Pinkish Days




 101号室の扉を叩くと、明るい声が返ってくる。ゆっくり扉を開けば、ひだまりの笑みを浮かべた咲也が部屋へと迎え入れてくれた。

「サクサクの部屋でお泊りとか、マジテンアゲ~! めっちゃ楽しみ!」

 ウキウキとした調子を隠しもせず言う通り。一成は、101号室――咲也とシトロンの部屋でしばらくお世話になることになったのだ。

「はい、オレも一成さんが来てくれるのすごく楽しみにしてて――あの、でも、迷惑じゃありませんでしたか? 他の部屋のほうがよかったとか……」
「ぜーんぜん! オレ結構色んな部屋渡り歩いてたからねん。それもめっちゃ楽しかったけど、サクサクが部屋に呼んでくれたのすげー嬉しい!」

 明るい笑顔で一成は言う。
 夏組は現在MANKAI寮で起居しているものの、すでに寮を出たものが大半だ。三角と九門は203号室があるからいいとして、他の四人は寝泊まりする部屋がない。
 というわけで、四人は期間限定で他の部屋の世話になることになったのだ。
 寮に残っているメンバーは全員が快く自分たちの部屋に来るといいと言ってくれた。
 結果として、幸は東とガイの部屋、椋は至と千景の部屋、天馬は三角と九門の部屋へ泊まることになり、一成とは言えば「一つだけとか勿体なくない!?」という理由で、各部屋を渡り歩いていた。
 ただ、一成が役作りの一環として天馬と距離を置く、と宣言したからには203号室は選択肢からは除外される。
 そんな中で他の二人のところへ泊まりに行くと何か言われそうだなぁ……と思ったわけではないけれど、せっかくなので夏組以外の部屋にもお邪魔できないかな、と打診しようと思ったのだ。
 そんなタイミングで、ロケから帰宅したのが咲也だった。
 出迎えた一成が、何の気なしに他の部屋を探している旨を告げたところ、咲也は嬉しそうに言った。「それなら、オレの部屋に来ませんか」と。
 シトロンは何かと忙しいため、あまり部屋にはいない。だから少し寂しいし一成さんが来てくれたらとても嬉しい、と言われれば即決する以外に選択肢はない。一成は大喜びで咲也の提案を受けたのだ。
 
 そういうわけで、一成はお泊りセット(来客用のマットレスなど寝具一式)とともに101号室を訪れた。咲也は嬉しそうに出迎えてくれて、一成が寝床を整えている間に二人は何でもない話をしている。

「一成さんおすすめのシード、亀吉喜んで食べてくれてます! 脂肪分少な目だからちょっと心配だったんですけど……」
「オウム飼ってる人たちのなかで、結構評判良かったからねん! でも、喜んでくれてマジよかった~!」
「はい。おかげで、健康診断も問題ないそうなので……体調管理にはこれからも気をつけないとですけど」

 亀吉は今もMANKAI寮のマスコットとして日々元気に飛び回っているけれど、相応に年齢を重ねているのだ。品種的には結構長命なので、まだ老齢とは言わないけれど健康に気を遣って悪いことはない。
 ただ、亀吉はだいぶ食事にはうるさいタイプだ。健康食に切り替えるのには中々難儀したものの、そこは咲也の努力と一成の持ってきた情報でどうにか成功しているのが現状だ。
 昔は一成も、亀吉が望むまま餌を与えていたけれど、亀吉には長生きしてほしいので最近ではちゃんと成分を気にした食事情報を集めている。

「サクサク、今回のロケはどんな感じだったん? 特別ドラマの撮影だっけ?」
「はい。高原での撮影だったんですけど、すごく綺麗な場所で空気も気持ちよくて」

 瞳をキラキラと輝かせながら、咲也は今回のロケの内容を語る。撮影自体も楽しかったし、場所も素敵だったからいつか春組のみんなと言ってみたい、と嬉しそうだ。
 一成は楽しそうにその話を聞いているし、101号室には和気あいあいとした空気が流れている。
 それからしばらくの間、雑談が続いていたのだけれど。わずかばかり話が途切れたところで、咲也が遠慮がちに口を開いた。

