今日の佳き日に




▼ 誓いの言葉


 舞台上の四人はしばらく頭を下げていたものの、拍手が小さくなっていくのに呼応して姿勢を正した。
 それから三角と九門が着ていたローブを脱いで、舞台袖へと片付ける。めかし込んだスーツ姿となって戻ってきたところで、幸が一歩前に進み出た。凛としたまなざしで観客席を見渡すと、厳かな調子で告げる。

「それではこれより、皇天馬と三好一成の結婚式を開式いたします」

 さっきまでの即興劇は、夏組ならではの結婚式のイベントだ。これから始まるのは、一般的な結婚式の形に則ったセレモニーという宣言なのだろう。幸が一歩下がるのと同時に、椋が決意を秘めた顔で言う。

「司会はボクたち夏組が務めますね……!」

 椋の言葉に、九門や三角も大きくうなずく。二人の結婚式は夏組が主体となっていることは全員知っている。司会進行も夏組によって行われるのも道理と言えた。

「それじゃ、まずは今日の主役の入場!」

 大きな声で明るく宣言すると、九門と三角が軽やかに観客席へ降り立つ。MANKAI劇場の扉まで駆け寄ると、勢いよく開け放った。そこには当然天馬と一成がいて、二人が劇場へと入ってくる。三角の「おっきな拍手してね~」という言葉にカンパニーメンバーが応えて、拍手と共に二人は舞台へ上がった。九門と三角も後から続いて、舞台の上には夏組の六人がそろっている。

「今日はマジでみんなありがとねん! めっちゃ忙しいのに、全員集まってくれて嬉しい!」

 はちきれそうな笑みを浮かべて一成が言えば、隣の天馬も大きくうなずく。それぞれが多方面に活躍していることは、充分知っている。過密スケジュールの中、どうにか時間を捻出して今日という日を迎えてくれたのだ。

「本当にありがたいと思ってる。結婚式をやりたいっていうのは、あくまでオレたちの希望だ。大事なカンパニーのみんなに見守ってほしいって願いを叶えてくれて、本当にありがとう」

 心からの気持ちと共に頭を下げれば、同じように一成も頭を下げた。
 カンパニーメンバーが義務や付き合いで参列したわけでないことは、充分わかっている。ただ真っ直ぐ二人を祝いたいと思ってここにいてくれる。しかし、結婚式という形を望んだのは他ならない自分たちだということも事実だった。だから、時間や手間を掛けて今ここにいてくれることへの感謝をきちんと伝えたかった。

「そうやって気にしてくれるのは天馬くんとカズくんらしいけど――俺たちも今日をすごく楽しみにしてたから、気にしないで」
「そうですよね、紬さん。お祝いできて嬉しかったし、即興劇も面白かったよ!」
「さすがは夏組っつーか、あれほぼ全部アドリブだろ」

 二人の言葉に紬が答えて、咲也が続く。さらに万里がくわわってさっきの即興劇を話題に上げれば、観客席からも「決まってたところはどこなんだ?」やら「どこまでストーリーだったのかは気になる……」という声が飛ぶ。
 天馬と一成は頭を上げて、「『魔法で記憶喪失になる』っていうのと、くもぴとすみーが魔法を使うっていうのは決まってたよね」「あとは多少、誰と誰のシーンにするかは念頭に置いてたが、ストーリとしては結婚式へ向かうハッピーエンドにするってことだな」と答えた。つまり、最初と最後だけしか決まっていない。間の芝居は完全にアドリブである。
 さすがは夏組、という空気が観客席には流れる。それぞれの呼吸を読み取って、筋書きのない物語を転がしていくのは夏組の得意分野だ。夏組らしさが存分に発揮された舞台であることは間違いない。くわえて、天馬と一成二人の愛情を存分に感じられたこともあり、カンパニーメンバーの心を浮き立たせるには充分な即興劇だった。
 満足げな観客席の顔を認めたところで、一歩前に進み出たのは三角だった。結婚式は始まったばかり。次は何か、という視線を受け取った三角は朗らかに声を上げる。

「次は誓いの言葉! てんまとかずが一生懸命考えた、とってもすてきな誓いの言葉なんだよ」

 にこにこと笑顔を浮かべる三角の空気はやわらかい。大事で大切な友達を、夏組の大好きな仲間を抱きしめるような、そんなまなざしを二人に向けていた。
 三角からのバトンを受け取るように、天馬と一成は入れ違いで前に出た。舞台の最前、観客席と一番近い位置に立つと、目の前のカンパニーメンバーを見渡す。深呼吸をしてから、天馬が口を開いた。

