そしてライカと夢を見る
※三角が結婚します
三角の結婚報告を受けた時、夏組は最初にぽかんとして、次に盛大な歓声を上げた。一人暮らし中の三角の部屋は、途端に騒がしくなって六つの声が満ちていく。
続いて相手はどんな人なのか、という声が飛び交う。
ただ、三角は一生懸命説明してくれるものの、やさしくて、サンカクな人だよ~といった調子なので、いまいち要領を得なかった。そこで助け舟を出したのは一成だ。
「すみー、オレ会ったことあるよね?」
明るい笑顔で尋ねれば、三角からは「うん、かずと一緒にご飯食べたよ~」という返事がある。一成は笑顔を深くして「だよね~」と答えた。
それから一成がいくつか説明してくれたので、夏組はおおむね三角の結婚相手を理解する。何となく顔は知っているメンバーもいたので、「なるほど」という空気が流れた。
「サンカク星人のことだから、どんなサンカク紹介されるかと思った」
肩をすくめた幸は、面白そうな口調で告げる。三角のことなので、「結婚相手」として動物だとかサンカクだとかを紹介される可能性も考えていたのだ。
三角が幸せになれるのなら、どんな相手でも構わないとは思っているので、夏組は祝福しただろうけれど。
「すみーさん、欲しいサンカクない? いっぱいお祝いしなくちゃ!」
ぐっと拳を握りしめた九門が、きらきらとした笑顔で尋ねる。とっておきのサンカクを贈りたい、という決意がみなぎっている。三角は首をかしげて、「何かあるかなぁ」と考えていた。
「結婚祝いのパーティーもしたいなぁ。あ、でも、披露宴とかするんですか?」
うっとりとした表情でパーティーについて考えていたらしい椋が、そういえば、という顔で尋ねた。三角はぱっと笑顔を浮かべると「うん!」とうなずいた。
「そんなにたくさんお客さんは呼ばないけど――夏組のみんなには来てほしいんだ」
ふわふわとしたやさしい笑顔で、瞳の奥にきらきらとした輝きを宿して三角は言う。
たくさんの幸せを抱いて笑う、大切な夏組の仲間だ。彼の幸福を祝うための場所に駆けつけないなんて選択があるはずはなかった。
「当然だろ。絶対全員参加する」
きっぱりと告げたのは天馬だ。夏組でもっとも多忙を極めていることは周知の事実だけれど、迷いのない声をしていた。
何が何でもスケジュールを調整して駆けつけるつもりだ、という決意。三角はきらきらと笑顔を広げる。
「ありがと~! オレ、嬉しい!」
真っ直ぐと放たれる言葉は心からの喜びにあふれている。
夏組は天馬の言葉に続いて、三角を祝うために絶対駆けつけるという決意を口にする。
だって誰もが、心から思っている。三角が人生を共に歩くと決めた人とのこの先を祝うというなら。
寂しさを知りながら、いつだって人にやさしくあり続けた。誰より強くてしなやかな、夏組の大切な一人祝うためなら、何があったって駆けつけるのだ。
◆
めでたい報告に、久しぶりの全員集合。大騒ぎする条件は、これでもかというほどそろっていた。三角の部屋でなし崩し的に宴会が始まったのは、当然の成り行きとも言えるだろう。
椋はプロポーズの言葉を聞きたがるし、九門は興味深そうに二人の出会いを尋ねている。
珍しく三角が照れているので天馬も面白がるし、幸は幸でパーティーにて着用する衣装デザインについて質問をして、一成はそんな夏組の様子をカメラに収めている。
出会ったころはまだ子どもだった彼らも、今では立派な大人になっている。MANKAI寮は全員出ているし、舞台に立つ機会もずいぶん減った。長期間会わないことだってある。
それでも、大事な存在であることは変わらないし、結んだつながりが途切れることはない。
ひとたび顔を合わせれば、いつだって続きが始まるのだ。まるで昨日も会っていたみたいな自然さで、特別な彼らとの時間は過ぎていく。
宅配のピザだとか、コンビニで調達した安い酒だとか。まるで学生時代みたいな飲み会は、混沌としながらもハイテンションで続いていた。
しかし、さすがに夜も深まるにつれ次第に睡魔に負けていくのも仕方ない。
