福音を歌う
まずは、今回の騒動についての謝罪を口にした。MANKAIカンパニー全員に対し迷惑をかけたのだから当然のことだ。しかし。
「大丈夫ッスよ! お説教は左京にぃがバッチリしてくれたから!」
力強い言葉で太一が言えば、万里からも「じゃあもう謝罪のターンはいいわ」というコメントが届く。
莇も「クソ左京の説教終わってんなら充分だろ」と続くし、談話室のメンバーも似たような空気を流していた。
「左京さんに説教されて全員正座させられてる夏組とか面白いもの見られたし。写真もあるからあとでアップするわ」
面白そうに至がつぶやけば、声を拾った配信組からコメントが届く。
シトロンが写真を切望し、万里に至っては言葉だけで大笑いしていることが伝わってくる。幸は嫌そうな顔をしていたものの、一応迷惑を掛けたことは事実だと思っているのか、特に咎めることはしなかった。
「大丈夫だよ、二人とも! 謝罪の気持ちは充分伝わったし、私たちもそんなに大変な目には遭わなかったから、あんまり気にしなくて平気だからね」
力強く言ったのは監督だった。
確かに、何事もなく済んだわけではないけれど、何だかんだでストリートACTが上手く行ったおかげで、そこまで大ごとにはならなかったのだ。
もちろん、二人がちゃんと謝りたいと思っていることは理解していたけれど、そんなに気に病む必要はないと監督は思っていたし、それはMANKAIカンパニーの総意でもあった。あちこちから同意の言葉が届く。
「でも、今度からはちゃんと私たちのことも頼ってね」
あの時の決断が間違いだと監督は思っているわけではない。恐らくあれが最善に近かったのだろうとも理解している。ただ、それでも、ちゃんと助けになりたいのだ、という気持ちは確かだった。
天馬と一成は、監督の真っ直ぐな言葉にこくりとうなずく。MANKAIカンパニーの他のメンバーもきっと同じ気持ちでいてくれるのだろう。
彼らの大事なMANKAIカンパニーとはそういう場所なのだから。どうか助けになりたいと、力になりたいと、きっといつだって思っていてくれる。
声にならなくとも、談話室全員、それからノートパソコンの向こう側からの気持ちを受け取った天馬と一成は、同時に理解してもいた。
謝罪は充分果たされた。だから今度は、彼らからの報告を待っている。待ちわびるようなそれらに、二人の間に緊張が走る。
ちゃんと聞いてくれると分かっている。否定する人も拒絶する人もいない。祝福が待っていると知っていても、改めて言葉にすることは、どこかに恐れを含んでいた。
今まで黙ってきたからこそ、簡単に口にすることが難しかった。言葉にしてはならない。口にしてはならない。
長い間染みついてきたことだからこそ、本当に話してもいいのか、というためらいは簡単に拭い去れなかった。
だからなのだろう。きちんと話をしなくちゃいけない、だけれど言葉が出てこない、と戸惑う一成の左手にふと触れたのは、天馬の右手だった。
配信画面ではソファに座る二人の上半身しか映らない。それに、二人は三角の用意したあらゆるサンカク(スーパーさんかくクンに始まるぬいぐるみの類から、紙飛行機やらペナントやらポーチやらタオルケットやら)に埋まっているのでそもそも手が隠れている。だから、そっと触れた指先は誰の目にも入らない。
たまたま指が触れただけではないと、一成も理解している。肯定するように天馬は一成の手を握ったし、一成も答えるように同じ力で握り返した。
誰にも見えない。だけれど確かに二人は手をつなぐ。その熱に背中を押されるように、一成の唇から言葉があふれる。
「――みんな、ずっと見守っててくれてありがとう」
一成と天馬が恋人同士として付き合い始めたのは、天馬が大学生のころだ。しかし、二人ともあまりおおっぴらに恋人らしいことをしてこなかった。
それは当然、芸能人としての皇天馬を守るという意味が大きかったけれど、何よりも一成自身がいつか終わらせなければいけない関係だと思っていたからだ。
