三好くんの友達
※モブ(一成の友人)視点
迷子の皇くんを拾った。いや、本当に拾ったわけじゃないけど、気分的にはそんな感じ。
ずっと絵を描いてると甘いものがほしくなる。そういうわけで、最近のお気に入りである購買限定ふわふわホイップクリーム&ざくざくチョコレートパンを買って、そんじゃ帰ろうって時。
何か女子たちがきゃあきゃあ言って走ってくなぁって思った。「何かの撮影かな?」「写真撮ってもらおうよ!」って声がするから、有名人でもいるのかな~って思ってついていってみた。疲れてたから気分転換っていうのもある。
そしたら、何人かの人に囲まれて、何かちょっと困ってる感じの皇くんを見つけた。
ちゃんと相手はしてるけど、囲まれちゃって動けないみたいだったから、もしかして助けたほうがいいのかな、なんて思って近づいてみる。まあ、何ができるかっていったらわからないけど、っていう気持ちで。そしたら、皇くんはオレを見つけてはっとしたような表情を浮かべた。
その顔が、何かこう、そういえば年下だなぁって感じっていうか、捨てられた小犬みたいだなぁって感じだったから、オレは人だかりに声を掛けた。
「珍しいよな、いつもならカズが迎えにくるのに」
皇くんの目的地だという絵画棟は、オレの向かっている場所と同じだ。まあ、カズもいるからそうだろうなとは思ってたんだけど。それならってわけで一緒に向かってるけど、大体はいつもカズが迎えに行ってるのに、今日の皇くんは一人だ。普通に不思議だったから聞いてみた。
カズは三好一成っていうオレの友達。皇くんとカズはMANKAIカンパニーっていう劇団に入っている。オレと皇くんがこんな感じで知り合いになったのも、このカズがきっかけ。カズがいなかったら、オレがあの皇天馬と普通に会話できてるわけないから、カズはすごい。
皇くんはオレの質問に、少しだけ黙ったあとでぼそぼそ答えてくれた。
「……本当はもっと遅い時間の予定だった。ただ、早く来られそうだったから、一人で来ただけだ」
「なるほど~」
何かちょっと恥ずかしそうなのは、一人で来たら迷子になったからだろうなって思った。
さっき皇くんがいたの、絵画棟と全然関係ない場所だし。構内図見ればそこには絶対出ないでしょって感じなんだけど、カズが「テンテン、方向音痴なところもかわいいよねん」とか言ってたから、しょうがないんだろうなって思う。
皇天馬が方向音痴なんてこと、カズと友達じゃなきゃ知らなかった。テレビで見る皇天馬はいかにも完璧!って感じなのにそういうところもあるんだな~って思うと、何かちょっと面白いよな、なんて言ったらカズは嬉しそうに笑ってた。
カズは「芸能人・皇天馬」じゃなくて「皇くん」ってオレが思ってると、何か嬉しそうにしてることが多いと思う。
最初は、オレも普通にミーハーな気持ちのほうが強かった。
だってあの皇天馬だ。テレビをつけたらいつでもいるし、実物オーラが半端ないし、顔めっちゃ小さいし、すげーイケメンだし。最初に会った時は、すげー!本物だ!って思ってたけど、すぐにそういうのが引っ込んだのは、ぶっちゃけそれどころじゃなかったから。
オレと皇くんが会った理由は一個だけで、カズのためにできることは何があるだろって話をするためだ。
カズが通り魔事件を見たって聞いた時もだけど、刺されたって時はすげー心配した。何かそういう怖い目に遭ったことってオレもなかったし、周りもそんな感じだったから、そんなことに巻き込まれるとかめっちゃ怖かっただろうなって思った。
カズは刺されたから入院してたけど、しばらくして元気そうに大学に戻ってきた。いつもみたいな明るい笑顔だったから「よかった」って思ったんだけど。普通に過ごしてたから、全然大丈夫だったんだなって思ったんだけど。フィールドワークの帰りに寄った公園で、カズは突然ぶっ倒れた。
名前を呼んでも全然反応してくれないし、耳をふさいでずっと震えてて。顔が真っ白でオレたちのことも見えてないみたいで。そのまま倒れた時は、マジでこのままカズが死んじゃうんじゃないかってすげー怖かった。
