Let me talk about the ring




 指輪のサイズを秘密で測りたい、と天馬が言った。

 多忙を極める天馬がMANKAI寮を訪れたのは、新年の挨拶のためだった。とっくに松の内は過ぎていたけれど、一応1月中ではある。むしろ、忙しい中でも時間を取ってわざわざ挨拶をしにくる辺り、天馬がどれほどMANKAIカンパニーを大事に思っているかという気持ちの表れだろう。
 監督をはじめとしたメンバーに挨拶をして、昨年の感謝と新年の喜び、それから今年の抱負なんかを話す。その後は、実家から寮に戻っていた夏組203号室の二人とワイワイすごして、最終的に談話室の酒宴に参加となった。
 大抵において、MANKAI寮を訪れたメンバーが最終的に辿るコースだ。特に天馬は、寮に現れること自体がレアなのですっかり酒宴の主役になっていた。入れ代わり立ち代わり、色んな人が天馬のグラスに酒を注いでいく。
 天馬は、あまり酒を過ごす性質ではない。基本的には自分の分量をわきまえていて、ひどく酔っぱらうことはほとんどない。ただ、新年の浮かれたような空気と、天馬の来訪を喜ぶメンバー、MANKAI寮という安心感、それから酒を勧めるのが上手い大人たちに囲まれているという事実によって、その日の天馬はいつもよりだいぶアルコールを摂取していた。
 だからなのだろう、と東は思う。たどたどしく言葉を落とす天馬がやけに素直なのは、アルコールの影響に違いない。東はいつものようにやわらかな微笑を浮かべながら、天馬の言葉にうなずく。
「そうなんだね。天馬に大事な人がいるのは、よくわかったよ」
 穏やかに言えば、天馬は「ああ」と同意を返した。自分の言葉が受け入れられたことに満足しているらしい。
 隣に座った時点で、天馬はそれなりに酔っていた。このまま酔い潰すのもそれはそれで面白そうだけど、と思いつつ、確か明日も用事があるはずだと察して、度数の低いお酒に切り替えたのは東なりのやさしさだ。そこでノンアルコールに切り替えない辺りが東なのだけれど。
 東はいつもの笑顔のまま、天馬に酒を注いで話を聞いていた。他の人は二人の様子を気にかけていないから、二人だけの話は静かに進む。以前は天馬が、何となく東を避ける傾向にあったものの(それが嫌悪や拒否感でないことは当然わかっていたけれど)、大人になった今ではさすがにそんなこともない。ただ、昔のことがあるだけに、東としては天馬が素直に自分と語らいをしているという現実が楽しいのだ。なので、ついあれこれと話を聞いてしまう。
 すると天馬は、酔いによって理性が緩んだのか「指輪を贈りたい相手がいる」という話を始めた。思わず目を瞬かせたのは、天馬の話の内容が意外だったのではなく、それを口にしたという点に対してだった。
 指輪を贈りたい、なんて。天馬がそう思う相手を、東は一人しか知らない。
(寮だから気が緩んだのかな)
 そう思いつつ天馬の話を聞いているけれど、決して固有名詞は出さない辺りは見事だった。たとえ理性は緩んでいても、誰を示すのかは一切言わない。ただ、指輪を贈りたい、人生を共にしたい大事な人がいるのだという話に終始する。何も知らなければ、天馬が出演する舞台の設定か何かだろうか、と思ってもおかしくないような雰囲気だった。ただひたすら、名前を呼べない誰かへの愛を語るような。

