8月1日のきみへ。
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「それじゃあカズくん、扉を開けてね」
二人に先導されたオレは、談話室の扉の前でそう言われた。「りょっす!」と敬礼をしたオレは、深呼吸をして扉に手をかける。一瞬目を閉じ、開いてから、勢いよく扉を開けた。
瞬間、あちこちからクラッカーの音が響いて、「誕生日おめでとうございます!」「おめでとーッス!」「おめでとうダヨ!」なんて声が聞こえてくる。予想はしてたから、満面の笑みで「マジヤバたん! ちょーハッピー!」って談話室にいるメンバーに挨拶をしかけた。んだけど。
「かず~、誕生日おめでとう~!」
「直々に祝ってやるんだから感謝しろよ」
そんな声が聞こえてきて、オレは思わず停止した。浮かべた笑みも固まったまま、声の方へ顔を向ける。そしたら、クラッカーを持ったむっくんとゆっきーの隣に、すみーとテンテンがいた。
「えっ!? 何で二人ともいるの!?」
素で聞いてしまった。あれ、え、二人とも帰ってくる日いつって言ってたっけ?? あれ??
「カズナリ、我が国の置物は、一番ハッピーな時空間に連れてくって言ったネ!」
混乱してたら、ロンロンが言う。楽しそうに、満面の笑みを浮かべて、歌うように。
「カズナリにとって、一番ハッピーなのは、みんなが揃ってる空間だからダヨ」
だから、ミスミもテンマもムクもユキもいるネ! って、ぴかぴかの笑顔で言い切った。我が国の置物はハイスペースネ! って胸を張るけど、たぶんハイスペックだと思う。
「ま、今日はそういう日ってことで。8月1日の一番幸せなバージョンに来たと思っとけばいいんじゃね?」
「そーッスよ、カズくん。今日は、8月1日で、天チャンたちもみんなそろってる日なんス!」
セッツァーの言葉に、たいっちゃんも大きくうなずく。オレは何て言えばいいかわらなくて、だけど黙ったままじゃダメだと思って「そだね」ってうなずいた。
「そうだよ、カズ。今日は8月1日なんだから。全員ちゃんとそろってる、8月1日」
ね、と周囲へ視線を流したのはアズーだった。アリリンが「その通り! まだ一成くんの誕生日は始まったばかりだよ!」と言ったかと思うと、閃いた! という顔で口を開く。
「それでは誕生日の詩を読まなければならないね!」
「アリス、うるさい……」
アリリンのポエムが始まるかと思ったけど、ヒソヒソの文句で遮られた。「うるさいとは何だね」と言っていて、冬組があれやこれやと騒ぎ始める。かと思ったら、今度はサクサクが言った。
「あの、一成さん! オレたち、一生懸命料理とかも作ったので……8月1日、楽しんでくださいね!」
瞳の中に星を散らしたような輝きが真っ直ぐ届く。「ありがと」って笑ったら、ふわふわとした空気で「はい!」と大きくうなずく。オレはサクサクの言葉に、改めて周囲を見渡す。
確かに、談話室の机の上には料理が並んでいた。キッチンを見れば、おみみとつづるんが忙しく動き回っている。びっくりしたことに、まっすーも鍋を掻き回していた。おみみはオレの視線に気づいたらしく「一成」と笑った。
「綴と腕によりをかけて作ったからな。たくさん食べてくれ」
「まあ、三好さんの誕生日っすから」
手際よく野菜を盛りつけるつづるんは、面白そうな顔で「今日の主役はアンタですよ」なんて言う。オレは「本日の主役!」って勢いよく手を挙げたんだけど。
「いつだって主役は監督だから」
ばっさり切り捨てたのは、ひたすら鍋を掻き回すまっすーだった。さっきから気づいてたけど、これカレーだよね。カントクちゃんのカレー? 思っていたら、まっすーがうっとりとした表情で言う。
「これは監督が俺に託してくれたカレー。監督が作ったカレーを俺が守る、つまり愛の共同作業」
一体どういう意味かと思ったら、おみみが朗らかに教えてくれる。どうやら、カントクちゃんが少し離れるから、その間にまっすーにカレー鍋のことを頼んだらしい。なるほど。
ひとしきりうなずいたオレは、さらに室内へ目を向ける。いつもの談話室が、今はパーティー仕様になっている。大皿に乗った料理に、並んだコップに取り分け用のお皿。さらに、壁や机や椅子にまで飾りつけがされていた。
折紙で作った輪っかとか、紙で作った花に、あちこちにある三角の飾りはすみーのものかもしれない。そんな風に周りを見ていたら、談話室の真ん中にいたむっくんと目が合った。ゆっきーも、すみーも、テンテンも、オレを見ている。オレは、引き寄せられるように、四人の前まで歩いていく。
「カズくん」
むっくんが、控えめな、だけど意志の強さを感じる声で言った。思わず背筋を正したら、ふんわり、むっくんが笑った。何だかとても嬉しそうに、これ以上ないってくらい、幸せそうに。
