アラカルト・キス
―Scene:Extra―
幕が下りる。舞台袖にはけた一成を出迎えたのは団子みたいに固まった夏組だ。もみくちゃ状態になりながら、全員が興奮しきりに声を発する。
「やっぱめっちゃ舞台楽しい!」
「お客さん、いっぱい笑ってくれたね!」
「全員アドリブやりすぎ」
「お前もだろ」
「もう一回やりたい~!」
「ほんとそれな!」
無事に舞台をやり切った、という達成感よりも体を満たすのは、楽しくて仕方がなくていつまでもあの舞台の上に立っていたい、という高揚感だ。
ワクワクして、胸がいっぱいで、じっとしていられない。舞台の特別な空気が、何よりも大切な仲間と演じられる幸福が、どうしようもなく胸を満たすのだ。
「っていうかポンコツ、今日何回キスするわけ?」
「ボク、すごくドキドキしちゃったよ!」
「お前らのアシストもあるだろ。バカップルだなんだ散々言いやがって」
悪態を吐くような言葉だけれど、口にする天馬は心底楽しそうだった。対する幸も、嬉しそうに言葉を返す。
「事実なんだから仕方ないでしょ」
「めっちゃキスシーン長かったし、最後もすげーよかったよね!」
「仲良しのシーンだった~! サンカクいっぱいあげる!」
「あはは、ありがと!」
冷めやらぬ興奮のまま、最後のキスシーンについての言葉が飛び交う。
天馬のアドリブに一成が応えた形で生み出されたワンシーンは、最高のハッピーエンドを象徴するようなシーンだったのだ。
どれほどまでに相手を愛おしく思うのか、一つの距離なく触れあえることの幸福を噛み締めるような二人の姿は、観客はもちろん演者の胸まで高鳴らせた。
「みんな、スタンディングオベーションだよ!」
浮き立つような夏組へ声をかけたのは監督だ。彼女も、興奮冷めやらぬといった調子で客席の様子を伝える。
舞台袖から視線を送った座席では、次々と観客が立ち上がりあらんかぎりの拍手を送っている。笑みを浮かべて、紅潮した頬で、あふれ出るような喜びをたたえて。
それは、最高の舞台を演じ切った夏組に対する惜しみない称賛であり、どれほどまでに心を震わせたかの証左でもある。
舞台袖の夏組にもその音はしかと届いたし、幕を隔てているにも関わらず高揚した空気まで伝わってくるようだった。
今ここにいる自分たちと同じように、ワクワクして、胸がいっぱいで、じっとしていられない。
夏組の誰もがその事実を噛み締めている。
最高の舞台を、と全速力で駆け抜けた。その結果が、このスタンディングオベーションであり拍手なのだ。
直接言葉を交わすことはできないけれど、舞台を見ていてくれたみんなは受け取ってくれた。言葉ではなく、全身で答えてくれた。
送られる拍手が、満面の笑顔が何よりの答えだ。楽しんでくれた。笑ってくれた。夏組の舞台を見て、最高に楽しいと心を震わせることができたのだ。それは、夏組にとっての何よりの喜びだ。
笑っていた椋が泣きそうな顔になり、九門までつられたように顔をゆがめる。もちろん、これは悲しみではない。感極まった心があふれだしそうなだけだ。
ここまで全速力で走ってきた。その全てがきちんと報われた。みんなを笑顔にできたこと。それら全てがたまならく嬉しくて、あふれていきそうなだけだ。
「二人とも、泣く場面じゃないでしょ」
きっぱりと声を掛けたのは幸だけれど、そんな彼の目元もうっすら赤い。きっと自分も同じような表情をしているのだろうと一成は思う。
ここまで走ってきた全てをお客さんが受け取ってくれたことが嬉しい。言葉よりもっと強く伝えてくれたことが嬉しい。自分たちの結末を、お客さんが受け入れてくれたことが嬉しい。
舞台上で感じる反応から、恋人同士である二人のシーンがより望まれていることはわかった。
だからキスシーンが長くなったし、最後には天馬のアドリブで幕が下りる直前の口づけが追加された。求められることはこれだという確信はあった。
それでも、最後のキスシーンは今までのものとは少し意味が違う。
不意打ちのキスではなく、天馬演じる遼一郎から注がれる真っ直ぐとした愛情が形になったものであり、一成演じる蒼生はそれをしかと受け取る。
だから、蒼生はそれまでと違い、戸惑いではなく自分から応えるのだ。自己主張はあまりしない、だけれど意志の強い蒼生ならば、きっと遼一郎のキスに自分の意志で応えるから。