病院まで一緒に行って、カズの家族とかMANKAIカンパニーの監督って人とかと話をして、死んだりはしないって聞いてよかったって思った。次の日にはカズも普通に大学来てたから、昨日のは夢だったのかも、とか思ってたんだけど。
それから数日して、オレは大学で摂津に声を掛けられた。何だろって思ったら、MANKAIカンパニーの監督だって女の人が一緒で、余計に何だろって思ってたらカズの話だって言って、詳しい話を教えてくれた。
カズは暗い所と木の音がだめで、そういう場所が大学内にあればフォローしてほしいって。摂津も気をつけるけど専攻が違うから、同じ専攻のオレに協力してほしいって話らしかった。
そんなの当たり前じゃんって言ったら、ソッコーでMANKAIカンパニーのLIMEに招待された。何かカズに関係する情報を共有するグループらしくて、カズはいなかった。オレはここの、同じ大学同じ専攻の情報担当なんだろうなって思った。
カズのためにできることなら何でもやりたかったから、できるかぎり情報を集めてグループに投稿した。おかげで、何となくそれぞれのアイコン覚えたな~ってころ、皇くんと初めてちゃんと会った。
もともとカンパニーの人たちは、夜遅くなるとカズを迎えにくる。最後の授業が一緒だったりすると、ちょうど迎えにきた誰かと会うこともあるし、オレがLIMEの人間だってことは知ってるぽいから、何となく挨拶はする。
よく会うのは、ニコニコ笑顔の佐久間くんとか、不思議な雰囲気の雪白さんとかだけど、それ以外にもちょちょこ顔を見る。
その度、MANKAIカンパニーの顔面偏差値やばいなって気持ちになるのはしょうがないと思う。アイドルかなってくらい、来る人全員イケメン。忘れてたけど、そういえばカズも顔が良かったんだよな……って思い出した。
そんな感じで、カンパニーの人たちと顔合わせることが何回かあったんだけど。皇くんと初めて会った時は、お迎えっていうよりカズのためにできることの話し合いって感じだった。
皇くんはめちゃくちゃカズのこと心配してたから、大学ではどんな感じかとか知りたかったんだと思う。その辺ちゃんと説明したし、オレにできることは何でもするから何でも言ってほしいって言ったら、初めてほっとした顔をしてた。
別にそこからすげー仲良くなったとか、そういうことはなかったんだけど。色々片付いて、カズが普通に暗闇とか木の音が大丈夫になってからも皇くんが大学に来た時、ちらって顔を見たら挨拶はするし雑談くらいはする感じになった。何か大学無事に合格したって聞いたあとに会った時は「お祝い!」つって持ってたお菓子あげたし。
だから、今もこうやって一緒に歩いたりとかしてるんだと思う。あらためて思うと不思議な感じもするけど、今のオレにとって皇くんはとっくに皇くんで、あんまり「あの皇天馬」って気はしない。
これはたぶん、カズの影響。カズにとって皇くんは、全然芸能人じゃないし、単なる皇くんって感じだから、オレもそんな感じになっている。
だから今日もどうでもいい話しながら歩いてたら、絵画棟に着いた。皇くんもここには何回か来てるから、中は大体わかると思うんだけど、方向音痴って建物内もだめなんだっけ。
よくわからなかったし、時間もある。それに、カズいつもと違って奥の実習室使ってたような、っていうのを思い出した。
「いつもの部屋じゃなくてさ、もっと奥のところ使ってるんだよ、カズ」
言いながら皇くんを先導した。たぶん、皇くんはオレが案内役をしていることに気づいたんだと思う。申し訳なさそうに謝るから、オレは思わず笑った。
「いいよ。オレ今時間あるし、ちょっと気分転換したかったからさ」
めちゃくちゃ締め切りに追われてるってわけじゃないし、課題に行き詰まってたのも本当だ。
インスピレーションを形にするのは楽しいけど、掴みきれてないものをキャンバスに描こうとするのは、楽しいだけじゃ進まない。あとちょっときっかけがあれば、これだって思えそうなんだけど。
気分転換も大事だよなってわけで、カズのいる部屋を目指した。