天馬が大学時代だけの恋なのだ。大人になって思い返した時、他の誰の記憶にも残っていないほうがいいに違いないと思っていた。
一成と恋人同士だったなんてこと、本人の記憶にだけ留めておいてくれればよかった。
周りの人たちからも二人は恋人だったと思われるなんて、天馬にとってはきっと思い出したくない過去になるだろうと思っていたから。
しかし、恐らくその時分から気づいていた人はいたはずだ。夏組もそうだし、MANKAIカンパニーには他人の機微に聡く、察することに長けている人たちも多くいる。
だからきっと気づいていたけれど、それとわかる言動をしてこなかった。
「たぶん、オレたちが隠してたから気遣ってくれてたんだよねん。ごめん。でも、ありがとう」
MANKAIカンパニーのメンバーは心やさしい人たちばかりだ。だから、隠したいという意図を汲んできちんと触れずにいてくれた。
そのやさしさにずっと甘えてきたのだと一成は思う。だからこその謝罪と感謝だった。
「むやみに口外する人間じゃないってことはよくわかってる。だけど、やっぱり黙っててくれたことに感謝してる。ありがとう」
天馬も深く頭を下げた。MANKAIカンパニーのメンバーが、軽々しく二人の仲を口にするなどと思ったことは一度もない。
二人が何かを言うまでは――と黙って見守っていてくれる、そういう人たちなのだ。だからこそ、感謝の言葉を伝えるべきだと思った。
「てか、絶対前から結構気づいてた感じだよね? 夏組とか結構オレが想定する前から気づいてて、マジか~ってなったもん」
「――椋の卒業記念公演以降っていうのが一番多いかな」
面白がるような一成の言葉に答えたのは、コメントに目を通していた千景だ。大半の人間は、大方の予想通り一成が帰国してからあと、二人の関係が変わったと察していた。続いたのは至だ。
「この前の配信まで気づいてなかったっぽい人もいるし、逆に大学時代から付き合ってるって気づいてた人もいてわろ」
至の言葉は平坦で、傍から見ればまるでテンションは変わらないけど、本気で面白がっていることは全員よくわかっていた。その言葉に反応したのは太一だ。
「天チャン、大学時代からカズくんと付き合ってたんスか!?」
たった今知った驚愕の新事実、という顔で叫ぶ。天馬がものすごく難しい顔をしているのは、今までずっと黙っていたことの申し訳なさと、改めて事実確認をされている気恥ずかしさからだ。
「――まあ、その、そういうことになる」
「え~! じゃあ、オレっちめちゃくちゃ天チャンに彼女の話とか合コンの話とかしてたの、迷惑だったんじゃないッスか……」
学生時代の自分の言動を省みて、太一がしょんぼり肩を落とす。
天馬には当然恋人がいないと思っていたので、大学時代あれこれとその手の話をしていたのだ。本当は恋人がいたのにそんな話をしていたなんて迷惑だったに違いない、と太一は思う。
慌てたように天馬は言葉を継いだ。
「いや、オレが黙ってたから仕方ないだろ。それに、太一がそういう話をしてくれたおかげで、周りからも恋人がいないって思われてたのもありがたかったんだよ」
実際は一成と付き合っていたわけだけれど、太一の言動によって天馬は恋人がいないと周囲に思われていたのは事実だ。正直それに助けられたところもあったので礼を言う。
「そそ。たいっちゃんのおかげで、テンテン恋人いないって思われてたからねん! マジで感謝してる!」
明るい笑顔で一成も肯定する。それは本当に真実心からの笑顔で、自分の存在がなかったことにされた事実よりも、天馬に余計な噂が立たなかったことを喜んでいる。
太一はそんな一成の様子に、何だか泣きたくなってくる。自分が気づかなかったことの罪悪感だとかそういうことではなくて。
きっとこうやって、一成は何度も当たり前みたいに、自分の存在を消してきたんだろうとわかってしまったからだ。
恐らくそれは、一成の言葉を聞いた他のメンバーも同じだった。