「あの、一成さんが良ければ、なんですけど……少し聞いてもいいですか?」
「なになに? サクサクから質問とか珍し~!」

 朗らかに笑って問いかける。咲也はいくらか視線をさまよわせたあと、思い切ったように口を開いた。

「一成さんが、天馬くんと一生を共にしようって思ったきっかけって何ですか?」
「へ?」

 予想外の質問だったので、一成は一声発して固まる。咲也は慌てたような様子で言葉を続けた。

「あの、オレ、今度幼馴染の女の子にプロポーズする役を演じるんです……! なんですけど、今まで一緒にいた大事な人だったとして、改めてこの人と一生一緒にいようって思うのって、どんな瞬間かなぁと思って……! あの、すみません。迷惑でしたよねこんなこと聞いて……」

 しゅん、と肩を落とす咲也の様子に「そんなことないよん!」と声を掛ける。実際、驚きはしたものの別に迷惑だと思っているわけではない。咲也はわずかに安心したような空気を流してから、口を開いた。

「ありがとうございます。でも、もちろん無理に聞きたいわけじゃないんです。ただ、オレ、二人が特別な気持ちを持ってるのはわかってたんですけど、それが恋人なのかとかはわからなくて。でも、オレ、二人が一緒にいるところがすごく好きでした。だから、これからの人生を一緒に生きるって決めたことが嬉しかったし、幸せで。そんな二人のきっかけを聞けたら参考になるかなって思っただけなんです」

 落ち着いた口調で、だけれど奥底に確かな熱を秘めて告げられた言葉。それが咲也の本心であることくらい、一成にもわかる。
 咲也の心根の素直さならよく知っているし、冗談や悪ふざけでこんなことを言う人間ではないことは、改めて言うまでもない。だからこれは至って純粋な咲也の本心だ。

「でも、無理に話してもらうことじゃないので、大丈夫です! ただちょっと、聞けたらいいなぁと思っただけなので……」

 申し訳なさそうな、弱々しい笑顔でそんな風に言う。
 一成はそもそも弱ったような顔に弱いし、それがMANKAIカンパニーのメンバーともなれば、何でもしてやりたくなってしまうのだ。だから、答えなんて決まっていた。

「……サクサクの参考になるかわかんないよ?」

 それでも一応、念は押しておく。別に天馬と一成は幼馴染ではないし、果たして自分たちの話が参考になるかは不明だ。
 しかし、咲也は嬉しそう顔を輝かせてうなずくので、一成は記憶を取り出して言葉を紡ぐ。

「でも、別にそんな明確にきっかけがあったわけじゃないんだよね~……。そもそも、テンテンのこと大好きな時点でずっと一緒にいたいわけで」
「あ、それはそうですよね。大好きな人ならずっと一緒にいたいですもんね」
「でしょ~?」

 うなずきつつ、一成は記憶を探る。
 ずっと一緒にいたかった。それは確かに間違いない。だけれど、一成はその手を放そうとしていた。だって天馬に相応しい人はもっと別にいる。決して自分ではないと痛いほど知っていたから。
 だけれど、訪れた結末が違うものだと、今の二人はもうすでに知っている。どうしてその結論へ至ったのか。考える一成はぽつりと言葉を吐き出した。

「……テンテンが結婚したら、絶対泣くと思ったんだよねん」

 思い出したのは、胸の痛みだった。
 椋の部屋で、自分の心を取り出して話をした。奥底に仕舞いこんだ心を見つめ直して理解した。
 自分は天馬に相応しくない。だから、天馬の未来に相応しい人が隣に立つのが正しい形だ。心から思っていたはずなのに、ありありとその姿を思い浮かべた時、一成の胸を貫いたのは確かな痛みだった。

「テンテンに相応しい人は絶対にオレじゃないから、オレじゃない人と結婚するのが一番なんだって思ってたはずなのにさ。別の誰かとの結婚式に招待されたら、そんなの嫌だって泣くなって思い知っちゃった」

 天馬の前ではきっと上手く笑えるだろうし、彼の伴侶となる人にだってきちんと「友人」の顔をしていられると思う。だけれど、自分ではない誰かとの愛を誓う姿に平静を保っていられる自信がなかった。
 夏組として友人の自分に戻れば、いつかの未来で結婚式に招待されることもあるだろう。白いタキシードで式に臨む天馬は、目を見張るほどカッコイイに違いない。
 そんな彼の隣にはきっと、世界で一番幸せそうな花嫁がいる。その時一成は笑顔で「おめでとう」と言うのだ。演技力の全てを総動員して、嬉しくてたまらないって顔で祝福を贈る。それくらいきっとできる。
 だけれど、今日の主役が見えなくなったら、その顔を保っていられると思えなかった。
 たとえば荘厳な教会で、神様に生涯の愛を誓う様子を参列席から眺めた自分が何を思うかなんて、手に取るようにわかってしまった。
 そんなのは嫌だ。自分ではない誰かと人生を共に歩むなんて、これから先の未来で、彼のことを一番大切にできるのが自分ではない誰かなんて。
 そんなのは嫌だって、みっともなく泣くのだ。

