とある店主の独り言
紆余曲折はありながら、無事に指輪は完成した。
皇さんに手渡しをしてプロポーズの成功を祈りつつその背中を見送った。きっと上手く行くだろう、と心地のよい高揚感のようなものを感じながら、店内の清掃でもしようかな、と思っていた時だ。
何だか外が騒がしいな、と思って窓から周囲の様子をうかがえば、なぜか皇さんがスーツ姿の人に問い詰められている。傍らにはノートパソコンを持った背の高い人もいて、混乱している間に瞬く間に人が集まってきてしまったのだ。
これは助けに行く場面なのか、でも私が出ていったことで何ができるのか。それとも警察を呼ぶべきか、一体どうすれば。混乱のあまりただ立ち尽くしていると、学生時代の友人から電話があった。
一応会社員として働いているはずだけれど、いつでもインターネットの世界を歩き回っているような友人だった。私がオンラインでの販路を開拓できたのはこの友人のおかげなのだけれど、その友人は「皇天馬ってあんたのお客さん?」と突然尋ねてきた。
とっさにうなずきそうになって、だけれど直前で言葉を飲み込む。あぶない。誰にもこの話をしてはいけなかった。友人は答えがないことで何かを察したらしい。「まあいいや、それじゃこれはわたしの独り言だけど」と言って、事情を説明してくれた。
曰く、現在皇さんの結婚報道という記事が出ている。その中には、婚約指輪のオーダーメイドのためにとある店に通っているという内容があり、知っている人であればそれがうちの店であるとすぐにわかったらしい。加えて、ちょうど今日、皇さんがその店を訪れるということで突撃配信が行われており、現在進行形でその様子は世界中に配信中である。
「たぶん今、あんたの店の前でやってるのがそれ。何かかなり人集まってるみたいだし、うっかり出ていくことはおススメしない。むしろ、ちゃんと店の鍵かけて引きこもってるほうがいいよ」
どうやら、今店の前で行われている配信とやらは大変な注目を集めているらしい。今そこに映り込みでもしようものなら、あっという間に特定されてその後の生活に支障が出ると言われた。それは困る。
「暴動でも起きそうになったらすぐ警察呼んだほうがいいけど、そうじゃないなら何にもしないで黙ってるほうがいい。食料とかはあるんでしょ」
友人の言葉に肯定を返す。興が乗ると制作だけに集中したいので、買い物へ行かなくて済むよう食料の備蓄は常にしている。二、三日くらい外に出なくても問題はない。
「いやさすがにそこまでかからないだろうけど――まあ、今日中は家に引き込もってるのおススメする」
それだけ言うと、友人からの通話は終わった。それから配信URLを送ってくれたので、パソコンからアクセスする。すると、画面いっぱいに皇さんの顔が映り、背後には見慣れたうちの店。窓の外からは、確かに声が聞こえてくる。
混乱しながらも、念のためもう一度戸締まりを確認し、窓はブラインドを下ろす。パソコンの前に戻ってくると、甲高い声をしたリポーターが指輪について質問を投げつけていた。
椅子に腰かけてその画面を見つめる私は、知らない間に指を組んでいた。祈るようなそれは、実際私の祈りだった。私は決してこの話を人に教えていない。元々一人で切り盛りしている店だし、誰かが情報を外部に漏らすとも思えない。それなのに、なぜかあのリポーターはこの情報を知っている。
皇さんの思いが詰まった指輪だ。明るい黄緑の瞳を持つ、八月生まれの大事な人へ贈るため、皇さんがたくさんの時間をかけて完成させた。心を形にしたみたいな指輪。大切な、皇さんの思いそのものみたいなそれが、大勢の人の前で蹂躙されていくようだった。
どこから指輪のことを知ったのかわからない。だけれど、皇さんがこの話を人に漏らすとも思えないから、もしかしたら私が知らない間に情報を抜き取られてしまったのかもしれない。機密には充分気を遣っていたつもりだけれど、足りなかったのかもしれない。
私はただ、祈りながら画面の中を見つめていた。一体どうしてこんなことになったのか、まったく見当がつかない。だけれど、あの指輪に込めた思いがこれ以上蹂躙されないでほしかった。この事態をどうにかしてほしいと、祈る私はただ画面を見ているしかできなかった。
結局、婚約指輪の騒動は夏組のゲリラ告知だったらしい。
何でも、告知のための小道具として指輪が必要になったため、皇さんが実際に店に通い詰めてオーダーメイドで指輪を作っていたということだ。
それならそうと言ってくれれば――という気持ちもないではなかったけれど、つまりはそこまでが役作りだったということなのだろう。役になり切ってオーダーメイドリングを完成させて、はじめて役として成立するのだ。そう考えると、皇さんというのは本当にすごい役者だと思う。だって、あの、ペリドットを目にした時の笑み。心からあふれだす愛おしさはまるで本当みたいだった。完全に役に入り込むとは、きっとああいうことを言うのだろう。
ただ、私は騒動のあと、すぐ皇さんに謝罪のメールを送った。
