第四章:夜に沈む

夜明けまでのエトランゼ 14話




 再会の日はすぐに決まった。解体工事が始まる前に一成には目を覚ましてもらう必要があったし、三角もそれは理解していた。学校の予定を鑑みながら、とんとん拍子に事態は進んだ。

 いざ当日になると、天馬は朝から落ち着かなかった。お互いを大事に思い合っている二人だ。きっと上手くいく。一成は目を覚ます。そしたらまずは、なんて声を掛けようか。今日二人が再会を果たせば、何だってできる。どこへだって行ける。そう思ってはやる気持ちを抑えながら授業を終えて、あとは三角が来るのを待つばかりとなった。
 連絡先は交換していたから、「いま行くね~」というメッセージがLIMEに入る。椋や幸と連れ立って待ち合わせ場所である正門前に向かった。今までのことは、一通り説明してあるから事情は全て把握している。
 二人の再会に自分たちが水を差すのはどうか、と天馬をはじめとしたメンバーは思ったけれど一成は「気にしなくておけまるだよん」と笑うし、三角も「みんなもいっしょにいてね」と言ってくれたので、今日の再会に立ち会うことになっていた。ただ、九門は甲子園の地方予選初戦が近い。追い込みとばかりに、授業が終わればみっちり部活動の時間だ。顔を出せないのを謝りつつ、「絶対報告してね!」と言い残して練習へ向かっていった。
 正門前にはすでに三角が待っていた。どうやら、早く来て学校での用事を済ませていたらしい。三角の担任である柑子木涯と積もる話もあったのだろう。
 日没はすでに迎えている。少しずつ夜へと向かっており、辺りには暗闇が漂い始めていた。三角はのんびりとした調子で、椋や幸に話しかける。不思議な空気に二人は戸惑っていたようだけれど、最終的には慣れたらしい。今までもらった三角形はコレクションしてるだとか、昨日は幸の誕生日で一成を含めてみんなでお祝いをしただとか、「それじゃこれあげるね~」と三角形のぬいぐるみを取り出しただとか、何でもない話をしている間に旧校舎へ辿り着く。
 立ち入り禁止の場所である。出入りするところを目撃されないよう、周囲を確認してから四人は窓から教室へ入り込む。
 外からの明かりが入るとはいえ、決して明るいとは言えない。夜に染まり始めた教室で、三角は心細げに周囲を見渡した。椋や幸も同様にきょろきょろしており、見えない一成を探している。いつもならすぐにやって来る一成の姿がなくて、天馬もあちこちへ視線を向けた。今日三角が来ることは伝えてあるし、どこかへ行ってしまうことはないはずだ。
 どこにいるのか、と呼びかけようとしたところで、暗がりの中からすうっと一成が姿を現した。おずおずした調子で窓の近くまで歩いてきて、外の明かりに照らされる。心配そうにうかがう表情で、三角へ視線を向けている。
 しかし、三角は一成の様子に気づいていない。当然幸や椋も反応しないし、どうやら三角に一成の姿は見えていないらしい。その可能性は伝えてあったけれど、三角にも一成は見えないのだ。一成は悲しげに視線を下げた。三角には見えるんじゃないか、と期待していたのかもしれない。
 ただ、そのまま沈んでしまうことはなかった。意を決したような表情で口を開く。

「すみー?」
「かず!?」

 一成の声がした瞬間、三角がぱっと表情を変えた。大きく目を瞬かせて、周囲を見渡す。どうやら姿は見えなくても声は聞こえるらしい、と察して天馬は一成の位置を指し示した。三角は素直に従って、一成の目の前に立つ。視線は交わらないけれど、二人は確かに向かい合った。

「かず、オレのせいだよね。ごめんね」

 心の内があふれだすように、三角が口を開く。見えなくてもそこにいるのだと、目の前の一成に向けて。一成は首を振って、きっぱりと答える。

「すみーのせいじゃないよ。絶対すみーは悪くない」

 三角はその言葉に「でも……」と言って顔をゆがませた。一成はそっと笑みを浮かべた。困ったような顔ではなかった。三角のやさしさを受け止めて、抱きとめるような表情だった。

「あの時のことはよく覚えてないけど……。でも、ただオレがやりたくてやったことだと思うんだ。すみーが悲しくないようにって、すみーに宝物を返したいって思ってしたことじゃないかな。だから、気にしないで」

