終演までは、どうかワルツを。 07話


 目を覚ました一成は、大きく息を吐き出す。
 懐かしい夢を見た、と思う。付き合い始めて一年経ったころ、天鵞絨町のアクセサリーショップへ訪れた時の夢だ。
 あの時は結局、お互いに似合いそうなバングルを買うということで話は落ち着いた。ペアで身につけるものではなかったけれど、天馬が自分のためを思って選んだという事実が一番嬉しかったのだ。
 大事にしすぎてほとんど飾り物にしていたので、天馬には怒られたけれど。

(ある意味、めっちゃタイムリーだよね)

 身支度をしながらそう思うのは、今日が天馬の誕生日パーティー当日だからだ。
 プレゼントの用意はばっちり。会場の準備は昨日の内に概ね終えた。これからMANKAI寮へ行って、最後の準備をするのだ。
 あの頃一緒にいた人たちが、また全員で顔を合わせる。そんな日に見る夢が、あの頃の自分たちだなんて。まるで何かの暗示みたいだなと思いながら、一成は朝の準備をしている。











 天馬は今年の誕生日を心待ちにしていた。
 誕生日当日というより、MANKAI寮でのパーティーを楽しみにしていたのだ。
 大学卒業後もしばらくは寮にいたけれど、仕事の増加にともなって他に家を借りることにした。それからも、時々は寮に顔を出していたけれど、最近ではめっきりそんな機会も少なくなっていた。
 だから、久しぶりにMANKAI寮へ行けること自体が純粋に楽しみだった。
 あの場所には、たくさんの思い出が詰まっている。
 思い出、という言葉だけでは片付けることもできないような日々だった。一つ一つが輝きを放つ宝物のような記憶が、あの場所に帰ればいつでも天馬を出迎えてくれた。

 そういうわけで、天馬は浮き立つ心を抱えながら指定時刻より少し早くにMANKAI寮の前に立っていた。
 入ってもいいのかどうか、と逡巡しているとスマートフォンにメッセージが届く。
 MANKAIカンパニーのイベントには大概関わるイベント好き、天馬の恋人である一成からだった。

「もう着いた? いつでもオッケーだよん!」

 明るい声音をそのまま文字にしたようだった。思わず唇に笑みを浮かべた天馬は、メッセージに了解の返信を送ってから、ドアノブに手をかける。
 開いた瞬間、クラッカーの音がはじける。色とりどりの紙テープが視界を舞い、その向こうには夏組がそろっている。
 隣には監督がいて、同じようにこちらへクラッカーを向けていた。

「テンテン、誕生日おめでとー!」
「おめでとう~!」
「天馬さん、ハピバ!」
「ま、めでたいんじゃない?」
「天馬くん……誕生日おめでとう!」

 口々に言った夏組は、全員ヒマワリの花を一本持っている。視線を移せば、監督も同じようにヒマワリの花を手にしている。

「天馬くん、誕生日おめでとう。色んな所で活躍してて、私も嬉しいよ!」

 キラキラとした光を放って監督は言う。それから、何だか少し申し訳なさそうな顔で「でも、夏組に私が混ざっちゃって良かったのかな……」なんて言うので。

「何言ってるんだ。監督がいないと始まらないだろ」

 告げた言葉は本心だ。
 MANKAIカンパニーに入って夏組と出会った。しかし、初めはまったく上手く行かなかったし、恐らく目の前の監督がいなければ今のような未来にはつながらなかっただろう。
 舞台に立つことが怖いまま、夏組として最高の千秋楽を迎えることはきっとできなかった。

「そーそー! カントクちゃんは、オレらにとってめっちゃくちゃ大事な人だからねん! 一緒にテンテンの誕生日祝ってくれなくちゃ!」

 一成が言えば、それ以外も口々に監督がいなくちゃ駄目なのだと訴える。全員、挫けて倒れそうになった時何度も彼女に助けられた経験がある。
 本人は「私なんて何もしてないよ」と言うだろうけれど、彼女がいなければ成し遂げられなかったことなんてたくさんある。

「それならよかったけど――ふふ。天馬くん、本当に誕生日おめでとう」

 もう一度言って、ヒマワリを差し出される。天馬がそっと受け取ると、夏組メンバーもヒマワリを持った手を天馬に伸ばした。
 椋は胸がいっぱいになったような表情で。幸は何だかとても楽しげに。九門は真夏の青空みたいな笑顔で。三角はふんわりと目を細めて。一成は嬉しそうに、少しだけ泣きそうに。

「――ありがとな」

 一本ずつを丁寧に受け取る。これは恐らく、それぞれの心なのだと思った。皇天馬に向けられた、親しみや慈しみ、愛情。そういう類の全てがきっとここには詰まっている。

「それじゃ次だねん! テンテンは目隠しして、ヒマワリはこっちで預かるよん!」

 ぱん、と一つ手を叩いた一成が楽しそうに言った瞬間。
 監督は「私カレー作りに戻るね! 腕によりをかけるから楽しみにしてて!」と言い残して去って行き、天馬以外の夏組は素早く動いた。
 三角が天馬を羽交い絞めにしたかと思うと、九門が「ごめんね天馬さん!」と言ってアイマスクを装着。「ヒマワリはボクたちが預かるね」という椋の言葉とともに手の中が空っぽになる。
 混乱している間に、「はい、テンテンこっち~」という一成の声がして、腕を引かれた。