そう考えての反応だったけれど、それが受け入れられるかはわからない。だからこそ、スタンディングオベーションと鳴り止まない拍手に、一成は心から安堵した。
よかった、二人の結末はきちんと受け入れられた。遼一郎と蒼生のハッピーエンドをお客さんは受け取ってくれたのだ。ほっと息を吐いていると、監督から声がかかる。
「カーテンコール、出られる?」
鳴り止むことのない拍手に、総立ちの観客。カーテンコールを待っていることは明白だった。
めいめいが肯定を返して、光あふれる舞台へ再び戻っていこうとする。一成も足を踏み出しかけたところで、隣に立っていた天馬と目が合った。
アメジストみたいに綺麗な瞳。思わず見つめると、天馬が一瞬目をまたたかせたあと笑みを浮かべた。
力強く真っ直ぐとした、だけれど奥底にあふれだすような愛おしさを潜ませている。強さの中にやわらかさを宿した笑みで、「行くぞ」と背中を叩く。
それは、さっきまでずっと見つめていた遼一郎のものではなくて、一成のよく知る天馬の笑顔だ。今は舞台上ではないから当然だ、と思った一成の唇から声がこぼれた。
「テンテン」
名前を呼ぶのと同時に、一成はほとんど反射で動いていた。待って、もう少しだけ待って。思いながら天馬の腕を引いて、伸びあがるようにキスをした。
カーテンコールに応える自分たちは、夏組の天馬と一成だ。かけがえのない仲間であることは間違いないけれど、決して恋人同士じゃない。
たくさんキスを交わしたのは、舞台の上でだけの話だ。そういう風に振る舞うことは納得しているし、嫌だなんて言うつもりはない。
だけれど、だからこそ。舞台へ再び戻る前にこうしたかった。遼一郎と蒼生ではなく、どんな役を演じるのでもなく、単なる三好一成として皇天馬にキスをしたかった。
唇にそっと触れる、やわらかな感触。もっと、と思う。もっとずっとこうして触れ合っていたい。一成は懸命にその唇にキスを送る。
天馬は突然の口づけに驚いて固まったものの、それも一瞬だった。触れ合う箇所から伝わるもの。すがるように掴まれた腕、あらゆる気持ちを込めた熱い唇。
役としてではなく、たった一人の人間への愛おしさが形になったのだと、わからないはずがなかった。
天馬は一成の背中に腕を回して、体ごと引き寄せる。口づけの角度が変わって、一成が小さく声を漏らす。
離れないよう頬に手を添えて、深くキスを送れば一成が答えるように腕を背中へ回した。もっとほしい。足りない。もっとキスがほしい。
声ではなく、体の全てがそう訴えていたけれど、理性はまだ息をしていた。
名残惜しげに唇を離せば、熱の残るまなざしが互いをとらえる。しかし、それを振り切るようにして一成が目を細めた。
「――続きはあとで、だねん」
「覚悟しとけ」
天馬も同じ目をしていたけれど、抱きしめていた腕を解く。
本当ならもっとその唇を味わっていたかったけれど、それが許される場面ではないことはよくわかっていた。カーテンコールを待っている観客がいるのだ。
「うわあ、少女漫画みたい……!」
紅潮した頬で椋が言い、九門も大きくうなずいている。幸の「場所と時間を考えろ」という言葉はまったくもってその通りだったので、一成が「めんご~」と謝れば天馬も続いて謝罪をした。
「みんな、行こう~!」
そんな五人の様子を見守っていた三角が、キラキラとした笑顔で声を掛ける。嬉しくてたまらないといった調子で、大切な人たちみんなを抱きしめるみたいに。
その声に、五人はそれぞれの言葉で答えを返した。
天馬が力強く、幸が当然といった調子で。椋はやわらかに、一成は楽しそうに、九門は嬉しくて仕方ないという様子で。それを受け取る三角は、輝きを増した笑みでうなずく。
「――いってらっしゃい、六人とも!」
準備ができたことを確認した監督が、そう声をかける。
夏組の六人がうなずき、舞台へと歩いていく。観客たちが今か今かと待つ場所へ。誰よりも大切な特別な仲間たちと一緒に、光のあふれる場所へと歩いていく。
END
「Pinkish Days」で距離を置くとか言ってたのでその詳細と、公演中に延びていくキスシーンについてと、千秋楽にアドリブで追加されるキスシーンのネタは前からあったので全部詰め込みました。