Well, the conclusion is that...?




 お互いのスケジュールを見ながら、予定を付き合わせている。決めることはただ一つ、天馬の誘いを実現させる日をいつにするかだ。
 比較的冷静になったつもりではいるけれど、恐らく二人は未だ冷めやらぬ熱の余韻を残している。そうでなければ、淡々とした調子で一体いつなら天馬の家に泊まれるか、なんて話はできないだろう。
 要するに、初めて体を重ねる日をいつにするか、のスケジュールを立てているわけで、冷静になると相当恥ずかしい。
 しかし、幸いなことに天馬も一成もそこまで落ち着いていなかった。おかげで、いっそ事務的な調子でスケジューリングを進めている。

「とりあえず、平日は無理っぽくね」
「悪いな。授業が結構入ってるんだ。あと、この辺の土日は撮影が詰まってて……この週ならどうにかなりそうだ」
「めんご~。その辺、オレがイベント入っちゃってて、あとこっちは学校行かないとだめ系」

 天馬は元々多忙な人間である。学業に加えて撮影や取材などの仕事が立て込んでいるし、大学に入ってからは受験期にセーブしていた仕事が詰め込まれていた。
 さらに、一成も好奇心旺盛で興味のあることには何でも関わってみたいタイプなので、必然的にイベントごとの予定が多くなる。ただでさえ、マルチタスクを得意として、日本画だけではなくデザイン関係、舞台に関与しているのだ。こちらもこちらで、スケジュールにはあまり隙がない。
 天馬がオフの日は一成のイベント予定が入っていたり、一成の予定がない日は天馬が一日仕事だったり。二人がそろって休みの日は、大体カンパニーの用事が入っており、「一成だけで天馬の家に泊まりにいく」という予定を実現できる日付は、なかなか見当たりそうになかった。
 思わず二人は黙り込む。お互いの忙しさゆえ、「その日」を迎えるのは相当先になるかもしれない、という可能性をまざまざと見せつけられたからだ。
 ここまで待ったので、ちょっとばかりその日が遠くなったところであまり関係はないのかもしれないけれど、何だか果てしなくお預けをくらっているような気持ちになるのは仕方ない。
 手元のスケジュール帳やアプリから視線を上げ、どちらからともなく互いの顔を見つめた。混じり合うまなざしは、熱の余韻を残している。
 今ここで事に及べないことはわかっている。それでも、その肌に触れる日がもっと先になってしまうなら、それなら。ここでもう少しだけ、触れ合ってもいいだろうか。
 同じ気持ちでいることは、重なる視線が伝えている。熱の余韻は未だに尾を引いて、二人から明瞭な思考力を奪っていた。
 馬鹿みたいに、お互いしか見えない。触れたい。抱きしめたい。一分の隙もなくつながりたい。一度場所を明け渡した天馬の理性は、容易く白旗を用意するし、一成は天馬から注がれる熱なら何だって受け取りたいのだ。部屋の空気が次第に色づいて、温度が上がっていくような気がした。

 しかし、唐突に二人は我に返る。202号室の扉をノックする音が響いたからだ。

 反射的に声を発したのは一成で、わずかに上ずりつつも明るい声で返事をする。扉はすぐに開いて、入ってきたのは椋と九門だった。
 二人とも大きな荷物を両手に抱えていて、部屋の中に一成と天馬がいることを認めるとぱっと笑顔を咲かせた。心底嬉しそうな、まぶしいまでの笑顔。
 純真無垢を絵に描いたような二人の様子に、天馬と一成は心から思った。お互い何も言わなくても同じことを思っていることはわかった。
 危なかった。うっかりここで盛り上がらなくてよかった。本当によかった。
 椋も九門も、二人のことを心底応援してくれているので、万が一きわどい場面に遭遇しても非難なんてしないだろうし、見なかったことにはしてくれるだろう。
 ただ、別に見られたいわけではないし、年下の彼らにそういう状況を見せるのはあまり良いことではないだろう。十座と寮の大人組に顔向けができない気もしていた。
 なので、うっかり事に及ばなくてよかった、と声に出さずとも二人は心から思っている次第である。このタイミングで扉をノックしてくれたことも、さっき椋の漫画が落ちてきたことも、全ては僥倖だったと言わざるを得ない。

「二人とも、結構早かったねん! てっきり、もっとゆっくりしてくるのかと思ってたよん」

 すっかりいつも通りの表情を浮かべた一成が、ラグに座る二人に向かって声を投げる。
 夕飯前に帰るとは言っていたけれど、まだ日は高い。いつ帰ってくるかはわからなくても、夕方くらいだろうかと何となく思っていたのだ。