「今回結婚式をやるってことになって、どんな式にしたいかって考えた。いろんな形があるが、オレたちはカンパニーのみんなに結婚の誓いの証人になってもらいたい」
「人前式ってやつだねん。これが一番、オレたちらしいかなって思って。MANKAIカンパニーで出会って、みんなと宝物みたいな毎日を過ごして、一緒に生きていくって決めたオレたちにはぴったりでしょ?」

 落ち着いた口調で告げた天馬の言葉を、一成は軽やかに引き取って言った。
 どんな結婚式がいいか二人で考えた時、すんなりと答えは出た。これからの人生を共にする。お互いをパートナーとして未来まで歩いていく。その誓いを誰に聞いてほしいのかと考えたら、答えは一つだった。

「オレたちのこれからを、大切なみんなに誓わせてね」

 はにかむ笑みを浮かべて、一成は言った。いつも浮かべる、ぴかぴか明るい笑顔ではなく。ただ深くやわらかな、何もかもをやさしく抱きしめるような。一成の持つ健やかさを、胸に灯した明かりをそっと手渡していくような、そんな笑みだった。
 ときどき一成はこんな顔をするのだと、カンパニーメンバーは知っている。だから決して意外ではなかったし、それほど深く思われているのだ、ということを強く実感する。そしてこれは、天馬にとっても同じ答えだ。一成と同じ気持ちで、今目の前に立っているのだと知っている。
 人生を共にする、大事な人。未来の誓いを懸けるのにふさわしいのはMANKAIカンパニーなのだと揺るぎなく思っている。それは、どんな言葉より深く確かな愛の言葉だ。二人はただ真っ直ぐ、心からの親愛でMANKAIカンパニーのメンバーに未来を誓うのだ。
 観客席のめいめいは、あらためて厳粛な気持ちになり、天馬と一成へ真剣なまなざしを向ける。答えはそれで充分だった。
 天馬と一成は目配せをしてから、こくりとうなずきあう。つないだままの手に力を込めると、天馬が口を開いた。

「今まで長い間、見守ってくれたみんなに、あらためて結婚の誓いをしたい。――まず、春組に」

 そう言うと、観客席に座る春組へ二人そろって視線を向ける。戸惑う空気が流れたのは、カンパニー全体への誓いの言葉だと思っていたからだろう。一成と天馬はその反応に楽しげな空気を漂わせながら、口を開いた。
 手をつないだまま、春組それぞれの顔を順繰りに見つめて。歌うように軽やかに、天馬と一成は交互に誓いの言葉を口にする。

「咲也のようにあたたかい心を持って」
「まっすーみたいに一途な愛で」
「綴さんのように面倒見よく」
「ロンロンみたいに笑顔を大切にして」
「至さんのように好きなものに全力で」
「チカちょんみたく大事なものを守る決意を持って」

 咲也はいつでも陽だまりのように周りをあたためて、真澄の愛はどんな時も揺るぎなかった。綴にはたくさん助けられたし、シトロンがいれば些細なことでも楽しくなる。至はどんな時も好きなものに一生懸命で、千景は宝物のように大切な気持ちを向けてくれていた。
 そんな春組は、お互いを掛け替えのない家族なのだと思い合っている。だからこそ、天馬と一成は誓う言葉を決めた。これからの未来で家族になるのだと決めたからこそ、春組に胸を張っていられるような。

「オレたちらしい家庭を築くことを誓います」

 きっぱり告げると、咲也がぱっと花咲くような笑顔を浮かべる。シトロンは「春組にお任せダヨ!」と言って、真澄は「オレも監督に誓う」と続くので、綴が「二人とも趣旨が違う気がする……」と突っ込んでいた。
 至はしみじみした調子で「二人らしいというか、なるほど感ある」とつぶやいて、千景が「春組各個人とは思わなかったけど。もしかして、全員分あるのかな」と言うので。

「もち! ちゃんと聞いてねオレらの誓いの言葉!」

 ブイサインで一成が答えて、天馬も楽しそうに「まあ、そういうことだな」とうなずいた。
 MANKAIカンパニーのみんなに未来を誓うと決めた。どんな形にしようかと考えた時、二人は当然のように思った。
「みんな」に誓うのではなく、それぞれにちゃんと誓いたい。だって、どれほどすてきな人たちなのかなんて、よく知っている。大好きな人たちの大好きなところなんて、いくらだって出てくる。だから、大事にしたい気持ちをそれぞれに誓えば、何より強い未来の約束になるだろう。