客室などは存在しないので、少し広めのリビングで全員雑魚寝という様相である。
天馬は毎回文句を言うけれど、何だかんだでそこまで嫌がっていないことは周知の事実だった。体験したことがないという修学旅行を思わせるからで、三角もよくそう言っている。
三角の家に集まる時は大体こうなるので、各自眠くなったら適当にその辺で寝落ちしている。冬場なら風邪を引く可能性もあるけれど、幸い初夏という気候なので問題はなさそうだった。
夜が更けるにつれ、一人、また一人と夢の中へ旅立っていく。
深夜を過ぎたころに起きているのは、三角と一成の二人だけになっていた。
一成は元々宵っ張りの人間だし、三角は睡眠時間が短い傾向がある。今日は、ワクワクとした気持ちがいっぱいで眠れそうにない、ということも影響しているのかもしれない。
「みんな寝ちゃったねん」
一成は部屋の中で眠る夏組を見つめて、楽し気な声を漏らす。久しぶりにみんながそろったことも嬉しかったし、学生時代みたいなことをしている事実が面白かったのだ。
「うん。みんな来てくれて嬉しかった~」
同じように夏組へ視線を向けた三角が、心からといった調子で声を落とす。一成は唇をやわらかく引き上げた。
「当然っしょ! すみーから『大事な話があるんだ』って言われたら、何が何でも絶対来るって」
多忙なのは何も天馬だけではない。夏組それぞれ忙しいのは事実だ。
だけれど、三角から改まった調子で「大事な話がある」と言われたなら、全てのスケジュールをどうにか調整して駆けつけるに決まっている。それは夏組にとって悩む必要もないくらい簡単な答えだ。
「てんま、昨日までロケだったのにねぇ」
特に無理をさせているのではないか、と心配そうな表情で三角がつぶやく。視線を向けた先の天馬は、すやすやと眠っているようだけれど。一成は、三角の言葉にうなずいてから「でも」と続けた。
「すみーの報告聞けないほうが嫌なんじゃね?」
確かにハードスケジュールではあるだろうけれど、天馬のことだ。自分以外の全員がそろって三角の報告を聞いた、なんて事態になるほうが嫌がりそうだった。自分だけ仲間はずれにされたような気持ちになるのだろう。
三角は「そうなのかなぁ」と言っているので、一成は満面の笑みで「絶対そうだって!」とうなずいた。
「だって、すみーの結婚報告じゃん? 自分だけあとから聞くとか悔しがっちゃうって!」
一成は何度か、三角の結婚相手と食事もしたことがあるので、何となく事態は察していた。
ただ、天馬などはそんな機会もなかったので完全に寝耳に水だろう。そもそも、三角に交際相手がいることすら念頭になかった可能性も高い。
「それに、オレらが言っても信じなさそうだしねん。すみーから言ってもらわないと!」
今まで散々天馬をからかった結果か、一成が「すみーが結婚するんだって」と言ったところで信用されない気はしていた。
全員を集めた上で、三角の口から報告されればさすがに嘘でも冗談でもないとは思うだろうけれど。
「すみーの恋バナとか、全然聞いたことなかったかんね。テンテン、オレが言っても絶対信じないっしょ」
からからと笑って一成は言うけれど。三角と恋愛が結びつかないのは、恐らく天馬だけではないだろう。
MANKAIカンパニーのメンバーに対しても、いずれ報告はするだろうけれど、最初は冗談だと思われそうだな、と一成は思っている。
「オレが結婚するのって変かなぁ」
「全然変じゃないよん! ただちょっとびっくりしただけ!」
首をかしげて落とされた言葉に、一成は明るく答えた。ただ、その表情はどこか静かでやわらかい。三角は一成の言葉に、「うん」とうなずいた。
「オレもびっくりした~」
自身の心を取り出すような素振りで、三角がつぶやく。ぽつりぽつりとこぼすのは、自分に訪れた恋の話だ。
三角には好きな人がたくさんいるし、好きなものだっていっぱいある。だけれど、そのどれとも違う「好き」が自分に訪れた時、三角は素直にびっくりしたのだ。
