劇作家はかく語りき
第一にうるさい。第二になれなれしい。第三に面倒くさい。
皆木綴にとって、高校の先輩である三好一成の印象はおおむねそんなものだった。悪い人でないことはわかっているし、デザインセンスに関しては素直にすごいと思っている。ただ、あまりにも自分とは住む世界の違う人間なので、そう深く関わることはないだろうと思っていた。
しかし、綴がMANKAIカンパニーのサイトとフライヤー作成を依頼したことがきっかけで一成は夏組へ所属することになった。そこで綴は、一成の知らない一面に多く出会ったのだ。明るさに隠された真摯さだとか、笑顔の裏に潜む気遣い、夏組をはじめとした仲間たちに対する深い愛情、作品へ真剣に向かい合う姿。それは高校生の綴では決して知りえなかったもので、同じ劇団に所属しなければ一生目にすることはなかっただろう。
そんな顔をするんだな、と思ったことが何度もある。稽古中や本番の板の上。夏組みんなで遊んでいる時、課題に向き合っている時。ただ明るいだけの先輩だと思っていた一成は、劇団で実に色々な表情を見せるので、高校時代の印象はずいぶんと変わっていた。
とはいえ。楽しいことや面白いことが好きで、イベントとなれば誰より張り切って、ともすれば自分から様々なアイデアを発案するタイプであることは間違いなかったし、ついでに言うなれば人を巻き込むことは日常茶飯事だった。
だから、今度の脚本の打ち合わせのために訪れた劇団で、おおよそ終わりが見えたのでそろそろお暇しようかとしたところで。
「皆木さん、何かMANKAIカンパニーっていうか夏組が騒ぎになってますよ」
と言われた時、真っ先に「またあの人なんかやったのか!?」と一成を思い浮かべた綴のことは、恐らく誰も責められない。
ソファの置かれた休憩室には、誰が持ち込んだのかノートパソコンが開かれている。映されるのは配信中の動画で、天馬や一成の姿が見える。集まっていた劇団員たちは、綴の登場に場所を譲ってくれてノートパソコンの最前に座らせてくれた。綴がMANKAIカンパニー所属ということは当然全員知っているので、一番気になるだろう、という配慮だった。
すみません、と恐縮しながら画面の前に座った綴に、初期のほうから事態を見守っていた劇団員がおおよその事情を教えてくれる。
最初は、皇天馬のスキャンダル記事だったという。曰く、皇天馬と三好一成は恋人同士であり、結婚間近である。天馬はそのための婚約指輪を用意するために連日宝飾店に通っている云々。それだけでもそれなりに話題になっていたけれど、輪をかけたのは天馬に対する突撃取材生配信だった。
オフの天馬に対する取材の様子がリアルタイムで配信されて、ネット上は大いににぎわっていたらしい。そこには、日本でその名前を知らない人間などいない皇天馬に同性の恋人がいて、あまつさえ結婚間近である、という報道に対する下世話な好奇心や揶揄がそれはもう大量に含まれていた。
心無い言葉が並んだであろうことは、綴にも想像できた。天馬と一成の関係性については、以前も取り沙汰されたことがある。あの時は、一成による配信が最終的に夏組配信になり話題を呼んで、天馬のスキャンダルはうやむやで流れたけれど、二人の関係がどんな風にとらえられていたのかを、綴もよく知っている。
もちろん、全ての人間が口汚く彼らを罵ったわけではない。それでも、事態を心配して途中から配信を見ていた綴でさえ見つけられる程度には、二人の関係について嫌悪を示すコメントは時々流れていた。恐らく今回もそうなのだろうと察することはできた。
同時に、綴はさっき一成に「すわまた何か面倒事を巻き起こしたのでは」と思ったことを内心で詫びる。ノートパソコンから流れる配信画面では、天馬と一成が別れ話に発展しそうな恋人同士を演じている。突如始まったストリートACTであるものの、その意図を綴は充分理解していた。これは、一成が天馬を守るために始めたことだ。一成ならきっとそうするのだと、綴はもちろん、MANKAIカンパニーのメンバーならばきっと誰もが思っている。
◆◆◆
天馬と一成の関係について、ハッキリとした言葉で語られたことがあるわけではない。元々夏組は全員仲がいいし、一成自身パーソナルスペースがやたらと狭い。天馬と一成がゼロ距離でくっついていたところで、カンパニーの人間はいつものことだと思うだけだ。
