向日葵畑で待ち合わせ 或る独白
※オーナー(三好一成強火担:人外)視点
扉の向こうへ消えていく背中を見送る。しばらくの間じっと様子を観察していたものの、出てくる気配がないことを確認して、私は大きく息を吐いた。どうやら上手く行ったようだ。
カウンターの椅子に座って、手元にある本をめくる。革表紙の本は、私が集めた絵画をまとめた画集である。
今回はなかなか時間がかかった、と思いながらページを繰って目的の位置で手を止める。青空と向日葵畑の油絵は、ここ最近ずっと小部屋に用意していたものだ。
(こちらの世界から彼は消えてしまいましたが――まあ、残っていても絵は描けなかったでしょうから問題はありませんね)
彼、というのは今さっき扉の向こうへ消えていった人物であり、名前を三好一成。私がこのギャラリーで収集している絵画の作者だ。今私が広げている画集も、全ては三好一成が描いたものである。
ただ、ここ最近ずっと相対していた彼が描いたものではない。この世界の三好一成は絵を描ける環境ではなかったのだから当然だ。この画集に収められているのは、様々な世界に生きている三好一成の描いた絵だった。
世界はいくつにも分岐している。それぞれの世界は並行して存在し、交わることはない。ただ、それは人間の話である。私は人間ではないので多少の干渉なら可能だったし、適切な媒介を使えば並行世界をつなげることもできる。それはたとえば、今回のように。
私は自分の力を使って三好一成のいない世界と、MANKAIカンパニーのない世界をつなげて、橋渡しをしたのだ。
一体どうしてそんなことをしたのかといえば、三好一成に絵を描かせるためだ。この世界で生きている限り、彼は絵を描く道を選ばない。法律家として人生を歩む代わりに、生みだされるはずだった作品は全てなかったことになる。そんな現実は到底受け入れられなかった。
(一枚でも多く彼の作品が見たい。いくらでも、何枚でも、どんな世界の作品も全て)
私を突き動かすのは、たった一つの思いだけだ。それは恐らく、初めて三好一成という画家の作品を見た時から。
◆
人間の感情を糧とするのが私たちという生き物である。種類は問わず、大きく心が動く瞬間に発せられるエネルギーを食べて生きている。
恐怖や怒りが手っ取り早いので、同胞たちはおおむねそのような感情を発生させることに腐心している。ただ、私は自分の身の内に入れるなら、もっと美しいものがよかった。どろどろとまとわりつくようなものではなく、きらきらとした光を放つような。そういう感情を集めるために適したものを探した私は、芸術というものに辿り着いた。
腹が膨れるわけでもないのに、人間は物語を紡ぎ、芝居を演じて絵を描き、音を奏でて歌を歌って舞い踊る。面白い生き物だと思いながら人間のそばで過ごしていく内、次第に私自身も興味を持つようになったのは自然な流れと言えるだろう。
私が特に気に入ったのは絵画だ。切り取られた一枚の中に、世界が詰め込まれているのが良かった。これは扉だ。これは鍵だ。一枚の絵があれば、どこへだって行けるのだ。
絵画というものに心を寄せるようになり、あらゆる美術館を訪れることが私の生活になっていった。絵を前に心を動かされた人間から糧を得ながら、自分の興味を満たすこともできる。訪れる美術館は星のほどあった。ルーブルやメトロポリタンなどの有名どころから、個人が経営する小さな美術館まで。その日の気分で訪れる美術館を決めていた私は、ある日、日本画家三好一成との出会いを果たしたのだ。
彼の作品を一目見た時から虜になった。確かな実力によって描かれる写実的な表現や、彼の個性と作品が調和した色彩感覚。細部まで丹精込められたとわかる筆さばきに、伝統を受け継ぎながら大胆さも忘れない構図。何よりも、彼の描き出す世界はどこまでも瑞々しい命にあふれていた。
絵の中に世界がある。世界の中には命がある。彼の絵の前に立てば、扉を開く必要もなく描かれる世界が周囲へ広がった。そよぐ風が髪を撫でた。花弁の落ちる音が聞こえた。焚きしめられた香の匂いが広がった。私は絵の中で生きていた。
あの時の心が震える瞬間を、私はきっと忘れないだろう。この身が朽ちて、灰となり砂となる時まで。
それから私は、三好一成の作品を求めて世界中を飛び回った。彼の作品は高く評価されていたため、あらゆるところで保管されていたものの、人間ではない私にとって移動はさほど大変なことではない。場所さえわかれば、好きに訪れることができた。
しかし、その時すでに彼は鬼籍に入っていた。充分に長生きしたと言える年齢ではあるものの、人間の生きる時間はあまりにも短すぎる。一生涯をかけて描いた作品だけでは、到底私は満足できなかった。
とはいっても、死んだ人間を生き返らせる能力はさすがに持っていない。潔く諦めて、新しい作品がどこかで発見されるのを待つしかないのか――と思ったところで閃いたのだ。
今この世界に彼がいないならば、彼の生きている世界を探せばいいのだと。
私は並行世界に干渉したり、互いをつなげたりする能力を持っていた。ただ、本来の自分が存在する世界だけでも美術館は星の数ほどあったので、特に並行世界を必要としたことはなかった。使い道のない能力だとさえ思っていた。
しかし、ここになって私は自分の授かった力を大いに感謝することになる。並行世界の三好一成を探せば、きっと私の知らない作品が数多くあるはずだ。それを探していけば、私はもっとたくさん彼の絵が見られる。なんてことだ、まるでこの時ために授けられた能力のようではないか!
