Million-Dollar Darling!
一緒に暮らすと決めたからといって、時間が湧いて出てくるわけでもない。忙しい二人であることは変わらないので、新居を探すための時間が取れない現状はそのままだ。
ただ、それまでの「いずれ一緒に暮らそう」という曖昧な願いが、「一緒に暮らす」という明確な意志へ変わったことは大きい。不確定だった未来予想は、いずれ訪れる現実的な予定になったのだ。実現のためにどうしたらいいか、という方向性へ舵を切ってしまえば、話は早かった。
「――ってわけで、大体の条件はこんな感じでいいと思うんだよねん」
ようやく仕事が一段落して、久々に天馬の家を訪れた一成は一枚の紙を差し出した。仕事を終えた天馬を出迎えて、ただいまのハグとキスをして、夕食を食べたあとだ。
ソファでくつろぐ天馬に提示したのは、新居に求める条件である。各自の求める条件の優先順位上位3つ、交通アクセスの観点から選んだエリアと、周辺施設に関する情報などが記されている。
二人だけしか見ないというのに、タイトルロゴから各種条件まで、きっちりデザインされているのが一成らしい。まるでどこかの店のメニューに見える。
「お前、本当こういうの好きだよな」
「テンテンと住む家考えるとか楽しいに決まってるっしょ。気合い入れて描いたよん!」
嬉しそうに言う一成の頭を、天馬はぐしゃぐしゃと撫でる。一成は嬉しそうに天馬の手を受け入れて、キラキラと笑った。
その顔を見つめる天馬は改めて、一緒に住むことを喜んでくれることが嬉しいと思う。同時に、短い時間の中で条件をまとめてくれたことを心底ありがたく思っていた。
一成は、「一緒に暮らす」と決めてから「どんなところに住みたいか」「何を重視するか」といった話を天馬に振ってくるようになった。最初はただの世間話かと思っていたものの、どうやらきっちり記録を取っているらしい、ということに天馬は気づく。
天馬の些細な雑談から希望を汲み取って、あれこれと質問を重ねてくる手腕は見事だったし、天馬は改めて思ったのだ。そうだった、こいつは基本的に仕事ができる。エンジンがかかってしまえば、目的地に一直線だ。
そういうわけで、一成は仕事の合間に情報を集めつつ、天馬に質問を重ねて自分の希望も伝えながら、条件を明確化していった。たとえ実際の物件を見に行く時間が取れなくても、二人の希望を具体化していけば、新居を探す際にはスムーズに進む。そう思ってのことだ。
天馬も当然、自分なりに行動はしていた。ただ、情報収集やその取捨選択は思いの外手間と時間がかかる。結果として、天馬はあまり大した戦力にはなれていなかった。一成にばかり任せることになってしまって悪い、と言えば、一成はあっけらかんと笑って答えたのだ。
(テンテンと一緒に住めるな~って思ったら、楽しくなっちゃっただけだからねん! 仕事じゃなくてオレの趣味!)