実習室の中でも、上の階の奥のほうにある部屋はあんまり人が来ない。いつもは大きめの部屋を区切った実習室を使ってることが多いんだけど、すげー集中したい時とか変なところの実習室使うことはあるから、そういう感じなのかも。
なんてことを考えてる間に、目的の部屋に到着した。
人が来ないから、廊下はがらんとしてて不思議な感じ。いつも使ってる実習室は、絶対誰かがいるし廊下だってうるさいくらいなのに。
扉のガラス窓からちらって中を見たら、マジでカズしかいないみたいだった。まあ、わざわざこっち使う人ってあんまいないし。
ここまで来たらさすがに迷わないだろうから、オレの仕事はここで終わりかなって思って皇くんを見た。そしたら、皇くんもガラス窓からカズが見えるってことに気づいてたっぽい。扉についた小さな窓越しに、絵を描いてるカズを見てる。床に広げたキャンバスに、真剣な顔で色を置いていくカズの横顔を。
オレはつい、その顔をじっと見た。
めちゃくちゃイケメンの皇くんだから、見てるだけで「造形美~」って気持ちになるけど、今はそういうのじゃなかった。
カズを見てる皇くんの横顔。めちゃくちゃ笑顔とか、すげー嬉しそうって感じじゃないんだけど、何かいいなって思った。
絵にしたいなって自然と思ったのは、たぶん、皇くんがすごくやさしい目をしてるからだ。
皇くんは、わりと顔立ちが派手っていうか、全体的に印象が強めな感じ。めちゃくちゃ顔がいいから、わりとこう圧があるっていうかオーラがある。今は慣れたけど、それでもやっぱり時々強いなって思うこともある。だけど、今目の前にしてる横顔は、そういうんじゃなくて、もっとやわらかい感じだった。
たぶんそれはカズを見てるからなんだろうなって、思った。
カズとか皇くんたち夏組はめちゃくちゃ仲がいいっていうのは、カズの話を聞いてる時から思ってた。カズはよく夏組の話をするし、実習室で絵を描いてる時だって周りに夏組関係のものいっぱいあるし、夏組と連絡取ってる時もすげー嬉しそうだし、大好きなんだなぁってずっと思ってた。
それは、カズがいっぱい大変な目に遭った時にも思ったことだ。
LIMEのやり取りとか、大学まで迎えに来る時の様子とかで夏組のみんなは、カズのことをすごく大切にしてるんだなって思った。怖いことならたくさんあったから、これ以上そんな目に遭わないようにって、全員で守るんだって決めててカズのこと大好きなんだなって嬉しかった。
そういう中でも、皇くんはリーダーだからなのか、一番カズのこと大事にしてるんだなぁってよく思ってた。LIMEでも一番詳しく話を聞かせてほしいって言うのは皇くんだし、大学に来た時とかもカズのこと一番気にしてて何かあったらすぐ動けるようにしてた。
一番近くにいるのも皇くんだったし、ちょっとでも変なことがあったら一番に気づいて「無理するな」って休ませるし、カズのことが大事だって行動でめちゃくちゃ言ってた。
皇くんは、マジでカズのこと大好きなんだなぁってよく思ってたし、それはたぶんカズもそう。
オレだってできることはやれたと思うけど、やっぱり一番カズの力になったのはMANKAIカンパニーの人たちだなって思う。それはちょっと寂しい気もしたけど、いつも一緒にいる人たちだし、それに舞台に立つっていうのは絵を描くってこととは違うんだと思う。
オレたちは同じ言葉で話すみたいに、絵を描くことで同じ世界を見てると思う。だけど、どうしたって最後には一人きりだ。相談に乗ったり一緒になんかやったりして、結果的に作品に影響することはたくさんあるけど、最後は全部自分の筆で一対一で向き合うしかない。
演劇だってそうなのかもしれないけど、たぶん舞台は同じ世界を一緒に見るんじゃなくて、同じ世界を一緒に生きられる。一人きりじゃなくて、同じところで生きてくれる。
そういう人たちだからカズの力になったんだろうし、特に夏組とか皇くんはそれが強かったんだと思う。
カズは夏組と一緒にいる時が一番自然な感じだったし、皇くんが隣にいる時はすごく安心してる感じだった。ニコニコ明るい笑顔じゃなかったけど、静かに隣同士で座ってる時は居心地の良さそうな空気が流れてた。