だから、綴が二人の関係について本格的に意識したのは、ここ数年のことだった。大学時代の天馬が一成と接する雰囲気に「ん?」と思ったことはある。ただ、それは些細な違和感程度だったのであまり深く考えてはいなかった。ハッキリと認識したのは椋の大学卒業を記念した公演のあとだろう。一成が欧州から帰ってきた時期でもあり、あの辺りから二人の関係が何となく違って見えるようになった。
あからさまに恋人同士である、という振る舞いをするわけではない。人目をはばからずいちゃつくとかそういうことは全然なかったのだけれど、たとえば一成が天馬を呼ぶ声だとか、天馬が一成へ伸ばす手だとか、一瞬だけ交わる視線だとか。端々からあふれるものに、他とは違う色が見えるようになった。それは恐らく、とても些細なものばかりだけれど。声ではなく伝わる心があるのだと、はっきりと理解できた。
二人が特に何かを言うわけではないから、カンパニーの団員たちも何も言わずに二人へ接していた。夏組には何らかのコメントがあったのかもしれないけれど、自分たちは違う。恐らく、ほとんどの団員が気づいてはいたけれど、ハッキリと言われたわけでもないし、決定的な場面を目撃したわけでもないので、わざわざ口にすることはないだろう、というのが団員たちの見解だった。
だけれど、何となく見守ってはいたのだ。決して恋人同士だと口にすることはない、それでも互いを大切に思い合う彼らを。
そんな顔をするんだな、と思ったことが何度もある。高校時代の、誰にでも話しかけてすぐに仲良くなる姿だけではなく、真剣な顔や怒った顔、泣きそうな顔を知った時にも思ったけれど。何より一番は、天馬を前にした時に一成が浮かべる表情だ。
基本的にはいつも明るく、テンション高く天馬を構っていて、その姿は比較的見慣れた姿だ。だけれど時々一成は、泣き出しそうな顔で天馬を見つめていることがあった。しかし、それは決して悲愴なものではなく、どこか凛とした決意を感じさせた。まるで何かの祈りのような。敬虔な殉教者のような。そういう表情だった。
思えば、夏組を前にした時も一成はそんな種類の表情を浮かべていたことを、綴は知っている。
誰が持ってきたのか、中庭に子ども用プールが設置されていて、夏組が遊び回っていたことがある。水鉄砲を装備した一成や九門が、天馬や三角、椋に向かって水を掛ける。応戦する彼らと、呆れたように、それでも笑みを浮かべている幸の姿。どこにいても声が響いてくるようで、そのにぎやかさはまさに夏組だ、と誰もが思っていた。
あまりうるさくすると左京さんに怒られるぞ、と思った綴が中庭を通りかかった時だった。プールではしゃぐ夏組を横目にとらえた時、一成の表情が目に入った。さっきまで、大きな口を開けて笑っていた一成は、きゅっと唇を結んでいた。目を輝かせて水鉄砲で攻撃を仕掛けていた姿はそこになく、ただひっそりとたたずむ姿はしんとした静けさに包まれていた。
恐らく一瞬だったのだろう。すぐに一成は水鉄砲を構え直すと「カズナリミヨシ特製ビーム☆」と言いながらプールの夏組へ突進していった。
しかし、そのほんのわずかな時間に浮かべていた表情を、綴は覚えていた。目の前で楽しそうに遊んでいる夏組を見つめる、その横顔。そこにあるのは、紛れもない愛おしさと確かな決意だった。今自分が両手に抱えている大切なものを、守っていこうと心に決めた横顔だった。
天馬を前にした時も、一成は似たような顔をすることに綴は気づいた。夏組を前にしたものによく似ているけれど、少しだけ違う。どこかに甘さをにじませて、はっとするようなあざやかさを持っているのだ。
だけれど、あふれだす愛おしさと、心に秘めた決意は同じだった。夏組と天馬。少し違った色をしていても、それでも一成はずっと前から決めているのだ。大事なものを守るためにできることがあるなら何だってするのだと。大切な宝物みたいな夏組の彼らを、天馬を守るためなら、一成は何を差し出しても厭わない。
そこまでハッキリと理解している人は少ないかもしれない。それでも、恐らくMANKAIカンパニーの団員ならば、一成の秘めた決意には大なり小なり気づいているはずだった。綴は比較的そういったことの察しは悪くなかったし、何よりも高校時代の一成をよく知っているからこそ気づいたのだろう。