にぎやかで、楽しいことが好きで、イベント事には大体関わる人間だと知っている。楽しいことがあれば、真っ先に共有したがる。
そんな一成に恋人ができたなら、呆れるくらいに写真を撮って今日はどんなところに行っただの、こんなことがあったのだと、うるさいくらいに報告したっておかしくない。
誰彼構わずそういうことを言わないとしても、カンパニーのメンバーであればきっとその対象になる。
しかし、一成はそれを選ばなかった。それどころか、上手に隠してなかったことにしてきたのだ。
天馬と恋人同士であるという事実を、自分の存在をまるごとなかったことにするみたいに、みんな消してきた。
それが彼らの覚悟だとわかってはいたけれど、同時にどれだけの心を殺してきたのかと悟ってしまった。
痛ましいような、胸が締めつけられるような、そういう空気を感じ取ったのだろう。一成は、努めて明るい声で言葉を続けた。悲しい思いをする必要はないのだ、と伝えようとするような軽やかな口調。
「でも、カンパニーのみんなは大学時代から結構気づいてたっぽいんだよね~。ゆっきーとかむっくん、すみーもそうだし……アズーとかチカちょんも気づいてたっしょ?」
そう言って、談話室のメンバーに視線を向ける。まなざしの先にいた彼らは、同時に一成の気持ちも受け取っていた。
だから、吹っ切るように穏やかな肯定を返す。今はもう、心を殺さずにいてくれる事実を知ってもいたので。
肯定を受け取った一成と天馬は、同時に理解している。
気づいていたのは、談話室にいるメンバーだけではない。ここにはいない人の中にも、察していた人はいる。それでも誰も何も言わなかったのだ。二人が恋人同士として付き合い始めて、今日の日を迎えるまで。
「――本当にありがとうねん」
一成がもう一度礼を言った。天馬も同じように感謝を口にする。
何も言わずに見守っていること。それは、言葉で言うほど簡単ではない。宙ぶらりんのまま、どんな結論も出ないままで放っておくのは些細なことでも気がかりになる。
取れない棘のように、いつまで経っても小さな違和感を残し続ける。本当なら、事実を確認して白黒はっきりつけてしまったほうが楽だろう。
だけれど誰もそれを選ばなかった。どんな答えを急かすこともなく、ただ待っていてくれたのだ。
「ふふ。そんなにお礼を言われることじゃないよ。ボクたちが黙っていたのは、二人を信頼してたからだし、それはみんなそうだと思うな」
東がやさしく言葉を紡ぐ。一成が帰国してからのち、二人の関係に気づいた人間は多い。
それでも、やっぱり誰も何も言わなかったのだ。ただ見守っていくこと。明確な言葉ではないとしても、それは恐らくMANKAIカンパニー全員の総意だったのだろう。
「まあ、お前たちは寮内で風紀を乱すこともなかったしな。寮を出てからも、あからさまにわかりやすい行動をすることもなかった。それくらいの覚悟なんだ。俺たちがむやみに騒ぎ立てるもんじゃねえ」
淡々とした調子で左京が言った。
天馬は感情が表に出やすいし、一成は何かあればすぐに騒ぎたてる性質だ。しかしそんな二人であるにもかかわらず、決してわかりやすく恋人同士として振る舞わなかった。
もちろん、隠してもわかってしまうものはある。だけれど、そこに隠された意図――ひっそりと、秘密を抱えて育てていこうとするような二人の関係に気づいてしまえば、ただそれを見守る以外の選択肢などあるはずがなかった。
「いつか、こうやって話す日が来るだろう、とは全員思ってたからな」
唇に小さな笑みを浮かべて、左京が言う。
二人の関係を見守っていく。そう決意したのは、結局のところそういうことだ。
いつの日か、二人の関係にもっと確かな名前が付けられたなら。その暁にはきっと二人は自分たちに報告してくれるだろうと誰もが思っていた。
だからきっと、長い間ずっと待っていた。いつかこんな日が来るだろうと思いながら。
左京からの言葉を二人は受け取る。これは、左京が口にしているけれどMANKAIカンパニー全員からの言葉だと理解していた。