「誕生日おめでとうございます」
とてもやさしい声をしていた。おだやかで、やわらかな、むっくんの心そのものみたいな。ぱっと見は気弱そうだけど、実は芯がしっかりしてるって知っている。夢に向かって真っ直ぐ進んでいく、オレの大切なルームメイトは、心からの祝福を込めて言ってくれる。
「一成、おめでと」
静かに告げたのはゆっきーだ。淡々とした口調は普段と変わらないように聞こえるけど、奥底ににじむものがある。ささやかな、だけど確かに宿っているめいっぱいの「おめでとう」を見つけられるオレで良かったと思う。
「かず、ハッピーバースデー!」
はち切れんばかりの喜びを隠しもせず、すみーが言う。まるでとても素晴らしいことみたいに。お祝い出来ることが嬉しいんだって、全身で示してくれる。「誕生日嬉しいね!」って、天真爛漫に笑ってくれる。
「一成。誕生日おめでとう」
力強いまなざしで、テンテンが告げる。それから、気恥ずかしそうに「仕方ないから祝ってやる」なんて続けるけど、照れ隠しの言葉だってわかってる。素直になることが不慣れなテンテンが、精一杯に言ってくれたなら、それで充分だ。
「――ありがとう」
ホントはもっと大げさに、ハイテンションで「マジテンアゲ!」って言うのがオレらしいんだと思う。だけど、口をついて出てきたのは、どんな飾り気もない、ひたすらシンプルな言葉だった。
「みんな、ありがとう」
だって、四人は心から祝ってくれている。オレの誕生日を、オレが生まれたってだけの日を、とても特別なことのようにしてくれた。「ありがとう」以外の言葉が見つからないし、それ以外の言葉じゃ伝わらない気がしたんだ。
「ホントに、ありがとう」
夏組の誰にも会えなかった8月1日。いつも顔を合わせてるんだし、365日の内のたった1日でしかない。
わかってるんだけど、仕方ないって思ってたけど、それでも、みんなに会いたかった。オレにとって誰より特別な人たちだからこそ、会いたかった。オレが生まれた日に、オレを新しく生まれ変わらせてくれたみんなに会いたかったんだ。
「タイムマシンまで使っちゃうとか、マジでみんなサイコーすぎっしょ」
ちょっと泣きそうだったから、振り払うつもりで軽くそう言う。なるべく明るくしていないと、うっかり泣きそう。オレの言葉に反応したのはむっくんで、力強く言う。
「カズくんの誕生日、絶対当日にお祝いしたくて……!」
でもいきなりこんなこと言い出して引かれちゃいましたかボクみたいな根暗オタクが考えることだから気分を悪くしたらすみません云々、一息に言い切る。さすがむっくんってカンジだったけど、それは否定しないと。
「えー、タイムマシンとかマジテンアゲっしょ!」
8月1日にみんなにお祝いしてもらえるとか、オレサイコーに幸せだし! って告げれば、むっくんは目を潤ませて「よかったですカズくん~~!」って言う。うん、むっくんが喜んでくれてよかった。
「あ、誕生日プレゼントもあるんです!」
メンタルの回復が早いむっくんは、はた、と気づいた様子で言う。「なになに~?」って尋ねれば、じゃん! とラッピングした袋を取り出す。かと思えば、「かず、オレもオレも~!」ってすみーも嬉しそうに袋を見せるし、気づけばゆっきーも袋を持っていた。
「オレだって用意してやったぞ」
テンテンまでそう言うので、目をまたたかせる。みんなちゃんとプレゼント用意してくれてるのマジで。
「カズくん、俺っちもあるっすよー!」
「あの、オレもあるんです……!」
感動してたら、さらにたいっちゃんやサクサクもそんなことを言う。というか、セッツァーとかつむつむとかまで、「俺もあるぜ」「実は俺も」なんて言うので、心臓がドキドキしてきた。
オレ今日とか死ぬんじゃない? こんなに幸運すぎて大丈夫? ちょっと本気で思っていたら、平坦な声が飛び込んでくる。
「――プレゼントもいいけど、そろそろ左京さんたち帰ってくるって」
スマホ片手に部屋へ入ってきたいたるんだった。オレと目が合うと「一成、おめ」って薄ら笑いながら言われた。わりと死んだ目に見えるけど、瞳の奥にはちゃんと笑みが見える。
オレは「ありがと」って返しつつ、「フルーチェさんどしたの」って聞いた。いたるんはあっさり言った。
「十座と左京さん、ケーキ取りに行ってるんだよね。丁度手が空いてたみたいだから頼んだ」
支配人も一緒かな~と告げるいたるんは、明らかに面白がっていた。
てか、マジそれどんな組み合わせ。あの三人でケーキ取りに行くとか、絵面が大事故じゃない? あれ、というか、待ってこれ、支配人まで関わってるの? これマジでMANKAIカンパニー総出じゃない?
