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 リビングの扉を開けると、甘い匂いに包まれた。エプロン姿の一成は嬉しそうに「ちょうどできたところだろよん!」と、キッチンから顔をのぞかせる。

「初めて作ったけど、案外上手くできたと思うんだよねん。さすが、おみみのレシピって感じ!?」

 そう言う一成は、ミトンをはめた手でオーブンの天板を持っている。中に行儀よく並んでいるのは、こんがりときつね色に焼けたカップケーキ。香ばしさと、ほのかに甘さを感じる匂いが鼻をくすぐる。
 玄関で天馬を出迎えた際に詳しいことは聞いていたから、天馬は「なるほど」という表情を浮かべる。

「きれいに焼けてる。やっぱりお前器用だよな」
「褒められちった! でもたぶん、おみみのレシピが丁寧だからだと思うな~」
「それはあるよな。臣さんには感謝しないと」
「ね! いっぱいラブ込めちゃお!」

 うきうきした調子の一成に、天馬の唇には自然と笑みが浮かぶ。一成が楽しそうでいてくれることは、自然と天馬の胸も弾ませるのだ。一成は歌うような声で言葉を続けた。

「テンテン、ちょっと味見しよ! オレも食べたくなってきちゃったし!」
「そうだな。せっかく一成が作ったんだし、食べてみたい」

 素直に答えれば、一成は笑みをますます深くさせる。弾んだ口調で「そんじゃ、用意してくんね!」と言ってぱたぱたキッチンへ戻っていくので、天馬はその背を見送った。





 リビングのソファに並んで腰掛けて、一成のカップケーキが乗った皿を手に取る。周りの紙を丁寧にはがして、スポンジへフォークを入れた。一かけを口に運ぶと、しっとりとした甘さが広がった。
 素朴な味わいは甘さが控えめで、スイーツとしては物足りないのかもしれない。ただ、天馬には充分だった。
 食感はふわふわしているし、焼き立てという条件も加味される。天馬自身、そこまで甘いものを好まないということもある。だけれど、一番大きな理由は一成が作った、という事実を知っているからだ。
 焼き立ての甘い香り。ふんわりとした食感。ほのかに感じる砂糖とバターの味わい。カップケーキをじっくり堪能した天馬は、素直に感想を告げる。

「美味い」
「マ!? やった~! 味ちょっと薄めだけど、大丈夫そ?」
「充分美味いぞ。オレはそこまで、甘さがなくてもいいっていうのもあるが」

 答えつつ、天馬は内心で苦笑を浮かべる。
 一成は器用な人間だから、お菓子作りに失敗することはほぼない。大体美味しく作ってくれるのだ。だけれどきっと、失敗したところで「美味い」なんて思うんだろうな、と天馬は自覚していた。
 一成はにこにこと笑みを浮かべて、自分のカップケーキにフォークを入れる。「んん、ちょっと素朴な感じでこれもこれで美味しいねん」と笑ってから、あらためて、といった調子で続けた。

「甘さ控えめのデコ材料も用意するけど、プレーンのみでカラフルなやつとかも作ろっかな!?」
「ああ、そうだな。デコレーションがないままのもあっていい気がする」

 一成の言葉に、天馬もうなずいた。何の話をしているかは、充分わかっていた。天馬はさらに言葉を重ねる。

「このままの見た目も充分きれいだと思うが、全体的にカラフルにするならプレーンタイプで色つきがあってもいいかもしれないな」
「うん! どうせなら、めっちゃカラフルにしたいんだよねん! みんなで作るウエディングケーキじゃん!?」

 きらきらと目を輝かせての言葉。頬は薔薇色に染まり、若草色の瞳は宝石のようなきらめきを宿す。思い描いているものを、天馬は知っている。
 一成がこんな風に、カップケーキを焼いている理由。帰宅した天馬を出迎えて、「今ウエディングケーキ用の試作してるよん」と軽やかに告げていたわけ。
 二人は今、結婚式のための準備を進めている。

