楽園プレゼンテーション




「オレ、テンテンとえっちしたい」

 最初は結論から述べること、というわけでどストレートに言い放つと天馬が固まった。一成も恥ずかしくてのたうち回りそうだけれど、ここまで来たらあとには引けないし、引く気もない。
 それに、天馬にはきちんと言わなくてはだめだ、とわかっていた。一成のことが大好きで、大事にしたくて仕方ない天馬には。
 一成は深呼吸をすると、さらに言葉を重ねる。自分の心を取り出して、望んだものを伝えるのだ。何をしたいか、どうしたいかなんて、そんなことはずっと前から知っている。

「テンテンにいっぱい触りたいし、いっぱい触ってほしい」

 言いながら、一成は少し距離を詰めた。手を伸ばして、ためらいがちに天馬の指先に触れると、天馬がびくりと反応した。今まで固まっていたけれど、呪縛が解けたらしい。
 揺れた瞳が一成を見つめている。明らかに動揺しているけれど、触れた指先から逃げることはしなかった。もしかしたら距離取られちゃうかも、なんて思っていただけに、そのまま触れることが許されている事実に一成はほっと安堵する。ささやかな感触を確かめながら、さらに言葉を続けた。

「テンテンのこと、いっぱい触ってもっと近くで感じたい。指先だけじゃなくて、オレの体全部で、一番近いとこでテンテンだーってめいっぱい感じたい。境界線なんかなくなっちゃうくらい」

 何を言いたいかなんて、きっと天馬も理解している。一成だって当然わかっているから、恥ずかしすぎて顔から火が出そうだった。だけれどきっと今はこれが必要なのだ。
 天馬に伝わるように、と願いながら一成はさらに指先を伸ばして、天馬の左手を握った。大丈夫かな。振りはらったりはしないと思うけど、これくらい平気かな。
 ドキドキと鳴る心臓の音を聞きながらそっと天馬をうかがうと、真っ赤な顔で一成を見つめている。そこにあるのは困惑や戸惑いではなかったので、一成は安堵の吐息を漏らす。すると、天馬は一成の不安を察したらしい。何かに応えるように、一成の手を握り返してくれるので、一成の胸は一際大きく高鳴った。
 天馬が一成を拒むことはないと信じている。それでも、こんなに直接的な言葉を告げたことはないから不安で仕方なかったけれど、天馬はちゃんと応えてくれた。握り返す力の強さが、一成の心を受け止めるのだと何よりも教えてくれている。それに背中を押されて、一成は告げる。

「オレね、テンテンとちゅーすんのすげー好き。大好きって気持ちがあふれていっぱいになって、めっちゃ幸せになっちゃう」

 重ねた唇から伝わるのは、お互いへ向かう心だ。大好き。愛おしい。大切にしたい。宝物。たった一人。世界で一人。とくべつなひと。お互いの心がこぼれて、全身の全てで愛を伝えあうような瞬間が、一成は大好きだった。

「――そんなの、オレだって同じだ」

 どうにか絞り出したみたいな声で、天馬が答えた。強く手を握ったまま、未だに顔を赤く染めたまま、「お前とキスできることが嬉しいって、いつも思ってる」と教えてくれるので。
 一成は心からの喜びを浮かべてうなずいた。それから、イタズラを仕掛けるような微笑で続ける。こっそりと秘密を打ち明ける雰囲気で。

「それにめっちゃ気持ちいいって、テンテンとちゅーするたびに思うよ」

 ささやくみたいに告げられた言葉に、天馬の顔が羞恥でいっそうあざやかに塗り替えられる。湯気でも出るんじゃないかと一成は心配になるけれど、恐らく自分も同じような顔をしているからおあいこだよねん、と思うことにした。

「色んなキスいっぱいしてくれたっしょ。ちょこっと触るだけのキスも好きだし、べろちゅーも好き。てか、舌入れるとかよくわかんなかったけど、テンテンとだとめっちゃ気持ちよくてびっくりしたよねん」

 冗談めかして言わなくては、声が震えてしまうと思った。だって思い出してしまうのだ。
 最初のキスは、ほんの少し触れるだけ。その次は、もう少し長い時間唇を重ねた。それから、軽いキスを何度も繰り返したり、唇を重ねる時間が長くなったりしていった。
 少しずつステップを踏むように様々な口づけを交わし合って、自然な流れでお互いをもっと、もっとと求めあった。ただのキスじゃ足りない。互いの舌を探り合い、追いかけて絡み合って、深くつながる口づけを覚えていった。
 同時にそれは、今まで知ることのなかった快楽を互いに与えあうことでもあったのだ。
 深いキスを交わし合うたび、気持ちよさに陶酔しそうになる。こんな世界があるのだと、二人は初めて知ったのだ。だからこそ、まだこの先があるなら、と一成は思ったのだ。この先には、きっともっと気持ち良くてぞくぞくする快楽が待っている。