騒動自体は、ゲリラ告知用小道具を本物だと勘違いしたゴシップ誌によるものだったとしても、オーダーメイドリングの件が外に漏れたことは事実なのだ。私にまったく身に覚えはないけれど、思い当たらないだけで何か不手際があった可能性はある。
今後、皇さんが店を訪れることはなくなるかもしれないな、と思っていた。守秘義務に不安のある店ということになれば、利用を控えることになってもおかしくはない。
しかし、私の予想とは異なり、皇さんからは逆に丁寧な謝罪のメールが返ってきた。店の前で騒ぎを起こしてしまったことを詫び、何か迷惑を被っていないかを心配している。なぜゴシップ誌がオーダーメイドリングについて知っていたのかも、相手方と話をして大体の事情は把握しているらしい。
何でも、皇さんがうちの店に通い詰めていることを突き止めてから、店のことを調べた。結果、皇さんが訪れる隔週土曜日はオーダーメイドリングの相談の時間であることがわかり、そこから婚約指輪をオーダーしていると推測して記事にした上、配信したらしい。確かに、うちのWebページやSNSを見れば隔週土曜日でオーダーメイドリングの相談を実施していることは書いてある。だからその情報は誰でもわかるし、確かに婚約指輪の依頼は多いので推測は成り立つかもしれない。だけれど、少数ながら他の依頼もあるし、絶対に婚約指輪を依頼しているとは限らない。そんな明確な確証もないのに記事にするものだろうか……と思っていると、皇さんのメールにはその辺りにも触れていた。曰く、あの手のゴシップ記事は事実かどうかではなく、事実のように見えればそれで充分なのだという。今回は、皇さんが婚約指輪を作っているのではないか、という疑惑があれば充分で、どちらかといえばうちの店はそれに巻き込まれた形になるようだ。だから、皇さんのほうが逆に申し訳なさそうだった。
私としては、自分から情報が漏れたようではなさそうなので、ひとまずは安心した。なのでその旨を送り、変わったことなどないとは伝えた。多少来店客は増えたような気はするけれど何か困ったことがあるわけではないのだ。皇さんにメールを送ってしまえば、この騒動はもう終わりなんだろうな、と私は理解していた。
◆◆◆
「あ、これユグドラシルの新作!? 龍と剣の指輪とかくもぴ好きそ~!」
明るい笑顔で、三好さんは新作コーナーに置かれた指輪を見つけてそう言う。「ジークフリートイメージですね」と答えると、「なる~」と納得している。
「ニーベルングの指環くくりにしようかとも思ったんですけど、壮大になりすぎる気がして」
「ワーグナーとかだと上演に四日くらいかかるからねん」
三好さんはさらりと言ってのけるけれど、ニーベルングの指環からワーグナーのオペラに瞬時に辿り着き、上演時間まで把握しているあたり、色々教養のある人だなぁと改めて思う。
「あ、こっちのもいいな~。最近あんまり来れなかったから、テンアゲなのいっぱいあるじゃん!」
そう言ってあちこちを見て回る三好さんは、確かに店を訪れるのは久しぶりだった。何かと忙しい人だから、きっと他の仕事が立て込んでいるのだろう。
「――てか、ホントごめんね? この前、めっちゃ迷惑かけちゃって!」
一通り店内を見て回って、レジカウンターまで戻ってきた三好さんが両手を顔の前で合わせて言う。他にお客さんはいないから、今なら私と話ができると踏んでの言葉だろうと思ったけれど。迷惑とは一体、という気持ちで思わず顔を見返すと、三好さんは私の困惑を読み取って説明してくれた。曰く、この前の皇さんに端を発する婚約指輪の騒動で店に迷惑をかけてしまった、ということらしい。私としては、全て終わったことだと思っていたので、改めて謝罪されて目を瞬かせてしまう。
「特に迷惑を掛けられてはいないですし。まあ、うちから情報漏洩してたらどうしようかとは思いましたけど」
重要なのはそれくらいで、びっくりはしたものの特に迷惑だとは思っていなかった。具体的に何か被害があったというわけでもないし。
「んー、でも、小道具だって言わないでオーダーメイドリングとかも作ってもらったわけだし……」
騙すような真似をしてしまった、と思っているのかもしれないけれど。別にそれで料金を踏み倒されたというわけでもない。それに、たとえ芝居の小道具だったとしても、役としては心からの愛おしさで婚約指輪を作っていたのは間違いない。というか、小道具にあれだけお金を掛けるとは、さすが皇さんということなのだろうか。いやでも何か、皇さんの役御曹司だったからだろうか。お金のことを心配するような役ではないのだろう。
「小道具でも何でも、大事にしていただければ。それに、皇さん本当に熱心でしたから。あれが役作りだなんて、皇さんってすごいんですね」
心から思って言うと、三好さんが明るい笑顔でうなずいた。「そそ、テンテンってばマジですごいっしょ!?」という言葉はまるで自分が褒められたように嬉しそうだ。
「色々ヒアリングしながらデザイン決めましたけど、絶対妥協したくないって言ってましたし。なので、結構何枚もラフ描くことになりましたけど――それくらい真剣なんだなぁと」