きっぱりと言い切られて、電話越しでは抱きしめられないことが天馬にはもどかしくて仕方なかった。なので、自分もどれだけ一成と一緒に暮らしたいと思っているかについて切々と伝えれば、うろたえたような声でストップをかけられたけれど。テンテンのどストレート、心臓に悪い!と騒いでいた。
「つっても、オレたちそんな必須条件多くないんだよねん。テンテンはセキュリティーがしっかりしてるとこ、でしょ?」
「ああ。セキュリティーに関してはしっかりしてないと心配なんだよ。オレだけならともかく、お前もいるし」
芸能人として顔が知れ渡っている天馬にとって、厳しいセキュリティーは絶対に譲れなかった。たくさんのファンがいるという特性上、どんな人間が近づいてくるかわからないし、周囲を嗅ぎまわるゴシップ記事の関係者も多い。簡単に接触できるようでは、日常生活を営むことすらままならないだろう。
それに、天馬一人だけならともかく、これからは一成がいるのだ。一成本人もそれなりに顔が売れているし、もう少し身辺に気をつけたほうがいいとは常々天馬は思っていることもあるし、純粋に一成に危険が及ぶ可能性は排除したかった。
皇天馬と同じ家に住む、というだけで降りかかる火の粉はどうしたって存在する。だから、一成が傷つくことがないように、万全のセキュリティーがほしかったのだ。そうでないと、安心して家を空けられない自信が天馬にはあった。
「一成はあんまりその辺に頓着してないけどな。お前の最優先は日本画描ける場所、だろ」
「そそ。やっぱり、絶対場所必要だからねん。あと、搬出入ができないと困るかな~」
「うちからだと難しいしな」
部屋の広さ、という点だけで言えば、天馬の家で日本画を描くこと自体はできるかもしれない。ただ、大作を仕上げた場合の搬出入にはいささか難があった。
エレベーターで階下まで下ろす、という作業が発生するけれどそもそもエレベーターに乗せられるかが怪しかったのだ。それに、作品を持ち運ぶには気をつける点も多いので、輸送用のトラックまでの距離はなるべく近いほうがいい。
なので、一成が最優先事項に挙げているのは、日本画の制作から搬出入までが行える家だった。
「オレの条件だと、やっぱり戸建てかマンションの低層階とかかなぁ。でも、戸建てでセキュリティーばっちりってとこ、あんまないよねん。警備会社頼むって手はあるけど」
「うちの実家はそうだな。警備装置とかも入れてるし警備会社と契約してる。だけど、常時警備してるわけじゃない。不審者の排除って点だけで言うなら、コンシェルジェとか警備員が常駐してるマンションのほうが、セキュリティーは安心なんだよな」
「なる~」
実際、現在天馬が住むマンションはその条件をそろえているのだ。一成は考え込むような顔をして、「ならやっぱりマンションの低層階かなぁ」とつぶやいている。
天馬はその様子を見つめつつ、二人で暮らすという現実が少しずつ近づいていることを感じて、くすぐったい気持ちになる。実際に物件を見ているわけではないし、何一つ具体的な形になっているわけではないけれど。それでも、いつかの未来がきちんと明日の続きになっているのだという実感がわいてくる。
「――うーん、マンションってやっぱり、間取り的に搬出とか結構難しいかも?」
スマートフォンを取り出して何やら検索をしていた一成が、言葉を落とす。どうやら、いくつか間取りを見ているらしい。ほら、とスマートフォンの画面を見せるので、額をくっつけるようにのぞきこむ。
「定期的に大きなもの持ち出すとか想定してないから仕方ないんだけどねん。間取りとかはどうしても決まっちゃうし」
「そういう意味だと、家建てたほうが早いんだよな。好きなように作れるから手っ取り早い」
スマートフォンに示されたいくつのか間取りを見てから、天馬は感想を漏らす。土地も建物も即購入できるだけの資金ならあるのだ。だからこその言葉であることを一成は理解していたので、何とも言えない微笑を浮かべて天馬を見つめてしまう。
「……なんだよ」
「お金持ちだなぁと思って」
心からの言葉だ。家を建てるためには諸々決めることもあるので、そこまで簡単に進まないだろうとは思うけれど、確かに間取りや設備、内装から外装まで自由に決定することが可能だ。