「だから、もっと気持ちいいことテンテンといっぱいしたい。テンテンと一緒に、いっぱい気持ちよくなりたい」

 吐き出す言葉には、明らかな熱が宿っている。真っ赤に染まって上昇した体温のせいだけではないことは明白だし、一成自身も当然自覚していた。恥ずかしい。だけれど、何だか段々気にならなくなってきたのは、この熱に頭が浮かされているかからかもしれない。
 一方で、真正面から一成の言葉を受け取った天馬にも、熱は伝播していた。
 心から大切に思う恋人にこんなことを言われて平静でいられるほど、天馬も大人になりきれないのだ。ただでさえ、理性で性欲を叩きのめしているような現状なのに、まさか恋人のほうが性欲に火をつけてくる。本人が明らかな色気を放ちながら。

「だけど、それだけじゃないだろ……」

 しかし、天馬の理性は劣勢ながらもきちんと機能していた。これまで絶体絶命のピンチを乗り切ってきただけあって、天馬の理性はなかなか気骨がある。孤軍奮闘してでも戦い抜く決意でもしているのかもしれない。
 天馬は真っ赤な顔で、灯された熱に抗いながらぼそぼそと言葉を落とす。
 一緒に気持ちよくなりたいと一成は言う。確かに体を重ねるという行為の果てには、知りようもない快楽が待っていると思う。
 だけれどそこに至るまでは、決して簡単な道のりではない。さらに、二人で協力してどうにかなるというより、一方的に一成へ負担を強いることになるのは事実だ。それも、決して軽くはない負担を。
 だからこそ、簡単に天馬がうなずけないでいることを、一成はよく知っている。
 気持ちいいだけでは済まなくて、一成の体に無理をさせることを厭っているから、必死で天馬は首を振ってくれる。その事実を目の前で噛み締めた一成は、思わず笑みを浮かべた。宿った熱を潜ませながら、眉を下げて困ったように。
 実際、困ったなぁと一成は思ったのだ。
 だってこれは全部、天馬がどれほど一成を大事に思っているかの証明だ。頑なにその先を拒もうとしているという事実に、ただ一成は思うしかない。
 こんなにも大切に思ってくれているなんて。大好きだから大事にしたくて、先に進むことに尻込みしてしまうなんて。愛おしすぎて困ってしまう。

「――テンテン」

 そっと名前を呼んだ一成は、天馬との距離をさらに詰める。にじり寄るように近づくと、膝と膝がわずかに触れ合った。
 天馬がびくりと反応して一成を見つめるので、一成は真っ直ぐとその目を見つめ返した。伝えたいことがたくさんある。オレのことが大好きなテンテンに、言いたいことは、届けたいことは、たくさんあるのだ。

「これはさ、オレのワガママだよ」

 吐き出す息さえ熱くしながら、一成は言う。天馬の瞳が、赤い顔が近い。天馬は一成との距離にうろたえてはいるようだけれど、体を離すことはしなかった。その事実に一成はうっすらと笑んだ。普段の明るさではなく、確かな色をにじませて。

「オレ、テンテンの色んな顔が見たいんだ。オレだけしか知らない顔とか、オレにしか見せない顔とか、いっぱい見たい」

 天馬と二人で過ごす中で、一成は自分だけに見せてくれるたくさんの表情を知った。一つ一つを見つける度に一成の胸は喜びで震えたけれど、同時に際限のない欲求を知ったのだ。
 もっと別の顔が見たい。色気をまとった表情だとか、どんな風に己の欲を吐き出すのか、本能に身を任せた時一体どんな顔をするのだろう。
 膨れ上がる欲をそのまま形にしたように告げれば、天馬が口を開く。何かを言わなくては、と思ったのだろう。

「一成」

 しばらくの逡巡のあと、天馬は絞り出すように名前を呼んだ。感情が渦巻いてどんな言葉を選べばいいかわからなくて、ようやく見つけた言葉のように。それしか知らないみたいに口にされた名前は、ハッとするほどの熱を宿していた。
 耳だけではなく、体全体でその温度を感じた一成はぞくりと体を震わせた。同じ熱を持っていてくれる。その事実が嬉しくて胸が高鳴る。ざわざして落ち着かない気持ちになるのに、同じくらいに満たされる。
 天馬の声に宿った熱を受け取った一成は、さらに自分の欲が熱くなっていくことを感じていた。互いの熱を渡し合って、きっとより大きくあざやかに育っていくのだろう。もはや、羞恥など消し飛んでいる。一成は宿した熱をそのままに言った。