◆
すぐに行動を開始すれば、予想通りに彼の新しい作品を多く目にすることができた。どんな世界でも、三好一成は絵を描いているからだ。
日本画を選ぶことが多いのは、恐らく彼の人生の流れの本筋がそちらなのだろう。ただ、時々油絵や水彩画を選んでいる世界もあったので、彼の新しい一面を見ることができた。
状況が許せば、彼の絵を買い求めることもあった。歴史に名を残す機会を奪わないよう、後々高い評価を受ける作品は避けたものの、少しずつ私のギャラリーに彼の絵が増えていく。
彼の絵を鑑賞する時は大抵他の人間もいるので、エネルギーの補給もできる。加えて、収集した絵でギャラリーを開き、人間が訪れれば糧を得る手段にもなっていたので、私の行いはまさしく趣味と実益を兼ねたものと言っていいだろう。
並行世界で三好一成を探し、彼の絵を鑑賞し、時折ギャラリーへ加える。そのルーティンを私は心から楽しみ、大事なものに思っていた。しかし、次第にそれだけで満足できなくなっていた。もっとできることがあるのではないか、と思いはじめたのだ。
なぜなら、三好一成は必ずしも恵まれた状況で絵を描いているとは限らなかったからだ。
どんな世界でも三好一成は絵を描く。日本画が多いものの、油絵や水彩画のこともある。マルチに才能を開花させ、デザイナーや役者としても活躍するのがもっともよくあるパターンではあるものの、画業にだけ専念することもあった。あらゆる可能性のどれを選んでも、三好一成は絵を描き続ける。
しかし、その全てが祝福された道のりではなかった。今回のように家族の理解を得られないパターンや、金銭的な問題から絵の道を断念することもあれば、病気や怪我でやむなく筆を折ることもあった。どの世界でも、彼は絵を描くことを望みながらも外的要因で別の道に進まなければならない。
そんなことを許していいのか。新しい作品を生み出す機会がみすみす奪われていいのか。
答えは否である。
◆
多少の干渉ができる能力を駆使して、私は行動した。経済的事情があるなら支援者として名乗りを上げたし、病気や怪我は遠因からつぶしていく。家族の理解を得るために説得へ赴くこともあった。
ただ、本来の流れを捻じ曲げようとしているからなのか、あまり上手くは行かない。しかしそんなことで諦めるつもりはない。試行錯誤を繰り返して何通りものパターンを試した結果、私は一つの仮説に辿り着いていた。
並行世界はいくつもある。互いは別々に存在して、干渉しあわないことが基本だ。ただ、大きな流れが存在することも事実である。三好一成で言うならば、日本画を選び、役者の道を進み、デザイナーとして活動する、というのが主要な流れと言えるだろう。
三好一成の状況を変えたいのならば、大きな流れを利用するのが一番だ、と私は仮説を立てた。具体的には、大きな流れで出会うべき人物と三好一成を引き合わせる。私が直接関わるのではなく、会うべきだった人が関与することで大きな流れと同じ方向へ事態は動き出すのだ。
この仮説は、恐らく正しかった。三好一成の人生において、会うべきだった人――MANKAIカンパニーのメンバーが関わると、状況が好転していくことを確認したからだ。
考えてみれば、三好一成が過酷な状況に陥っている時はMANKAIカンパニーの誰とも出会っていない。劇団員という形ではなくても、誰かが近くにいれば最悪の状況を脱することはできているようだ。
中でも、最も効果的なのは夏組と引き合わせることである、というのも確認していた。三好一成という人間にとって、夏組という存在の大きさは計り知れないものなのだろう。
だから私は、並行世界の三好一成が絵を諦めようとしたなら、どこかにいる夏組と彼を引き合わせるように動いた。ドラマのエキストラで、手芸デザイン教室で、書店の店先で、路地裏の一角で、野球の試合会場で。いくつもの世界で、私は三好一成と夏組が出会うように働きかけ続けた。
絵を描き続けるため、最良の方法はこれなのだと知っていた。だから、今回も家族の無理解によって絵を奪われようとしている三好一成のため、夏組を引き合わせようとしたのだ。