カズが絵を描いてる時にちょっと似てるのかも。自分の心の中に潜って、夢中になって、一人きりみたいな。そんな感じの雰囲気だったけど、でも、ちょっとだけ違う。
一人きりじゃなくて、ちゃんと皇くんも一緒にいるんだってわかってるみたいな。ちゃんと二人で一緒なんだなって何となく思うみたいな、そういう空気だった。
夏組は仲がいいし、皇くんもカズもお互いのこと大好きなんだろうなって思ってた。だから、今目の前で皇くんがやわらかい空気でカズを見てるのも、やっぱり大好きなんだなぁって思った。
それと同時に、オレはちょっとしたイタズラがしたくなってきた。だって何か大体こういうのって、カズにやられっぱなしだし。
「なあ、皇くん。ちょっとカズにサプライズしね?」
ポケットに入れてたスマートフォンを取り出しながら言ったら、皇くんがこっちを見る。「サプライズ?」って言うから、オレは大きくうなずく。勝手に顔が笑ってるのはしょうがない。
「カズ、皇くんが来るって知らないわけじゃん。扉開けて皇くんがいたら絶対めっちゃビックリするし、絶対めっちゃ喜ぶでしょ」
カズは皇くんが大好きだから、予想外に皇くんがいたら喜ぶに決まってるわけで。そういうサプライズなら、いくらだって仕掛けていいはずだ。
「いつもカズにはサプライズ仕掛けられてばっかだしさ。逆にし返すチャンスなんてあんまないから、やりたいなって! だめならいいけど!」
皇くん的に何かNGだったらまあしょうがないし、と思って言ったら、皇くんがちょっと遠い目になった。何かを思い出す素振りで言う。
「確かにな……一成には驚かされることばっかりだからな……」
「あ、これ皇くんもこっち側の人間じゃね」
まあ、カズの近くにいるってことは、どう考えてもサプライズされるほうが多くなる。カズがサプライズ大好きだから、ちょっとでも何かあったらすぐ仕掛けてくるのだ。
皇くんは数秒考えたあと、唇に笑みを浮かべると「わかった。協力する」って言うから、オレはウキウキと「サンキュー!」と返す。
「つっても、そんな大したことじゃないんだけど。オレ、今からカズに部屋の扉開けてくれって言うからさ。ちょっと皇くん、見えないとこ立っててくんね」
オレが部屋に来たと思って扉を開けたら、オレの代わりに皇くんが立ってるっていう感じのサプライズだ。ぶっちゃけそんなにすごいことじゃないけど、カズのことだから普通に驚いてくれると思う。カズはサプライズ仕掛けるの大好きだけど、仕掛けられてもいい感じの反応してくれるタイプ。
皇くんは「わかった」って言うと、ガラス窓から見えない位置に移動する。オレは教室から少し離れて柱の陰に隠れた。ここはオレじゃなくて、皇くんをすぐに見つけてくれないとサプライズにならないから、オレはカズから見えないところにいないと。
カズのアイコンを呼び出して、メッセージを送る。実習室に来たからちょっと扉開けてって頼む。カズは集中してても、大学にいる間は基本的に通知オンにしてるからすぐ気づくだろうなって思った。
やっぱりちょっと経ってから「どしたん?笑」って返ってきた。まあ、普通に自分で開ければいいじゃんって感じだからそれもそうなんだけど。
だけど、カズのことだから「よくわかんないけど、おけまるだよん♪」ってすぐに続いた。カズなら、よくわかんなくてもそうしてくれるだろうなって思ったけどその通りだった。
オレはスタンプで「ありがとう」を送ってから、柱の陰から顔を出す。皇くんに目配せしたらうなずいたのを確認して、もう一回隠れた。カズのことだからたぶんすぐに開けてくれるだろうなって思って、ちょっとドキドキしながら待ってる。
そしたら、わりとすぐに実習室の扉がガタガタって音を立てて、それからカズの声が聞こえた。
「こっちまで来るとか珍しくね――ってあれ、テンテン!? なんで!?」
カズにしては珍しい、マジで普通に驚いてる感じの声。「サプライズ成功じゃん」ってガッツポーズしてたら、さらにテンション上がった感じの声が響く。
「マジで!? 本物!? 夢じゃない!? 本物じゃん!」
「待て、一成、ちょっと離れろ」
「え~いいじゃん、テンテン補充~!」