ただ、それは資金面に何の問題もない人間だからこその言葉だ。大概の人間は予算の枠内で取捨選択をするし、全てを自由にできるわけでもない。そもそも、住宅の購入は決して小さな買い物ではないので、そう簡単に「家を買う」という決断は下せないだろう。
さすがに天馬も、ぽんと家を買うとは思っていない。思っていないけれど、天馬にとって住宅購入はそこまで大きな買い物でもないことを、一成は薄々察していた。
二人で住む家を探すにあたって、まずは賃貸がいいか購入するか、そのための予算はいくらまでか、など諸々は決めてある。話が具体的なものに及ぶにつれ、一成はいやでも天馬の収入について考えることになったし、相当な額を稼いでいることは察した。
薄々思ってはいたのだ。天馬はあまり頻繁に買い物をする人間ではないし、MANKAI寮で鍛えられた結果意外と庶民派なところもある。
なのでわかりにくいけれど、ごく自然に手に取るものが結構な金額のブランド品だったりする。それに何より、一成は知っている。天馬は「ここぞ」という時に支払うお金に関して、一切のためらいがない。
最近では、プロポーズのために訪れたヴィラがそうだった。あの時は突然だったので、もちろん一成は一切お金を払っていない。ただ、二人で泊まった場所なので一成も支払するつもりだった。
天馬が稼いでいることは知っていても、だからと言ってお金を払ってもらう理由にはならないからだ。それはMANKAI寮にいる頃からそうで、売れっ子俳優として稼いでいる天馬であろうとも、夏組で出かける時は普通に六人で分割(年下組は若干の減額)するのが常だった。
なので、今回もそうするつもりで値段を聞いた一成は、思わず黙ることになった。
高いだろうなとは思っていた。プライベートビーチに、プールつきの宿泊施設。全てが高級品だとわかるたたずまいに、他の客とは一切顔を合わせなくて済むくらい、プライバシーに配慮された空間。秘密を絶対に漏らすことはないであろう、洗練されたスタッフによる接客。
オンシーズンだったことも加味されて、予想外に高額だった。
払えるか払えないかで言えば当然支払えたけれど、ちょっと考えてしまうくらいの価格だった。天馬はそんな一成に気づいていたし、「オレが勝手にやったことなんだからオレに払わせろ」と若干押し問答にもなったのだ。最終的には完全な折半にしない、ということで落ち着いたけれど。
そういう諸々の上に今の発言がある、と一成は理解している。今までは薄々察していたくらいで、具体的な金額を聞いたことはなかった。ただ、さすがにここまで来たらちゃんと聞いておいたほうがいいんじゃないか、と一成は思った。なので、一成はそっと口を開く。
「あのさ、テンテン。テンテンの年収って聞いてもいい?」
直球で投げた質問に、天馬は目をまたたかせた。気を悪くすることはないだろうと一成は思っていたけれど、意外ではあったのかもしれない。
「なんとなーく、予想はしてるんだけどさ。やっぱり、今後のこと考えたらちゃんと知っておいたほうがいいかな~と思って。これから一緒に暮らすわけだし」
知らなくても、自分の稼ぎでどうにかなると言える程度に一成も稼いではいる。その辺の話はしているので、天馬も一成の収入は把握しているはずだ。
ただ、具体的に天馬がいくら稼いでいるのかを聞いたことがなかった。別に知らなくても問題ないし、と思っていたからだけれど、これから一緒に暮らすにあたって、金銭的なことはちゃんとしておいたほうがいいだろう、と一成は考えを改めた。
生活するにはお金がかかる。そのための収入と支出の流れを明らかにしておくことは、今後の生活のためにも重要という判断だ。
天馬は一成の言葉に「ちょっと待ってろ」と言って、寝室へ歩いていった。リビングに残された一成は、ほっと息を吐き出す。怒ったりはしないと思っていたけれど、嫌な気持ちにさせたら嫌だな、と思ったのだ。天馬はそんな素振りも全然なかったので、よかった、と思っている。
