Bonus talk




 それじゃあまたね、と言って一成は通話終了のボタンを押した。スマートフォンの画面が切り替わり、カメラがオフになる。そのままアプリを終了させた一成は、笑顔を浮かべて口を開く。

「――ってことで、今日の分はおしまい! テンテン、またマイリトルシスターと話してねん!」

 ぴかぴかの笑顔の先は、隣でソファに座る天馬だ。天馬は苦笑めいたものを浮かべて、「別にオレは構わないけどな」と答える。
 実際問題、普通に電話しているだけなので取り立てて負担になっているわけではない。都合のいい時間を選んでいるから、忙しい合間を縫ってというわけでもないし、単なる雑談をしているだけ、という意識しかなかった。
 どちらかといえば、問題は相手の方ではないか、と天馬は思っている。
 さっきまでビデオ通話していた相手は一成の妹だ。彼女が自分のファンであることは、天馬もよく知っている。ついでに、顔を合わせるとその場に崩れ落ちて立てなくなったことも、天馬の来訪を告げられてしばらくは、そそっかしいうっかりがやたらと増えることも。
 この前、一成の自宅を訪れた際にはそれなりにきちんと受け答えはしてくれたものの、やはり未だに天馬がからむと挙動不審になることは変わらないらしい。それを知った一成の提案が「テンテンに慣れよう大作戦」だった。(ネーミングセンスについては、すでに天馬は全てを諦めている)
 大作戦と銘打っているものの、内容は大したことではない。暇な時間に、天馬と一成の妹で通話を行う、ただそれだけだ。
 とは言え、天馬が多忙な身であることは変わらないし、一成の妹は放っておいたらいつまで経っても電話を掛けてこないだろう。というわけで、一成が間に立って二人の通話をセッティングしている次第である。
 いずれ対面でも普段通りに話せるように、と最初からビデオ通話を選んだ。おかげで、初めのうちは、一成の妹が終始固まっていて静止画か?と思うくらいだった。
 呼び掛ければ反応はあるものの、スマートフォンの向こうに天馬がいる、という事態に頭が追いつかないらしい。それでも、回数を重ねればどうにか慣れてきたようで、会話は成り立つようになっている。

「ふたばも、テンテンに慣れてきた感じじゃん? やっぱ、時間見つけて電話してるの効果あると思うんだよね。テンテン、マジでありがと!」
「別に大したことはしてない。オレは普通に話してるだけだ」
「そうなんだけどさ。ちゃんと付き合ってくれるの、マジ嬉しいなって」

 ちょっとだけ眉を下げて言うのは、一成の妹の態度はともすれば面倒くさいものである、という認識はあるからだ。
 一成にとっては大事な妹でも、天馬にとってはそうではない。長時間ではないとは言え、多少の時間を使って電話をしているというのに相手は挙動不審で、円滑にコミュニケーションが取れるとは言い難い。
 面倒になって投げ出してもおかしくはないのに、天馬はそうしなかった。「本当に効果あるのかこれ」といぶかしみつつも、毎回きちんと通話をしてくれるのだ。その事実が、一成には嬉しかった。

「まあ、オレも忍耐は覚えたからな。できないからって、昔みたいに腹立てて放り出したりしない」

 どこか楽し気に答えれば、一成の唇にも小さな笑みが浮かぶ。天馬が指していることが何なのかなんて、すぐにわかる。
 気がつけばずいぶんと昔のことになった。それでも、決して色褪せることなくあざやかに刻まれている記憶。いつだって輝きを放つ、自分たちの出会いの物語。
 不思議な縁で集まった夏組の五人。ほとんどが演技の素人で、舞台経験なんて欠片もなかった。天馬が苛立って、一緒に舞台なんて立てるものかと憤った。
 決して忘れることのない、あの夏の記憶。旗揚げ公演のことを示していることくらい、一成にはすぐわかった。だから、やわらかな笑みを唇に刻んだまま言う。