テンション最高潮って感じの、すげー明るい声のあと、ちょっと困ったような皇くんの声。だけど、カズは全然気にしてなくて、むしろ嬉しいって気持ちが爆発したって感じで答えてた。
柱の陰から顔を出すと、皇くんに抱きついてるカズが見えて、マジで仲良いな~って思いながら近づいた。
「サプライズ成功~」
ブイサインを出してそう言ったら、抱きついたままカズがこっちを向く。それから、少しだけ考えるような顔をしたあと、ぱっと笑った。「なる~!」って明るく言うから、たぶん大体のことはわかったんだと思う。
「扉開けてっつったの、オレがテンテン見つけるように?」
「うん。オレがいると思って皇くんいたら、カズ絶対喜ぶと思って」
「大正解だよん。びっくりしたけどめっちゃ嬉しかったもん」
「それは見ればわかる」
未だに抱きついたままのカズを指して言ったら「だよねん」と明るく返ってきた。皇くんは何か恥ずかしそうだけど。
それに気づいたからなのか、カズはぎゅうっと皇くんを抱きしめて「補充完了」って笑ってから体を離した。それから、そういえば皇くんが来るのはもうちょっとあとじゃなかったっけ、と気づいたらしい。
その辺のことを尋ねられて皇くんがあれこれ答えてるので、オレもちょっとだけ付け足した。どうしてオレが皇くんをここまで連れてきたのか謎に思うかなって。
カズはオレたちの言葉を面白そうに聞いてて、全部聞き終わるとオレに向かって「マジでありがとねん!」って言う。別にそんなに大したことしてないんだけどって言ったら、カズは首を振った。
「テンテン助けてくれたし、それに、ここまで連れてきてくれたっしょ。めっちゃ嬉しかったもん。だからありがと!」
そう言うカズは本当に嬉しそうだし、皇くんも照れたみたいに笑って「助かった。ありがとう」って言うから。オレは何だかソワソワした気持ちになるけど、二人がすごく喜んでくれてるなっていうのはわかるから、何かオレも嬉しくなってきた。いいことしたなって気持ち。
同時に、オレの仕事はここで終わりだなって思う。二人がちゃんと会えればそれでオッケーなんだし、オレがいつまでもここにいても仕方ないし。
ってわけで、オレは戻るなって言ったら、二人とももう一回お礼を言うから、ちょっと笑ってしまった。マジでそんなに大したことしてないんだけど。
「まあ、どうせ誰も来ないだろうし、ちょっとゆっくりしてればいいんじゃね。カズもあんまり頑張りすぎないようにさ」
他の人もいないからリラックスできるだろうし、って思ってそう言ったら、二人は少しだけ顔を見合わせたあと、ちょっと照れたように笑った。
それは心の奥のほうをくすぐるみたいな表情で、何かすごくいいなって思いながらオレは元来た道を引き返した。
END
(おまけ)
飲食スペースに寄って、パンにかじりついてたら声を掛けられた。見れば、同じく日本画専攻の友達で「三好知らないか」って言われた。オレは口の中のパンを飲み込んでから答えを返す。
「カズなら、上の階の奥の実習室にいるけど」
「マジで。だから全然見なかったのか」
いつもなら、みんなで使ってる実習室にいるのにどこにもいないから探してたらしい。ふうん、と思いながらオレは次の一口にかじりつこうとしてたんだけど。
「カズに用って急ぎ?」
「いや別に。暇あったら聞くってだけだから、急いではない」
「なら、明日とかでいいんじゃね。上の階使ってるのってたぶん、集中したいからだろうし」
「あー、それはそうだよな」
何か納得したみたいで、「明日にするわ」って言うからオレは「うん」ってうなずいた。
別にカズのことだから、用事があって来た人を追い返すってことはしない。普通にニコニコ歓迎してくれると思うけど、さっきまで見ていた光景が頭の中に浮かんでいるから。
カズと皇くん。お互いのことが大好きで、大事なんだなって思う。やわらかい雰囲気とか、一緒だと安心してるところとか、会えたらめちゃくちゃ喜んでくれることとか。そういうのはたぶん、二人だけの間に生まれるものだ。
だから何か、そういうのを壊したくないなって気持ちだったので、とりあえず今日のところは二人だけにしとこうかなって思った。