ほどなくして、天馬が戻ってきた。手には一冊のファイルを持っている。一成の隣に座ると「ほら」と言ってファイルを差し出すので、一成は「これなに?」と言いながら受け取った。天馬はあっさり答える。
「去年のオレの収入」
中を見れば、どうやら税金関係の書類らしかった。事務所で諸々の手続きを取っているはずなので、その結果をまとめたものなのだろう。テンテン、こういうのちゃんと保管しててえらい!という意味で感動した一成だけれど、昨年の総収入額を見た瞬間固まった。
数字の羅列に三回ケタ数を数えて、間違いではないことを確認する。思わず笑ってしまったのは仕方ない、と一成は思う。
「――オレの年収、一ヶ月だけで余裕で稼いでんね?」
純粋に12で割った額は、一成の年収より多いくらいだ。天馬は「そうだな」と言うだけで、特に何の感慨もなさそうだった。天馬曰く、概ねそれくらいの額は毎年稼いでいるし、最近では増加傾向にあるらしい。
普段、天馬のことを芸能人だとあまり意識したことがない一成だけれど、さすがに具体的な金額を見ると「テンテン、マジでめっちゃ売れっ子だったんだな」と思う。
「いやー、マジですげーねテンテン。ほんと、寮入っててよかったと思うよ……」
もしも天馬がMANKAI寮にも入らない状態で今のこの収入だったら、立派なセレブに育っていただろう。スーパーの特売など欠片も知らない人間が出来上がっていたに違いないし、コンビニで買い物したことあるのかな、なんて事態になっていたのではないか、と一成は思う。
MANKAI寮で暮らした結果、だいぶ庶民派の生活になじんだし、節制の精神が叩き込まれたのは幸いだったと言わざるを得ない。
「そうじゃなきゃ、オレと絶対話し合わないと思うもん」
一成の生家もそれなりに裕福だという自覚はあった。しかし、天馬の場合は次元が違うのだ。MANKAI寮でだいぶ認識が庶民派になった天馬ではない場合、金銭感覚に恐ろしい隔たりが生まれていただろう。
「金銭感覚の違いって離婚の理由になるらしいからねん。よかったよね、MANKAI寮のおかげでオレらわりと金銭感覚近くなって」
一成の言葉に、天馬がぎょっとした顔をした。「離婚」という言葉に反応したらしい。一成は明るく笑って口を開いた。
「オレらはだいじょぶって話! まあ、時々テンテンお金の使い方ぶっ飛んでるけど、特売品とか見切り品買っても問題なしじゃん?」
「安く買うことにかけては、左京さんに叩き込まれたからな……」
遠い目をして天馬がつぶやく。その辺りはMANKAI寮に入居していたものなら自然と身につかざるを得ない。そういう部分が似通っていることは幸いだろう。
「でも、テンテンだいぶオレに合わせてくれてるだんねん。本当ならもっと、高いところでも平気っしょ」
「お前に無理させても仕方ないしな。まあ、どうしても気に入ったところがあって、金銭的に難しいっていうならオレが多く出す。これくらいはさせろ」
何のために稼いでるんだ、とでも言いたげな顔に一成は「ふふ」と笑みをこぼした。
できるだけ平等に分け合いたいとは思っている。ただ、どうしたって稼いでいる金額に違いはあるので、比率の問題的には天馬に頼る部分も出てきてしまうのかもしれない。天馬もそれを望んでいる節はあるし、多少は考慮に入れたほうがいいのかな、なんて考えていた。
「それじゃ、もうちょっと予算額増やして考えてみる? 選択肢増えるし」
「そうだな。場所は大体、アクセスいいところにしてるし。いい物件あったらいいんだけどな……」
「でもこういうのって、時期決めないと中々これだ!ってなんないんだよね~。まだいいのあるかもって思っちゃうから」
心情的にはすぐにでも引っ越したいとは言え、状況的に必要に迫られているわけではない。絶対この日までに、という期限は存在していないのだ。そんな時にどうしたらいいかを一成はよく知っていた。
「だから、一応期限決めとこっか。いつぐらい引っ越し予定にしとく?」
「――春くらいには仕事も落ち着くはずだから、それ以降だな。夏くらいか」
一切オフのない生活も、春くらいまでという目算である。となれば、それ以降には本格的に物件を選べるだろう、というわけで夏を目途にするということで話が落ち着く。
