皇天馬はのろけたい




 紬に連れて来られたのは、ヨーロッパの古民家を思わせるようなカフェだった。木々に囲まれた場所に突然現れる洋風の店は、絵本の中に出てきそうな雰囲気がある。

 内装も、使いこまれたアンティーク家具や調度品として置かれた雑貨、年季の入った赤煉瓦の壁が異国情緒を感じさせて、いっそうおとぎ話らしさに拍車をかける。
 天馬ほとんど無意識で、一成が好きそうだな、と思う。

「おすすめはカレーなんだって。天馬くん、どうする?」

 店の奥に案内されて、メニューを広げた紬が朗らかに言う。カレーと言われて反射的に思い浮かべるのは監督の姿だ。そうなると何だかもう必然的にカレーを食べたくなってくる。
 MANKAI寮にいる間は「またカレーか」なんて言っていたのに、寮を離れるとあのカレーが恋しくなるのだから不思議だ。
 天馬の注文を聞いた紬は、穏やかな笑みをいっそう深くすると「それじゃ、俺もカレーにしようかな」と言って二人分の注文をしてくれた。

 店には二人以外、カウンター席と、入り口近くの窓際に数人の客がいるだけだ。平日の中途半端な時間帯と、駅からは離れているからからだろう。知る人ぞ知ると言った場所なのか、常連客が多いのかもしれない。
 誰も天馬のことを気にはしていない様子だったので、天馬はわずかに肩の力を抜く。何となく張りつめていたものが緩んだのは、一緒にいるのが紬だからだろう。
 MANKAIカンパニーのメンバーならば、天馬が気を張る必要はない。
 それに、紬はいつだって穏やかに天馬の話を聞いてくれる人であり、昔はそれこそ勉強でも大層世話になっていた。何となく、頼りになる兄のようなそんな感覚があるのかもしれない。

「偶然だけど、たまたま日程が合って嬉しいな。天馬くんと食事できるなんて」
「ああ。オレの地方ロケの日が、紬さんの客演日程とかぶってるとは思わなかった」

 春夏秋冬、各組リーダーでの会議を開催するにあたり、各自のスケジュールを調整していた。
 基本的に一番忙しい天馬に合わせる形になるとはいえ、いかんせん全員多忙であることは間違いない。
「ごめんなさい、撮影が入ってて」やら「午後なら行ける」やら「その日は夕方に入りなんだ」なんて言葉が並ぶ中で、天馬の地方ロケ日程を知らされた紬は気づいた。ちょうどその時期、自分も同じ場所にいる、と。
 そういうわけで、紬は天馬に「時間があったら食事でもどうかな」と打診したわけである。もちろん、天馬がノーと答えるわけがない。
 ロケの関係上、確実に時間が取れるとは言い難かったけれど、幸いなことに収録は順調に進んだ。おかげで自由時間はそれなりに確保できたので、無事に紬との食事が可能になったのだ。

「本当なら、紬さんの舞台を見てから帰りたかったんだけどな」
「天馬くんは忙しいから仕方ないよ。でも、機会があったらぜひ見に来てくれると嬉しいな」
「ああ、必ず行く」

 力強い言葉に、紬は嬉しそうに笑った。天馬がそう口にしたのなら、必ず来てくれるのだと紬は知っている。己の言葉を決して違えることなどしない、そういう人間なのだから。

「でも、さすがは紬さんだな。こんな場所を知ってるなんて」

 きょろきょろ、と辺りを見渡す天馬は心から感心した、といった調子でそう言う。絵本の中に登場しそうなお洒落なカフェだ。たまたま見つけられるような店ではないだろう。
 紬が色んなカフェを知っていることは、MANKAI寮にいた頃から知っている。しかし、都内だけならいざ知らず地方都市でもそれが健在だなんてすごいな、と思ったのだ。紬ははにかんで答えた。

「地方に行くたび、地元の人に色々教えてもらってるんだ。それに、色んなところに呼んでもらえるから知り合いがたくさんいてね。俺がカフェを好きだって知ってる人は、こんなお店がありましたよって教えてくれるし――みんなも色々情報をくれるんだよ」

 みんな、というのはMANKAIカンパニーのメンバーを指すのだろう。
 紬ほどではないにしろ地方を訪れることはあるし、その度に紬が好きそうなカフェを見つけたらそれを教えようとするから、紬のカフェ情報はどんどん集まっていく。
 確かに、天馬も良さそうなカフェがあると紬に教えている。

「それに、最近だとSNSも使い方を覚えたんだ。すごいよね、検索すれば今自分がいる場所にどんなカフェがあるかもわかるし、写真とかを投稿してくれてる人もいるんだ」

 ぱあっと顔を輝かせた紬は、新しい玩具を与えられた子どものようだった。紬はそのままの表情で言葉を重ねる。

「カズくんにもいっぱい教えてもらって、本当にありがたいよ。全然使い方わからなくて何度も聞いちゃったんだけど、いつも丁寧に教えてくれたし、『つむつむに教えるとか超レアじゃん!』って言ってくれて嬉しかったな」