「テンテンがオレに興奮してるところ、すげー見たい」

 言いながら、一成は左手を伸ばした。つないだ右手はそのままに、空いた左手が辿り着くのは天馬の右手だ。
 腿の上に投げ出された骨ばった手。その指先を、一本ずつなぞった。
 ぴくり、と小さく天馬が反応したのは、一成の動きが孕んだ明確な欲をしかと感じ取ったからだろう。ただ触れるだけではない。一本ずつを確かめるような、体のパーツを自分自身に刻み込もうとするような。己の内側へ招き寄せようとしていることくらい、天馬とて理解している。
 天馬がほしい。この体全部、オレの中にほしい。
 言葉よりもよっぽど雄弁に伝えられて、天馬の瞳に宿る光の色が変わる。泣き出しそうに見えるのは、その目が欲望に濡れているからだ。ギラギラとした光は凶暴で、明らかな欲を宿しているという事実に、一成の心は歓喜に震えた。
 だって、どう頑張ったって自分は男だ。丸みを帯びたやわらかい女性の体とは違って、抱きしめたって気持ちよくはないはずだ。それでも天馬は、心からの愛おしさで自分を抱きしめてくれるけれど。
 いざ体を重ねるということになっても、果たして天馬が自分に興奮してくれるだろうか、と思っていた。だから今、目の前の天馬がギラギラした目で自分を見ていてくれることが、嬉しくて仕方なかった。
 この目で見つめてほしい。オレに欲情してくれるなら、何度だってその事実を確かめたい。オレの体で興奮してくれるなら、気持ちいいと思ってもらえるなら、それはどれほどの幸福だろうか。
 陶酔するような気持ちで思っていると、不意に天馬が動いた。一成の左手に自分の右手を重ねると、互い違いに指をからませて強く握りしめたのだ。一成の放った欲へ答えるように。何もかもを全て受け止めるように。
 一成は同じように強く手を握った。どちらのものなかわからない熱が、互いの手のひらから伝わりあう。握りしめる力の強さを感じながら、一成は言う。この熱も、つないだ手の力強さも、何もかも全部自分のものにしたいと、こぼれだす欲をそのまま声にして。

「オレ、本当はめちゃくちゃ欲張りなんだよ」

 ささやくように、一成は告げた。ほしいものなんかたくさんある。物わかりのいい顔をすることは得意だし、実際上手く諦めることだってできるけれど、渦巻く欲望に際限がないことを、一成は天馬と過ごす内に知ったのだ。知られたら軽蔑されちゃうかも、と思ったこともあるけれど、今の一成はただ確信していた。テンテンならきっと平気だ。オレの内側も、汚いところも恥ずかしいところも、見せたって平気だ。テンテンなら大丈夫。事実としてそう思うからこそ、一成はただ素直に言葉をこぼした。

「だから、テンテンからもらえるものなら全部ほしい。苦しいことも痛いことも一つ残らず全部オレのものにしたい」

 天馬と恋人同士になって、夢見心地のような日々を過ごしたあと、一成は現実的なことを考えた。天馬は恐らく一般レベルで性欲を持っているから、いずれ体を重ねることになるだろう。ただ、同性同士という観点から考えると、どちらがどちらの役をするか、ということを考えなければならない。
 今まで考えたことがなかった話ではあったけれど、いざ思考を巡らせた一成は比較的簡単に答えに辿り着いた。だって一成は、ただ素直に思ったのだ。
 テンテンの全部が欲しい。自分の体の隅々まで、テンテンからもらえるもので満たしてほしい。
 果たして天馬がどちらを望むかはわからなかったけれど、幸い天馬は「一成を抱きたい」と言ってくれたので一成はほっと安堵したものである。そうとなれば、一成のすべきことは決まっていた。持ち前の勤勉さを発揮して、必要なことを調べ上げたのだ。
 だから、全てが気持ちいいだけではないことくらい、一成だってわかっている。そこに至るまでは準備だって必要だし、本来の機能とは違うことをするので、負担が大きいのも事実だ。それゆえ天馬がためらっていることはわかっているし、それくらい大事にされている。
 だけれど、それでも一成は心から望んでいる。天馬から与えられるものなら、何だってほしい。天馬を受け入れるための痛みも苦しみも、未知への恐怖すらも。天馬がくれるのなら何だって全部自分のものにしたい。