「めちゃくちゃ身勝手だなって思うんだけどさ。テンテンの隣にいるのはオレがいいって、思っちゃったんだ」

 目を細めた一成は、小さく言葉を落とした。その響きはまるで罪悪感を抱えているようだったから、咲也は何かを言わなくては、と口を開くけれど。
 一成の表情に思わず唇を閉じたのは、しんとしたまなざしの奥底に凛とした決意が宿っていたからだ。

「――オレね、世界で一番テンテンのこと大事にしたいんだよねん」

 一成は小さな笑みをこぼして、ささやくように告げた。咲也はそれを真っ直ぐと受け取る。
 きっと、声に宿っていた罪悪感は咲也の聞き間違いではない。一成はどこかで、隣にいたいと望むことを罪のように思っている。
 それでも選んだのだ。天馬と共に歩くのだと、その手を取るのだと、一人ではなく二人で生きるのだと。

「辛い時も苦しい時もきっとあるし、喧嘩だってすると思う。でも、そういう時も一番近くにいるのはオレがいい。辛いんならオレがいっぱい笑顔をあげたいし、苦しい時はオレも一緒に戦いたい。喧嘩はできるだけしたくないけど――嘘を吐かないで本当のことを言えるなら、ちょっとくらいは仕方ないかなって。ちゃんと仲直りもするけど!」

 最後のほうは冗談めいた響きだったけれど、一成のこの上もない本心なのだろうということは咲也にもわかった。一成は、咲也がきちんと受け取ったことを理解して言葉を続ける。

「オレは、テンテンがどうしたってほしくて、人生丸ごとほしかったんだよねん」

 天馬が天馬として生きていく、これから先の人生。その人生がほしかった。一人でも生きていける天馬の人生を、どうか一緒に分かち合いたいと望んだ。その人生を一緒に丸ごと背負う権利がほしかった。

「そしたら、オレの人生全部でテンテンのこと大事にできるっしょ」

 三好一成としての人生に、天馬の人生を不可分のものにできたなら。一成の思う限りの全てで、呆れるくらいに天馬のことを大事にしていい。
 付随する恐怖を、一成はよく知っている。天馬の人生に自分の居場所が作られることで降りかかる悪意や中傷、未来に差す影を知っている。
 だけれど、それでも一成は選んだ。天馬は選んだ。心を確かめ合って、その手を取るのだと決めたのだ。
 そうして、二人分の人生を共に歩むと決めたのは、きっと、どうしようもなくお互いを大切にしたかったからだ。
 他の誰でもなく、たった一人を自分の人生全部で大事にしたかったからだ。
 奇跡みたいに同じ気持ちで想い合ったから、二人はそれを互いに許し合う。あなたを世界で一番、誰よりも大事にするのだと。

「改めて言うとオレ自分でも重くね!? てかこれ、答えになってんのかな!?」

 我に返ったような顔で、一成が大袈裟に言う。若干耳が赤く染まっているのは、たった今自分が言ったことを改めて思い返したからだ。
 咲也は椋と違った意味で聞き上手なところがあるので、ついつい素直に本音をこぼしてしまったけれど、ちょっとばかり重すぎたかもしれない、と思う。
 うかがうように咲也を見れば、何だか感極まった様子で一成へ視線を向けた。丸っこくて大きな目が、ばちりと一成をとらえる。

「一成さん、ありがとうございます! 人生を共にするって、話としてはわかってたつもりなんですけど、いまいちピンと来なくて……。でも、一成さんの話を聞いてたら、人生全部で相手にあげたいものがあるってことなんだなって……」

 誰よりも、何よりも、世界で一番相手を大事にしたい。
 一成から告げられた言葉こそが、きっと人生を共にするきっかけなのだと咲也は理解した。
 自分の人生全部で相手を大事にしたいのだと自覚したからこそ、共に歩みたいと願った。
 あなたの人生と自分の人生を一緒に生きていけたなら、これから先の全てであなたを大事にしていけるから。