少しずつ、予定が具体的になっていく。いつかの未来だったはずのものが、現実になっていくのだという実感が湧いてきて、二人は照れたように笑い合う。遠くはない明日に、共に過ごす日が待っているのだと思うと、これからの日々も乗り越えていけるだろうと思えた。
「夏ぐらいには引っ越すって言っておかないとねん。監督ちゃんたちと、夏組のみんなと、あとパピーとか。前は結構急だったから、びっくりさせちゃったし」
一成の突然の行動には慣れた顔ぶれではある。ただ、慣れたとは言え急な報せに驚かないわけではないので、わかっているなら先に言っておいたほうがいいだろう、という判断だ。天馬は一成の言葉に「そうだな」とうなずいてから、声の調子を変えて言った。
「一成、お前の家族に挨拶に行きたい。二人で暮らすんだ。今までとは違うだろ。ちゃんと話がしたいんだ」
本当なら、プロポーズをしたすぐあとにでも挨拶に行きたかった。しかし、一切のオフがないという状況では、とても一成の家族と顔を合わせる時間が取れなかったのだ。
それをずっと申し訳ないと思っていることは、一成も把握はしていた。ただ、自分の家族はそこまで気にしないという事実も理解していたので、「テンテンの時間ができた時でいいよ」とは伝えていたのだ。
新居を選ぶ時間が取れるということは、挨拶にも行けるということなので、確かにちょうどいいタイミングなのかもしれない。一緒に暮らす報告もできるし。
「お前と一緒に生きていくんだって、ちゃんと挨拶して認めてもらわないとだからな」
「――そんな改まらなくたって平気だと思うけどねん」
真剣な顔で言う天馬に、照れくさそうに一成は告げる。そんなに仰々しくなく、ちょっと顔見せるくらいでいいんだけどな、と思っているのだ。両親は格式ばった形にこだわるタイプではないと、一成自身よくわかっているので。しかし、天馬は若干不満そうに答えた。
「お前はちゃんと挨拶しただろ。ならオレだってちゃんとしたい」
きっぱりと言う様子に、そういう天馬の誠実さが好きだなぁと改めて一成は思う。同時に思い出すのは、天馬の両親への挨拶のことだ。
「……でも、オレだってそんなちゃんとしてないよ? 事務所で面談したくらいじゃん」
天馬の両親へ挨拶をしなくては、と思ってはいたのだ。ただ、彼の両親は天馬に輪をかけて多忙である。そもそも日本にいないことも多いため、顔を合わせるのは中々難しいだろうと思っていた。
しかし、ある日突然天馬のマネージャーである井川に、事務所へ来てくれと呼び出されて、気づいたら面談が始まっていた。
もっとも、皇夫婦は共に多忙である。両方そろって帰国することは叶わなかったようで、一成は母親・父親それぞれと二度の顔合わせを行っている。
「それに、オレの場合はテンテンのマネージメント的に、いがっちから色々情報行ってたし」
天馬の人生は天馬だけのものではない、というのは芸能人・皇天馬への共通見解である。だからこそ、天馬の伴侶として一成とのあれこれを井川はきちんと報告していた。
つまり、顔を合わせた段階で事情は全部把握していたわけで、同性と付き合っているだとか伴侶として選んだとか、そういう諸々はすでに承知の上での面談だったのだ。
「いきなり帰ってくるから、同席できなくて悪かったな」
「だいじょぶだよん。テンテンのマミーめっちゃやさしかったし、それにパピーの時は来てくれたじゃん」
「追い出されたけどな……」
最初に顔を合わせたのは天馬の母親だった。しかし、突然の帰国だったので天馬は遠方にいたため事務所には来られず、一成は最後まで二人きりという事態だった。
父親に関しては日本での仕事情報を天馬が把握していたため、当日事務所にはいたのだけれど、「二人だけで話をするからお前は退席しろ」と言って追い出されたので、結局二人きりだったのだ。
「テンテンのパピーもやさしかったよ」
「どうだか。やさしかったらオレも同席させるだろ」
一成の言葉に、天馬は不貞腐れた雰囲気で答える。ただ、一成にとってそれは嘘偽りのない本心だ。本当に、天馬の両親はやさしかった。