 天馬に恋人がいることを、東はずっと前から知っていた。というか、天馬と誰が思い合っているのかなんて、MANKAIカンパニーのメンバーのほとんどは気づいている。ただ、東の場合は恐らく人よりもそういう気配に敏感な性質なので、天馬が大学生の頃にはしっかりと察していた。
 天馬が、同じく夏組の三好一成と恋人同士であることは。
 元々夏組は仲が良いし、そもそも一成という人間はやたらとパーソナルスペースが狭い。誰相手でも親密そうにしているから、天馬と一成の二人だけが特別な関係にあると察するのも難しいところがある。しかも、二人は関係性を隠すのがやたらと上手かったのだ。人の目があるところでは決して恋人らしい振る舞いをしなかったし、よもやそういう場面があったとしても、一成が持ち前のキャラクターで「テンテンへのオレのラブ、わかっちゃった~?」なんて誤魔化してしまう。まあ、天馬のほうは若干わかりやすいところはあったけれど、それでも決定打になるような事態は起こさなかった。
 行き過ぎた友情なのか、恋人としての愛情なのか。元々わかりにくい線引きが曖昧にされれば、二人が恋人だと断定するのは難しい。
 ただ、元々感情の機微に聡い人間は薄々察していた。東とて例外ではない。確かに天馬も一成も自分たちの心を上手に友情でコーティングしていたけれど、奥底からにじみだすような愛情は、どうしたって隠せないのだ。
 もっとも、本人たちが隠そうとしているものを無理に暴き立てる気はなかったので、何も言わず見守っていた。一成が二年間の海外生活を終えて帰国し、二人の関係が少し変わったな、と気づいた時もそうだ。
 明確な言葉があったわけでも、あからさまに態度が変わったわけでもない。それでも、まなざしや声の調子、振る舞いの端々からあふれるものに明確な形が与えられたように思えた。恐らく、その辺りからMANKAIカンパニーのメンバーは大多数が気づいたはずだ。実際に何かを言われたわけでも、決定的な場面を見たわけではなくても、天馬と一成がお互いを唯一無二と定めた相手だと。
 ただ、やはり二人からハッキリと宣言されたわけではないので、MANKAIカンパニーのメンバーはひっそりと関係を見守り続けていた。いつかきっと口にする日も来るだろうと思いながら。
 しかし、天馬も一成も何を言うこともなく日々を過ごしているので、結局カンパニーの誰も二人の関係については突っ込んで聞いたことがない。冗談めかして尋ねたところで同じような冗談で返されるし、無暗に触れていい話題にも思えなかったからだ。口に出してはいけないタブーというより、ひっそりと育まれ続けた二人の関係性はまるで秘密の箱庭のようで、うっかり触れることをためらう繊細さがあったので。

 そういうわけなので、東はたとえ固有名詞を出さなくても、「指輪を贈りたい相手がいる」なんて天馬が言い出したことに面食らっていた。当然顔には出さないけれど。
「それで――なあ、東さん。指輪のサイズって、どうやって秘密で測ればいいんだ?」
 ぐるぐると同じような話を続けていた天馬が、真剣な表情になると東に尋ねる。どうやら天馬は、内緒で指輪を用意したいらしかった。東は艶然とほほえみ、口を開いた。
「それはもちろん、薬指かな?」
「当然だろ」
 それ以外にあるわけないだろ、と言いたげな様子に東は笑みを唇に刻む。今までハッキリと二人の関係を口にされたことはなかったけれど、天馬も一成も未来に向かって進んでいるんだな、とわかったことが嬉しかった。これから先の人生を共に歩むのだと、そのための誓いを捧げようと天馬はしているのだから。
「もしも薬指に指輪をしているなら、それを借りてこっそりサイズを測るのが確実かな。実際にはめている指輪なら、サイズはぴったりだからね」
「いや、指輪はしてない」
 一成は手作業が多いということもあってか、ピアスはしても指輪はしていない。なので、東は内心で「そうだろうね」とは思っていた。一応一成以外を想定した体の言葉も必要だろうと思っての言葉なので、役に立たないのは想定内だ。東はさらに言葉を継ぐ。
「寝ている間にリングゲージを使うのはどうかな。糸を巻いて測るって方法もあるけど、それだと相手が起きてしまうかもしれないし」
 果たして一成の眠りが浅いほうなのか深いほうなのかはわからない。天馬と一緒に眠る場合は、きっと自分の前と事情が違うだろうし、という意味でも。天馬は何だか難しい顔をしていて、まあ確かにそういう細かい作業は苦手そうだな、と東は思う。
「共通の友人がいるなら、協力してもらうという手もあるよ。友人経由でサイズを聞いてみれば、恐らく教えてくれるんじゃないかな」
 それ以外にも、アクセサリーショップで薬指に指輪をつけてもらってサイズを確認する方法もあるけれど、と東は言葉を重ねた。天馬は何かを考え込むような素振りをしていて、恐らくどの方法を選べばいいのかを吟味しているのだろう。
 果たして天馬がどんな手段を取るかはわからない。だけれど、どちらにせよ、天馬はこうと決めたらやり遂げる人間だと知っている。だからいずれ、二人からは嬉しい報告が聞けるのだろうな、と思って東は天馬をやさしく見守っていた。