だって、綴は思ったのだ。中庭のプールで、天馬が一成の名前を呼んだ。大きな声でこっちに来いと手招いたその時。大きな口を開けて、からりとよく晴れた真昼みたいに笑う一成が。楽しくて仕方ないってハイテンションで、愉快そうに大笑いする一成が。不意にこぼしたほほえみに思ったのだ。
三好さんは、そんな風に笑うのか。
目を細めて、ばら色の頬をして。眉を下げて、何かをこらえるような顔をして。痛みと幸せを一緒くたにしたみたいに笑うのか。
◆◆◆
「にしてもこれ、どうやって終わるんだろ?」
配信画面を見ていた劇団員の声に、綴はハッと我に返る。画面では、夏組が全員集合してテンポのいい掛け合いを行っている。相変わらずの漫才っぷりに、配信を見守る人たちからも笑い声が聞こえてきていたのはさすが夏組といったところだろう。
しかし、どこまでも際限なく掛け合いを続けてしまえるのが夏組の夏組たる所以である。長年培ってきたスキルとしてアドリブが尋常なく上手い、ということもあるけれど、根本的に夏組の彼らは日常会話がすでに掛け合いなので、放っておくと終わらない。
『――だから別れないでください! 結婚してください!』
幸の切実な声が、画面から聞こえてくる。話が本筋に戻ってきたことを綴は察するし、周囲もそうだろう。夏組は彼ららしい掛け合いを織り交ぜながらも、物語を終幕へ向かわせる。天馬と一成が演じる恋人同士は、果たして再び手を取り合えるのか。それともこのまま別れてしまうのか。答え合わせが開始されるが、一成はすでに別れを決意しているようで、天馬のどんな言葉にもうなずかない。未来の崩壊を防げない、と重苦しい空気が流れて場面が一気にシリアスへと変調する。
画面を見守る劇団員たちが真剣なまなざしを注いでいるのは、物語に入り込んでいるということもあるだろうけれど、恐らく演技者としての観点からでもあるのだろう。誰の演技がいいだの、今の表情が良かっただの、という感想がちらほら聞こえる。
「指輪かな?」
「アイテム的にはちょうどいいよね」
今後の展開を予想する声に、綴も内心で考える。確かにこの場合、散々言葉を否定しているからもはやそれ以外の方法で相手をうなずかせるしかないわけで。指輪を贈る、というのはそれだけである種の答えになるのは確かだ。そう思いはしたのだけれど、綴は微妙な違和感を抱えたまま画面を見つめていた。
すると、天馬が動いた。この場合、行動を起こすのは天馬しかいないからそれは完全に予想内だ。一成に相対した天馬は少しばかり何かを考え込む素振りをしたあと、意を決したように一成へ手を伸ばした。
『言って分からないなら――』
天馬はそう言いながら、左手で一成の肩をつかむ。ん?という空気が休憩室に流れた。さらに天馬が右手で一成の頭を包み込むように固定した辺りで、休憩室がざわつきだす。戸惑いや困惑の類ではなく、あれこれはもしかして、といやそんなまさか、が混合した空気。綴はすでに遠い目をしかかっていた。
だってこれ、絶対、天馬、お前。
高揚感にも似たものが満ちた休憩室。固唾を飲んで見守られる画面の中で、天馬と一成の唇が重なった瞬間。休憩室が揺れた。
キャー!ともギャアアアア!とも言えない悲鳴が響いて、なぜか綴はバシバシ肩を叩かれる。その間にも、画面の中の二人のキスは続く。それは、画面越しでもハッキリとわかるくらいに、愛し愛される二人の口づけだった。たぶんこれは、この瞬間だけは、どんな役でもなく天馬と一成が交わす口づけなのだと理解しているのは、恐らくMANKAIカンパニーの人間だけだろう。
あからさまな振る舞いをするわけではないし、人目をはばからずいちゃつくということもない。だから、MANKAIカンパニーのメンバーは「二人は恋人同士なんだろう」とは思いつつ、決定的な答えを提示されたことがなかった。それなのに。
まさか、全世界に配信中の動画で答え合わせがされるとは誰が思うか。
内心で思う綴の頭に浮かぶのは、天馬の横顔だ。画面の中で、堂々と一成へキスをする。何一つ後ろ暗いことなどないと、こうすることが当然だというみたいに。その姿に、綴は思い出す。そんな顔をするんだな、と思った時のことを。