「テンテンからもらえるもので、オレをいっぱいにしたい」

 熱い息を吐き出した一成は、腰を浮かした。ゆっくりと顔を近づけて、天馬の瞳をのぞきこむ。赤い顔をして見つめ返す目には、猛り狂うような欲が宿っていて一成は陶然とほほえんだ。
 ギラギラと欲望にたぎる目が好きだ。ぞくりと背筋を這い上がるものを感じながら、一成は吸い寄せられるように天馬の唇にキスをした。
 まるで火傷するような熱さだ。数秒触れて、そっと離れた一成はゆっくりと唇を開いた。
 うっとりした表情で、端々に宿る熱を隠しもせずに。滴る蜜のような、甘さを伴うとろりとした瞳で。天馬を見つめた一成は、ぶわりと匂い立つ色香を乗せて告げる。

「テンテンに、抱いてほしい」

 声が耳に届いた瞬間、脳みそが焼き切れるような感覚が天馬を襲った。理性なんてもう息をしていない。たぎる熱に体中が支配されて、衝動のまま動いた。
 握った手ごと一成を自分のほうへ引き寄せると、噛みつくように唇を奪った。舌をねじ込めばすぐに一成も反応した。迎え入れるように舌先が動いて、生き物のように絡み合う。好き勝手に口内を蹂躙すれば、くぐもった声が漏れて二人の熱を高めていく。
 一成が天馬の首に腕を回して、いっそう口づけが深くなる。一瞬だって離れたくなかった。角度を変えてキスをして、互いの唇の形を確かめ合う。二人の口内で行き来する舌は、蜜のように甘かった。
 一瞬の呼吸の隙に、天馬は一成をラグに押し倒す。抵抗することもなく床に倒れた一成が、欲に濡れた瞳で天馬を見上げる。吸い寄せられるように唇を塞いで、何度もキスを繰り返した。混ざり合った唾液が口内からあふれてこぼれていくけれど、構うことなく唇を貪り続けた。

「一成」

 一体何度目になるかもわからないキスのあと、天馬はわずかに顔を離して名前を呼んだ。荒い呼吸で、興奮をあらわにして。何かを確かめようとするような熱い声に、一成の背中をぞくぞくと快感が這い上がる。

「テンテン」

 答える声はただ熱く、切なさを含んでいる。もっとほしい。離れてしまった距離がもどかしい。もっといっぱいキスして。声より確かに、とろりとした瞳が伝えているから、天馬はすぐに答えた。
 再び顔を寄せると、一成の唇をぺろりと舐めてから、舌を差し入れる。待っていたように絡みつく一成の舌が熱くて、すぐに夢中になる。
 荒い息でまるでお互いを食べつくそうとしているみたいに、ひたすら口づけを交わす。こぼれ落ちる唾液を辿って、天馬は一成の首筋に唇を寄せた。びくりと震えて小さく上がった声は、脳天を直撃するような甘さを伴っている。くらくらしながら、天馬はさらに落ちる唾液を追った。
 唇にキスをして、頬を辿って、耳朶へと向かう。体の位置を動かして、ピアスの光る耳元へ触れようとした時だ。狭い場所で体勢を変えたせいなのだろう。ローテーブルに天馬の体がぶつかって、端のほうに積まれていた漫画が落ちてきた。
 思わず天馬は動きを止めたし、突然の事態に一成も目をまたたかせる。
 何が起きたかを察するのに、そう時間はかからなかった。天馬の体があたって、椋の漫画が落ちてきた。事実としてはただそれだけで、大したことではないと言えた。二人の行為を妨げるほどの事態ではないだろう。
 しかし、である。ささやかな一瞬は、天馬と一成を我に返らせるには充分すぎた。ここが202号室であること。椋は夕飯までに帰ってくると言っていたこと。その事実を思い出したのだ。
 部屋に来てからどれくらいの時間が経っているかはわからないけれど、昼はとっくに過ぎている。つまり、今この瞬間に椋が戻ってくる可能性は充分にあった。
 万一、天馬が一成を押し倒している現場を目撃しても、椋なら恐らく見なかったことにはしてくれるけれど。だけれども。
 冷静になってしまえば、現在の状況で事に及ぶなんて愚の骨頂だということくらいわかる。
 いつ椋が帰ってくるかもわからない場所で、体をつなげることなんてできるはずがない。そもそも、何の準備もしていないのだから、このまま先へ進むなんてことは論外だ。
 天馬の理性は、そろそろ息を吹き返したのだろう。険しい顔をしながらも、鋼の意志で天馬は一成の上からどうにか体を動かした。自分を見下ろしていた天馬がいなくなって、一成もぎこちなく体を起こした。
 盛り上がりすぎてうっかり致しそうになったけれど、よく考えなくてもリスキーすぎることは一成だってわかっているので、天馬の判断に異を唱えるつもりはない。

