「マイ・シネマ・パラダイス」摂津万里:古い映画館(20代・学生)
冷房の効きが悪い。年季が入った椅子は、ボロボロで薄っぺら。チケットだってオンラインに対応してないから、現地に買いに来ないといけない。まあ、どうせ満席になるとかないから、事前に買う意味ないけど。そもそも建物自体廃墟かって感じだし、営業中っていうのが冗談みたいな映画館だ。
しかも、上映するのはクソって評判の超B級映画。結構昔のやつだけど、大した話題にならなかったし、大赤字もいいところで内容も酷かった。
口コミ見てもマジで何もいいこと書いてない。ひどすぎて笑えるとかじゃなくて、ただ無になるしかないやつ。振り切ったギャグとしてすら成り立ってない。ひたすら無。時間をドブに捨てるの具現化。睡眠時間にした方がマシ。得るものがないどころか何かを失う。
ボロクソのレビューばっかり並んでて、逆にすごいと思った。というか、なんでこんな映画上映しようと思ったのか、マジでこの映画館は意味がわからない。まあ、古い映画はしょっちゅうやってるし、そっちは一部では有名っぽいし、何かその流れなのかもしれない。いやでもやっぱおかしいと思うけど。
とりあえずそういうわけで、シチュエーションとしては最悪だ。映画館のコンディションも悪いし、上映されるのはクソ映画。ついでに言うと、休日の時間つぶしにすらならない内容なのに、そもそも人が来なさそうな平日の夕方という時間帯。
だから、これはもうオレだけの貸し切りじゃね?って思ってた。だって絶対こんなクソ映画見るやつ、オレ以外にいるって思わないじゃん。
なのに、やっぱこれ誰も来ないよなって、一番後ろに陣取っていい気分でいたら人が入ってきた。何か間違ってね?って思ったけど、そいつはチケットを確認して真ん中からちょっと後ろの席に座った。動かないし、結局映画が始まっても出ていかなかったから、マジでこの映画見にきたんだなってことはわかった。
まあ、オレだってネットの投稿で上映知って来たから、そういうやつがオレ以外にいたっておかしくはない。でも、そういうのは映画オタクとか何かそういう、オレみたいな陰キャであるべき。映画以外に友達がいないみたいな、ださくてキモイやつならわかる。
なのに、オレの数列前に座ってるやつは、どう見てもただのイケメンだった。絶対陰キャじゃない。
上映中のスクリーンの明かりしかないけど、それでもわかる。明るめの茶髪はちょっと長め。ロン毛のくせに全然キモさがない。顔は小さいし、何かもう全部のパーツがイケメン。ピアスついてるけど、中二っぽさとか全然なくてすげー決まってる。
絶対こんな寂れた映画館にいるキャラじゃない。もっと……何かこう、クラブとかそういうところにいるタイプじゃん。なんでこんなところにいるんだよ。
自分だけの貸し切りかもって思って、オレだけの時間になるかもしれなかったのに。来たのが似たようなオタクならまだよかった。でも実際は、全然別の陽キャみたいなやつに、オレだけの場所を奪われたような気がして、何かむしゃくしゃした。
ああいうやつは、陽の当たるところで生きてるんだから、オレみたいな日陰者の場所まで取らないでほしい。どこでも生きられる人間は、暗いところでしか生きられない人間のところに来ないでほしい。
イライラしながら思ってたから、映画終わったらソッコー出ていって、すぐあいつのことなんて忘れてやるつもりだった。それなのに。
「水でいいか」
「アリガトウゴザイマス……」
なぜ今オレは映画のロビーで例のイケメンから、ペットボトルを渡されているのか。
現実逃避気味で思ったけど、ここまでの経緯なら充分理解している。頭とか打って記憶喪失になったわけじゃないんだから、ばっちり把握してるに決まってた。