井川からの報告で全てを知っている、ということを聞いていた一成は、どんな非難も受け入れなければ、と思っていた。一人息子が選んだ伴侶が同性である、なんて認められないと言われても仕方ないと覚悟していた。
しかし、いざ対面してみれば非難の言葉は一切なく、どちらかと言えば天馬と上手くやっているかどうかの心配だったので一成は拍子抜けした。そこはもう全力で、いかに自分が天馬を大好きで天馬にも大切にしてもらっているかを話したけれど。
あとになってその話をした時、天馬は「まあ、そうだろうな」とすんなり答えた。
曰く、井川から報告を受けて何も言ってこない時点で、オレたちのことはとっくに認めてる、ということらしい。反対してたり文句があったりしたら、絶対に何かを言ってくるのにそれがなかったことが答えだ、と。一成としては、正直会う前に言ってほしかった。
「うん、でも、テンテンのパピーとマミーにちゃんと会えて、話できたのは嬉しかったよん」
天馬と一緒に結婚の報告をする、という形ではなかった。その辺りは、井川の報告で大体済んでしまっていたし、夏組として天馬の両親とは何度か顔合わせたこともある。
だから、一成の人柄を知るだとかそういう雰囲気でもなく、単純に話をする機会を設けてもらった、という認識だったけれどそれが一成には嬉しかった。天馬はあまり両親との思い出がないと言う。それでも、天馬は確かに愛されて大事にされてきたのだと知ることができたのが、何よりも嬉しかったのだ。
「一緒に住むって報告もできたらいいんだけどねん」
「まあ、そこはいつ帰ってくるかわからないからな……」
息子である天馬にも把握できないくらいなのだから、一度とは言え一成と顔を合わせて話ができたことは幸いだったということなのだろう。よかったな、と思いながら一成は明るく口を開く。
「オレもそんなにちゃんとした挨拶ってわけじゃないから、テンテンも軽い気持ちでいいんだよん!」
そんなに改まらなくてオッケーだし、という気持ちで続けるも、天馬は「いや」と首を振る。まあ、そこは天馬なのでそう答えるかな、と思っていたので想定内ではある。
「オレのほうとは先に話通したって感じになってるだろ。そういう意味でも、やっぱりちゃんと挨拶がしたいんだよ」
真面目な顔で天馬は言う。確かに、天馬側とは大体話が済んでいるという状況にも関わらず、一成側とは一切話が進んでいないので、非対称な現状ではある。天馬にはそれが気にかかるらしい。
「それはそうなんだけど――でも、テンテンはちょっと特殊じゃん? 今後のことがあるから、全部先に話しておかないとだめだし」
天馬側のほうが先に話が進んだのは、ひとえにビジネス的な問題ゆえだ。皇天馬という商品を売り出していくにあたって、どういう対応を取っていくのかを決定する必要があった。そのため、井川や皇夫妻には早々に話を通さねばならず、結果として天馬側では話が大体完了していた。
「それはオレの事情で、お前には関係ないだろ。なのに全然話ができてないし、だいぶ報告が遅くなってるのも事実だ。だから、ちゃんと挨拶したいんだよ。お前の大事な人なんだから」
ただでさえ、天馬にとって一成の家族とは目の前にいる大事な人を愛してくれた人たちだ。加えて、一成が家族を大切にしていることを、天馬はよく知っている。大事な人の大事な人には、誠実でいたかったのだ。
だから、報告が遅くなってしまったこと、自分のほうばかり先に話を通してしまったこと、諸々を含めて、きちんとした形での挨拶がしたかった。それで足りるかどうかはわからなくても、せめてもの誠意を形にする必要があると思ったのだ。
一成はそんな天馬の気持ちを、充分に理解はしている。ただ、そこまでのものを自分の家族が求めないことも同じくらいに理解していた。
「――テンテンがそう言ってくれるのはすげー嬉しいんだけどさ。でも、マジでほんと、そんなの気にしなくて平気だからね?」
報告が遅くなったとか、先に話が進んでいるとか、そういうことを気にするタイプではないのだ、本当に。天馬は小さく笑って、隣に座る一成の髪の毛をさらりと撫でる。
「それはわかってる。だから、これはオレのワガママだよ」