しかし、いくら探しても、どこを探しても、夏組はおろかMANKAIカンパニーに関わる人間は、世界中のどこにもいなかった。夏組と出会いさえすれば、絵の道は閉ざされることがないのに。この世界には、肝心の夏組がどこにもいない。
ここはMANKAIカンパニーが存在しないのだ、と思い至った。劇団という形がないという話ではなく、そもそも関わる人たちは生まれてすらいない。数多ある並行世界の中で、ここは三好一成だけしか存在しない世界なのだ。
これまでの経験から、私が介入しても事態が好転する可能性は低いとわかっていた。だからと言って、このまま放置しておけば三好一成は絵を描くことを止めてしまう。生み出されるはずだった作品は消え去り、この世界の彼の絵を鑑賞する機会が奪われる。
そんなことを到底許せるはずがなかった。彼が絵を描く道は決して閉ざしてはならない。一枚でも多く、あらゆる並行世界の三好一成が描く絵を見ることは私の限りない望みなのだ。
どうすればいいのか考えた結果、出した答えはシンプルなものだ。夏組がどこにもいないなら、夏組のいる世界とこの世界の三好一成を引き合わせればいい。夏組と出会いさえすれば、絵の道は閉ざされることがないのだから。
選んだのは、「三好一成だけがいない世界」だ。以前に見つけたものの、彼のいない世界にさしたる興味がなかったので深くは関わらなかった。ただ、今の状況ではこれほど最適な世界もないだろう。欠けたもの同士がぴたりと合わさるような関係なのだから。
◆
(あちらでなら、存分に絵を描くことができるでしょう)
本の中の向日葵畑を見つめつつ、胸中でこぼした。
この絵は、油絵を専門とした三好一成が描いたもので、夏組リーダー皇天馬の姿がある。今回、つなげる世界は決めたものの、誰のもとへ橋渡しするかまでは決めていなかった。だから、三好一成本人に決めてもらったのだ。
この画集にある絵は、それぞれ夏組の誰かに関わる絵で構成されている。本人の姿が描きこまれているものもあれば、わかる人にだけわかる形で作品となっているものなど様々だ。
人間の直感というものはあながち馬鹿にもできないし、時として信じられない威力を発揮することもある。三好一成が選んだのなら、恐らくそれが一番ふさわしい。だから彼の選択に任せたのだ。
結果は大いに成功したと言える。どんな会話を交わしていたかのかまでは把握していないものの、三好一成はあちらの世界へ行くことを選んだのだから。夏組と、MANKAIカンパニーのいる世界ならば、三好一成は絵を描いて生きることができる。
(様子をうかがいはしますし、場合によっては手助けも考えますがきっと必要ないでしょうね)
MANKAIカンパニーや夏組の誰だったとしても、三好一成の力になることは間違いない。ただ、やはりリーダーである皇天馬は行動力と相応の能力を持っているので、困難を打ち砕く力が強かった。どの並行世界でもほとんどブレない人間でもあり、彼を貫く芯は揺るがない。そんな彼が橋渡しとなったのだから、あまり心配する必要はないだろう。
(よろしくお願いしますよ)
向日葵畑の青年に向けて、そっと声を掛ける。届くわけもないし、私の存在なんてかけらも知らないことはわかっているけれど。それでもきっと、新しい世界でこれからもずっと三好一成の隣にいるだろう人間だ。絵を描き続ける彼の傍で、彼の力となることを願って止まない。
しばらくの間本を眺めたあと、私は彼の消えていった部屋へ視線を向けた。部屋の中に彼の気配はすでにない。無事にあちらへ渡ったのだろう。となれば、あの絵は役目を終えたということだ。
選んだ絵を一枚置けば、あちらの世界とこちらの世界は束の間一つになる。あちらに現れるのは、自画像として三好一成が描いた彼自身の絵だ。こちらの絵を回収すれば、あちらからも絵は消える。
彼はもう旅立った。帰ってくることはないのだから、扉はもう必要ないだろう。最後の仕上げは、痕跡を全て消し去ることだけだ。きちんと終わりを迎えてこそ、作品は完成する。
(それでは、あの絵を迎えに行きましょう)
大事な役目を果たしてくれた、青空の向日葵畑。本の中の絵をそっと見やってから、私はぱたりと表紙を閉じる。こちらで紡いだ物語はここで終わり。これからの彼の物語は、あちらの世界で描かれる時を待っている。
END