「うん。本当は夕方くらいに帰ろうかなって思ってたんだけど……」
「ちょっと用事ができたからって、早めに解散することにしたんだよね!」

 椋の言葉を引き取ったのは九門だ。兵頭家でゆっくりしていたけれど、彼らの両親に急用ができたので、それなら少し早いけれど寮に戻ろう、ということにしたらしい。一成はにこやかな笑顔で「なる~」とうなずき、天馬も「そうなんだな」と言葉を返す。
 このタイミングでの帰宅ともなると、さっき盛り上がって事に及んでいた場合、本当に最中だったな、と思っていたのは二人とも同じだったけれど黙っていた。

「椋、この漫画どこ置く?」
「ごめんね、九ちゃん! えっと、この辺かな……」

 天馬と一成の微妙な沈黙に気づくこともなく、九門がはつらつと尋ねれば、椋がやわらかく答えを返す。二人が持っていた大荷物は、椋の漫画だったらしい。実家から寮の自室へ持ってきたのだろう。

「あ、むっくん! さっきね、ちょっとこの漫画落としちゃったんだよねん……。折れたりはしてないと思うんだけど、マジでめんご~」

 漫画を取り出す二人の様子を見ていた一成が、はっとした顔でそう言う。指し示すのはローテーブルの上に積み上げられた漫画だ。天馬も気づいて口を開いた。

「悪い、椋。オレがぶつかって落とした」

 一成が謝ってくれたけれど、机にぶつかったのは天馬なので謝るのは自分が筋だろう、と天馬は思った。まあ、一成からすれば二人で盛り上がった結果なので、どっちが謝っても同じだろう、という結論だったのだけれど。
 椋は二人の言葉にまばたきを繰り返してから、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「ボクが漫画を出しっぱなしにしてたせいで……! 二人ともごめんね……!」

 ちゃんと片付けておけば、漫画が落ちることもなかったのだ。自分の不注意のせいで二人に気を遣わせてしまった、と思うのが椋なのである。
 一成も天馬も当然そんなことは思っていないので、口々にその旨を告げれば椋はひとまずうなずいてくれたので、二人はほっとする。落とした経緯が経緯だけに、椋が気に病んでしまうことは余計に避けたかった。
 椋は「ありがとう」とはにかんでから、そこでふとローテーブルの上に広げられた天馬のスケジュール帳に気づいたらしい。もしかして、という顔で口を開いた。

「二人とも、デートの日とか決めてたのかな……?」
「マジで!? じゃあ、オレたちいないほうがいいかな!?」

 椋の言葉に、九門も素っ頓狂な声を上げた。二人が恋人同士であることは当然知っているけれど、基本的には夏組の仲間、という意識のほうが先に立つ。
 だから二人が一緒にいてもすぐに恋人という図式に到達しないのが九門だった。ただ、冷静に考えれば二人きりなのだから、恋人としての時間を過ごしていたと考えるのも自然だった。つまり、自分たちはそんな時間を邪魔してしまったのでは、と思ったのだろう。

「全然気にしなくて平気だよん!」

 慌てた様子で一成はそう言うし、天馬も同意の言葉を返す。実際、二人を邪魔に思う気持ちなど一欠けらだってないのだ。
 危なかったとは思うし、二人に見られなくて良かったとは思っているけれど、それは二人がいないほうがよかった、という気持ちとは別物なのだから。

「デートの日付なら、二人がいても決められるっしょ!」

 明るい笑顔で続ければ、椋は「それもそうなのかな」という顔を浮かべるし、九門も明るい笑顔で「そっか!」とうなずく。別に交際を隠しているわけではないので、二人で「いつデートしよっか」なんて話をすること自体は、おかしな事態ではないだろう。
 しかし、一成は自分の発した言葉に気づいてしまった。天馬だって、改めて一成が言葉にするものだから、意識してしまった。
 さっきまでは、熱の余韻を引きずっていたから事務的に日程を決めていたけれど、今は違う。椋と九門の登場によって、すっかり冷静になってしまったのだ。だから、自分たちが決めようとしているのがただのデートの日付ではないことを自覚している。
 二人の予定を付き合わせて決めようとしているのは、初めて体を重ねる日なのだ。
 冷静になった状態でその事実に思い至ると、一気に羞恥心が襲ってくる。さらに、それを九門と椋の前で協議できるかと言えば、迷うことなくノーと言えた。
 むっくんとくもぴの前で、初めてえっちする日いつにするとか決められるわけなくない!?
 胸中で叫んだ一成は、しかし動揺を表には出さない。さも、最初から決められていた、みたいな顔でするりと言葉を口にする。