クソ映画上映中、どうも映像が乱れると思った。そういう演出かと思ったけど、音声もわからなくなってさすがにおかしいと思ったら、いきなり電気が点く。上映機が故障したから復旧を試みるとかで、一旦ロビーに出て待ってろって係員に言われたのだ。さすが設備全部ぼろいだけある。
上映スケジュールには余裕があるから、多少タイムロスがあっても問題はないらしい。返金もしてくれるらしいけど、ちょっと待てば復旧するかもしれないってわけで待機中だ。わざわざ帰る方が面倒だし。
ただ、客はオレたちしかいないから、ロビーには必然的に例のイケメンと二人。気まずい。何かそわそわしてたら、イケメンが「冷房効いてねぇからあちーよな」と話しかけてきた。びくっとしつつ「そうですね」と返したら、自動販売機に向かってて、戻ってきたらオレの分のペットボトルを持ってきてたわけだった。何だこいつ、行動もイケメンか。
断る度胸もなくて、オレはおとなしくペットボトルを受け取ったのだ。断る気合は装備してない。
イケメンはオレと同じミネラルウォーターのペットボトルを開けて、ごくごく喉を鳴らす。すごい。同じペットボトルなのに、イケメンが持つと何かのCMっぽい。オレが持つとオタクイベント参戦前って感じなのに。
「オレ以外にあの映画見に来てるやつがいるとか思わなかったわ」
「まあ、クソ映画ですからね」
しみじみした感じでイケメンが言って、心底同感だったから、ぽろりと本音がこぼれた。ずっとクソ映画って言ってたせいで、ついついそのまま。
言ってから、イケメンは楽しんでたらどうしよう!?と血の気が引く。思わずイケメンを見ると、数秒ぽかんとしてから、爆発するような笑い声を上げた。大きな口を開けて、それはもう楽しそうに笑っている。
すごい、馬鹿笑いしてもイケメンってかっこいい。え、これ同じ人類? オレがこんな風に笑ったら普通にキモイだけですが?
世の中の不公平を感じていると、イケメンはようやく笑いが引っ込んだらしい。それでも、まだ楽しそうな気配を漂わせながら言う。
「だよな。評判は聞いてたけど、マジでつまんねぇよな」
あ、よかった、クソ映画側の人だった。ほっとしたけど、ならこのイケメンなんで見にきたんだろ。クソ映画ハンター?
オレが疑問に思ったのを、イケメンは素早く察知したらしい。簡単に説明してくれたところによれば、イケメンは美大生で映画というか演劇を専攻して学んでいる。その勉強のために、わざわざクソ映画を見に来たという。
「どうしてつまらないかっつー教本にはなったわ。タブーの羅列みたいなもんだから、面白く見せるヒントにできるだろ」
つまり、「つまらない」ことを考察するのが目的で、評判の悪い映画を見に来たのだ。めちゃくちゃ真面目な理由だった。すげーちゃらそうなのに、むしろ正反対だった。
「っつーか、アンタはどうなんだよ。わざわざクソ映画見に来てるんだろ?」
面白そうに言われて、思わず挙動不審になる。だってそんな真面目な理由はこれっぽっちもない。本当にない。ただ、とっさに上手い言い訳が思いつかなくて、かといって黙ったままというのもいたたまれなくて、ぼそぼそと答えを口にする。
「その……出てくる女優が……好きで……」
「女優? あー、ヒロイン役か」
ものすごい小声なのに、ちゃんと聞き取ったらしい。イケメンは聴力もイケメンである。だけどオレは小さくなるしかない。だって、イケメンみたいに真面目な理由じゃない。どれだけクソ映画でもいいから見たかったのは、好きな女優がスクリーンいっぱいに映るからだ。
彼女の出てこないシーンはどうでもよかったから、上映中はイケメンを眺めたりとかしていたわけである。だから顔とかちゃんと把握している。
「……くだらないですよね」
勉強のために見に来たイケメンとは雲泥の差だ。恥ずかしくなって、自嘲気味に言うとイケメンは答えた。ものすごく真面目に、やたらと力強い声で。
「くだらなくねぇだろ。クソだってわかってても見に来るやつがいるとか、役者冥利に尽きるに決まってる」