「スイーツタッグチーム」兵頭十座:カフェの前(20代・会社員)
友パフェ、というものがある。俺の好きなカフェで提供されるメニューのことで、対になった味違いを季節ごとにオーダーできるし、通常の季節限定品よりちょっと割引されるお得なパフェだ。
まあ、「友」という名前がついてるけど、別に友達に限定されているわけじゃない。兄弟だろうと恋人だろうと上司と部下だろうと何でもいいので、要するに二人組限定パフェなのだ。どういう経緯で生まれたのかは全然知らないけど、大事なのは二人で来店しないと食べられないという事実のみ。俺にとっては死活問題だった。
最近はスイーツ男子とかで、甘いものが好きな男はそこまで珍しくない。だから普通に公言してるし、パフェを食べたいから一緒に来てほしい、と友達へ言うことに抵抗はなかった。問題は純粋に、都合の合う人間がいないことだ。
いや別に、友達がいないわけじゃない。少数精鋭なだけで友達はいる。存在してる。ただみんな、社畜極めてるか遠くに住んでるせいで店まで同行するのが難しかった。
あと、俺も忙しくて時間取って店まで行けなかったっていうのもある。夕方過ぎまでやってはいるけど、普通の飲食店と違って閉まるのも早い店だから、定時で上がれないんじゃどうしたって間に合わない。
そういう事情で、なかなか友パフェを頼む機会に恵まれなかった。でも、他のメニューは制覇したし、俺は店のファンだ。食べられないものがあるのは残念だし、何より、バレンタインも近いこの季節は店も渾身のメニューを出してくる。
今回の季節限定友パフェは、イチゴのチーズクリームパフェ&イチゴのショコラパフェ。白と黒で対になりつつ、イチゴの赤があざやかで食欲をそそる。写真だけで約束された美味しさを感じるし、絶対に食べる!と固く決意した。
しかし、年度末が近づくこの時期、仕事は増えこそすれ減ることはない。帰ってから夕飯を食べる気力もなし、みたいな毎日ではとても店へ行くことはできなかった。
それでも、俺は諦めなかった。季節限定品は、提供期間が決まっている。刻々と近づくデッドラインを前に、何かもうほとんど意地と「このまま逃してたまるか」という執念で猛然と仕事を片付け、どうにか最終日に定時をもぎ取ったのだ。
たぶん、テンションがおかしかったんだろう。疲労もピークで、仕事を片付けたという高揚感も手伝って肝心なことをすっかり忘れていた。気づいたのは店に着いてから、友パフェの大きな看板の前。「二人限定スイーツ」「二人だけの特別な味」ってキャッチコピー通り。そう、俺が食べたいのは友パフェというわけで、つまり一人じゃだめなんだけど!?
自分がうっかりしてる人間だってことは、学生時代から知ってた。でも社会人になってからはフォローできるようになってたから、こんな大ポカは久しぶりだった。せめて仕事じゃなくてよかったのかもしれないけど、普通にメンタルに来た。店の前にいるからよけいに惨めだ。ちゃんと間に合ったのに食べられないなんて……。
って思って凹んでると、隣に人の気配がした。視線を向けると、俺と同じく友パフェの看板をじっと見ている男の人が一人。鋭い目つきで、まるでにらみつけるみたいにパフェの看板を見ている。
いかつい雰囲気で、紫色の髪はオールバックみたいな髪型。険しい表情が漂ってて、こういうカフェにはあまりなじまなさそうな感じ。めちゃくちゃ甘いものが嫌いで、視界に入るだけで不快とか、そういう人なのかって思いそうだけど。
その人はそわそわした空気で、ポケットを探る。くしゃくしゃのお札や小銭が出てきて、それを確認してからちらりと看板へ目を向ける。視線の先は値段の辺りで、明らかに手持ちの金額と見比べている。
