終演までは、どうかワルツを。 10話


<from WINTER TROUPE>


 三番勝負はもつれにもつれて、五番勝負までなだれ込んだ。
 正直、途中から全員入り乱れの様相を呈していたので、最終的な勝敗はよくわからなくなったけれど、誕生日特典ということで夏組に軍配が上がって決着がついたのだ。
 きちんとシャワータイムが設けられていたので、汗を流してから再び向かったのは談話室だった。終始アイマスクをつけての移動だったけれど、天馬はすでに諦めの境地である。
 それに、ここまで来れば次に待っているのが誰であるかなんてわかっている。案の定、アイマスクを取れば紬が穏やかな笑みでヒマワリを持っていた。

「天馬くん、誕生日おめでとう」

 両手で持ったヒマワリを、紬は天馬へ差し出す。天馬が「ありがとう」と言って受け取ると、笑みをいっそう深くした紬は楽しそうに告げる。

「天馬くん、知ってるかな。ヒマワリはとても強い花なんだよ。土質を選ぶことなく、どんな場所でも大輪の花を咲かせてくれる。天馬くんみたいだなって思うんだ」

 舞台でも、ドラマでも、映画でも。CMでも雑誌でも、ありとあらゆる媒体で天馬は活躍する。場所を選ばず、どんな場所でも力強く咲く花は天馬に相応しいと、紬は笑う。
 天馬は「紬さんにそう言ってもらえると心強いな」と笑ってから、はたと気づいたような顔で口を開く。

「紬さんは今、地方公演中じゃなかったか。顔を見られて嬉しいけど――」

 無理をしているのではないか、と尋ねると紬はやわらかく首を振る。
 今朝までは新潟にいて、明日には福岡へ発つと多忙ではあるらしいけれど、「最近こっちにいなかったから会いたかったのは俺もだよ」と言ってはにかんだ。
 紬の主な活動場所は舞台だ。MANKAIカンパニーでの公演はもちろん、全国各地から客演の依頼がひっきりなしにやってくる。
 あまり映像作品に出ることはないものの、確かな実力は主に演劇関係者の間で口コミによって広まり、「月岡紬」と言えば舞台を知るものならば必ず聞かされる名前になっていた。

「それはワタシも同様だよ! 天馬くん、キミが生まれたことへの感謝と喜びをこの花に込めて贈ろう」

 優雅な足取りで天馬の前までやってきた誉は、恭しくヒマワリを差し出す。
 誉は、詩と芝居の融合した一人舞台が特に海外で評判になっていた。その関係で、海外へ出ていることが多いのだ。
 加えて、日本にいても取材旅行やら詩作のためやらと出かけているので、MANKAIカンパニーのメンバーと顔を合わせるのは久しぶりなのだろう。

「おめでとう、天馬くん。キミの誕生日パーティーに出席できることを光栄に思うよ」
「ありがとう、アリスさん」

 誉へ呼応するように、天馬も礼儀正しく花を受け取って礼を言った。芝居がかった動作も、誉にかかれば日常動作に思えてしまうのだから見事だった。

「皇。俺からの花も受け取ってもらえるだろうか」

 落ち着いた低い声は、ガイのものだった。しんとしたまなざしで天馬を見据えている。同じ視線を返した天馬はすっと手を伸ばした。ガイが少しだけ笑って、ヒマワリを手渡す。

「誕生日おめでとう、皇。幸多からんことを祈っている」

 胸に手を当ててお辞儀をする姿は、確かな年月を蓄えたものだけが持つ貫禄がある。
 ガイは、バーを経営する傍ら舞台に立っている。
 ザフラ料理の美味しい店としてメディアに取り上げられるようになったので、繁忙期はあまり公演には出られないものの、舞台に上がれば深みのある芝居で観客を魅了していた。

「――天馬、おめでとう」

 ぼんやりした声は、ソファから届いた。眠っていたらしい密が体を起こして、もぞもぞと天馬の前にやってくる。「はい、天馬の花」と言ってヒマワリを差し出す。

「ありがとう、密さん」
「ううん。忙しそうだけど、あんまり無茶しないで」
「それは密さんもだろ。この前の映画見たけど、大丈夫なのかって心配になった。大丈夫だとはわかってるけど……」

 密はバーテンダーとして働くかたわら舞台に立ち、高い身体能力を生かしてスタントもこなしていた。
 派手なアクション映画などにはよく呼ばれるし、天馬もどこに密が出演しているのかは知らされているので、見る度に冷や冷やしてしまうのだ。
 密は天馬の言葉にくすりと笑う。「天馬は心配性」という言葉は、弟を見つめるようなやわらかさを含んでいた。

「ふふ。天馬はやさしいからね。美味しいお酒を一緒に飲めるようになったけど――そういうところは変わらなくて、ボクも嬉しいな」

 艶然とほほえむ東は、しなやかな指先でヒマワリを天馬へと向ける。
 さすがに、昔のように東にびくつくことはなくなった。ただ、気を抜くと呑まれてしまいそうな独特な雰囲気は相変わらずで、いっそ感心するような気持ちで天馬はヒマワリを受け取る。
 ヒマワリのものではない、甘い匂いが香り立つような気がした。