「一成さんと天馬くんが、そんな風に思い合ってるのってすごく嬉しいです!」

 ニコニコとした笑顔で言われるので、一成は「ありがと、サクサク」と笑った。いつものハイテンションなものではなく、ほっとしたような微笑は我ながら重いことを言っている自覚があったからだ。
 咲也がドン引きするとは微塵も思っていないけれど、戸惑わせる恐れはあると思っていたので。

「サクサクにそう言ってもらえるとマジ嬉しい! でも、あんまり参考になってなくね? だいじょぶ? てか、マジでちょっと重くてめんご」

 自分でもその自覚はあるので、あまり大っぴらに言う話ではなかったかもしれない、という意味でそう告げる。もう少しオブラートに包んだほうがよかったかもしれない。
 天馬だったら「オレならいくらでも受け止めてやる」と宣言されているので、隠すつもりはないけれど。
 しかし、咲也はびっくりしたように目を丸くすると、勢いよく首を左右に振った。とんでもない、とでも言いたげだった。

「全然そんなことありません! 改めてどういう気持ちなのかって考える参考になったし、それに重いだなんて……! むしろ、一成さんが天馬くんのこと大好きなんだなぁってわかってすごく嬉しいです!」

 日だまりみたいな笑顔は、何一つ翳りがない。咲也がこういう所で嘘を吐くような人間でないことは一成もよく知っているし、本心でそう思っていることは明白だった。
 本当にサクサクはいい子だなぁ、と一成が思っていると、同じ笑顔で咲也は続ける。

「天馬くんも、自分の人生全部でどれだけ一成さんのことが好きなのか伝えるんだって言ってましたし、二人からそういう話を聞けるとオレまで幸せな気持ちになっちゃいます!」

 さらりと言ってのけられたけれど、一成は笑顔で固まった。え、何その話初耳なんですけど。

「……サクサク、えっと、テンテンとそういう話してるの……?」
「はい! といっても、そんなに顔を合わせないからいつもじゃないんですけど……。この前、雑誌のインタビューが一緒だったので」

 キラキラとした笑顔で肯定されて、一成は自分がどんな表情を浮かべればいいのかわからず、とりあえず「そっか~」とうなずいた。反射的に笑顔を浮かべつつ。

「天馬くん、この前みんなに報告してからは隠さなくて良くなかったからって嬉しそうでした! あと、あんまり一成さんに会えてないから、一成さんの話を誰かから聞きたいって感じでしたけど」
「なる~」

 びっくりした、いきなり惚気大会でも始めてるのかと思った、という意味で一成はほっと胸をなでおろす。
 いやべつに構わないのだけれど、何かちょっとむずがゆい。ただまあ、単なる自分の情報収集ならいいか、と一成は思う。

「あ、でも、一成さんの話を聞いてもらいたいのかなとは思いました。天馬くん、今まで一成さんの話あんまりできなかったけど、MANKAIカンパニーのみんなならたくさん話せるって嬉しそうだったので」

 ハキハキと咲也が言うので、一成は「なるほど」とは思う。確かに、今までは一部しか二人の関係は知らなかったので、誰彼構わず一成の話はできなかっただろう。

「でも、テンテンそんなに話すことある……?」

 単純に疑問だった。
 百歩譲って一成のことを知らない人間に説明するならともかく、相手は咲也である。一成の人となりなどよく知っている相手だ。そんなに話すことがあると思えなかった。咲也は力強く応えた。

「はい! 一成さんのこと可愛いなーって思う時とか、一成さんと出かけるならおススメの場所はどこかとか、今まで行ったことのあるデートスポットの話とか、一成さんにあげたいプレゼントの話とか、色々聞かせてくれるんです!」
「テンテーン!!」

 思わず叫んだのは仕方ないと一成は思う。
 いや待って、テンテンなんか想像以上にただの惚気を話してない!? 待って、そんなに話したかったの!? オレに話せばいいじゃん!
 怒涛のような感情が襲ってくるけれど、咲也はあくまでも楽しそうにニコニコしているだけだ。

「天馬くん、一成さんのこと本当に大好きなんだなぁって、聞いてるとオレまで嬉しくなるんです。甘酸っぱいドキドキって感じじゃなくて、すごく落ち着いてるんですけど、一成さんのことを話す時は言葉一つだけでも宝石を選ぶみたいで、胸がいっぱいになっちゃいます」

