hurts, hurts, fly away!
自分以外の夏組の異変に、一成はすぐに気づいた。天馬の別荘から帰ってきてから数日後のことだ。
たとえば、幸が針を持つことを避けているとか、椋が部屋の扉を開けようとしないことだとか。小さな違和感を見つけることには長けているから、一体どうしたのかと尋ねた。
夏組は一成に伝えるべきかどうか逡巡した。しかし、最終的には全てを包み隠さず話すことを選んだ。
最初に比べてずいぶんとマシになっているということと、同じ寮で暮らしていて何もかもを隠し通すことは難しいと判断したからだ。
今までは、電話でしか一成と接することはできなかった。時間も限られていたから、不調の事実を上手い具合に隠すことはできていた。
だけれど、今は常に一成と一緒の時間を過ごしているのだ。とても一成の目をごまかすことはできないだろう。
それに、MANKAIカンパニーにとっても夏組の不調は看過できない事態だ。隠し続けることはできないだろう。そもそも、カンパニーからすれば夏組に起きた異変は寝耳に水と言っていい。
一成が死んだことで精神のバランスを崩したことが原因なのだから、一成が生きている現在では起きないはずの事態だ。
しかし、今の夏組は一成が死んだ記憶をしかと持っている。それゆえ、心は未だに「一成の死」という事実を抱えて、異変を引きずっているのだ。
ただ、そんな事情は夏組以外誰も知らないので、突如として精神的な不調が現れたと認識されることになった。
ひどいショックを受けた時は、時間を置いてから精神のバランスを崩すことがある。天馬の別荘から帰ってきてからの出来事であることから考えて、一連の通り魔事件との関係性が指摘されるのは当然だった。
もっとも、当の本人である一成に不調は見られないし、別荘で襲われた天馬にも大きな変化はない。周囲の人間に異変が起きるのは不可思議な現象として捉えられかねないけれど、そこは「夏組だから」で何となく納得はされていた。
六人でいることを何より大事にするのが夏組だ。他人の痛みを自分のことのように感じる彼らだからこそ、精神的に傷を負うことも納得されていた。
本当のことを言うことはできないから、周囲の人間が解釈してくれた通りに夏組は振る舞うことにした。
だけれど、本当は知っている。
夏組四人の不調は一成が死んだことに端を発している。一成が殺されて、世界のどこを探したっていなくなった。六人だった夏組からは一人が欠けて、永遠に五人のままになってしまった。その事実が彼らの心を深く傷つけ、何もかもをおかしくさせてしまったのだ。
その事実を一成に伝えたのは天馬だった。落ち着いた表情で、だけれど瞳の奥底に憂いを潜ませて、淡々と言った。
一成がいなくなってから訪れた、夏組の変化。少しずつみんなおかしくなっていった。ぎりぎりのところで保たれていたバランスは崩れて、ゆるやかに全ては壊れていった。
椋は扉を開けられない。幸はハサミや針が持てない。九門は暴力を連想する映像が見られない。三角は演技から戻ってこられない。天馬は台本が覚えられない。
きっとこの言葉は一成を傷つけるとわかっていた。それでも全てを話すと決めて、天馬は一成に告げた。
予想した通り、一成はショックを受けたような顔をしていた。
一成にしては珍しく、心をそのまま形にしたような表情だ。そんな場面ではないとわかっていたけれど、天馬は少しだけ嬉しくなる。自分の前で取り繕うことなく、無理に笑うことをしないでいてくれたから。
(――そっか)
長い沈黙のあと、一成は静かな声で言った。
夏組に訪れた不調は、過去の一成とやり取りを交わす内に少しずつ良くなっている。だけれど、完全に克服したわけではない、ということは現在の夏組の様子を見ていれば一目瞭然だった。
一成はきっと、それを自分のせいだと思うだろうと夏組は考えていた。何一つ、一成のせいではないのに。一成が負うべき責任など何もないのに、一成は罪悪感を抱えるのだ。
わかっていたから、天馬は「お前のせいじゃない」と声をかけようとした。だけれど、その声が形になることはなかった。真っ直ぐと天馬を見つめる一成の瞳が、しんとした決意を宿していたからだ。
(きっとみんな、このままじゃ駄目だって、乗り越えようとしてるんだよねん)
少しずつできることを増やしてきた。いつも通りではなくても、ひどい時に比べればできることは多くなった。
だからゴールはきっともう少しだ。そのために夏組の彼らがもがいてあがくというなら、一成が言うべきことは一つだけだ。
(オレも一緒に乗り越えさせてよ)
天馬に真っ直ぐとそそがれるまなざし。
奥底に傷ついた心を潜ませていることは、天馬にもわかる。一成の死をきっかけにして精神のバランスを崩した。
その事実に一成は心を痛めて、自分自身を苛んでいる。それでも、己を責めて終わりにするような人間ではないのだ。
罪悪感を抱えていても、申し訳ないと思っても、それなら自分にできることは何かと考える人間なのだと、天馬はよく知っている。
だから、一成の言葉に心から「ああ」と答える。
ずっと前から決まっている。もっと前から知っている。だって自分たちは夏組だ。いつだって全員で壁を乗り越えて、克服してきたのだと知っている。