今ここにはいない人も、あとで自分たちの言葉を聞いてくれる人も。全員が同じ気持ちで待っていてくれた。二人の心を誰より強く信じてくれていた。
わかっているからこそ、伝えたいことがあるのだと二人は知っている。
「――オレは、一成が好きだ」
ぎゅっと一成の手を握った天馬が、力強くそう言った。真摯なまなざしで、どんな誓いよりも誠実な響きで。誰も何も言わず、その言葉を聞いている。
「最初は気の迷いだと思ったし、友達としての好きなんだと思ってた。だけど違った。どうしたってこいつだけが特別だ。他の誰とも違ってて、オレにとっての特別は一成しかいなかった」
きっぱりと告げるそれは、MANKAIカンパニーの全員へ告げる誓いでもある。隣に座る一成はまぶしそうな顔で天馬を見つめたあと、ゆっくりと口を開く。
「うん。オレも、テンテンが好きだよ。ずっと前から、オレだけのたった一人はテンテンだ」
わずかに震える声で、恥ずかしそうに一成は告げる。いつもの調子は微塵もなく、だけれど奥底に何よりも真摯な響きを宿して。
天馬の手を握り締めながら、MANKAIカンパニーのメンバーへ宣誓をするように言った。天馬はその声を聞きながら、静かに言葉を重ねる。
「オレは一成の気持ちを疑わない。一成もオレの気持ちを疑ったりなんかしない。だけど、それだけで全部が簡単に済むわけじゃないってこともよくわかってる。きっとオレたちはこの先何度もつまずく。何もかもが順風満帆には行かないだろうし、オレがオレだからこそ生まれる障害だってたくさんある」
それは、皇天馬が皇天馬であるからこその言葉だ。
世界中で活躍し、誰もがその顔と名前を知っていて、顔を見ない日はない存在。そんな彼が一成の手を取ることは、恐らく本人たちが思うよりも大きな影響を生む。
「ここにいるみんなにも、余計な迷惑だとか心配をかけることがあるかもしれない」
天馬は、真っ直ぐとMANKAIカンパニーのメンバーへ言葉を向ける。
きっとこの決断は、一成だけではなくカンパニーにも何かしらの影響を与えてしまうのだと、天馬も一成も理解している。だけれど、それでも、告げたいことは一つだ。
天馬は隣に座る一成の手を握る指に再度力を込めた。一成がぎゅっとその手を握り返して、ふわりと笑う。
頬を薔薇色に染めて、こぼれだしそうな光をたたえて。天馬の心をあますところなく受け取って、抱きしめるみたいな笑顔だ。
そうやって笑ってくれることが嬉しい。自分がこんな風に彼を笑顔にしてやれることが嬉しい。これから先、何度だってそんな風に笑ってほしい。うずまく感情を抱えながら、天馬は深呼吸をする。
伝えることを知っている。一成も同じ気持ちでいてくれると疑いなく思える。だからこれは、オレたち二人からの言葉だ。
天馬は、ゆっくりと言葉を吐き出した。
談話室にいる人たちへ。リアルタイムで聞いてくれている人たちへ。あとから言葉を受け取ってくれる人たちへ。心からの祈りと願いを込めて告げる。
「それでもオレたちは、これから先の人生を一緒に生きると決めた。だからどうか、オレたちを見守っていてほしい」
そう言って深く頭を下げると、隣に座る一成も同じようにお辞儀をした。
今までずっと見守っていてくれた人たちに願っている。これから先、共に歩いていくと決めた自分たちを見ていてほしい。
秘密のまま育っていく関係ではなく、今度は確かに言葉として形にした。この手を取って生きていくのだとみんなの前で宣誓した。
だから、どうか、その証人として。これから二人で歩いていく道を見守っていてほしかったのだ。
最初に響いたのは、拍手だった。頭を下げる二人の耳に慣れた音が飛び込んできて、思わず顔を上げれば談話室にいた全員が二人に向けて拍手を送っている。
晴れ晴れとした顔で、時々涙を浮かべる顔が混じりつつ、それでも全員が嬉しそうに笑っている。
だってきっと、この日をずっと待っていたのだ。二人がそっと育んでいた関係に名前がつけられて、心からの祝福を贈れる日を。何の憂いもなく心のままに喜びを伝えられることを。