「……漫画は大丈夫みたいだねん」

 さっきまでの雰囲気をかき消すように、一成は言った。いたっていつも通りの声で落ちてしまった漫画拾って、机の上に並べ直す。
 落ちた衝撃で紙が折れていたらどうしようかと思ったけれど、そんなことはなかったようだ。むっくんがショック受けちゃうから良かったよねん、と言ってわずかに距離を空けて座る天馬へ視線を向けた。
 天馬は「そうだな」と短く答えるけれど、難しい顔をしていて一成もどんな言葉を口にすればいいかわからない。
 ここはなるべく、いつも通りでいるべきだ、と思ったのだ。だから、普段通りの口調を心がけているのだけれど、正直どうしたらいいのかは一成もよくわかっていなかった。
 「手を出してくれない」とずっと悩んでいたのだ。それが今、天馬は確かな欲望を一成へ向けてくれた。興奮を隠しもせず、熱を宿して一成を求めてくれた。それが心底嬉しかったし、一成の気持ちはちゃんと伝わっただろうと思う。
 だけれど、今のこの最高潮の盛り上がりが中途半端に終わってしまって、果たしてこれからどうすればいいのか。もう一度最初からやり直せばいいのか、どんなきっかけから始めればいいのか。
 一成まで考え込み始めてしまったので、202号室に沈黙が落ちる。しかし、それは唐突に破られた。天馬が意を決した顔で尋ねたからだ。一成を真っ直ぐ見つめて、強い意志を宿して。

「一成、今度空いてる日はいつだ」

 そんなことを聞かれるとは思っていなかったので、一成は「え?」と瞳をまたたかせる。その反応に、言葉が足りなかっただろうかと思ったのだろう。天馬は真剣な顔で続けた。

「その、うちに来い。泊まりで」
「うちって、テンテンの実家?」

 事実を確かめる、といった素振りで問い返されて天馬はわずかに言いよどんだ。だけれど、ここで口ごもっても仕方ないことはわかっていたから、きっぱりと答えた。

「そうだ。うちなら誰もいないから、人目を気にしなくていい。それに、誰かがいつ帰ってくるだとかそういうこともないから、その、時間だって気にしなくていい」

 天馬の実家は一応、天馬の両親が居住している。ただ、世界中を飛び回る多忙な二人なので、ほとんど家に帰らない。ハウスキーパーが管理しているものの、人がいないことのほうが多いだろう。そんな天馬の実家に来い、ということはつまり。

「えっと、それはオレ一人でって意味で?」
「当たり前だろ。お前一人じゃなきゃ意味がない」

 そうだろうなとは思っていたけれど、勘違いだったら悲しすぎるので尋ね返すと、天馬からは案の定の答えが返ってきた。
 天馬の実家に泊まりで来い。他の誰かと一緒ではなく、一成だけで。それが意味することは、誰に邪魔されることもなく、二人だけの時間を過ごしたいという誘いで、今この流れで言われるということは、つまり。
 一成は察しのいい人間である。天馬の言葉を正しく理解して、顔中に熱が集まる。首まで真っ赤に染めたまま、潤んだ瞳を天馬へ向ける。
 それを見つめる天馬は、一つ深呼吸をした。
 一成の反応から、天馬の意志を読み取ってくれたことはわかった。言わなくてもきちんと伝わったのだ。だけれど、だからこそ、ちゃんと伝えようと天馬は思った。
 一成は心の全てを天馬に見せてくれたのだ。恥ずかしくても、勇気を出して伝えてくれた。だからそれなら、今度はオレの番だ、と天馬は思った。
 一成を傷つけたくないという気持ちは今だって揺るぎない。大事にしたい。負担を強いたくない。それは何一つ変わらないけれど、一成本人が言うのだ。
 痛みも苦しみも、天馬から与えられるものなら何だってほしいと。天馬からもらえるもので、いっぱいにしてほしいと。窒息してしまいそうなほどの色香を漂わせながら、心の全てで。何もかもを望んでいると、「抱いてほしい」と言ってくれたなら。
 天馬は一成を見つめて口を開いた。熱を、欲を宿らせて、目の前のたった一人がほしいと、あらゆる心を一成へ差し出すように告げる。

「今度お前がうちに来た時、一成を抱く」

 ずっと望んでいた。ずっとほしかった。心の内に暴れ回る衝動を、たぎる欲望を、隠しもせずに言葉にした。
 真っ直ぐと伝えれば、一成はうっとりと笑った。心からの喜びに、確かな熱と色を宿しながら「うん」とうなずく。





END