そしてライカと夢を見る



 一成は根を詰めすぎる傾向がある。さすがに大人になるにつれセーブは覚えて、倒れるまで制作を続けることはなくなった。ただ、ここ最近何だかやけに張り切りすぎているらしい。
 夏組はもちろん、それ以外のMANKAIカンパニーメンバーからそんな情報を入手した天馬は、「オレが少し話をしてみる」と夏組に伝えた。
 夏組リーダーとしての矜持というのもあるけれど、これは自分の役目だと思ったのだ。
 一成はスケジュール管理が上手い人間だ。そんな彼が、無茶とも思える日程で仕事を組むとは思えない。恐らく、わざとそうしているのだろうと予想できたし、夏組も同じ考えだ。
 何か精神的なものに起因していると考えた時、天馬の頭に浮かんだのは三角の結婚報告を聞いた夜の出来事だ。
 密やかに交わされていた、三角と一成の会話。声だけしか聞こえなくてもわかるくらい、悲哀と痛みに満ちていた。あの夜が無関係だとは、とうてい思えない。
 だからこそ、一成に話を聞くのは二人のやり取りを聞いた自分の役目なのだろう、と天馬は思っている。







 たまには一緒に夕飯でも食べるか、と誘えば「テンテンから誘われるとか珍し~」と言ってから、一成は素直に応じた。
 外で夕食を食べてから向かったのは、天馬の自宅である。まだ夜は始まったばかりだ。ここで解散しては詳しい話を聞くこともできないし、一成も予定があるわけではないようで特に反論はなかった。
 プライベートな話になることも考えて、話を聞くなら店ではなく自宅がいいだろうと天馬は考えていた。
 立地がいいというわけで、夏組は天馬の家をホテル代わりにすることが多々あるので、よく知った場所だ。リラックスして話ができるという利点もあった。
 広いリビングに入り、「適当にくつろいでろ」と言えば一成は慣れた様子でソファに腰を下ろす。それから、ニコニコと笑みを浮かべて天馬へ声を投げた。

「それでテンテンは、オレに何か話あるんだよねん」

 朗らかな言葉に、天馬は一つ息を吐く。
 一成は他人の感情には敏感な性質だし、空気を読むことにも長けている。天馬が何か言いたいことがあって一成を誘ったことも、そのために自宅へ連れてきたことも理解していたのだろう。
 天馬は一成の向かいに腰を下ろすと、ゆっくり口を開いた。隠しても仕方ないし、元からそのつもりだったのだ。本人から水を向けられたのならいい機会だ。

「――お前、最近仕事詰めすぎてるだろ。スケジュール管理が上手いのは知ってるけどな、このままだと倒れるぞ」

 顔をしかめながら、複数の関係者から仕入れた情報を披露する。
 一成の活動は多岐にわたるので、どれも精力的にこなせばかなりの仕事量になる。休息を挟まずに次から次へと仕事を詰め込めば、いずれ無理が来ることは目に見えている。

「ほとんど休んでないだろ、お前」
「そんなことないよん。オフの日はばっちり取ってあるし!」
「そのオフの日も仕事してるから言ってるんだよ」

 一成はスケジュールを調整して、ちゃんと休日も確保している。ただ、その休日に何をしているかと言えば、三角の結婚披露パーティーの準備だった。
 イベント好きの一成は率先してパーティーを取り仕切っているし、ペーパーアイテムなどの細々としたものから会場全体のデザインまでを手掛けていた。当然他の夏組も尽力しているものの、メインは一成と言える。
 他の仕事は平気なのかと言えば、オフの日だからだいじょぶだよん、という答えで「なるほど」と納得したのだけれど。他の仕事をこれでもかと詰め込んで、その上休日はパーティーの準備である。
 一体いつ休んでいるのか、という事態であることはすぐにわかった。だからこそ、天馬はこうして一成と話をしようとしている。

「すみーの結婚披露パーティーは仕事じゃないじゃん? 趣味的な?」
「それは否定しない。ただ、お前が無理をしてることも変わらないだろ」

 三角から正式に依頼されているわけではないし、純粋に友人のためにできることをしたいという気持ちからの行動だ。だから仕事ではない、という一成の言葉は正しい。
 ただ、この場合は分類ではなく実際の活動量が問題だった。趣味だとしても、むしろ趣味だからこそ一成は相当根を詰めていることは、夏組の誰の目にも明らかだった。

「すみーのためのパーティーだもん。盛大にお祝いしたいんだよねん」

 一成の言葉に嘘はないだろうと、天馬は思った。
 三角のために開かれるパーティー。自分の持てるもの全てで祝いたいと思っての行動に違いない。友達思いでイベントが好きな一成らしい結論だ。確かにそう思うのだけれど、天馬は素直にうなずけなかった。
 一成の言葉は嘘じゃない。だけれど、何か大事なことを隠している。
 だって、まるで何かに追い立てられるみたいに、何もかもを捧げるように用意をしようとしている。恐らくそれは、天馬だけが知っているあの夜と関係があるのだ。
 天馬は大きく深呼吸をした。それから、いつもの笑顔を浮かべる一成へ真っ直ぐと視線を向ける。意志を宿した、強いまなざし。
 雰囲気がぴりりと変わったことを、一成は察した。笑みを浮かべて、それでも瞳の奥に戸惑いを乗せて一成は言った。

