空へ還る日 後日談A




※一成が亡くなっています





 一成の葬儀を終えてしばらくして、天馬に郵便物が届いた。差出人は一成の妹で、通常の封筒よりも大きいサイズだ。自室に戻った天馬は、いぶかしみながら封を開いた。
 中から出てきたのは、定型郵便サイズの白い封筒とシンプルな便せんが一枚。ひとまず便せんに目を通せば、それは一成の妹からの手紙だった。
 一成の妹が自分のファンである、ということは聞いていた。ただ、本人と直接会話を交わしたことはなかったし、手紙ももらったことがなかった。まさかこの状況でファンレターの類ではないことだけはわかったけれど、それなら一体何なのか。
 癖のない字で書かれた手紙を読み進めるうち、天馬の心臓は鼓動をはやめていった。

 一成の妹は、簡単な挨拶のあとで突然手紙を送る非礼を詫びた。それでも、どうしても天馬に渡したかったものがあるのだと告げる。

 一成は己の死期を知らされてから、身の回りの整理も並行して行っていた。今まで制作した作品の処遇が大半で、そのほとんどは望んだ人に引き取られたり自宅で保管されたりしている。
 本人は「何なら燃やそうと思ってたんだけどな~」と笑っていたけれど、一成が魂を込めて作り上げた作品を灰に帰すつもりなんて、誰一人なかった。
 彼が今までに描き溜めたスケッチブックも、一成の家族は大切に保管しているはずだ。
 一成が今まで演じた舞台の台本は、夏組が譲り受けた。
 ところどころにイラストが描かれた、一成らしい台本だ。ページを開けば、まるで一成の声が聞こえてきそうで、夏組は泣きたいような思わず笑ってしまいそうな、そんな顔をするしかなかった。
 今までに撮りためた写真は、意外にもきちんとデータ整理がされていた。一成は「見返す時に便利だからねん」と言っていたけれど、本来の生真面目さが発揮されたのかもしれない。
 結果として、これまでの思い出はデータとしていつでも見返すことが可能という状態だ。ただ、本人は言わないけれど、できればフォトブックを作りたかったのだろうことはうかがえた。
 だから、MANKAIカンパニーのメンバーは、少しずつアルバムを作っていこうと話している。一成が集めたたくさんの思い出を形にするのだ。彼のデザインセンスには到底及ばなくても、きっと一成は笑ってくれるだろうから。

 そうして一成は身辺整理を行っていたので、彼の部屋はだいぶスッキリとしたものになっていた。ただ、どうしても死後になっての整理が必要な部分もあり、それを任されたのは一成の妹だったらしい。
 兄から託された役目を、彼女はきちんと果たした。
 送り先が指定されていれば、相手のところへ。処分してほしいものはしかるべき場所へ。一つずつ、兄との思い出を辿りながら作業を行っている時に見つけたのが、天馬の手元にある封筒だったという。
 それは、処分してほしいと言われたデッサンの本に挟まっていた。他の書籍とともにひとまとめにしようとしたところで、本から封筒が滑り落ちたのだ。
 宛名も何も書かれていない、シンプルな封筒だ。彼女は不思議に思いながら拾い上げ、中に何かが入っていることに気づく。写真やイラストなどだろうか。
 少し悪いとは思ったものの、もしも渡す相手がいるのならばそうしたほうがいいだろう、と糊付けされていない封筒を開いた。

 天馬の手元にあるのは、本に挟まっていた封筒そのものだ。一成の妹は中を見て、封筒ごと天馬のもとへ送り届けた。一成が自分自身の手で封筒に閉じ込めた思いごと、天馬に渡すべきだと判断したからだ。

 天馬は白い封筒を開いた。中に入っているのは、三つ折りにされた薄い紙。天馬ののどがぐっと詰まる。これが一体何なのか、天馬は理解している。

 恐る恐る、といった様子で薄い紙を取り出す。ゆっくり開けば、思った通り婚姻届が現れた。

 一成が死んでしまう前の日。春の海で、二人過ごした。「好きだと言わないで」という願いの通り、天馬は思いを告げなかった。
 だからその代わりに、これから先の誓いを込めて渡した婚姻届だ。一成は首を振り、結局二人の関係は友達のままだったけれど。
 
 持ち帰ったはずの婚姻届がなくなっていることは、天馬も気づいていた。一体いつからなかったのかはわからないけれど、一成がいなくなってしまった今では大したことでもないように思えて、そのままにしていた。だけれど恐らく、知らない間に一成は婚姻届を持ち出していたのだ。

 婚姻届を持つ手が震えていた。吐き出した息が熱い。視界が揺れている。だって、そこには。
 見慣れた自分の字で記入された、「皇天馬」の名前。その隣は、空欄だったはずだった。だけれど今そこには、何度も見てきた一成の字で、「三好一成」と記入されている。
 必要な個所は全て、一成の字で埋められていた。夏組に頼んだ証人欄もそのままだから、あとは日付さえ記入すれば、いつだって提出できる。二人の関係に、新しい名前をつけられる。
 これが答えだ、と天馬は思った。特別になりたくないと、友達のままでいたいと望んだ一成の、心からの本心だ。
 天馬の手に渡るかどうかは、一成自身の賭けであったのかもしれない。そのまま処分されてしまう可能性だってあったのだ。そうしたら、この婚姻届は誰に知られることもなく、この世から消えてなくなる。だけれど、今天馬は確かな答えを握りしめている。
 この賭けは、果たして勝ちなのか負けなのか。もしかしたら、一成はしまったと思うのかもしれないけれど、そんなことはもうどうでもよかった。
 確かなことはただ一つだ。二人の名前が記入された婚姻届。一緒に生きたいと願った。これから先の人生を、天馬と共に歩みたいとどんな言葉よりも確かに告げている。

「――遅いんだよ」

 泣き笑いのような表情で、天馬はつぶやく。どうせ書くなら生きてる間に渡してくれ。そしたら、きちんと提出してやったのに。
 一成はきっと「だから渡せなかったんだって」と言うだろうな、と思いながら天馬は婚姻届を封筒にしまった。丁寧に、大切な宝物を扱う仕草で。
 この婚姻届を出すことは、もうできない。一成はすでにこの世からいなくなってしまったから、法的な効力を発揮しない。だけれど、天馬は心に決めている。
 いつの日か、天馬も人生を終える時が来る。それがいつなのかはわからないけれど、一成の願いを叶えるから、ずいぶん先の話になるはずだ。だから待たせてしまうけれど、それくらいは許してくれるだろう。
 いつの日か、一成と同じ場所に還る日が来るから、その時は。
 この婚姻届を一緒に持っていって、一成に見せてやろう。どうして持ってるの、なんて驚くだろうか。それとも嬉しいと思ってくれるだろうか。どんな反応でも構わない。天馬のすべきことは決まっている。
 いつか、再び一成に会えたならその時は。確かに一成の思いを受け取ったのだと告げて、力の限りに抱きしめるのだ。



――いつか、きみへ還る日に。