8月1日のきみへ。



「タイムマシンが見つかったんです!」

 むっくんが真剣な顔でそう言った。オレは一瞬呆気に取られたけど、すぐ「マジマジ!?」って反応を返す。いや、でも、タイムマシン見つかったとか言われたら、「マジ!?」ってなるっしょ。むっくんだから、悪い冗談とかでもないだろうし。

「はい。一階の物置が、タイムマシンになってるんです」

 超身近なタイムマシンだった。一階の物置から時間の行き来が出来るのだと言う。オレは「へえ~」とうなずきつつ、レッスン室にいる他のメンバーを見渡す。

 サクサクはきらきらした目をしてるし、ロンロンは「すごいネー!」と笑っている。フルーチェさんは腕組みをしてるけど、しかめ面じゃなかった。ヒョードルはやたら真剣な顔をしていて、目が合ったら「ッス」って言ってこくりとうなずいた。アリリンはテンション高めで、アズーは何だか嬉しそう。

「ま、そういうわけだから」

 どういう反応をすればいいのか考えてたら、ゆっきーが口を開いた。淡々と、むっくんの言葉を当然のように受け止めて。

「一成、ちょっと行ってきて」
「何で!?」

 ちょっと買い物行ってきて、くらいのノリで言われた。言われたけど、タイムマシンの扱い軽すぎない? ゆっきーはオレの言葉に、眉を動かした。

「何でって一成が一番適任だからに決まってるでしょ」
「ゆっきー、オレのタイムトラベラー的素質に気づいちゃった~?」

 イエーイ、と親指をぐっと立てて言ったら「阿呆らしい」と言わんばかりの溜息を吐かれた。うん、いつものゆっきーってカンジ。でも、いつものゆっきーらしくない発言といえば発言だった。
 だってゆっきーなら、タイムマシンなんて馬鹿らしいって言うっしょ? あれ、これ、マジで見つかったのタイムマシン。何てことをあれこれ考えてたら。

「カズ、ちょっと昨日に戻っておいで」

 突然そう言ったのは、アズーだった。艶やかな笑顔を浮かべて告げられた言葉に、オレは目をまたたかせる。何で昨日? って思ったのが伝わったらしい。

「もう一度、8月1日を過ごしておいで」

 いっそう深いほほ笑みで言われて、オレはもう一度まばたきをする。でも、それは言ってる意味がわからなかったからじゃない。言いたいことも、何ならむっくんやゆっきーがどうしてタイムマシンなんて言い出したのかも、わかってしまったからだ。

「カズナリ、これも持っていくんだヨ!」

 上手な言葉が見つからなくて口ごもっていたら、ロンロンが声を張り上げる。見れば、何かが飛んできて、反射でキャッチする。手の中にあったのは、謎の木彫りの置物だった。前衛的すぎて、何が彫ってあるのかいまいちわからない。

「我が国に伝わる、不思議な置物ネ! これを持ってタイムマシンに乗ったら、一番ハッピーな時空間に着くヨ!」
「すごいです!」
「さすがっす」

 ロンロンの言葉に、サクサクは尊敬のまなざしを送っているし、ヒョードルもやたらと感心している。二人とも魔法使いを見ているみたいな雰囲気だった。ロンロンは、いっそう鼻を高くして、宣誓するみたいに告げる。

「これは、好きなパラレルワールドに行けるスグレモノネ!」

 胸を張るロンロンに、色々設定が細かいなぁと思って、ついつい笑ってしまった。何かもうこれ、いたるんとかセッツァーもからんでない? 全力すぎでしょ、うちのメンバー。
 面白くなって、くすぐったくなって、そのままの気持ちで手の中の置物を握りしめる。うん、オレが言うことなんて一つしかない。

「カズナリミヨシ、りょーかい!」

 背筋を正し、敬礼して言った。タイムマシンだろうが何だろうが、ここまで来たら行くしかないっしょ。
 むっくんはほっとしたように息を吐き、ゆっきーもちょっと安心してるみたい。オレの選択は間違ってなかったな、って思ってたら、フルーチェさんが言った。