「フレッシュケーキもめっちゃかわいいし、イミテーションでもデザインこだわれるんだけどさ。せっかくMANKAI寮でパーティーするし、みんなで作れたらめっちゃ楽しいと思うんだよねん」

 弾んだ声で一成は言う。天馬はそんな一成の様子を、嬉しそうに見つめている。



 天馬のプロポーズを一成が受けた。二人から、その報告を聞いた夏組は「それで、結婚式はどこでやるの?」と当然のような顔で聞いた。
 一成はイベントごとが大好きな人間である。くわえて、デザインの類を職業にしているので、公私ともに結婚式にはよく関わっていた。「誰かを幸せにする手伝いができるの、すげー嬉しいんだよねん」と言っていたし、それは心からのものだろう。
 やさしいまなざしで、愛おしさを抱えて。他人の幸せを願って、自分のできることを全力でやり遂げる。天馬はそんな一成を、心から大事に思っている。
 だから、夏組の言葉ももっともではあったのだけれど、同時に理解もしていた。
 天馬も一成も、世間に名を知られた存在だ。特に天馬は、結婚ともなれば比喩でも何でもなく日本中が大騒ぎになる。さらに、男同士ともなれば謂れのない非難や中傷を受ける可能性は限りなく高かった。
 だから、二人は近しい人にだけ話をすることに決めていた。大事な人たちだけが知っていれば充分だと思ったのだ。そういうわけで、大々的な式をする予定はなかったのだけれど。
 夏組の言葉に、天馬は「そうだな」と答えた。
 ずっと考えていたのだ。確かに、世間に知らせることは選ばなかったから、大きな式を挙げることはしない。だけれど、それなら、小規模な内輪だけの式を挙げればいいのだ。
 そう思っていたから、天馬は夏組の言葉にすんなり答えた。「MANKAI劇場を借りたいと思っている」と。
 一成には特に言っていなかったので、大きな目をまたたかせていたけれど、結婚式を挙げたくないわけではないのだ。
 結局、とんとん拍子に話は進んで、二人の結婚式はMANKAI劇場で執り行われることになった。二十二人と監督が参列して、人前式の形で行われる。式のあとのパーティーは当然MANKAI寮だ。
 誰もが二人の結婚を祝ってくれたし、日取りも順調に決まった。一度動き出してしまえば、一成はやる気に満ちていた。もともと、イベントが大好きな人間なのだ。くわえて、自分の結婚式ともなれば全力で張り切るのも道理だろう。
 率先して一成はスケジュールを立てたし、会場デザインを手掛けて必要なものを用意する。
 カンパニーメンバーは、当然のように結婚式への協力を申し出た。むしろ、幸などは「オレ以外の作った服着る気?」と言って力強く笑っていたくらいだ。
 メイクやヘアアレンジは任せてほしい、と莇は請け負ったし、臣も料理をたくさん用意すると言ってくれた。一成も天馬もそれぞれに心から感謝して、着々と準備を進めている。その中で一成が提案したのが、カップケーキをタワー状にしたウエディングケーキだった。
 臣が作るという案もあったし、評判の店に頼むという選択もあった。ただ、一成は「みんなで作りたい!」と顔を輝かせて言ったのだ。
 カップケーキであれば、事前に用意することはできる。プレーンタイプを作った上で、当日カンパニーメンバーそれぞれにデコレーションをほどこしてもらうのだ。そうして出来上がったカップケーキをタワーのように並べていけば、立派なウエディングケーキになるという寸法だ。
 どうしてそんな提案をしたのか、天馬は理解している。
 大事で大切なカンパニーの仲間たち。みんなの前で結婚を祝う式を挙げる。それなら、一人ずつの思いを形にして一つのものを作りたかった。
 今まで自分たちは、何度だってそれぞれの力を持ち寄って、一つの作品を作り上げてきたのだ。カンパニー全員が参列してくれる式だからこそ、象徴のようなウエディングケーキはみんなの手で作りたいと思ったのだろう。
 その気持ちは天馬も同じだ。だから一成の提案にうなずいたし、カンパニーメンバーも快く受け入れてくれた。
 当日には、様々なデコレーションアイテムを用意して、カップケーキを彩ってもらう予定だ。そのためのプレーンなカップケーキ作りを練習するために、一成はこうしてせっせとケーキを焼いている。