◆◆◆


 それから天馬は「ありがとう。参考にする」と言って、話は終わりになった。一体どの方法を選んだのか東に知る術はなかった――はずだけれど、後日幸が「ポンコツからの報酬」と言って海外からの布を持ってきたことで察した。
 幸個人の趣味を満足させるために時々実施される服作りは、どうやら今回は東が対象らしい。「アズ姉に似合いそうな布だったから」と言うのは天馬が海外ロケの際、わざわざ現地の店に寄って購入したもので、曰く「幸の働きに感謝してのもの」らしい。
「カズは薬指のサイズ教えてくれた?」
 念のため、と東のサイズを測っている幸に向かってそう尋ねれば、幸は意外そうな顔をすることもなく答えた。東が事情を察していることを幸はとっくに気づいていたし、もはや隠す意味はないと判断してのことだった。
「まあ、役作りって言えば大体のことは受け入れるから便利」
「相手が幸だからだと思うな」
 たとえばこれが東なら、きっと不審がられるだろう。一成のことなので拒否はしないし、何だかんだで最終的には教えてくれるかもしれないけれど、ただならぬ雰囲気は感じ取るかもしれない。でも、それが幸相手なら大して不審に思うこともなく、あっさり教えてくれそうだった。
「ふふ。楽しみだな」
 何が、と幸は聞かなかった。それは東の真意を読み取っていたからでもあるし、幸本人は絶対に言わないけれど、幸だって楽しみにしていたからだ。今までずっと見守ってきた。ハッキリと関係を口にしなかった二人が、これから先を共に歩むのだと決意したのなら。そしたら、思いっきり祝福してやることができる。そんな日はもうすぐなのだと、東も幸もわかっていた。