 こんなことを言ったところで、全ての後悔を消し去ることはできないと一成だってわかっているだろう。それでも言うのだ。三角に言葉を届けるのだ。他でもない一成自身が、三角のせいだなんて思っていないのだと、力強く告げる。
 三角はしょんぼりした空気を流しているものの、一成が心から言っていることは理解しているのだろう。一成の気持ちをむげにすることもはばかられたのか、「うん」とうなずく。少なくとも、一成の本心を否定することを三角は選ばないのだ。
 一成はますますやさしい笑みを浮かべて、三角に向けて言葉を掛ける。祈るような、願いを紡ぐような声をしていた。

「オレ、記憶がほとんどはっきりしてないんだ。家族のこととかなんで自分がここにいるかもわからなかった。だけど、すみーのことは覚えてた。オレには三角形が好きな友達がいたって、忘れてなかったんだよ」

 それにはきっと意味があるのだと、一成は思っていた。今までの出来事や、おぼろげだった記憶を取り出すような表情を浮かべて、一成はさらに言葉を続ける。

「たぶん、すみーに会いたいなって思ってたからだよ。だからちゃんと覚えてた。すみにーに伝えたいことがあったんだ、きっと。すみーの宝物、ちゃんと返せなくてごめんね……って……」

 そこまで言ったところで、一成の表情が固まった。言葉が不自然に途切れる。三角が首をかしげるし、天馬もいぶかしむ。どうして一成が口をつぐんだのかわからなかったのだ。
 太陽の残り日はとっくに姿を消して、周囲は暗闇に覆われている。夜に沈む旧校舎の中、ただ沈黙だけが流れる。
 見えなくても聞こえなくても、明らかに不自然な雰囲気は感じ取ったのだろう。幸と椋が不思議そうな顔をするので、天馬は現状を伝えた。もっとも、天馬とて何が起きているのかはわからなくて、曖昧なことしか言えない。一体どうしたのか、と再度一成へ視線を向けた天馬はぎょっとした。
 一成は頭に手を当てて、苦しそうな表情をしていた。にらみつけるように眉を寄せて、目をすがめる。視線は床に落ちていて、唇は固く結ばれている。今にもうずくまってしまいそうな、切羽詰まった雰囲気が漂う。何より、痛みをこらえるような顔は天馬が初めて見るものだった。

「一成、どうした?」

 とっさに名前を呼ぶと、一成は弾かれたように顔を上げる。それから、三角の方を見て一歩後ろに下がった。三角から距離を取るような動きとともに、明らかに顔色が変わった。もともと白い顔がさらに青白くなる。大きな瞳がゆらゆら揺れている。怯えにも似たものがありありと浮かんでいた。
 何かがおかしい。明らかな異変に、天馬は一成に一歩近づいた。すると、一成は天馬から逃げるように後ずさった。天馬の表情が険しくなり、一連の流れに三角も異変を察知したのだろう。

「かず?」

 三角が見えない一成に呼びかけて、椋と幸もけげんな顔をしている。全ての反応に対して、一成は怯えたように首を振ると「だめ」とつぶやく。
 震える声で落とされた言葉。一体何に対してなのか、どういう意味なのかまるでわからない。ますます厳しい表情になった天馬が、問いかけようとしたところで一成の顔がくしゃりとゆがんだ。声がこぼれる。

「ごめん、すみー。謝らなくちゃいけないのはオレの方だ」

 悲鳴のような声で一成が言った。引きつったかすれ声だった。青白い顔で、恐慌を来したような表情で一成は続ける。

「ごめん。すみー、オレはすみーに会っちゃいけなかったんだ」

 そう言うと、一成はさらに後ろへ下がる。三角や天馬、椋と幸から逃げようとするように。あえぐように呼吸をして、ほとんど泣きながら。まるで何かの罪を告白するような。処刑される寸前の断罪人のような。

「ごめん、ごめんねすみー」

 悲痛な声で告げた瞬間、一成の姿が目の前からかき消えた。

「一成!?」

 叫んだ天馬は、周囲に視線を走らせる。暗闇が色濃く漂う旧校舎だ。外灯だけでは全てを拭い去るにはとうてい足りない。夜に覆われた教室に一成の姿を探すけれど、影も形もなかった。今までなら、この時間こそ一成と共にいられたのに、一成はどこにもいなかった。
 何が起きたのかわからない。どういうことだ、と天馬は混乱する。三角は残された言葉に「かず、かず!」と懸命に名前を呼んで教室を探し回る。姿は見えなくても、異常事態が起きたことは察したのだろう。椋と幸も同様で天馬に説明を求める。
 そうだ、何も見えていなかった三人にちゃんと答えなくてはいけない。上手く回らない頭でそう思うけれど、天馬だって何が起きたのかはわからない。一つだけ確かなことは、一成が目の前から消えてしまった、ただそれだけだった。