「でも、オレたちちょっとカフェ行こっか~って話してたんだよねん。おススメのカフェ教えてもらったから、ちょっちデートしてこよっかなって」

 にこにこと笑顔を浮かべて告げれば、椋はぱっと顔を輝かせた。少女漫画大好きな椋は「デート」という言葉自体に嬉しそうな顔をするし、それが大好きな二人ともなればいっそうきらきらとした表情を浮かべるのだ。それは九門も同様で、天馬と一成が親密である、ということを自分のことのように喜んでくれる。

「夕飯までには帰りたいし、そろそろ出るか」

 一成の意を汲んで、天馬が答える。
 初めて聞かされた話にもかかわらず、まるで最初からその予定だったかのような自然さだった。一成が内心でほっとしつつ「さすがテンテン!」と思っていると、ゆっくり立ち上がる。

「行くぞ、一成」

 当然のような顔で声を掛けられて、一成もあとに続く。椋と九門はぴかぴかとした笑顔で、二人を送り出してくれた。






 202号室を出た二人は、実際にカフェへ行くことにした。別にそんな予定はなかったのだけれど、このまま寮内に留まっているのは不自然だし、二人の時間を過ごしたいというのは紛れもない事実だったからだ。
 手早く用意を済ませた二人は、連れだって寮の階段をくだる。外出中の団員も多いし、夕飯までにはまだ時間のある微妙な時間帯なので、寮内はどことなく静けさが漂っていた。

「どの辺のカフェがいい? テンテン、何か希望とかある?」
「あんまり人が来ないところがいい」

 スマートフォンを操作しながら尋ねれば、天馬からは簡潔な答えが返ってくる。一成は「なる~」とうなずいて、画面をいくつかタップしようとしたのだけれど。不意に天馬が、一成の右手首を掴んだ。階段の途中で足が止まる。
 一成は目をまたたかせて、隣に立つ天馬へ視線を向けた。一体どうしたのか、と思うけれど、一成を真っ直ぐ見つめる天馬のまなざしを受け止めて、思わず息を止めた。
 その瞳に宿る光は、さっきまで全身で受け取っていたものと同じ熱を持っている。ごくり、と一成がつばを飲み込むと、天馬が口を開いた。

「日付だけここで決める」

 濡れるような声だ、と一成は思った。ドキドキと鳴る心臓の音を聞きながら、天馬の続きの言葉を待つ。

「ずいぶん先になるかもしれないってのはわかってる。でも、動かせる予定があれば動かすし、多少無理すれば空けられる日はあると思う。だから、日付だけ決めさせろ」

 切羽詰まるような声で、天馬は言う。
 詳しいことはあとからでも決められる。だから、今ここで日付だけ先に約束してほしい。あまりにも切実な響きに、一成はどんな表情を浮かべればいいかわからない。だから、よく慣れたへらりとした笑顔で言った。

「テンテンってば積極的~」

 茶化すような物言いになってしまったけれど、そうしなければ何だか上手く立っていられないような気がしたのだ。天馬の熱に当てられて、倒れてしまいそうで。それとも衝動のままに抱きついてしまいそうで。天馬がからむと自分がどれだけ馬鹿になるのか、一成は実感していた。
 天馬は、一成の言葉にぱちり、とまばたきをした。それから、真剣な表情を浮かべると、射抜くようなまなざしで答えた。

「当たり前だろ」

 きっぱり告げる言葉にも隠しもしない熱が宿っていて、一成の心臓はさっきからずっと暴れ回っている。たぎる熱が、あおりたてる欲望が、全身を包んでていく気がした。
 天馬はまとった熱も欲に濡れる瞳もそのままに、一成へ向かって言葉を放つ。

「お前の希望を叶えたいっていうのもあるけど、オレだってずっと我慢してたんだぞ。これ以上先延ばしにしてたまるか」

 告げられる言葉が意味するものを、一成はしかと受け取っている。天馬は一成と体を重ねる日をいつかにしたくないのだ。あやふやないつかではなく、確実にこの日だと決めてしまいたい。
 それほどまでに、自分を求めてくれているのだ、と酔いしれるような気持ちで一成は実感する。
 声が、まなざしが、触れる指先が熱い。天馬の熱なのか、自分の内側から発せられる熱なのか、もう一成にはよくわからない。
 だけれど、ただ一つだけ確かなのは、真っ直ぐと向けられる欲望が、天馬から注がれる全てがこの上もない喜びを連れてくることだけだ。



END