「臣クンのケーキもあるんスけど、足りないかなって思って他のケーキも買ってきてもらってるッス!」
びし、と手を挙げたたいっちゃんが言って、「帰ってくるなら、用意を終わらせないとな」とタクスがキッチンへ向かっていく。他のメンバーも、手伝いのために動き出す。オレもつられて歩き出そうとしたんだけど。
「カズは主賓だからね。座ってて」
にこり、とほほ笑んでソファを示される。アズーはさらに、「夏組のみんなも主賓をもてなしておいてね」なんて言うので、何となくオレたちは取り残されて、とりあえずソファに座ることにした。他のみんなは働いてるのに悪いなぁって思いつつ。
「――あの、カズくん」
口火を切ったのはむっくんだった。もじもじしながら「カズくんの誕生日お祝い出来て、すごく嬉しいです」と笑った。オレはまばたきをしてから「何言ってんの」と答える。
「そんなのオレのセリフっしょ! こんなにお祝いしてもらえるとか思ってなかったし、マジテンアゲ~☆」
タイムマシンまで使って8月1日をやり直してくれるだなんて、思うはずがない。だから、お礼を言うのも嬉しいっていうのも、オレのセリフだ。
「むっくんもゆっきーもいて、すみーもテンテンもいるとか、全員そろってお祝いしてくれるとか、マジでサイコー以外にないじゃん?」
8月1日に生まれたオレは、19歳の年にMANKAIカンパニーと出会って、夏組のみんなに巡り会って、生まれ直した。
直接言ったことはないし、詳しい話をしたわけじゃない。だけど、ここにいるみんながいなければ、きっとまだオレは仮面をかぶって、本音を隠して生きていたんだろうと思う。どんな深いつながりを結ぶこともなく。
「オレも~! オレも、かずの誕生日お祝い出来て嬉しい~!」
きらきらした輝きを浮かべて、心底嬉しそうにすみーは言う。「ありがとん♪」って言えば、すみーはいっそうまぶしく笑う。
「……ま、確かに悪くはないんじゃない」
肩をすくめて言うゆっきー。口調はぶっきらぼうだけど、確かなほほ笑みを浮かべているから「ゆっきー、オレマジ感激!」って叫んだら「うるさい」って言われた。でも、それもやっぱり笑ってたから、オレも一緒に笑ってしまった。
「……一成」
笑い合ってたら、名前を呼ばれる。テンテンだ。
視線を向ければ、強いまなざしがオレをとらえて、ああ、テンテンだなぁと思う。いつだって、どんな時だって、テンテンは真っ直ぐと力強く前を見ている。時々怖いくらいだけど、そのまなざしがオレたちを引っ張って、最高の場所まで連れていくのだと知っている。
どれだけ遠い未来だって、果てしなく高い所だって、テンテンの照らした光があれば、きっとオレたちはどこへだって行けるのだ。
「オレだって、お前の誕生日祝い出来るのは、嬉しいと思ってるんだからな」
ふい、と視線を下げてつぶやかれた言葉。耳まで真っ赤にして、それでも消えない声で紡がれた言葉。それはテンテンの精一杯で、どんなものより真摯な本音だ。顔中に笑みが広がっていく。あふれだしていく歓喜に、顔がほころんでいく。
だってオレは心底思っている。この言葉を受け取れるオレでよかった。この場所にいられるオレでよかった。ここで、夏組の一人として生きているオレでよかった。オレがオレで、オレとしてここまで生きていてよかった。
オレは大きく深呼吸をして、みんなの顔を見渡す。むっくん。すみー。ゆっきー。テンテン。心から、心からみんなに言うよ。
「――ありがとう」
8月1日に生まれたオレから、みんなに出会って生まれ直したオレから、大切な人たちへ。
END