「Four seasons has come!」立花いづみ:MANKAI劇場の観客
天鵞絨駅を一歩出れば、ビロードウェイのにぎわいに出迎えられる。カラフルな三角形の装飾に、「veludo way」と書かれた街灯フラッグ。フライヤーを配るたくさんの人と、あちこちでお芝居をしている人たち。
一歩踏み出した私は、道端で上演される芝居にわくわくした気持ちで思う。これがビロードウェイ名物ストリートACT……!
話には聞いていたものの、いざ本物のストリートACTを目にするとテンションが上がってしまう。ああ本当に天鵞絨町に来たんだなって実感して、どうしようもなく胸が高鳴る。だってずっと、いつか来たいと思っていた場所なのだ。
天鵞絨町。たくさんの小劇場があって、劇団員の聖地として有名。一般常識程度に知っているだけだった場所は、今や私にとって特別な地名になっている。
きっかけは本当に些細なことだった。暇つぶしにスマホをいじっていたら、たまたま目にしたインステライブ。MANKAIカンパニーという劇団に所属するイケメンたちは、仕事の告知だとかその時の思い出だとかを語っていた。
何てことのない話で、すぐに忘れてしまってもよかったのかもしれないけど。その時に宣伝していた雑誌の表紙がとてもすてきで、ちょっと探してみようかなって思ったし、何よりわきあいあいと語り合う劇団員の様子が、強く頭に残っていた。
出てくる誰もが楽しそうで、見ているだけでこっちも笑顔になってしまうような。何もかもが明るい光にあふれているような。お互いに対する信頼とか親愛だとか、そういうものが余すところなく満ちていくような。そんな空気を感じ取ったんだと、今ならわかる。
あのインステライブをきっかけにして、MANKAIカンパニーの情報を何となく集めるようになった。春夏秋冬四つの組があることを知り、各組劇団員も把握できるようになった。順調にカンパニーについて詳しくなっていって、配信の公演を見るようになるまで、そう時間はかからなかった。
初めは「一応見てみようかな」くらいの気持ちだったのに、一つの公演を見たら次の公演が見たくなる。春組に心をつかまれ、夏組と最高の時間を過ごして、秋組から胸を焦がすような炎をもらい、冬組の世界に惹きこまれる。
気がついたら、すっかりMANKAIカンパニーのファンになっていた。見られるものは全部見て、MANKAIカンパニーをもっともっと好きになって、いつかMANKAI劇場で生の舞台を見たいと思うようになった。
それまで天鵞絨町を訪れないでおこう、というのは一種の願掛けだ。天鵞絨町自体は、行こうと思えば普通に行ける。だけど、初めてMANKAI劇場を訪れるのは、観劇する日にしようと決めたのだ。
ただ、チケットの入手がなかなか難しいこともあり、現地での観劇チャンスは今まで一度もなかった。距離はそんなに遠くないのに、私にとって手の届かない場所だった。
だけど、今日ようやく天鵞絨町を訪れることができた。その事実を噛みしめると、走り出したいような気持ちになる。だって今日私は、初めてMANKAI劇場でMANKAIカンパニーのお芝居を見るんだから!