「カラフルなやつ、マジでめっちゃカラフルだかんね。バタークリームもだけど、生地もガチ色つきとかあるし!」
「――おもちゃみたいな色してたケーキあったな……」

 以前、一成が見せてくれた写真を思い浮かべて天馬はつぶやく。赤やオレンジ、ピンクや青などのスポンジはまるでおもちゃのようだった。あまり食べ物らしくはなかったものの、確かに会場を華やかに彩ってくれるだろう。
 一成は天馬の言葉に、面白そうな笑顔を浮かべる。カップケーキを口に運んでから、弾んだ声で言った。

「味もちゃんと美味しく作るから安心してねん! おみみ直伝のレシピだし、みんなに美味しく食べてもらいたいし!」
「ああ、わかってる。お前が食べ物を粗末にするなんて思うわけないだろ」

 心から言うと、一成は満面の笑みで「うん!」とうなずく。それから、嬉しそうに続けた。

「ラブもいっぱい込めてるからねん! だからめっちゃ美味しくできたっしょ?」

 いたずらっぽい笑みで言って、残り少なくなったカップケーキを口に放り込んだ。「んん、ちょっと冷めても美味しいじゃん!」と満足そうだ。その様子を見つめた天馬も、残りのカップケーキを口に運んだ。
 確かに焼きたてとは言えないけれど、冷めたことでしっとりとした甘さが引き出されているように感じた。ふわふわの食感はそのままで、しなやかな弾力もある。甘すぎない具合がちょうどいいし、確かに冷めても美味いな、と天馬は思う。さすが器用な人間だな、と感心もしたのだけれど。

「――そうだな。一成の愛情がこもってるから、よけいに美味い」

 きっぱり言って、最後のカップケーキを口に運んだ。ふわりと広がる香ばしさに、控えめな甘さを味わっていると一成がぱちりと目をまたたかせていた。しかし、それもほんの数秒だ。すぐに顔いっぱいに笑みを広げて、はつらつとした声で言う。

「でしょ!? オレのラブ、テンテンしっかり味わってねん!」
「言われなくてもそうする」

 真顔で返せば、一成は笑顔を弾けさせた。きらきらと輝く瞳が、桃色に染まった頬が、大きく口を開けて笑う様子が、どうにもきれいでまぶしくて、天馬の胸は言いようもない感情で満たされていく。
 一成が笑っていて嬉しい。自分の言葉でこんな顔をさせてやれることが誇らしい。一番近くで、一成の表情を見ていられることに、胸がいっぱいになる。
 あふれだす気持ちのまま、天馬は動いた。食べ終えたカップケーキの皿をローテーブルに置いて、隣に座る一成へ手を伸ばす。
 一成は天馬の動きへ呼応するように、自分も皿をテーブルへ置いた。大きな瞳で、真っ直ぐ天馬を見つめた。そのまなざしを受け止めて、天馬は言う。

「カップケーキ、結構数も必要だろ。オレも作るからな。一人で全部やろうとするなよ」

 指通りのいい髪をそっと撫でて、やわらかく告げた。今回は練習ということで数はあまり多くない。ただ、実際必要な個数はそれなりになるのだ。簡単なレシピとはいえ、時間も手間もかかるだろう。
 一成のことなので「テンテンは忙しいから大丈夫だよん」と言いかねないことは予想していた。だからこその言葉だ。

 一成は、天馬の言葉に数秒黙り込んだ。しかし、すぐに口元へ笑みを浮かべる。普段浮かべるはつらつとしたものではなく、どこまでもやわらかい。にじみだすような光で、そっと声を紡ぐ。