 紬は機械の類が苦手だ。それゆえ、スマートフォンもあまり頻繁には使用していないので、SNSで情報収集ができると聞かされてもちんぷんかんぷんだったろう。そんな紬に使い方を教えた一人が一成らしい。
 確かにSNSにはやたらと強いので最適な人選だ。
 それに、訳がわからなくて右往左往する紬に、明るい笑顔で何度も使い方を教えている姿は想像に難くない。
 MANKAIカンパニーのメンバーで、わからなくて困っている誰かを邪険に扱う人間は一人もいないだろうけれど、一成ならばきっと何だかとても楽しそうにしているにしているのだ。
 ともすれば、教えを乞う人間が「申し訳ない」という気持ちを抱えることを知っている。だから、自分も楽しいのだと口にすることをためらわないのが一成という人間だ。
 些細なことから楽しみを見つけて喜びに変えてしまう。紬にかけた言葉だってきっと彼の間違いようのない本心だ。
 普段は何かを教えることの多い紬に、自分が先生代わりになることが楽しいのだと、心から思って告げた。
 そんな風に、ささやかな喜びを拾い上げて素敵なものへ変えてゆくことができる人間なのだと、天馬はよく知っている。

「――天馬くん、嬉しそうだね」
「え」

 一成のことを思い浮かべると、自然と胸の奥があたたかくなる。そんな時にかけられた言葉に、天馬は大きく目を見開いて紬を見た。紬はイタズラっぽい笑みを浮かべて言った。

「嬉しくて仕方ないって感じの顔だったよ。カズくんのこと思い出したのかな」

 尋ねるような口調ではあるけれど、紬が確信していることくらい天馬にもわかった。
 紬というのは相手の感情の機微を汲み取るのが大層上手い人間だ。たった今、天馬が誰を思い浮かべていたのかなんてすっかりお見通しなのだろう。

「ふふ。天馬くんは、カズくんのこと思い出す時そんな顔をするんだね。すごくやさしくて、嬉しそうで俺も何だか幸せな気持ちになっちゃうな」

 天馬と一成は、この前MANKAIカンパニーのメンバーへ共に人生を歩む決意をしたと告げた。あの時、紬はリアルタイムでその様子を見ていないけれど、アーカイブを見たあとに連絡をくれたのだ。
 地方公演の真っ最中だったけれど、客演先から二人に祝福の言葉をくれた。感極まったような言葉は、心から二人の決意を喜んでいてくれたし、それは恐らく長い間見守ってくれていた紬だからこそなのだろう。
 紬はずいぶんと早くから、天馬と一成の関係に気づいていた、と一成は言っていた。天馬自身も、紬ならば気づいていてもおかしくはないな、と思っていたのでその言葉に大いにうなずいたのだ。
 具体的にいつから気づいていたのかと聞いたわけではないけれど、恐らく相当最初のほうからだろうな、というのが二人の共通見解だった。
 しかし、紬は当然何も口にしなかった。天馬と一成の気持ちを尊重して、ずっと黙っていてくれた。
 二人が一度別れを選んだ時には何かを言いたいと思ったのかもしれない。だけれど結局、沈黙を選んでくれた。
 その気遣いが嬉しかったし、同時に申し訳ないとも思っていた。
 だから、紬が何だかとても嬉しそうに二人の幸せを喜んでくれることは、天馬にとって恥ずかしくもあったけれどどこか誇らしい気持ちもあった。
 ずっと見守っていてくれた人に、きちんと自分の思いを告げられること。
 それが当たり前ではなかったと知っているから、今なら言葉にできるという現実が嬉しくて、天馬はつい口を開いた。気が緩んでいたのかもしれないし、相手が紬だからかもしれない。

「どんな顔してたか、自分じゃわからないんだけどな。でも、嬉しいってのは確かだ。あいつが笑ってれば、オレも嬉しいからな」

 心からの言葉だ。紬にあれこれSNSを教える一成はきっと心底楽しそうに笑っていただろう。そんな風に、憂いなくいてくれるのが嬉しい。
 一成が泣いていなければ、幸せでいてくれれば、それは天馬にとっての喜びだ。もちろん、一番の幸せは自分と共にあるのだと思っているけれど。

「紬さんに色々教えられて嬉しかったんだろ。楽しんでたんだろなって思うし、それならいいんだ。オレもちょっと見てみたかったけど」

 昔は、天馬が時々一成に勉強を教えてもらう場面もあった。しかし、最近ではそんな機会とんとないのだ。教師役を務める一成というのは久しぶりだったので見てみたかった、というのは純粋な本心だった。
 なのでそうこぼすと、それを聞いていた紬は満面の笑みを浮かべていた。いつもの穏やかな笑みではなく、それはもうキラキラとした力強い笑顔で紬は言う。

「天馬くんが思うカズくんのかわいいところってどこかな?」
「は?」

 一体どうしていきなりそんな話に、と紬を見る。しかし、当の紬は何の不思議もないといった顔で言葉を重ねた。

「こういう話、聞いたことなかったなと思って。咲也くんには話をしたって聞いてるし、それなら俺も聞きたいなぁって。天馬くんの惚気話を聞ける機会なんてなかったから」

 ニコニコと嬉しそうに言う紬に、天馬が言葉に詰まる。確かに一成の話はしたけれど、改めて「惚気話」だなんて言われると羞恥が襲ってくるからだ。耳を赤くして黙る天馬を紬はただ楽し気に眺めている。
 すると、そのタイミング注文していたカレーが運ばれてくる。おススメだというそれは、地元野菜をふんだんに使ったココナッツカレーだ。スパイスのいい香りがふんわりと漂ってくる。
 セットのサラダとスープも机に並んで、二人はとりあえず食事を始めることにする。行儀よく「いただきます」の挨拶をしてスプーンを手に持つけれど。口へ運ぶ前に、紬は嬉しそうに言う。

「天馬くん、惚気話をするの恥ずかしいみたいだけど、嫌じゃないでしょう?」

 確信を持った様子で言った紬は、嬉しそうにスプーンを口へ運んだ。