そう言われてしまうと、一成には何も言うことができない。本気で嫌がったら止めてくれるとは思うけれど、一成とて別に挨拶をしてほしくないわけはないのだ。だから、「テンテンがいいならいいんだけど」と答えれば、天馬は嬉しそうに笑った。その反応に、一成は言葉を落とす。
「――その前にパピーたちに話しないとだねん。めっちゃびっくりしそう」
小さく笑みを浮かべて、一成が言う。一成は、家族に付き合っている人がいるとは告げていない。交際を隠すとはそういうことで、家族にすら天馬との付き合いは口にしてこなかった。プロポーズを受けてからも、何も言っていないことを天馬は知っている。
「ほんと、びっくりさせちゃうなぁ」
ぽつりと落ちた言葉に、天馬は一成の頭を撫でた。
独り言のような声は、笑みとともに唇に乗せられた。しかし、どこか憂いが潜んでいることを天馬は理解している。
一成は今まで一度も、家族に対して自分自身の交際について口にしてこなかった。それは付き合っている相手が天馬で、他に知られるわけにはいかなかったからだ。だけれど、もう一つ。同性の恋人の存在を告げることをためらっていたのだということも、天馬は知っている。
一成は自分の家族を信じている。きっと受け入れてくれるし、否定することはないと思っている。少なくとも、生まれてから今日まで過ごしてきた家族はそういう人たちだ。わかっている。それでも。
「――大丈夫だ。不安に思っていい。怖いならオレの手を握ってろ」
天馬はそう言って、一成の手を握った。一成は一瞬戸惑ったように視線を揺らしてから、天馬の手を握り返す。
「……ごめん、テンテン」
「謝ることじゃない。不安に思うのは当然だろ」
一成がためらっているのは、どうしたって同性を伴侶にすることはマイノリティだからだ。家族は受け入れてくれると信じている。それでも息子がマイノリティであることに少なからずショックを受けるかもしれない、と思ってためらっている。
一成は、自分のせいで誰かが傷ついたり、悲しい思いをしたりすることをひどく恐れるからこそ。
同時に、そうやって口に出せないことを天馬への裏切りだと思っていることも、予想がついていた。だから天馬は言うのだ。不安に思っていい。謝るな。怖いなら、オレがそばにいる。
「ほんと、テンテンはカッコイイなぁ」
ぎゅ、と手を握る一成が、天馬の肩にもたれかかってそう言う。
天馬自身は、自分がマイノリティに属することを告げることにそれほどためらいはなかった。そもそも芸能人なんて職業自体、希少性を重んじているのだ。生まれた時からそういう環境で、むしろマジョリティに属することのほうが少なかった。
だから、マイノリティであることに対して、両親だってそこまでマイナス感情があるとは思っていなかった。たとえあったところで、天馬は自分が心から納得したことであれば邁進できる。そこに他者の関与する余地はない。
だから、己の選択で周りに生まれてしまう憂いや悲しみを考えて立ち止まってしまう一成のことを、素直にすごいな、と思っていた。自分の心を分け与えるように、やさしいまなざしを向ける一成を、大事に思いこそすれ裏切りだなんて思うわけがない。
そして、一成が立ち止まってしまうなら自分を頼ってほしかった。立ち止まらずにいられることを強さだと言うなら、カッコイイと言ってくれるなら、その強さで一成を引っ張ってやれるのだから。
「一成相手だからな。当然だろ」
そう言って、一成の前髪をそっとかき分けてキスをした。いつだって、どんな時だって、天馬は一成にはカッコイイと思ってもらいたいし、そういう自分でありたいのだ。
一成はびっくりしたように目を見開いたあと、頬を染めて笑った。真っ直ぐ天馬を見つめて、心からといった調子で言葉を落とす。
「うん。テンテンは宇宙一カッコイイよ」
嬉しそうにそう言うと、「ほんと好き」と続けるので。天馬は空いた手で一成の肩を抱き、その体を抱き寄せた。
END
天馬の年収すごいんだろうな~という話。MANKAI寮で暮らしてなかったら、本当天馬の金銭感覚ぶっ飛んでたのでは……?と思ってます。今でもわりとちょっとお金の使い方平気か??みたいなことしてる気はするけど。
両家挨拶の状況について考えてたら、天馬側大体終わってるなと気づく。