◆◆◆


 悲痛な声だった。震える声は上ずって、身を切るような切実さがある。階段で鉢合わせた一成は、泣き出しそうな顔をして、東に叫んだ。
「ごめん、アズー! テンテンのこと引き留めておいて!」
 その言葉に、東は目を瞬かせる。一成が口にするのにこんなに不適当な言葉があるかと思ったからだ。天馬を引き留める。それは恐らく、自分を追わせるなという意味で、明確な天馬の拒絶だ。一成がそんなことを言うなんて――と思うものの、浮かんだ表情に、真剣なまなざしに、東は悟る。これは、うなずかなければならない。
「――あとで話を聞かせてね」
 恐らくここで、一成の言葉に従わなければ。何か、ギリギリのところで保たれていた均衡が崩れてしまう気がした。一成は東の言葉に「ありがとう!」と叫んでMANKAI寮を飛び出して行った。
 すぐあとに、階段を駆け下りてきたのは天馬だ。東がいることに一瞬ぎょっとしたようなものの、気にしている場合ではないと思ったのだろう。何も言わず東の横を走り抜けようとする。その瞬間を狙って、天馬へ言葉を投げる。
「カズに、指輪は渡せた?」
 え、と声を漏らした天馬の動きが固まる。驚愕を貼りつけて東へ視線を向けた天馬はしばし動きを止めて、それからようやく我に返ったように足を踏み出したのだけれど。
 今のこの、数秒間のやり取りだけですでに一成を追うのが難しいことは理解してしまったのだろう。一成は天鵞絨町の道には相当詳しい。多少の改善が見られるとは言え、方向感覚の鈍い天馬があとを追いかけるには無理がある。背中がずっと見えているならまだしも、どこに行ったかわからなければ追いつくのは難しいだろう。今の数秒間の間に、一成の姿が見えなくなったであろうことは、天馬だってすぐに理解できた。
「くっそ。なんでだよ……」
 悔しそうに言葉吐き出した天馬がその場にしゃがみ込む。腹立ちは確かにあったけれど、それよりも大きいのは悔しさと混乱だ。理解できない事態に直面して、ただうろたえているような。
「天馬、少し話を聞かせてくれる?」
 天馬の隣にそっとしゃがみこんだ東は、静かに言葉を落とした。このまま天馬を放っておくことはできないと思ったし、ここで天馬を一人にさせてはいけないだろうという判断だった。天馬が何かとんでもないことをしでかすと思っているわけではないけれど、混乱した状態では正常な判断ができるとも思えない。
「――東さん……」
 東へ視線を向けた天馬の瞳が、ゆらゆらと揺らめいている。泣き出しそうではなかった。強い光を宿して、何かを必死で掴み取ろうとして、だけれどその行き先がわからなくて困惑しているような。向かうべき先は知っているのに、辿り着く道が分からなくて途方にくれているような。そういう瞳だった。
「……なんで、オレが一成に指輪を渡そうとしてるって」
 東の顔をじっと見ていた天馬は、ようやくさっきの言葉に思い至ったらしい。東はにこりとほほ笑んだ。とりあえず、そこに頭が回る程度には冷静さを取り戻したということだろう。
 ただ、東とて何か明確な根拠があったわけではなかった。むしろ、天馬を引き留めるために最適な、彼の気を引く言葉として選んだというのが正しい。
「ふふ、どうしてだと思う?」
 質問を質問で返せば、天馬は何とも言えない表情を浮かべる。困ったような、気恥ずかしそうな、そういう顔だ。東はそれを認めてからゆっくりと立ち上がる。
「でも、その様子だと上手くは行かなかったみたいだね」
 静かに、落ち着いた口調でそう告げる。東に釣られるようにして立ち上がった天馬の顔がさっとこわばった。一成の様子から察しても、天馬の反応から見ても、その結論はすぐに導き出される。
「そうだ。一成を追いかけないと……」
 焦った調子でつぶやく天馬は、勢いのまま走り出してしまいそうだった。東はそれをゆっくりと制す。
「落ち着いて、天馬。カズはボクに、天馬を引き留めておいてって頼んだんだ。今むりに追いかけるのは得策じゃないんじゃないかな」
 二人の間に一体何があったのかわからない。ただ、玄関へ走り去っていく前の一成は、ずいぶん思いつめたような顔をしていた。余裕なく、切羽詰まった表情は誰かが一押ししたら何もかもが崩れ落ちてしまいそうな危うさがあった。天馬が迂闊に手を伸ばせば、触れたら最後バラバラになってしまうような。
 だから東は、このまま天馬を行かせるべきではないと判断した。いくら落ち着いてきたとは言え、天馬自身もどこか混乱を引きずっているのだから。
「だから、少し話を聞かせてほしいな。ボクなりにアドバイスができるかもしれないし」
 静かな微笑を浮かべてそう言うと、天馬はしばらく東の顔を見つめていたのだけれど。長い溜め息を吐いたあと、苦しそうにうなずいた。
 その反応に、東は思う。こんなに素直に自分にアドバイスを求めるなんて、天馬はまだ混乱を引きずっているのだろう。何よりも、それほどまでに今の事態に心底途方に暮れているのだ。だからそれなら、ちゃんと力になってあげなくちゃ。



END



どうして天馬は指輪のサイズを知っていたのか&東さんはどうやってあの夜天馬を引き留めたのか、回答編。その後も東さんはちょこちょこアドバイスもしてくれたので、天馬も一成を追いかけるの素直に止めたみたいな経緯もありました。