 インタビューの些細な休憩時間に交わされる会話だったと咲也は言う。
 天馬は熱に浮かされた様子ではなく、大人の風格を感じさせる調子で一成のことを話した。
 その様子は、余計に天馬の決意を感じさせて、一時だけの感情ではなくこれから先の人生に一成が寄り添っているのだと、言葉よりも雄弁に語っていた。

「一成さんのこと大好きなんだねって言ったら、『当然だろ』って言われちゃいました。天馬くん、すごくカッコイイですよね。『オレが人生全部で大事にするやつだ、オレの唯一だからな』って」

 伝えられた言葉が、耳元で弾けるような気がした。直接聞いたわけではないのに、その場面を知らないのに。一成の頭には、唇に笑みを刻んだ天馬の様子がありありと浮かんでいた。
 欲に濡れた瞳ではなく、ただ落ち着いて、しんとして、それなのに奥底には凛とした決意と揺るぎない炎を抱いて。
 神様が丹精を込めて作り上げたみたいな整った顔立ちに、年相応の色気を乗せて、その実何よりも真摯な笑みを乗せて。自分の思うあらゆる全ての尊いものに誓いをかけるみたいに、きっと天馬は言ったのだ。
 その様子を忠実に思い浮かべた一成の顔には、見る間に熱が集まっていく。
 だってそんな、一成のいない場面で隠しもせずに告げられる愛の言葉を聞かされるなんて、思いもしなかった。
 きっと天馬だって、一成に伝わるとは思わずに言ったはずだ。だからこそ、逆にその真剣さを感じ取る。本人がいない場面で告げられた言葉だからこそ、その強さが伝わってくる。
 どれほどまでに天馬に愛されているかを、一成は否応なく思い知らされる。
 一成は顔を真っ赤にしたまま、用意したばかりの布団に顔面から倒れ込む。咲也が慌てたように「大丈夫ですか、一成さん!」と声を掛けるので、一成はくぐもった声で答える。

「テンテン、かっこよすぎてやばたん……」

 無理、死んじゃう、待ってカッコイイ。
 語彙力の欠片もなくぶつぶつと言う様子に、とりあえず具合が悪いわけではないと咲也も理解したのだろう。「天馬くん、本当カッコイイですよね!」と相槌を打ってくれた。

「ほんとそれ~」

 心からの返事をした一成は思っている。
 どうしよう、今すぐテンテンに会いたい。部屋に突撃してそのままちゅーしたい。でもオレ今役作り中で距離置かないとだし、そういうところはちゃんとやりたいし。

「――はやく稽古やりたいなぁ」

 夏組みんなで立つ舞台は思っていた以上に、ずっとずっと楽しかったのでいくらでも稽古したいのは本音だ。
 ただ、今の発言だけは天馬の顔が見たいという100パーセント不純な動機から発せられていたのだけれど。

「わかります! あの、何かお手伝いできることがあれば言ってくださいね!」

 朗らかな声で告げられた咲也の言葉に、一成はしばし考える。それから、もぞもぞと上体を起こすと持ってきた鞄の中から台本を取り出した。

「ねね、それじゃサクサク、ちょっち付き合ってもらってもいい?」

 咲也の言葉に、これ幸いと台本を示す。実際相談に乗ってもらいたいところもあったし、集まった熱をどうにか冷ますのに軽い稽古は持って来いだ、と思ったのだ。

「もちろんです!」

 ハキハキと答える咲也に「ならよかった!」と言って、台本をめくる。今回少し練習したいシーンはここ、と説明すれば咲也が興味深そうにうなずいている。
 その様子に、一成は次第に自分の頭が切り替わっていくことを感じていた。
 自分を落ち着かせるためとか意見を聞きたいことがある、というのは確かにきっかけだった。だけれど、いざ台本を開いてみれば、広がる世界にワクワクするということを実感する。
 心が弾んで、もっとたくさん台詞を口にして蒼生の人生を生きたい。明日には、今日よりもっと最高の芝居をしてみせるのだ、と思いながら一成は台詞を口にする。







END



キスシーンに慣れが出る一成・咲也くんの発言で照れる一成、というネタから膨らませていきました。咲也くんと一成どんな話をするのかなって考えた時、やっぱり亀吉かなって。(ふたりの関係参照)恋のイメージのピンクと、咲也くんの桜イメージから「Pinkish」になりました。