「ってことで、次は秋組!」

 うきうきした調子で一成が言って、視線は秋組に向かう。一人ずつの顔をしっかり見つめて、凛とした力強さを宿した声で、春組と同じように交互に告げる。

「万里さんのように周りのことをしっかり見て」
「ヒョードルみたいに心を燃やし続けて」
「太一のように努力を忘れず一生懸命に」
「おみみみたいに愛情を毎日の中で伝えて」
「左京さんのように行動で気持ちを示して」
「アザミンみたいに自分の意志を貫いて」

 万里は聡明さを自分の武器として、十座は常に身の内に情熱の炎を宿す。太一は決して諦めない努力家で、臣は日々の中で惜しみなく愛情をくれた。左京はいつでも行動が雄弁な答えだったし、莇は揺るぎない自分の芯を持っていた。
 そんな秋組は、いつだって戦う決意を持って立ちはだかる壁に挑んできた。何があっても何が起きても、立ち向かう姿を知っている二人は言う。

「どんな困難も、力を合わせて乗り越えることを誓います」

 力強い宣言に、万里が面白そうに笑った。臣は「二人らしいな」とにこにこしているし、十座も「ああ。二人ならきっとできる」とうなずく。太一がテンション高く「秋組!って感じなのも嬉しいッス!」と言って、莇が「まあ、確かに戦う率は高いよな」と答えた。
 左京は苦笑を浮かべて「さすがにお前たちは、そうそう荒事にはならないだろうが」と言い置いてから、「戦うのが避けられねぇ場面はあるからな」と続けた。
 これから先、何もかもが上手く行くとは限らない。いつか戦う日も来るだろう。そんな時、きっと二人は秋組を思い出す。どんな風に戦ってきたか、その背中を見てきたから知っている。これはそういう誓いなのだと理解していた。
 掛けられた言葉に二人は力強くうなずく。それから、ゆっくり視線を向けるのはもちろん冬組だ。予想はできていたから、冬組の六人は静かなまなざしを二人に向ける。落ち着いておだやかで、それでいて限りない愛情をたたえながら。
 受け取った天馬と一成は、ゆっくり口を開く。一言ずつを噛みしめるように、これまでの組と同じく交互に誓いをかける。

「紬さんのようにしなやかな芯の強さで」
「タクスみたいにひたむきに一直線に」
「密さんのようにマイペースな愛情豊かさを持って」
「アリリンみたいに何にでも真摯に向き合って」
「東さんのように手を取ることを決意して」
「ガイガイみたいに心で感じる喜びを知って」

 紬は再び歩き出す強さを持ち、丞は誠実に自分の目指す道を進む。密は自分なりの愛の形を知っていて、誉は世界に対していつだって真摯だ。東は手を伸ばすことを諦めないし、ガイはささやかな心の動き一つだって大事にしてくれる。
 そんな冬組は、豊かな年月を共に重ねてきた。喪失と別れを知りながら、これからの道を一緒に歩むと決めたのだ。先を行く背中をしっかり見つめてきたからからこそ、天馬と一成は冬組に言う。

「これから先の未来まで、ずっと一緒にいることを誓います」

 凛とした言葉を受け取って、紬がやわらかくほほえんだ。東が艶やかに唇を引き上げて「すてきな誓いだね」と言って、ガイが「ああ、二人の心の内がよく伝わる」とうなずく。すると、誉がはっとした表情を浮かべるので。密がすかさず「アリスは黙ってて」と言うし、丞まで「あとにしろ」と続く。
 誉は心外そうな表情を浮かべるものの、すぐに思い直したらしい。

「確かに、今ここで天馬くんと一成くんの言葉にワタシの言葉を重ねるというのは、野暮かもしれないね。独演会はあとで行うこととしよう!」

 二人が紡いだのは、共に歩む人生への誓いだ。とっておきの、大切な言葉であるからこそ尊重しよう、と誉は言うのだ。ただ、湧き出る詩興はあとで詠ずることにしよう、と張り切っている。

「あとでいっぱい、アリリンの詩聞かせてねん!」

 弾けるような笑みを浮かべて一成が言って、天馬も「今日どんな詩が出てくるのかは確かに知りたい」と続ける。誉は大仰にうなずいて「約束しよう」と答えた。