高鳴る鼓動を感じながら、鞄を開いた。チケットケースには、何度も確認した通り一枚のチケットが入っている。やっと手に入れることができた、春組公演のチケットだ。ようやく春になり始めたこの季節に春組公演を見られることが嬉しい。
ちゃんと持ってきていることを確認してから、私はゆっくり歩き出す。時間までまだ余裕はあるけど、迷わないようMANKAI劇場の位置を確認しておこうと思った。
ただ、ビロードウェイを奥へ進んでいくと、次第に人通りが減って静かになっていくので、何だか不安になってくる。一本道だからあってるはずだけど……この方向で大丈夫かな……。
周囲を確認しようと、一旦立ち止まる。今回の春組公演フライヤーに地図があったはず……と取り出しかけた時だ。手が滑って、フライヤーが指先から離れた。小さな風に吹かれる。ひらひら舞って、少し先の道の上へ落ちた。
飛んでいったら困る、と慌てて駆け寄る。だけど、その前に、フライヤーを拾ってくれた人がいた。
きらきらした大きな目に、肩より長い髪。細身のジーンズに、ストライプ模様の入ったTシャツを着た若い女性。その人はフライヤーを拾うと、ぱちぱち目を瞬かせる。それから、花が咲くみたいに笑った。
その笑顔を不思議に思いつつも、「すみません、それ私ので……」と声を掛けると女性は、ますます嬉しそうな表情になる。
「もしかして、春組公演に来られた方ですか?」
まあ、フライヤー見たらそれはわかるだろうし、と思ってうなずく。迷ったら困るので劇場の場所を確かめに来たのだと言うと、女性は少し困ったように笑った。
「ビロードウェイの奥だから、人通りが減って不安になっちゃいますよね。でも、この方向で大丈夫ですよ」
そう言ってフライヤーを返してくれたあと、「こっちです」と明るく続ける。どうやら先導してくれるらしい、と気づいたけど、初対面の人にそんなことをしてもらうわけにはいかない。辞退しようとしたら、女性ははっとした顔で「いきなり怪しいですよね……! でも、あの、できることがあるならしたくて……」と続ける。それから、真摯なまなざしで言う。
「実は私、ちょっとした関係者なんです。だから、MANKAIカンパニーのお客さまを、ぜひ案内させてください。もちろん、無理にとは言いませんけど!」
慌てた調子でそう続いて、どうやら本当に純粋な好意で言ってくれているらしい、と察する。女性ははにかむ笑みで、そっと言葉を重ねる。
「舞台が始まる前から、お手伝いできることがあるならしたいですし……。特別な舞台を作るために、できることは何でもするのが私の仕事なんです」
そう言う顔は晴れやかで、凛としている。力強い意志と、どこまでも明るい光をたたえているような。そんな雰囲気は、MANKAIカンパニーの彼らを応援している時に感じる気持ちとどこか似ていた。
だからかもしれない。突拍子もないのに、MANKAIカンパニーの関係者なのだという言葉はすんなり信じられたし、彼女の言葉は心からのものなんだろうと思った。きっと彼女は、自分の仕事に誇りを持って、MANKAIカンパニーの舞台を作り上げる一助を担っているのだろうと。どんな根拠もないのに、自然とそう思えたから。私は「お願いします」と頭を下げる。
女性はほっとしたように笑って、「むしろ、わかりにくくてすみません」と言葉を続けた。
それから、ビロードウェイを連れ立って歩く。そろそろビロードウェイが終わってしまうんじゃないか、というくらいのところまで来た時、女性が「もうすぐです」と言った。
どきん、と心臓が大きく鳴った。今まで何度も、画面の中や印刷された写真では見てきた。だけど実際目にしたわけじゃない。その建物が、もうすぐ目の前に現れる。
思わず緊張していると、女性はそれに気づいたのかもしれない。にこにこ、光にあふれたまなざしでこちらを見ると、大きく一歩を踏み出した。
少しだけ先を歩いて、私の方へ振り返る。道の先を示せば、そこには今まで思い描いてきた、何度も夢に見た建物がある。
目を引く赤い壁には、今回の春組公演のポスターが飾られている。高々と掲げられるのは、MANKAI THEATERという看板。その上にあるエンブレムは、思っていたより大きくてよく目立つ。きっとこの場所でずっと劇場を見守ってきたんだろう。
胸がいっぱいになって、何も言えないでいると、女性が口を開く気配がした。目を向けると、女性は言った。
弾むような調子で、心底嬉しそうに。ありったけの親愛が込められているのだとわかる声で。やわらかな春、まばゆい夏、燃え立つ秋に、凛とした冬、全てを抱きしめて言った。
「ようこそ、MANKAI劇場へ」
片隅のファンファーレ END