◆◆◆
とある劇団から招待席を用意された。親交もあったし最近評判の劇団だったから、都合をつけて観劇に赴けば、関係者席には天馬もいたのだ。
期待に違わず素晴らしい舞台だった。楽屋へ挨拶に行って感想を伝えて、次の日予定があるのでそのまま劇場を辞す。すると、ちょうど自分も帰るところだからと、天馬が自分の車に乗ればいいと声を掛けてくれたのだ。
最近根を詰めていたこともあり、ありがたくその申し出を受けて井川の運転する車に同乗させてもらう。天馬と顔を合わせるのは久しぶりだったけれど、隔てた時間が障害になるような関係でもない。昨日も顔を合わせていたような気安さで、何でもない話をしていた。
近況報告や今の舞台の感想、最近のMANKAIカンパニーの様子などを話している時、ふとした流れで一成の名前が出たことがある。何だかんだで、綴と天馬共通で関わりの深い人間でもあるので、それ自体はいつものことだ。別に二人の関係に配慮して名前を出すのをためらうといったこともないので、普通に話をしていたはずだったのだけれど。
一成の名前を口にする天馬の表情に、あれ、と思ったのだ。たとえば恋をしている甘酸っぱさだとか、衝動にも似た恋情だとか。そういうものなら、言葉にならないだけで二人の間にあるのは当然みたいなものだったので、わざわざ綴も気にはしなかった。だけれど、その時天馬の浮かべた表情は、もっと落ち着いていておだやかで、静かだった。
天馬は、よく言えば素直で悪く言えば子どもっぽい。成長するにつれて大人としての落ち着きを身につけてはいるけれど、特にMANKAIカンパニーでは感情がすぐ表に出やすい。だから、誰かを強く思う心が傍から見てもわかってしまうことが多くあった。言葉ではなく、雰囲気で仕草で、一成に向かう心を示すように。
だけれど、たった今、一成の名前を口にする天馬は、どんな心も表に出してはいなかった。それが天馬と一成でなければ、二人の関係に終止符が打たれたと思ったのかもしれない。だけれど違うのだと、綴は理解する。その表情は落ち着いていて、凛として、ただ静かな覚悟を宿していたから。
天馬の演技力には綴もだいぶ助けられたし、頼りになることは知っている。それでも、綴にとって天馬は可愛い後輩の一人であり、何となく弟のように思っている節がある。
だけれど、今、目の前で一成の名前を口にする天馬は、ひどく大人びた顔をしていた。
甘酸っぱい恋ではなく、衝動的な恋情でもない。己の身の内に宿る心を、あふれだす心を知っていて、それら全てを抱えていく。本能だけでも理性だけでもない。自分の人生丸ごと全部で覚悟をした人間だけが持つ、しんとした静けさだった。
子どもっぽくて、弟みたいな天馬はそこにいない。一成の名前を口にする時に浮かべた表情がきっと答えなのだと綴は思う。そんな天馬を見たことがなかった。恐らくそれは一成だけに向けられる表情で、天馬はそんな顔をするんだな、と綴は不思議な気持ちで見ていたのだ。
◆◆◆
配信中の画面では、長いキスが続いていた。これが天馬の覚悟なのだと、理解している人間はMANKAIカンパニーの人間しかいないから、周囲の人たちは興奮気味に声を発する。
「いや、すごいな皇天馬!?」
「これだけ堂々とキスするのさすがプロ」
「絶対ふりじゃないもんなこれ」
「てか、男同士でもこれだけ絵になるのすごくない?」
「確かに。めっちゃ綺麗じゃん絵面が」
「キスだけでこれだけドラマ性出せるのもすごい」
「音楽とか一切なしでこれだもんね!?」
口々に言い合う間に、天馬と一成はゆっくりと唇を離した。それから続くのは、皇天馬による怒涛の愛の告白だったので、別の意味で休憩室が騒然とする。最近では恋愛ドラマ以外の出演が多くなっているけれど、天馬の恋愛ドラマ需要は高い。そんな天馬による全力の愛のささやきはとんでもない威力を発揮する。休憩室に集まった人間も「ひい」やら「皇天馬~」やら、謎のうめき声を発しているし、一成の薬指にキスをした時点で限界が来たらしい。ソファに突っ伏したり床に崩れ落ちたりしている人が多数だった。
「ガチの皇天馬えげつないな……」
「あれだけ全開で来られたらオレでもときめきそう……」