「おめでとう、カズ、天馬。二人にこうやって『おめでとう』を言えて嬉しいな」
やわらかく東が言えば、泣きながら太一が続いた。
「そうッスよ! 天チャンもカズくんも、よかった……うう、おめでとうッス~!」
感極まった調子で盛大に泣く太一に、「七尾、そんなに泣くんじゃねえ」と左京は顔をしかめるけれどすぐに苦笑めいたものへと変わった。それから、天馬と一成に向けて口を開く。
「まあ、今まで散々お前たちを見守ってきてるからな。その役目ならこれから先も果たしてやる」
落ち着いた口調ではあるけれど、それは紛れもなく左京の決意だ。二人がこれから先歩く道を、彼なりに見守っていくのだと決めたのだ。
「はは、コメントもすごいことになってる。二人とも、あとで読んで返信してやって。あ、咲也も間に合ったみたいだな。すごい喜んでる」
ノートパソコンをのぞきこんでいた至が言って、それから落ち着いたテンションで言葉を続けた。
「ま、さすがにこれだけ見守ってればね。おめでたいって気持ちになるし、本当二人が無事一緒になってくれてよかったわ。何か、巣立つ雛鳥を見てるような気もするし――先輩もちょっと泣きそうでしょ」
平坦な調子にわずかなからかいを含ませて、千景へ言葉を向ける。当の千景は涼しい顔で答えた。
「それはお前だろ、茅ヶ崎。最近涙腺が弱くなって困るって言ってただろ」
「突然の加齢の指摘わろ」
至がいつもの調子でまぜっかえすので、真偽は結局うやむやのままだ。ただ、二人から漂う雰囲気が嬉しそうだったことだけは間違いなかった。
「本当に……本当におめでとう、二人とも!」
目を潤ませながら、強く言ったのは監督だった。
彼女は二人から恋人同士として付き合っているという報告を受けていたし、それ以降そっと関係を見守っていたのだ。直接何かを言うわけではなかったけれど、ただ一心に二人の幸せを願ってきた。
だから、こうしてちゃんと報告を受けて、心の底から「おめでとう」と言えることが嬉しくて仕方なかった。
「ほんっと、みんな、ありがとねん! めちゃくちゃ嬉しいしウルトラハッピーだよん!」
それぞれからの言葉を受け取った一成が、照れくさそうな表情で、それでも嬉しくて仕方ないといった雰囲気で言った。
談話室のメンバーはもちろん、ノートパソコンの向こうにいる団員たち一人一人にお礼を言って、「マジでめちゃくちゃ嬉しいし最高に幸せ!」と笑っている。
「夏組のみんなにもいっぱいお祝いしてもらっちゃったし、これはカズナリミヨシ全力で恩返し頑張っちゃうよん♪」
明るく告げられた言葉は、一成の心からの本心だ。たくさんお祝いをしてもらった。おめでとうと言ってもらった。降り注ぐように受け取った全てにお返しをしたかった。その言葉に答えたのは椋だった。
「カズくんが、天馬くんと幸せになってくれたらそれで充分だよ」
落ち着いた、静かな声だ。椋はやわらかく目を細めて、心からの言葉を告げる。
「ボクたちがお祝いしたいだけだから、恩返しなんか本当は要らないんだ。だけど、どうしてもってカズくんが言うなら、二人が幸せになってくれればそれでいいんだよ」
「うん! オレたち、天馬さんとカズさんが幸せにならそれでめっちゃ嬉しいもん!」
九門も力強く続いて、きっぱりと告げた。恩返しなんてなくてもいい。だけど、もしも何かを返したいのならば、二人が幸せでいてくれればいい。
「かずも、てんまも、笑ってくれればオレたちうれしい。それだけでいいよ」
にこにこと、三角も言った。
もちろん一成だって、カンパニーのメンバーがお返しを期待してお祝いの言葉をくれたなんて微塵も思っていない。それでも返したいと思ったのだけれど。
恐らく、夏組のメンバーだけに限らず、MANKAIカンパニーの彼らは全員同じことを思っているのだろう、というのがわかってしまうのは、談話室の彼らもノートパソコンの向こうの団員も、同じ表情を浮かべているからだ。真摯な表情で、声にならない声で伝えている。
