エピローグ――Spring day a year later




「カズさん、天馬さん! 天馬さん出た!」
「マ!?」

 談話室でテレビを見ていた九門が、大きな声で一成を呼ぶ。キッチンに立っていた一成は、慌ててテレビの前にやって来た。映っているのは人気バラエティー番組。天馬が出るとは聞いていたものの、どこの時間帯の出演なのかは知らされていなかったのだ。
 一成は食い入るように画面を見つめていて、天馬の言動に逐一反応する。主に「テンテン、かっこいい!」「今の顔最高すぎ……」「天然で面白いのさすがだよねん」といった内容で、態度は完全に天馬ファンのものである。

「は~、テンテン、マジかっこよすぎてびっくりする……!」

 一通りのコーナーが終わったあと、一成はしみじみとした調子でつぶやく。その様子に、呆れたように突っ込むのは幸である。

「毎日見てるのに何言ってるわけ」

 そもそも幸が天馬をかっこいい、と思っていない、ということもあるけれど。それより、毎日顔を合わせているのに、どうして毎回新鮮に「かっこいい!」と驚くのか幸には理解できないのだ。一成はその言葉に、びっくりしたような顔で答えた。

「え、だって、テンテン毎日かっこいいし」

 さも当然といった顔の返答に、幸は肩をすくめた。もっとも、椋は「そうだよね!」とうなずいているし、三角も三角で「てんまかっこいい~!」と楽しそうだ。九門も「天馬さん、いっつもかっこいいよね!」とにこにこしている。

「――まあ、別にいいけど」

 どうやらここに賛同者はいないらしい、と悟った幸はやれやれといった調子でつぶやく。もっとも取り立てて同意してほしかったわけではないので、特に言葉が続くことはなかった。

「でもさ、カズさんと天馬さんってすごいよね! 何かずっと付き合いたてって感じで!」

 ぴかぴか明るい笑顔の九門が口にしたのは、心からの感想だ。

 九門は去年の夏に、新劇団員として夏組に加入した。決して簡単には行かなかった主演公演だったけれど、夏組のみんなが力になってくれたことで、九門は無事に初主演をやり遂げることができた。大切な宝物のような体験だったし、九門にとって夏組のみんなは掛け替えのない仲間だ。
 それからもカンパニーで充実した毎日を過ごして、こうして春を迎えている。もうすぐ夏組に入って一年が経つのだ。それを実感しているからこそ、一成に心から言った。

「オレが入った時には付き合ってたでしょ? だから、一年は経ってると思うんだけど――めっちゃ仲良いよね」

 夏組に加入した九門は、カンパニーやメンバーについてあれこれ説明を受けた。その中の一つとして告げられたのが、天馬と一成が恋人同士である、ということだった。
 至って普通に言われたし、九門としても正直なところ劇団でやっていけるかどうか、という点の方が心配だったのであまり深くは考えなかった。
 それに、一緒に生活していくにつれて、天馬のことも一成のことも大好きになっていたから、二人が幸せなのはいいことだな、という結論に落ち着いたのだ。

「うん。二人ともずっと相思相愛って感じだから、少女漫画のワンシーンみたいでドキドキしちゃうよね」
「そうそう。莇とかは慣れるまでちょっと大変そうだったけど!」
「あ~、アザミンには悪いことしちゃったよねん……」

 椋の言葉に九門が答えて、一成は若干気まずそうな空気を流す。
 天馬と一成が恋人として付き合い始めてから入ってきたのが新劇団員である。天馬の仕事上公言しないようにとは言ったものの、取り立てて隠してはいなかった。同じ寮に住んでいるので、隠し通すのは無理だろうという判断もある。
 春組の千景と冬組のガイは単なる事実として受け入れたし、九門も好意的に受け止めていたので問題はなかった。ただ、秋組の莇だけはそうもいかなかった。男同士だからだとかそういうことではなく、恋人同士という存在に免疫がなさすぎたからだ。

「アザミン、ピュアピュアでかわいいんだけどね~……。ちょっと距離近いと固まっちゃうし、悪かったな~って」

 天馬も一成も、ところかまわずいちゃついているわけではない。風紀を乱すなと左京からは厳命されているし、二人だって人目は気にする。
 だから、決定的な場面を目撃されたことはないけれど、莇からすれば恋人同士が隣で座っているとか、ましてや手をつないでいる時点で論外なのだ。うっかり甘い雰囲気になろうものなら、莇からの非難とお𠮟りが待っている。
 莇の判定基準は相当厳しいので、天馬と一成がそろっているだけでアウトなのでは?とまことしやかに言われていたくらいである。本人たちは断じていちゃついているつもりはないし、行為としては何もしていないものの、お互いのことが大好きであることはだだ漏れなので、勝手に空気が甘くなるゆえだろう。

「でも、今は平気なんでしょ。荒療治だったけど」
「あざみ、がんばったもんねぇ。スーパーさんかくクンあげたよ~」

 淡々と幸が言って、三角もうなずく通り。さすがに、天馬と一成が並んでいるだけで固まっていては、何かと支障が出る。というわけで、スパルタ左京により天馬・一成とひたすら一緒に過ごさせる、という荒療治が行われた。曰く「慣れるしかねぇだろ」である。
 結果として上手く行って、とりあえず二人が多少甘い空気になったくらいなら莇もスルーできるようになったのだ。さすがにキスシーンでも目撃すれば大変なことになるだろうけれど。