「倉庫の前には月岡と高遠がいる。二人の指示に従え」
「つむつむとタクスまで!?」

 え、これマジで全員からんでる可能性? 目を白黒させながら叫んだのも仕方ないと思う。さすがはMANKAIカンパニー? って気持ちで、オレはレッスン室を後にした。




 中庭の吹き抜けを横目に倉庫まで到着したら、ホントにつむつむとタクスがいた。びっくりしたっていうか、冗談じゃなかったんだなって気持ちだった。

「いらっしゃい、カズくん。話は椋くんたちから聞いてると思うんだけど――」
「15分この中に入っててくれ。そうしたら、出てきた時には『8月1日』だ」

 つむつむはいつもの通りやわらかい表情で、タクスは真っ直ぐとした強いまなざしで言う。不審さは欠片もなくて、真剣に言っているカンジ。オレは、へらりと笑って「りょっす!」とうなずく。

「タイマーはこれだ。中に入ったらスタートを押してくれ」

 タクスが渡したのは、いつもおみみがキッチンで使ってるタイマーだった。15分にセットされている。ありがたく受け取り、中に入る。

「二人とも、ありがとん♪」

 ウィンクつきで言ってみたら、タクスは一瞬のまばたきのあと、小さく笑った。見つけにくいけど確かな笑みで、何だか得した気分。つむつむは、やわらかく笑顔を広げる。それから、とてもおだやかな声で、丁寧に言う。

「いってらっしゃい、カズくん」

 とても静かで、だけれどとてもあざやかな笑顔と共に、扉は閉じられる。ぱたん。オレは、タイマーのボタンを押して、とりあえずその場に座り込む。さあ、時間旅行の始まりだ。



 物置にいてもあんまり閉塞感はなかった。気持ちの問題かもしれないし、扉の向こうには、つむつむとタクスがいるからかもしれない。
 オレはしゃがみ込んだ体勢で、今日のことを考える。タイムマシンで昨日まで戻れなんて。8月1日まで戻れなんて言う理由は一つしか思いつかなかった。

「むっくんたち、すごすぎっしょ」

 誰にともなくつぶやく。唇の端に笑みが浮かんでしまうのは仕方ない。うぬぼれかもしれないし、別の意味だってあるかもしれない。だけど、たぶん間違いじゃなくてきっとこれはオレのためのイベントだ。

 だって8月1日が何の日か知っている。8月1日――オレの生まれた日。オレの誕生日。

「タイムマシンとかマジ半端ない」

 まさか時間を超えるとか思わないじゃん? という気持ちで言葉が落ちる。はやる鼓動に、黙っていられなかった。発想が神すぎ! なんて叫ぶのも、ドキドキを誤魔化すためだ。だって、こんなことをわざわざしてくれるのはきっと、誕生日に寮にいられなかったからだ。

 昨日、8月1日に、むっくんとゆっきーは寮にいなかった。というか、テンテンもすみーもいなかったから、見事にオレ以外の夏組は全員寮にいなかった。逆に貴重。

 むっくんとゆっきーは、聖フローラの夏季合宿。テンテンは国内ロケ。すみーは泊まりのアルバイト。
 全員やむを得ない事情で寮にはいなくて、オレの誕生日は夏組なしで終わってしまった。とても大事な、掛け替えのない時間を一緒に過ごした夏組の誰とも顔を合わせることなく、日付は簡単に8月2日になってしまった。

 寂しくなかったわけじゃない。ホントはちょっと期待もしてた。顔は見られなくてもメッセージくらいは来るかも、なんて思ってた。
 だけど、むっくんとゆっきーは合宿中スマホ没収だったし、テンテンとすみーは忙しかったみたいで、何一つメッセージを受信することなく、オレの誕生日は終わったのだ。

 仕方ないってわかってた。オレも、夏組のみんながいない気を紛らわせるために、大学に出て展覧会の手伝いとかしてたし、それぞれやるべきことがあるのは当たり前だ。
 2日にはむっくんたちも帰ってくるって知ってたし、それでいいんだって思ってた。だからこんなのは予想外だった。

「あー……もー……」

 ぽつりと呻いて、抱えた膝に顔をうずめる。オレは今きっとすごくみっともない顔をしている。誰もいないってわかってるけど、気恥ずかしくて顔を上げられない。照れくさくて嬉しくて、しまりのないゆるんだ顔をしているに決まってるんだから。




 キッチンタイマーが15分経ったことを告げた。ストップボタンを押して、扉に手をかけようとしたら、あっちから開いた。外にも音は聞こえていたんだと思う。

「8月1日にようこそ、カズくん」

 満面の笑みで出迎えてくれたのはつむつむ。「無事に着いたな」と言うタクスは真顔だけど、ちょっと面白そうな雰囲気が漂っていた。オレは「タイムトラベル成功!」とブイサインを出す。二人は面白そうに笑った。