恩返しだと言うのなら、ただ二人が幸せであってくれればいいのだと。それこそが望みだと。
「ま、でも、そこのポンコツがいるから心配ないんじゃない」
淡々とした調子で幸が言う。呆れたような口調にも聞こえるけれど、それはどんなものよりも強い天馬への信頼だ。
天馬ならば、一成と共に幸せになることを決して諦めない。二人が共に幸せになるのは約束された未来だと、確信した口ぶり。案の定天馬は「当然だろ」と答えた。
「こいつを世界一幸せにできるのはオレだからな」
きっぱりとした宣言に、幸が肩をすくめた。椋と九門が「カッコイイ~!」とはしゃいで、三角は嬉しそうだ。
東は「ふふ」と楽し気に笑うし、太一は「さすが天チャン……!」と尊敬のまなざしを向けている。
左京は苦笑に似た笑みを浮かべて、千景と至は「今のが素でできるのが天馬だな」「ゲームキャラか」と言い合っている。監督はニコニコとそんな様子を見守っていた。
「――それじゃ、オレもテンテンのこと世界一幸せにしないとねん」
天馬の言葉を受け取った一成は、くすぐったそうに笑ってからそう言った。照れくさそうな表情を浮かべているけれど、声には揺るぎない決意が含まれている。
天馬は当然それを感じ取って、握った手に力を込めた。そのまま引き寄せたい衝動に駆られるものの、一応現在配信中で最終的にアーカイブとして残されることを覚えている理性はあったので思いとどまる。
「は、待ってくださいッス! ってことは、プロポーズしたってことッスよね!? プロポーズはどっちからとか、プロポーズの言葉とか聞きたいッス!」
キラキラとしたまなざしで、太一が言う。叫ぶような言葉に、天馬と一成は顔を見合わせた。答えること自体は構わないけれど、それは別に全員興味のある話じゃないだろ、という意味で。
「馬鹿犬。そこの二人にそういう話すると延々惚気が止まらないからあとでやれ」
きっぱりと幸が告げると、太一は「そんな~」と答えるし、一成と天馬も惚気ているつもりはなかった。なので何か言葉を返そうとしたところで、別の声が飛び込んだ。
「時間的にはちょうどこれくらいがちょうどいいかな。あまり長くなっても見られないだろうし」
千景が淡々と言って、監督も「そうですね」とうなずいた。これから稽古も始まるわけで、この辺りがいい頃合いということだろう。
「聞きたいことがあるなら、あとで個人的に聞いてみるといいかもしれないね。それとも、質問票でも作ったほうがいいのかな?」
くすり、と愉快そうな笑みを浮かべた東が言う。
太一はハッとした表情で「面白そうッスね! それじゃオレっち、質問票作るッスからみんな何か思いついたらオレっちに送ってくださいッス~!」と言うので、その内質問が送られてきそうだった。
「それじゃ、二人とも。最後に何かあればどうぞ」
千景の言葉に、天馬と一成は一瞬沈黙を流す。しかし、言いたいことは一つだけだ。二人はぎゅっと手を握ったまま、同時に口を開いた。
「ありがとうございました!」
ここで自分たちの話を聞いてくれて。ずっと見守っていてくれて、これからも見守ろうとしてくれて。おめでとうと言ってくれて。幸せを願ってくれて。
全ての思いを込めて告げた感謝は一言一句たがわずに、ぴたりとそろう。その事実に、天馬と一成は顔を見合わせて笑った。
心底楽しくてたまらない、世界中の幸せが全部ここにあるみたいな。隣にいる人が大事で仕方なくて、一緒に歩いていくのだと決めたことが、この上もない喜びなのだと、はっきりと伝わるような。
そんな二人の笑顔に、集まった人たちは改めて祝福を贈っている。
END
改めて本編読んでたら「これ、カンパニーにちゃんと報告しなきゃじゃない!?」というわけでできました。でも、全員集まるのは無理だろうな~と妙な所でリアルを追求した結果Webを活用するし映像がアーカイブで残ることになりました。左京さんに説教される夏組も書けて満足!あと、プロポーズ後のてんかずはナチュラルにいちゃつくと思っている。