「おかげで、アザミンと仲良くなれたのはラッキーだったけど! メイクって色彩感覚重要だからそゆとこも話合うし、フルーチェさんの話でも盛り上がったし」

 楽しそうに言う通り、荒療治のおかげで共に過ごす時間が増え、莇とはずいぶん仲良くなったのだ。夏組の九門が親しい、ということも関係しているだろうし、単純に芸術的方面の感性が近いこともある。さらに、左京の世話になっているという共通点もあった。
 一成は左京から、小さなころから世話をしている「坊」の話を聞いたことがあった。莇もカンパニーにいる一人の戸籍が必要云々だとかで、一成のことはそれとなく耳に入っていたらしい。
 だから、話している内に「あの話の人物」がお互いだったことに盛り上がったのだ。最終的には天馬もまじえて、左京関係のトークでかなり話が弾んだ。それで距離が縮まったのだから、怪我の功名と言えるかもしれない。

「莇も二人のこと応援してくれてるしさ。オレ、天馬さんとカズさんがずっと仲良くいてくれるの嬉しいんだ」

 心から九門は思っているし、それはカンパニーの誰もが同じだった。
 一成の過去を知る者はほとんどいないけれど、恵まれた境遇でないことは予想がついている。しかし、一成はいつだってやさしさと明るさを失わなかった。人の心に寄り添って、明かりを掲げていてくれるのだ。やさしい人がきちんと愛されていることが、大事なのだと抱きしめてくれる特別な人のいることが、カンパニーの誰もが嬉しかった。
 特に夏組はその気持ちが顕著だった。大事な仲間の一人である一成が、大事な夏組の天馬と同じ気持ちを抱き合って、互いを大切にしているという事実を心から喜ばしいと思っている。いつだって、二人の一番の味方でいようと決意しているくらい。
 言葉はなくともみんな同じ気持ちだ。ほほえましいような、あたたかい空気が流れる。そんな中、「そういえば」と椋が口を開く。思い出したことがあったのだ。

「カズくん、今お弁当作ってたんだよね。明日はお花見デートだからって」
「そそ。花見デコ弁、めっちゃ張り切って作ってるよん! できたら見てね!」

 椋の言葉にぱっと顔を輝かせて、一成は答える。去年約束した通り、二人は中庭の桜の下で花見をした。その時に、「来年もまたこうして桜を見よう」と約束した。それを叶えるため、一成はせっせとお弁当を作っている。

「去年も結構開花早かったけど、今年もわりと早い」
「そうなんだよね~。もうちょっと遅かったら、入学式にいい感じだったんだけど。そしたら、桜とテンテンの写真撮ったのに」

 幸の言葉に、一成は残念そうに答えた。満開の桜と入学式、というのは非常に絵になるだろう、と思ったのだ。
 天馬は高校三年生の一年間で進路を真剣に考えて、大学進学を決めた。遅い決定だったことにくわえ、多忙な生活である。困難な状況ながら努力を続けて、天馬は葉星大学への入学を決めた。スーツ姿の天馬と満開の桜である。絶対に撮りたいショットだった。

「かず、てんまの入学式行くの?」
「その予定! 入学式別の日だから、テンテンもオレの入学式来るって言ってたし」

 三角の言葉に、一成は明るい表情で答えた。
 一成は一年間の受験勉強を経て、無事に天鵞絨美術大学に合格した。やるべきことは山積みで、決して簡単ではなかった。ただ勉強すればいいわけではなく、お金も稼がなくてはいけなかったし、カンパニーの仕事だってこなしていた。もちろん公演の手は一切抜かなかったし、一秒ずつを惜しむように全速力で駆け抜けたのだ。
 ただ、幸いなことに一成には多くの協力者がいた。カンパニーの一部には謎の人脈持ちがいることもあり、たくさんの人に助けられながら必要なものを捻出し続けた。
 くわえて、東大受験のために蓄えた学力もおおいに役立った。基礎は充分できていたから、学力という点ではそこまで勉強時間を割く必要はなく、実技試験に邁進できた。
 それに、生活の全てを捧げて、叱責とプレッシャーにさらされ続ける受験生活に比べればたいていのことは乗り越えられた。学ぶことも純粋に楽しかったし、一成はもともと時間を使うことが上手いのだ。結果として、努力はしっかり実を結んだのである。
 そんな一成の門出を祝いたい、というわけで天馬は一成の入学式に顔を出すつもりだった。一成も同じ気持ちだったし、年齢が違っていても同じ学年である、という事実が嬉しくてそれを確認したい、という思いもあった。
 明日には天馬と花見ができるし、来週には入学式にも出席する。さらに、大学生活という新しい世界が待っているのだ。知らない景色が広がっている、という事実に一成の胸は高鳴る。
 これから先、もっとたくさん新しい景色を知っていく。その時、隣にはいつだって天馬がいてくれる。
 確信を抱くのと同時に、天馬のまばゆい笑みが脳裏に浮かぶ。テンテンに会いたいな、と一成は思う。仕事で出ているけれど、そろそろ帰ってくる時間かもしれない、と考えた時だ。ポケットに入れていたスマートフォンが通知音を告げて、一成は勢いよく取り出した。
 画面を操作して確認すれば、予想通り天馬からだった。もうすぐ帰る、というメッセージに一成の胸は弾むし、顔中に笑みが浮かんでいく。
 同じ寮に住んでいるから毎日顔を合わせているし、天馬はためらわず一成に好意を伝えてくれるから、天馬の気持ちは日々受け取っている。慣れてしまっても日常の一つになってもおかしくはないのに、一成はいつだって新鮮に天馬のことが好きだった。
 きっと毎日オレは、テンテンに恋に落ちるんだろうなぁ、なんて思いながら一成はスマートフォンに向かい合う。指先でメッセージを作る様子は心底嬉しそうで、喜びにあふれているので。その場にいた夏組は、今から天馬が帰ってくるんだなと察していた。







「四季巡るきみへ」END