「そだねん。オレとテンテンの結婚式だもん。二人で作ろっか」

 こぼれる笑みで、愛しげに目を細めて一成は答える。天馬も同じ笑みで「ああ」とうなずいて、一成の頬に手を滑らせた。
 少しずつ、こんな風に一成は天馬にきちんと自分の持っているものを渡すようになった。元来一人で抱え込みがちで、助けを求めるのが不得手な人間だ。夏組やカンパニーと重ねた時間のおかげで、助けてほしいと言えるようになったけれど、その性質が完全になくなったわけではない。
 そんな中でも、一成は天馬に対して、ちゃんと自分の荷物を預けてくれるようになった。それは、二人で生きていくのだと、同じ道を歩くのだという一成の決意なのだとわかっているから、天馬の胸はどうしようもなく震える。

「――でも、テンテン、撮影とかあるし忙しくね? 無理はしなくていいからねん」
「その辺りは、井川にも話して調整してるからな。大体、忙しいのは一成もだろ。仕事は当然だが、結婚式の準備だってお前が一番率先してやってるんだ」

 一成はウルトラマルチクリエイターとして、日々忙しくあちこちを飛び回っている。日本画家に役者にグラフィックデザイナーとして、各方面から引っ張りだこなのだ。それだけでも多忙だというのに、一成は結婚式の準備に関してもほとんど全てに関わっている。

「指輪とか会場の飾りとか細々したアイテムとか、デザイン関係は全部一成がやってるだろ。それ以外に、スケジュール管理とか業者の手配とかもお前だし」
「本業だかんね~。慣れてるからオレがやるのが一番っしょ。それに、ゲスト関係とかは二人でやってるし、余興とか誓いの言葉もテンテン考えてくれてるじゃん?」
「それはそうだが――配分的に、お前の方が多いだろ」

 気遣わしげな雰囲気をたたえて言えば、一成はぱっと笑みを咲かせる。天馬の心配をきちんと受け止めた上で、それでも力強く答えた。

「だって、テンテンとオレの結婚式だよ!? 全部楽しすぎ! こんなのめっちゃ全力でやっちゃうじゃん!?」

 はちきれんばかりの笑みだ。きらきらとした輝きで、紅潮した頬で、ぐっと拳を握りしめて一成は言う。
 天馬の気持ちはわかっているし、無理をするつもりはない。ただ、結婚式の準備は一成が胸を弾ませて取り掛かっているものであって、全てが喜びにつながるのだ、と力強く言い切る。

「やばたん!ってなったらテンテンにも助けてもらうけどさ。全部めちゃくちゃ楽しくて仕方ないんだよねん。準備してるだけで、ハッピーになっちゃうんだよ」

 だから、あれもこれもやりたくて仕方がない。浮き立つ心のままに、一成は張り切って準備に取り掛かっているのだ。日々の仕事にくわえてやることが増えているのは確かだけれど、何もかもが一成を幸せにするものたちでしかない。

「全部オレがやりたくてやってるし、結婚式すげー楽しみなんだもん。テンテンは違う?」

 拗ねたような雰囲気を漂わせて、一成は言うけれど。端々に宿る甘さは隠しきれないし、隠すつもりだってなかった。一成は、頬に触れる天馬の手に自分の手のひらを重ねる。その温もりに、声に宿る響きに、天馬は笑みをこぼす。

「そんなわけないだろ。オレだって楽しみだ」

 同じくらいの甘い声で答えると、天馬はもう片方の手で一成の腕を引いた。距離が近くなる。拗ねた顔はとっくに消えて、くすぐったそうな笑みを浮かべた一成が「だよねん」と笑う。
 二人で協力して、作り上げていくもの。これから先に待っている風景。思い描けばそれだけで幸せで、胸が満たされていく。それは目の前の相手も同じなのだと、疑いなく信じられた。
 あふれだす愛おしさのままに、天馬はそっと一成へ顔を近づける。一成は楽しげな顔でゆっくり目を閉じた。唇にやさしくキスを落とせば、一成は軽やかな声を立てて笑っている。