もしかして、と思っているとその人はそっと周囲へ視線を向けた。俺の方じゃなくて、カフェの前に並んでる人たちとかその辺。店の外には、入店待ちで少しだけ行列ができている。今そこにいるのは十割女性で、寒さなんてものともしないで、楽しそうに笑い合っている。中でも、学生らしい女の子たちが一際大きく明るい笑い声を上げると、隣の人は何か一瞬怯んだような雰囲気を漂わせた。
その反応に、俺は内心で思う。わかる。すごくわかる。
最近は甘いものが好きな男っていうのも珍しくはなくなったけど、やっぱり少数派なのも事実。必然的に女性に囲まれることになりがちで、そういう時何となくいたたまれない気持ちになる。特に何かあるわけじゃないけど、場違い感が半端ない。
別に同じこと思ってるって確証があるわけじゃないけど、たぶんこの人は俺と同じ思いをしたことがあるんじゃないかな、とか思ってしまった。それに、さっき値段を確認する様子も目撃しているのだ。友パフェの前で看板をじっと見つめてて、たぶんちょっと女性には委縮しがち。見た感じ他に連れとかもいなさそう。
まあたぶん、疲れのせいだとは思う。正常な判断が吹っ飛んで、妙なテンションの高さと高揚感、それからここまで来て諦めてなるものか、という気持ちが全部一つになったのだ。普段の俺ならたぶんきっともっとためらったけど、疲れって判断能力狂わせるよな。
あとで「何考えてた当時の俺」ってなりそうだな、とどこか遠い思考で思ってはいた。ブレーキを掛ける気持ちもなくはなかった。だけど、脳みそ通るより早く言葉は飛び出していた。
「あの!」
いかつい雰囲気の、ちょっと怖い感じの人。普段は絶対話しかけないタイプだけど、俺の中では白と黒のイチゴパフェより優先させるものがなかった。なので、不審そうな顔のその人に向けて言った。
「俺この友パフェ食べたいんですけど今一人しかいなくて、もしよければ一緒に頼みませんか」
我ながら不審者もいいところだと思う。いきなり話しかけたと思ったら、パフェを一緒に頼まないか、と言い出すのだ。時と場合によっては事案発生。
だけど俺は切実だった。ここで諦めたら帰るだけだ。それなら、初対面だろうと何だろうと二人という名目を手に入れればいいのだ。まあ、これでこの隣の人がパフェに全然興味なかったら、本当に俺は意味のわからない人間になるけど。
俺の言葉に隣の人は、目をぱちぱち瞬かせた。まあ、びっくりはするよな。それはそうだ。
「いきなりすみません。怪しいものじゃないんです――って言っても怪しいんですけど、一応会社員やってて……あ、別にお金出してくれとかそういうことじゃないんです。ただ、俺ちょっとうっかりしてて、友パフェなのに一人で来ちゃって」
言い訳とも呼べないような言葉を、目の前の人は何も言わずに聞いてくれていた。いきなり何言い出すんだと引くでもなく、怪しい人間だと逃げるでもなく。何だかちょっとほっとしながら、さらに言葉を重ねた。
「ずっと食べたかったんですけど、仕事が忙しくて全然来られなくて。最終日にようやく来られたと思ったら、肝心なこと忘れてたんですよね。一人じゃ頼めないって気づいて凹んでたら、その、もしかして友パフェに興味ある人なんじゃないかなって……。全然関係なかったらすみません」
一息にそう言うと、目の前の人は戸惑ったような空気を流す。うん、それはそう。普通戸惑うよな。俺もそう思う。俺はもう一回謝った。すると、目の前の人は静かに言った。
「――それは、俺でいいんすか」
「え?」
「このパフェ食べるのに、俺が一緒でいいんすか」
本気で心配してるって感じで、自分と一緒じゃパフェも美味しく食べられないんじゃないか、なんてことを言うので。この人絶対甘いもの大好きだなって確信した。
だって、美味しく食べられるかどうかを気にするとか、パフェとちゃんと向き合ってくれる人に違いない。パフェに対してこの誠実さ、甘いもの大好きな人に決まってる。
そういう人と一緒に食べられるなら、それは絶対ラッキーだな、と思ったので。俺は力強く「ぜひ」と答えた。