ボソボソと言い交わされる会話に、綴は遠い目をして思う。まあ、あれ、ガチで三好さん落としにかかってるからな天馬……。
そんなことを思っている間にも、夏組は演技を続けている。一成が天馬の言葉に答えたことで未来が守られたのだと幸が言い、場面は一気に明るい雰囲気になる。大喜びしながら喜びを表現してダンスを踊る四人。話が終わりに近づいたことを察したのだろう。
動いたのは天馬だ。一成の腕を引くと、改めてその体を抱きしめる。休憩室の人間が画面を注視する。一成はためらうように腕を浮かしていたけれど、それもわずかだ。背中に腕を回して天馬の体を同じように抱きしめ返す。力の限りに強く、強く。
絵に描いたようなハッピーエンドだ、と誰もが思った、その瞬間。画面の向こうから歓声と拍手が聞こえてくる。恐らく、その場に集まっていた人たちも理解したのだろう。これが終わりだ。これこそが、二人の迎えたハッピーエンドだと。
つられたように、休憩室の人間も拍手を送っているし、「面白かった~」「誰か皇天馬の恋愛ドラマ持ってない?」「鑑賞会したい」という声が上がる。「以上、MANKAIカンパニー夏組でした!」という一成の叫び声も、比較的落ち着いた調子で聞いており、このまま解散になるのだろう、と思ったのだけれど。
『――ってわけで、夏組全員集合公演、ゲリラ告知でした!』
顔を上げた一成がそう言った瞬間、休憩室の空気が変わる。「え?」「これ告知なの?」「待って、今の内容やるの?」――ざわざわとした声の中、配信画面の一成は明るい笑顔で言う。曰く、今度の夏組公演は全員集合なので、普通の告知じゃ面白くないからゲリラ告知に踏み切ったのだ、と。
「え、夏組全員で公演やるんですか皆木さん!」
「今の! 今の内容やるの!?」
配信画面では一成をはじめとした夏組が、突撃取材からのストリートACTの経緯を説明しているようだけれど、休憩室ではそれどころではなかった。今のゲリラ告知の内容の詳細を聞くのに最適な人物がいるのだから仕方ない。
「今の内容やるなら絶対見たいんだけど!」
「皇天馬のスケジュールどうやっておさえたんですか」
「え、待って、ってことはこれ、ストリートACTじゃなくて皆木さんの脚本だった……?」
「チケット販売いつ?」
「てか日程は」
「皆木さん、これどこまで知ってたんですか!?」
何一つ知らない。気づいたら始まって、気づいたら何か公演の告知になっていた。持っている情報は、ここの劇団員と何一つ変わらないのだけれど。
「いやまあ、その、詳しいことは公式発表を待ってもらえたら……」
とりあえずそう言うしかなかった。綴は何だか一気に関係者扱いされることになったけれど、情報なんてこれっぽっちも持っていない。
夏組全員集合公演って何だ。今のストリートACTを本公演でやるのか。さも最初から決まってたみたいな顔をしてるけど、そうなるとオレが脚本用意したのか。ってことはオレが二人のキスシーン書いたみたいな扱いになるのか。
ぐるぐると頭の中には色々な思いが渦巻くし、休憩室では劇団員からあれこれと質問が続く。それらに対応しながら、綴は思っている。
たぶんこれ、オレが脚本書くことになるんだろうな。絶対夏組全員集合公演成功させないとだめだし、たぶんこの感じだとストリートACTの内容をやることになるんだろうな。ここまで来たら、舞台上でめちゃくちゃいちゃつかせてやろうかな。
現実逃避気味でそんなことを思う綴だけれど、唇には笑みがのぼっている。恐らくそれは、今までずっと見守ってきた二人を思い浮かべたからだ。
高校時代の先輩と、大学時代の後輩。言葉にも態度にも現さずに、ひっそりと思いを育み続けた二人。そんな彼らが、人前であんな風に堂々とキスをしたというのは、きっと喜ばしい現実だ。
綴はそっと内心で、一成と天馬に声を掛ける。
何かいきなり巻き込まれたけど。びっくりしてるし説明しろよって思ってるけど。でもまあ、たぶんこれは二人にとっての幸せな結末だろうから。オレにできる精一杯ってことで、ご祝儀代わりに脚本頑張りますよ。
END
綴は人のことをよく見ていると夢見た結果。てんかず的にも、綴って後輩・先輩両方の立ち位置にいるから結構色々気づくんじゃないかなと思っている。ちなみに、他劇団員の反応が書いてて面白かったです。皇天馬の本気にやられてほしい。