々のページはドッグイアーがされている。ある程度の目星はついているのだろう、と思ったのだけれど。
よく見ればお土産だとかそういうアイテム系のページが多いな、ということに気づく。まあ、三好さんお土産買うの好きそうだし、と思った綴はその感想を素直に述べた。すると、天馬がはっとしたような顔で口を開いた。
「綴さん、一成ならどれが好きだと思う」
意気込んで尋ねられて、綴は目をまたたかせた。一緒にどこかへ出掛けるのになんで俺に聞くんだろう、二人で選べばいいのでは、と思ったからだ。天馬はそんな反応に気づいているのだろう。説明を付け加えてくれた。
「土産だったら実際その場で色々選ぶけどな。そうじゃなくて、今度一成にプレゼントを贈りたいから、ちょっと参考に聞きたいんだ」
真剣な顔の言葉に、綴はなるほど、とうなずいた。お土産としてどれがいいか、というよりも、単純に一成の好みの参考として聞きたい、ということらしい。
「綴さんなら高校時代の一成のことも知ってるだろ。オレには知らない話も色々あると思うし――このページだったら、一成はどれが好きそうだ?」
言いながら示されたのは、カラフルなファッションアイテムが並ぶページだった。まあ、何か珍奇なデザイン好きそうだから確かにこういうのも喜びそうだなと思ったし、その辺は天馬も理解してるんだろうな、と思う。ただ、天馬にはこれという決め手がないようで綴にコメントを求めているのだろう。
「いや、でもこういうのだったら幸のほうが適任なんじゃ」
カンパニーの誇る衣装デザイナーにして、一成とは色々とデザインの話をしているのだから、好きなものという点では幸ほど的確なコメントができる人間はいないはずだ。しかし、天馬は首を振った。
「幸っていうか夏組に聞いたら、『迷うなら全部』ってなるだろ。オレと同じ答えだとアドバイスにならない」
真顔で言われた台詞に、綴は「なるほど」と思った。なるほど、忘れてたけど夏組全員三好さんに対して過保護だった。
全力投球になるに決まってるから、プレゼントなんて選択肢に挙がったもの全部で、という結論が出てくる。
「全部でもオレはいいんだけどな。一成が気にするから、その辺は一応控えてる」
若干不服そうではあるものの、一成の意を汲んでとりあえずブレーキはかけているらしい。その事実に綴は天馬も我慢できるんだな、と感心しかけて我に返る。
いや違う、何か夏組基準に引きずられてるけど、普通全部って答えにはならない。褒めるっていうかこっちが当然の結論だ。
「どれを選ぶかって考えたら、オレとしてもこれかなって思うものあるにはあるけど、綴さんの意見も参考にしたいんだ。やっぱり、高校時代から知ってる人だし」
きらきらとしたまなざしで見つめられて、若干綴はたじろいだ。確かに高校の先輩と後輩だし、天馬の知らない一成のことも知ってはいる。それは間違いないのだけれど、果たして天馬の求めるようなエピソードなんてあっただろうか、と思ったからだ。一体何を話せばいいのかわからない。
「あー……そうだな……。というか、どういう理由で三好さんにプレゼント渡すんだ?」
脳内のエピソードを検索しつつ、ひとまず時間稼ぎと手がかりという意味で尋ねた。プレゼントのきっかけがわかれば、関連した話も思い出すかもしれない、と思ったからだ。
天馬は「そういえば言ってなかったな」という顔で口を開いた。
「来月オレの誕生日だろ。だから、一成に何かプレゼントしたいと思ったんだ」
「ん?」
言葉の意味がよくわからなくて、綴は思わず問い返した。
いや、言っている意味はわかる。来月は天馬の誕生日。6月生まれなのでそれはただの事実だ。しかし、なぜそこで「だから一成にプレゼント」になるのかわからなかった。一般的に、誕生日とはプレゼントをもらうものであって贈るものではない。
不思議そうな顔の綴に、天馬は気づいたのだろう。若干「オレは変なことを言っただろうか」みたいな顔で言葉を添える。
「オレが一番嬉しいことって言ったら、一成が喜ぶことだろ。だから、誕生日プレゼントにほしいのは、一成が喜んでくれることなんだ」
この世の真理を語るような口調で言われて、綴は笑顔のまま固まった。
そうだった。夏組は全員、ナチュラルに一成に過保護だから時々言動がぶっ飛んでいるけれど。加えて天馬は大事な恋人という属性が加わるのだ。そうとなれば、これくらいのこと言ってのけて当然だった。
天馬が一成を、世界で一番大事にしていることはよくわかっている。寮内では一応人目を気にしているようだし、天馬にも照れがあるらしく所かまわずイチャイチャしているということはあまりない。
ただ、一成を大切にすることに関しては一切ためらいがないから、いっそ真正面からイチャついてるほうが恥ずかしくないのでは?みたいなことも平気で言う。
天馬は自分の誕生日に一番ほしいものを考えたのだ。その結果導き出されたもの。一番ほしいもの、一番嬉しいこと、それは一成が笑ってくれること。だから、それならめいっぱい笑ってくれるように、自分でできることをしようと思ったのだろう。その結論が、一成の喜ぶプレゼントを贈ることだ。
三好さんの笑顔が一番のプレゼント、とか素で言ってるんだよな。天馬、本当何か存在がドラマか映画みたいなところあるよな……。
一周回って本気で感心してしまった。ただ、突然黙り込んだ綴に天馬は何だか不安そうな顔をしているので、綴は慌てて口を開く。
「役に立つアドバイスができるかはわからないけど、高校時代の話ならいくらでするし。それを踏まえて天馬が選べば、一番三好さんが喜ぶものになると思う」
心からの言葉だ。
だって結局一成のことなので、天馬が選んだ、その事実だけできっとそれはもう幸せそうに笑うわけで。天馬にとってはそれが一番嬉しくて仕方ないわけで。相思相愛の実例ってたぶんこれだよな、と思いながら綴は天馬へ話すことを考えている。
END