「そだねん。テンテン、あの時はマジですぐ怒ってて怖かったもんね。こんなにやさしくて、面倒見いいのに!」

 言いながら、隣に座る天馬に寄りかかる。昔からスキンシップの多い人間だから、こんな距離感はいつものことだ。だけれど、出会った時と違う意味を持って体を寄せていることくらい、天馬だってわかっている。
 自然な動作で一成の肩に右手を回して、力を込める。いっそう距離が近づいて、髪の毛がふわりと天馬の鼻先をくすぐった。

「面倒見がいいというか、一成の妹だし、お前のことしか話してないからな。結構楽しい」

 天馬に慣れるため、という名目でときどき行われるビデオ通話だ。最初はそれこそ挙動不審で固まっていた一成の妹だけれど、さすがにそれではマズイと思ったらしい。
 努力の一環として、事前に話題を考えてくるようになった。結果として、対話というよりスピーチの一環のような様相ではあったものの、天馬を前にしても固まらなくなったのだ。
 その時のテーマは、常に一成に関わるものだった。考えてみれば当然で、二人の共通点は他でもない一成なのだから結論としては妥当だろう。
 そして、天馬も気づいていた。一成の妹は、控えめでおとなしいタイプではあるけれど、一成がからむとわりと饒舌になる。
 そうとわかれば、天馬の取るべき行動など一つだった。ビデオ通話する際は、ひたすら一成の話をしていればいい。
 幸い、天馬も一成の妹も一成のことが大好きな人種である。好きな人間の好きなところ、なんていくら話しても尽きないので、近頃ではだいぶ二人の会話も滑らかになってきていた。

「てか、マジで二人ともオレの話しかしなくね。もっと趣味の話とかさ、最近のおすすめ映画とか美味しかったものとか、そういう話すればいいのに」
「最終的にお前の話になるだけだぞ」

 真顔で天馬は答えた。一応、雑談として近況報告もすることはする。ただ、それは別に本題ではないので、至極あっさりしたものだ。
 早々に一成の話に移っていくのが常だったし、一成本人も近くでそれは聞いている。二人の会話をセッティングするのは一成なので、毎回やり取りを耳にしているのだ。
 だから、天馬の話が嘘でも誇張でもないことはよくわかっていた。

「毎回すごいよねん……。何話しててもオレの話になるの」

 しみじみとした口調で、一成はつぶやく。
 最初は、一成の妹が考えてきたテーマが一成に関することだからそれも当然だろう、と思っていたのだ。だけれど、テーマはなしで雑談をしよう、ということになった時も、結局話題は一成のことだった。
 二人に共通した人物が一成であることは間違いない。それに、会話が盛り上がるならネタにでも何でもしてほしい、と一成は思っていたし、悪口どころか全面的な好意を口にするのだ。特に嫌な気持ちになることもなく、むしろ面白く二人の話に耳を傾けてはいた。

「この前見たドラマの話してたかと思ったら、『お兄ちゃんが昔書いた絵に、あのシーンみたいなのありましたよね』とかふたばが言い出して、テンテンまで『ああ、海の絵のやつか。いい絵だよな』とか言って、どの絵が好きかみたいな話になるし……」

 その他、コンビニの季節限定スイーツの話から「一成がよく買ってきてたな」「お兄ちゃん、期間限定物好きですよね」から限定品にまつわる一成とのエピソードになったり、最近の時事ニュースの話が「お兄ちゃんのインタビュー記事、また出してほしい」「連載形式だと深く突っ込んでるから面白い」だとかで今までのメディア取材についての話題になったり、最終的に一成の話に帰結するのだ。
 傍で聞いている一成は、感心するやら照れくさいやら忙しい。

「嫌か?」
「嫌って言うわけないの、わかってて言ってるっしょ」

 からかうような素振りで天馬に問われて、一成は唇を尖らせて答える。
 嫌だなんて思うわけがないのだ。大好きな人たちが自分の話をしていてくれるなんて、あまりに真っ直ぐな好意が恥ずかしくはなるけれど嬉しいに決まっている。天馬は楽しそうに「ならいいだろ」と言う。