一つ一つの言葉を選んで、ゆっくりと形作っていくような。そんな風にこぼされるのは、三角が人生を共にすると決めた相手との話だ。ここに至るまでのささやかな足取りを聞く一成は、心から言った。
「すみーはいっぱい、いーっぱい幸せになるよ」
自分だけの世界を持って、サンカクをこよなく愛する目の前の友人。寂しい時間を過ごして、孤独の意味を知りながらついぞやさしさを失わなかった。大事で大切な、強くてやさしい友人だ。
彼の歩む人生は、これから先の全ては、きっと幸いにあふれている。共に生きたい相手と出会って、恋をして、手を取り合っていくと決めた。
そんな彼の行く末は、この上もない幸せで彩られているに違いないと一成は心から思っている。
「かず、ありがとう」
ふわりと三角が笑う。カーテンの閉まっていない窓から、外の明かりと一緒に月の光が届く。やさしい光に似たほほえみで、三角は言うのだ。心から祝福を贈ってくれる友人に、ありったけの感謝を。
一成は笑みを深くして「うん」と答える。三角の心を余すところなく受け取ったと伝えるような、そういう声だった。
「それじゃ、もう一回乾杯しよっか」
「乾杯~!」
傍らに置いてあった缶チューハイを掲げて言えば、三角も明るく答える。二人は目線の高さに缶を掲げると「一度飲んだら友達で!」「毎日飲んだら兄弟だ!」と言い合ってから、缶チューハイに口をつける。
二人にとって思い出深い舞台なので、一成と三角の乾杯と言えばこれなのだ。
くすくすと笑い合って、安い酒を二人で飲む。
それなりに年を重ねたし、仕事柄色々な店に行くことが多い二人だ。上等なお酒をいくつも知っているし、もっと美味しい酒ならいくらだって挙げられる。
それなのに、いつもの言葉で乾杯しあって飲むコンビニのお酒は、他の何にも代えがたいのだ。
二人はぽつりぽつりと言葉を落としながら缶チューハイを飲んでいる。深夜も過ぎて次第に朝へと向かっていく夜を眺めながら、時々あくびを噛み殺しながら。
次第に沈黙のほうが多くなって、そろそろ眠る時間だろうか、と一成が思い始めたころだ。
ずいぶんと長い間三角が黙っているから、もしかして座ったまま寝ているのかも、なんて思っていた。すると、声が響いた。
「かず」
夜にぽとりと落ちる、声が。何だか少し硬く聞こえて、一成は不思議そうに三角へ視線を向ける。
三角は、真っ直ぐと一成を見つめた。眠そうな目はしていなかった。しんしんとした夜みたいなまなざしで、それと同じ声で、三角は言う。
「ごめんね」
三角の声が届いた瞬間、一成は何を言えばいいかわからなかった。しかしそれは、謝罪の意味がわからなかったからではない。わかってしまったからだ。
一成はぐっと唇を噛んだ。どんな顔をすればいいのか。何を答えればいいの。わからなくて、だけれど、一つだけ確かなことがあった。
「謝んないでよ。すみーは何も悪いことなんてしてない」
アルコールのせいではない熱い息を吐いて、一成は言った。
謝らないでほしかった。だって、三角は何一つ悪くない。こんな風に謝る理由はない。大事な人と共に生きると決めた彼には、これから先の幸福だけを見ていてほしかった。
「うん。だけど、ごめんね、かず」
言った三角はそっと一成に手を伸ばした。肩が触れあう距離にいる一成を、そっと抱きしめる。一成の顔がわずかに歪む。
「オレが謝りたいんだ。ごめんね、かず」
やわらかな力で一成を抱きしめて、三角は言う。一成はどうすればいいかわからなくて、それしか知らないみたいに答えた。
「すみーは何にも悪くないよ」
わずかに震える声で言えば、三角はやさしく「うん」と答える。だけれど、抱きしめた腕はそのままで、一成は身動きが取れない。三角は戸惑いを知りながらも腕を解くことはなかったため、二人は無言で抱き合う形になる。
一成は混乱していたし、三角は一成に意識を集中していたので気づくことはなかった。リビングで眠る夏組のうち、天馬が二人の話し声に目を覚ましていたことを。