「――東さんは、秘密が多いところは変わらないよな」
「そうかな?」

 美しい微笑はしかし、何を指しているのか理解しているのだろう。
 東は主にMANKAIカンパニーで舞台に立っており、時々映像作品に出演するくらいの活動をしているはずだった。
 しかし先日、海外コスメブランドの一斉ジャックCMにて謎の佳人として現れたのが東その人だったので、MANKAIカンパニーのメンバーは心底驚かされることになったのだ。
 詳細は伏せられていたので、今も正体は公にされていない。

「あれは俺たちも知らなくて。ホテルでテレビをつけてたら、いきなり東さんが出てきて驚いちゃいました」
「俺も……休憩中に見た……」

 紬が言えば、密も答える。誉やガイも驚きを口にするので、冬組メンバーにすら知らせていなかったらしい。

「ごめんね。監督にだけは言ったんだけど――黙ってたらみんな驚くかなと思って」

 にっこり、と笑う顔はまるで悪戯を成功させた時のようだ。それが憂いや翳りのない、ただ楽しそうな顔だったので、天馬は「驚いたに決まってる」と微笑を浮かべて答えた。

「えーと……あとは丞なんだけど……」

 話が一段落したことを察した紬が、遠慮がちに言葉を挟む。ただ、件の人物が談話室にいないことは一目瞭然だった。
 全員参加すると聞いていたので、何かあったのだろうかと思っていると玄関のほうが騒がしい。もしや、と思えば数十秒後に扉が開いて丞が入ってきた。

「遅くなった。悪い」

 申し訳なさそうに謝罪するので、天馬は首を振る。丞が忙しいことはわかっているので、むしろ来てくれただけありがたいというものだ。
 丞は呼吸を整えると、堂々とした所作で手に持っていたヒマワリを天馬へ差し出す。

「皇、誕生日おめでとう。またお前と共演する日を心待ちにしている」
「ありがとう、丞さん。丞さんの芝居は勉強になるからな。オレもまた共演したい」

 丞は、舞台はもちろんドラマや映画にも幅広く出演している。確かな実力から様々な分野で声がかかっており、天馬の次にテレビ出演は多い。
 現代劇にとどまらず、時代劇などでも主役を演じており、活躍の場はますます広がっている。
 MANKAIカンパニーというつながりから、天馬と丞は雑誌インタビューなどで共に特集が組まれることも多い。そうでなくとも、テレビ出演が多いということは現場が被る確率が高いということなので、共演の機会には何度か恵まれている。
 恐らく芸能界でよく顔を合わせるMANKAIカンパニーメンバーと言えばお互いだった。

「しかし、三好もよく考えるな。どうせブーケにするなら、最初からブーケで渡せばいいだろと思ったんだが」

 天馬が受け取ったヒマワリに目をやった丞は、ぼそりとつぶやいた。一成が「タクス、ネタバレ禁止!」と抗議の声を上げるも、当然丞はどこ吹く風といった調子だった。

「あははは。でも、カズくんらしいよね。一本ずつ天馬くんに渡してほしい、なんて。もちろんブーケだって天馬くんは喜んでくれると思うけど――一本ずつ、俺たちの手を渡ったヒマワリがいいなんて」

 紬は穏やかな調子で言う。
 一本ずつ、それぞれからヒマワリを渡すというのは一成の発案だった。最終的にブーケにするけれど、一人ずつの手を通って渡されたなら、その分だけ天馬は心を受け取る。
 どれだけ天馬が大事にされていて愛されているのか、集まった心を花束にしたいと一成は言っていたらしい。
 その言葉に真っ先に反応したのは件の一成だった。耳を赤く染めながら、少し強い調子で言う。

「つむつむ~! 内緒にしてって言ったよねオレ!?」
「そうだったかな。ごめんね」

 ニコニコと告げる紬はまったく悪気がなさそうだった。本当に忘れていたのか、はたまた、ウッカリに見せかけて天馬に伝えたかったのか。
 どちらなのかはわからないけれど、一つだけ確かなのは、天馬の胸に満ちていく愛おしさだった。
 この場所に集ってくれた、懐かしい顔ぶれ。あの時と変わらず大事な人たちに祝ってもらえること。大切で特別な仲間たち。それから――何も言わずに天馬へ愛を降りそそごうとするひと。
 一成はそういう人間だと気づいたのはいつだろう、と天馬は思う。
 声高に主張することもなく、軽口と冗談に隠して、一成はそっと心を取り出して相手に与える。気づかれなくて構わないと、きっと本気で思っている。
 それをもどかしいと思ったのは。やわらかに、わからないように渡されるものたちに気づきたいと思ったのは。
 他の誰が気づかなくても、オレだけは気づきたいと思ったのが、何もかもの始まりなのだろうと天馬は思っている。

「――それじゃ、天馬くん。そろそろ準備はできたみたいだから、いいかな?」

 一成とのやり取りを終えた紬が、雰囲気を変えて口を開く。どこかピリリとした空気に目を瞬かせると、いつの間にか紬はトランプを手にしている。にこりと笑い、紬は芝居がかった動作で言った。

「天馬くん、冬組カジノへようこそ。バカラ・ブラックジャック・ポーカーで勝負しようか」

 その顔は完全に勝負師のそれで、天馬はごくりと息を飲んだ。