「お前の話ならずいぶん饒舌になるし、オレの知らない一成の話を聞けるのも楽しい。ちゃんとお兄ちゃんやってるんだなって新鮮なんだよ」

 一成の妹から聞かされる話は、「お兄ちゃんの一成」としてのエピソードだ。気配りのできる人間だということは知っているし、年下としてあれこれ気に掛けられていたことは、天馬も自覚している。
 だから、お兄ちゃんエピソード自体はそこまで目新しいものではないのだけれど、実際の妹から話を聞くとやはり新鮮な気持ちになる。

「だから、まあ、結構オレも楽しい」

 一成のお願いから始まった通話ではある。天馬はあくまでも協力しているだけ、と言ってもよかったのだけれど、一成の妹との通話は天馬にとっても楽しいことだった。
 自分の知らない一成のことを、一つ一つ知っていく。一緒に過ごすことができなかった時間が、天馬の前にも現れるようで、幼い頃の一成と出会わせてもらえるような気持ちになるのだ。
 それに、好きな人の話をできることが純粋に嬉しかった。
 一成自身妹のことを大事に思っているのは知っていたけれど、一成の妹も兄のことを殊の外大切にしている。兄のことが大好きである、ということを一切隠さない相手なのだ。
 天馬のほうも、一成が大事で仕方ないという気持ちを前面に押し出すことができる。そうやって、好きな人の話を気兼ねなくできるのは、天馬にとっても楽しいことだった。
 一成は天馬の言葉に、嬉しそうに唇をほころばせる。満面の笑みを浮かべる様子に、天馬はそっと声を掛ける。

「やけに嬉しそうだな」
「当然っしょ。テンテンがふたばと楽しそうにしてくれるの、めっちゃ嬉しいんだもん」

 こぼれだしそうな笑みで、一成は言う。とても近い距離で、緑色の瞳をきらきらと瞬かせて。大事な人同士が仲良くなってくれるの、めちゃくちゃ嬉しいに決まってるじゃん、ときっぱり告げる。
 その様子を見つめる天馬は、まばゆさに目がくらみそうになりながら「そうだな」とうなずく。一成の光に目を奪われて、ほとんど反射で答えたようなものだったけれど、これは天馬の限りない本心だ。
 大事な人が、大切な人と仲良くなってくれること。それは、今までの自分の人生が目の前で美しく混じり合うような瞬間だ。天馬とて、よくわかっている。

「一成が母さんと仲良くなってるの、びっくりしたけど嬉しかったからな」

 思い出すのは、つい先日のことだ。井川経由で一成に郵便物が届けられて、一体何事かと思ったのは当然だろう。
 井川は皇事務所の人間であって、一成のマネージメントをしているわけではない。いくら天馬の結婚相手とは言え、ビジネスとしての公私混同はしないはずだ。
 だからいぶかしんでいると、一成は天馬の母親からの手紙だと教えてくれたのだ。
 一体どうして、息子の自分ではなく、一成相手に手紙が届くのか。さっぱりわからなくてハテナマークを飛ばしていると、嬉しそうに一成は言う。
 とっておきのイタズラを披露するみたいな顔で、心底楽しくてたまらないといった満面の笑みで。――オレ、テンテンのマミーと文通してるんだよねん!
 予想外の言葉に固まっていると、一成は楽しそうにけらけらと笑っていた。「文通って言っても、オレがほとんど一方的に送ってるだけなんだけど」と言うものの、忙しさの合間にときおり返事はあるらしい。
 どうしてそんなことに、と思えば、以前天馬の母親が急きょ帰国した時に、そんな話になったと言う。今まで黙っていたのは、天馬が驚く顔が見たかった、という理由だったのは一成らしい。

「手紙のやり取りしてるなんて、全然思ってなかったから予想外すぎた。ただ、二人が楽しいならいいんだ」
「忙しいのに、受け取ったら読んだって教えてくれるし。ときどき手紙もくれるとか、テンテンのマミー、めっちゃやさしいよねん」
「単純に、一成の手紙を気に入ってるっていうのもあると思うけどな」