今はもう、皇さんがオーダーメイドリングを注文していたことを隠す必要はない。それに、同じ舞台に立つ三好さんであれば、漏れて困るような情報もないだろう。今度の舞台については誰よりよく知っているんだろうし。
加えて、皇さんの役者としてのすごさを身に染みて感じたので、その話をしたいという気持ちもあった。自分一人だけで留めておくには勿体ないほど、皇さんの役作りは見事だったのだから。同じ劇団員の三好さん相手なら、多少はそういう話をしても大丈夫だろうという目論見のもと、私は今まで見てきたものを語る。
「誰よりも大切なたった一人に贈るための指輪だから、心からこれがいいと思ったものを贈りたいって言ってましたよ。その指輪に自分の心を、気持ちを、大切だって思い全部を込めたいって、役作りとは言えすごい愛の告白ですよね」
淡々とした調子で皇さんは言っていた。熱い誓いというより、自分の中から自然とわきでた思いが形になったような言葉だった。あれも全ては役作りの一環だというのだから見事だ。
「本当に大切で仕方ないんだろうなぁって、見ててわかるくらいでしたからね。どうやって時間作ってるのか謎でしたけど、隔週土曜日通い詰めてはこの指輪ならどうだろうとか、こっちのデザインなら、とか素材はどれがいいのか、色合いは、石の配置は、留め方は――ってそれはもう色んなことを勉強して、最高の一つを作りたいって熱心でしたよ」
皇さんは忙しい身の上のはずだった。だけれど、恐らく根が真面目で勉強熱心、向上心もあるのだろう。様々な貴金属の本やインターネットから知識を仕入れて、オーダーメイドリングへと反映させていった。
「勉強する時間を取るのも大変だと思うんですけどね。でも、皇さんは楽しそうでしたよ。相手のことを思っていられる時間だから嬉しいって言ってましたし、相手のことを考えていられるのが心底楽しくて仕方ないって感じで――本当に相手のことが大好きなんだなぁとしみじみ思ってました」
なので、あれが役作りという事実にいっそ感動したのだ。あの時の皇さんは皇さんではなく、誰か別の役であって、思い浮かべるのは劇団員の――そういえば三好さんだったな、と思い至る。
騒動の時点では、正直事態の収拾のほうが気になっていて、あまり結婚報道の内容はわかっていなかった。ただ、あとで聞けば相手は三好さんだったらしいし、それはつまり、夏組ゲリラ告知における内容に沿っている。二人は恋人同士という設定なのだ。
「相手役が三好さんだからペリドットだったんですね」
そういえば、と思ったのは目の前の三好さんがきれいな黄緑色の瞳をしていることに気づいたからだ。だから、あの時皇さんは愛おしさを全部集めたみたいにほほえんだ。彼の役の中で、何よりも大切な人は三好さんが演じる役だから。
「あれも役作りだっていうんだからすごいと思うんですけど。ペリドットを見た時、皇さんが笑ったんですよ。大事な人を思い浮かべてるんだなってわかるくらい、本当に心から愛おしくて仕方ないって、そういう笑顔でした」
あれも全部役作りということは、皇さんはこの店にいる間ずっと演技をしていたのだろう。まったくすごい人だと思う。
「ペリドットみたいに綺麗な目をしてるって、嬉しそうに話してました。綺麗なものを見つけるのが上手いのも、あんなに綺麗な目をしてるからなんだろうなって」
その時頭に浮かんでいたのは、恐らく三好さんの瞳なのだろう。心底愛おしくてたまらないといった様子で、あの時皇さんは三好さんの黄緑色の目を思い出していたはずだ。
「春の葉っぱみたいな……光の入った新緑みたいな目に光が入るとキラキラ輝くんだって言ってましたね。それが大好きで仕方ないって顔してましたよ」
言葉ではなくても伝わるくらい、愛情の全てを傾けるような表情だったのだ。あれが演技だとはとても思えないくらい、心の全てを傾けるようだった。
「宝石みたいな目をしてるって思ってたみたいで、実際にあるんだなって宝物見つけたみたいに言ってました。あれも全部役作りって、やっぱりあれだけ活躍してる人はすごいなぁと」
心から思って言う。俳優皇天馬をことさら意識したことはなかったけれど、やはり彼はすごい人なのだろう。本当に、あの皇さんを私だけしか見ていないという事実が心底勿体ない。彼の演技力を間近で見られたのは幸運だったとも言えるけど、それにしたって、役作りの執念がすごい。
ひとしきり感心していたけれど、三好さんから特に反応がないので、あれ、と思って視線を向ける。
「――うん、そう、テンテンってばすごいっしょ!?」
私の視線に答えるように、三好さんは明るい声でそう言うので。全くその通りだとうなずいたのだけれど、何だか三好さんの耳が赤いように見えたのは気のせいだろうか。
END
本編ではそれなりに重要な鍵になってたわりにほぼ出てこなかったのと、意図せず色々ばらされる天馬が見たくて。天馬は勉強熱心なので色々調べたと思うんだ。ただのモブの話だけど楽しかったです!なお、こちらのアクセサリー作家さんは、人間にあんまり興味がないタイプの人なので、二人の関係には全く気づいていない。