「テンテン?」

 うかがうような声の調子。天馬はゆっくり口を開いた。

「――三角が結婚を報告した夜、お前と三角の話が聞こえた」

 盗み聞きをしたわけではない。天馬が眠っていると思って、交わされた会話だったはずだ。だけれど天馬はそれを聞いてしまった。

「三角がお前に謝ってたのを、聞いたんだよ」

 話し声に何となく目が覚めた天馬は、しかしどこか夢うつつだった。三角と一成が話をしていることはわかったけれど、はっきりと内容まで意識していたわけではない。
 まどろみの中で、あいつらまだ寝てないのか、と思っていた時だ。
 三角の「ごめんね」という声が聞こえて、天馬は体を強張らせた。その声がやけに真剣で、深い場所から放たれていたからだ。
 一成に向かって、三角が謝っている。一体どうして。何を指しての言葉なのか。
 意識が次第にはっきりして、天馬は二人のやり取りに思わず耳を澄ませた。
 一成は戸惑ったような声をしていたけれど、謝罪の内容は理解しているようだった。しかし、天馬にはまるで検討がつかなくて一体何の話をしているんだ、と混乱していた。
 だけれど、三角が一成をそっと抱きしめた時に「もしかして」と思ったのだ。
 結婚をすると報告をした。人生を共に歩むたった一人がいるのだと告げた。その日に向けられる謝罪というならば、その意味は。
 加えて、まるで一成が何かから逃避するように仕事を入れていることも、三角の結婚披露パーティーに対して並々ならぬ情熱を注いでいることも、何かの答えのように天馬には思えたのだ。
 一度だって思ったことはなかったけれど、一成は三角のことが好きだったのかもしれないと。夏組の一人としてではなく、もっと特別な気持ちで。
 一成は天馬の言葉に、ぱちぱちと目をまたたかせた。それから浮かんだ表情は「しまった」という類のそれだった。天馬に話を聞かれたことを察して、何かひどい失敗をしてしまった、そんな表情。
 天馬が思わず眉を寄せると、一成は慌てたように口を開いた。

「あー、待って。テンテン、違うから。マジでほんと、そういうんじゃないから」

 額に手を当てて、焦ったようにそう言う一成は、笑顔を浮かべていなかった。一成にしては珍しく、純粋に困っているらしい。
 天馬は眉間から力を抜いて、一成へ視線を向ける。説明を促していることは察したらしい。

「すみーに片思いしてたとか、そういうのじゃないんだよねー……」

 視線をラグに落とした一成は、ぽつりとつぶやく。天馬が何を想像したのか、一成は正しく理解していた。
 結婚を告げた日に向けられた謝罪は、一成の気持ちに答えられないことを指しているのではないか。つまり、一成は三角に対して恋心を抱いていたのではないか。
 天馬の想像を、一成ははっきりと否定する。
 それならば一体、という気持ちで天馬は一成を見つめた。
 一成は、視線を落としたままで天馬のほうを見ていない。茫洋としたまなざしはラグに落ちているけれど、その瞳はもっと遠い場所を見つめているようだ。
 一成はゆっくりとつぶやいた。天馬に聞かせるための言葉ではなかったのだろう。ただ純粋に、一成の心からこぼれ落ちた言葉。天馬の耳に、ゆるやかに届く。

「――これが恋ならよかったのに」

 祈りのような声だった。心からの切望を形にしたような声だった。
 これが恋ならよかったのに。一成は心底そう思っている。自身が抱えた心を指して、それが恋ならよかったのに、と。それならば、言った一成が抱えているものは何なのか。
 天馬のいぶかしんだ空気を、一成は察したのだろう。
 視線を上げると、天馬を見つめて一成が笑った。困ったような、観念したような笑み。一成はその調子の声で、天馬に告げた。

「それじゃ、飲もうか」
「は?」

 今の流れでどうしてそうなるんだよ、という意味で一声発すると、一成がやけくそ気味に言った。

「だって絶対楽しくない話だし。テンテンもうちょっと酔っててくんないとオレも話し辛いっていうか、オレも素面で話せる気がしないっていうか」

 一気に並べられた言葉に、天馬は悟る。これは一成のわかりにくい牽制で譲歩だ。
 決して楽しい話にはならないから、できれば聞かないでほしい。ここで全てをお開きにすれば、何もなかったことになる。どうかそれを選んでほしい。
 だけれど同時に、一成は天馬の意見を全て否定はしないのだ。
 話を聞きたいと天馬が望んでいると知っている。だから、もう一度よく考えて、それでも天馬が望むなら、その時はと選択肢を残している。
 初めて会った時に比べれば、一成はずいぶんと自分の意見を口にするようになった。夏組とのつながりをはじめとして、たとえ本音を口にしても一成を否定することはないと身を持って知っていったからだ。
 しかし、それでも芯の部分は変わらないのだろう。己の心を取り出す時、一成は未だにどこかに恐れを残している。
 だから、今も天馬に向かって再度尋ねたのだ。
 進んで口にしたくはない話題だ。快い話でもないし、楽しい気持ちになれるわけじゃない。そういう話題なのだと前置きをして、天馬がわざわざ聞く必要はないのだと告げる。
 断っていい。なかったことにしていい。見なかったフリをしたって誰も責めやしないのだと伝える。
 普段は遠慮なく突っ込んでくるくせに、こういう所が臆病なのは変わらないな、と思った天馬は一つ息を吐く。
 一成が恐る恐るといった調子で視線を寄越すので、天馬は笑みを浮かべた。どこまでも力強く、挑みかかるものの目をして。

「取って置きの酒出してやるよ」

 きっぱり告げた言葉が何よりの答えだ。一成が何を言ったって、どんなに楽しくない話だって、なかったことにするわけがない。リーダーとして友人として、聞き届けるなんて当たり前の選択だ。
 一成は観念したような笑みを浮かべて「だよね~……」と言っているので、天馬の答えなんてとっくに予想していたのだろう。