 一成と手紙をやり取りしていると聞いたあと、天馬は母親に電話を掛けた。問い詰めるつもりではなかったけれど、ちょっとくらい事情は尋ねたかったのだ。
 仕事の合間につながった電話の先。天馬の母親は、全ての事情を察しているようで「あら、ようやく天馬にサプライズできたのね」と楽しそうに笑っていた。
 それから詳しく話を聞いてみれば、天馬の母親はずいぶんと二人の日常について精通していたし、一成についても熟知していた。手紙であれこれと教えられているのだから、それも当然だろう。
 天馬の母親は、「三好さんの手紙はとても素敵だから、読むのがいつも楽しみなのよ」と電話口で嬉しそうに笑っていた。

「あんまり話す機会もないだろ。険悪になる要素もないけど、仲良くなる要素もないから心配だったんだ」

 結婚の挨拶をしてから、天馬はときどき三好家を訪れている。元来おだやかな気質の人たちということもあり、以前に増して親交を深めることができているけれど、一成はそうも行かない。天馬の両親はほとんど海外にいて、顔を合わせる機会はとんとないからだ。

「思いがけないけど、一成と母さんが仲良くなってて嬉しい。最近はキャラメルシュークリームがお気に入りだとか、母さんから聞くとは思わなかったぞ」
「え、もしかしてこの前買ってきてくれたのそれ?」
「ああ。三好さんが食べたいって言ってたわよ、とか聞いたら買ってくるに決まってる」

 重々しく言えば、天馬にくっついたまま一成が楽しそうに笑い声を上げている。「そっか~! あとでテンテンのマミーにお礼言っておくねん」という声は、明るく弾むようだった。
 そんな風に笑ってくれることが嬉しい、と思いながら天馬は左手を一成に伸ばした。前髪をそっとかき分ける。一成は何かを察したように、体の向きを変えて天馬と真正面から相対する。

「――ちなみに聞くけど、お前父さんと手紙のやり取りはしてないよな?」
「手紙は送ってないよん」
「ってことは、何か別のことはやってるな……」
「どうかな~?」

 楽しそうに笑う一成の笑顔を見つめて、天馬は一つ息を吐く。呆れたような雰囲気は流しているものの、ぬぐい切れない笑みに一成は気づいているのだろう。特に不安そうな様子は見せず、「テンテンのパピーとも仲良くなりたいかんね」と屈託がない。

「だって、テンテンを作ってくれた人で、テンテンの大事な人じゃん? オレだってめっちゃ大事にしたいんだもん」

 具体的に何をしている、と言うわけではないけれど。恐らく、自分の父親とも連絡は取っているんだろうな、と天馬は思う。
 一体何をしているのか、気にならないわけではないけれど、一成に言う気がないのなら、問いただすつもりもなかった。その内、タイミングが合えば教えてくれるだろうということもあったし、何よりも一成のことだ。
 相手を気遣って自分の心を差し出すことを厭わない。そんな人だと知っているから、天馬の父親相手にも真摯に向き合ってくれている。特に心配することはなかった。

「ああ、そうだな。オレだって、お前の大事な人は大事にしたい」

 きっぱりと告げるのは、一成の家族を念頭にしての言葉だ。人として尊敬しているし、好意を持っているのも間違いないけれど、やっぱり一番は一成の家族という点が大きい。
 一成が大事に思う人たちを、自分だって大切にしたい。理由なんて簡単だ。

「一成が好きだからな」

 そう言って、天馬はあらわになった額に一つキスを落とした。一成はくすぐったそうに笑うと、こられきれない、といった様子で天馬に抱き着く。ぎゅう、と細い腕が背中に回るから天馬も同じように一成を抱きしめ返した。

「テンテン、好き」
「知ってる」

 嘘みたいに甘い声でささやかれた言葉。天馬も同じ響きで答えれば、一成が楽しそうに笑っている。
 耳に届く声が心地いい。鼻先をくすぐる髪の毛が、やわらかな体温が、一成を形作る何もかもが愛おしい。
 幸せの全ては、今ここにそろっているのかもしれない。馬鹿みたいなことを半ば本気で考えながら、天馬は腕の中の体を強く抱きしめる。








END



ふたばちゃんがナチュラルにブラコンで、天馬に対するスタンスが愉快なファンになってしまった。おもしろかったです。天馬父についてはあんまり考えてないけど、何かはしてるんだろうな……。