そしてライカと夢を見る
「さすがテンテン、男前~。でも、オレそこまで無理はしてなかったんだよ」
困ったように眉を下げた一成は、ぽつりとそんな言葉をこぼす。
夏組のみんなのことは信じてたし、オレのことを否定しないってわかってた。それに、オレは独りぼっちじゃなかったから。
静かに言葉を落とした一成は、ゆっくりと言った。
「恋がわからないって、すみーだけは知ってたんだよ」
夏組の中にいて孤独を感じるのは嫌だった。普段は何とも思っていないけれど、ふとした瞬間に薄らと見えてしまう線がある。それを感じる度、一成はひどい裏切りをしている気持ちになった。
だけれど、それでも耐えられたのは、一人じゃないと思えたからだ。
「すみーって恋愛の話全然しないじゃん? だからもしかしてって思ったらすみーも『恋ってよくわかんないねぇ』って言ってたから、オレめちゃくちゃ安心したんだ」
三角は幼い言動が多く見えるけれど、意外としっかりしている。だから、「恋がわからない」というのは、自我が未発達だとかそういうことではなく、ただの事実なのだ。
確かに、三角に関して色恋の話を聞くことはなかった。一成と三角は、親密な男女関係について興味の尽きない年齢で出会ったにも関わらず、そういう話はとんと話題に上らなかったらしい。
それは年月を重ねてからも変わらなくて、一成は心から安心していた。
他の人の恋愛話を聞くことが苦痛なわけじゃない。だけれど、一切そんな話をしなくてもいい三角の存在が嬉しかった。
何より、同じように「恋がわからない」と言ってくれる三角の存在は、一成にとっては心の支えでもあったのだ。
淡々と一成は言葉をこぼす。
同じくらいの年だと、多かれ少なかれそういう話は出てくることが多くて。でも、すみーは全然ないじゃん。めちゃくちゃ心強かったし、オレ一人じゃないんだな、ってすげー安心できたんだよねん。
落ち着いた声で告げられる、一成の言葉。三角の存在がどれほどまでに大きかったか。
それを聞く天馬は悟る。あの結婚報告の夜、まどろみの中で聞いた「ごめんね」の意味。どうしてあの夜、三角は一成に謝ったのか。
思わず一成を見つめると、やけに静かな笑みをたたえた一成が天馬を見つめ返す。恐らく、天馬が何に気づいたのかを察したのだろう。
不釣り合いなほどやさしい笑みを浮かべると、一成は机の上に乗っていたボトルへ視線を向けた。天馬が気づいたことに気づいて、だけれど答え合わせを遠ざけるみたいに。
「このラベルさ、宇宙船なのかなって思ったら人工衛星だったんだねん」
視線の先は、シトロンが買ってきたウォッカのボトルだ。宇宙に浮かぶ地球や周辺を飛行する宇宙機が、ポップなイラストであざやかに描かれている。一見するとジュースのようにも見えるラベルだった。
天馬はいきなり何の話だ、といぶかしむけれど、一成は気にせず言葉を続ける。
「よく見たらスプートニクって書いてあるし、テンテンってば本当ぴったりのお酒持ってくるよねん。さすがはテンテンって感じ!」
わざとらしいまでに明るく笑う一成に、天馬は困惑の色を深める。一体何の話をしているのか、まったくわからなかったからだ。一成はそんな天馬に気づいているけれど、気にしない素振りで言葉を続けた。
「テンテン、スプートニクって知ってる? 人類が初めて打ち上げた人工衛星なんだよん」
微笑みを維持したままの一成は、アメリカとソ連の宇宙開発競争だとか、スプートニク打ち上げまでのあれこれを語る。しかし、淡々と事実を並べていた一成は突然言葉を切った。
一体どうしたのか、何が言いたいのか、尋ねようと口を開きかけた天馬は思わず黙る。ラベルを見つめる一成の目が、驚くくらい真剣で、泣き出しそうに揺れていたからだ。
「――スプートニクって2号も打ち上げられたんだけどさ。その時には犬も乗ってたんだよねん。クドリャフカって名前もあるけど、一応ライカが正式な名前かな」
一成は揺れるまなざしのまま、宇宙に旅立った犬のことを話した。
有人宇宙船開発のため、宇宙空間に生きたまま動物を送る必要があった。そのために選ばれたのは、一匹のメスの犬だった。
彼女は訓練を受けたのちスプートニク2号に乗り、宇宙へと打ち上げられる。無事に成功して、初めて宇宙に長時間滞在した動物となったのだ。
だけれど、スプートニク2号に地球へと帰還する装置はなかった。打ち上げられたあとのライカは、ただ宇宙空間で死ぬしかない運命だ。初めから、二度と地球には戻れない旅だった。
「この話聞いた時、オレめちゃくちゃショックだったんだよねん。小学生だったと思うんだけど、しばらく引きずってすげー落ち込んじゃった」
そう言う一成は、傷ついたようなまなざしを浮かべている。ライカを思って心を痛めたことは事実なのだろうけれど、恐らくこの話はそれだけではないはずだ。
注意深く天馬が観察していると、一成は少しだけ笑みを刻んで続けた。
「だからオレ、ライカが助かってるといいなって、そういう絵とか描いてたんだよねん。きっと、心やさしい宇宙人に拾われて、どこまでも宇宙を走り回ってるんだって。地球には戻れないかもしれないけど、広い宇宙で生きてるといいなって」
子どもらしい夢想の話だ。心根のやさしい一成のことなので、想像自体は彼らしいと言うことができると天馬は思う。
しかし、どうして今そんな話をしているのか。はっきりと理解できずにいると、一成がぽつりとつぶやく。
「――ライカは宇宙で地球を見てるかな」
何もわからず宇宙に打ち上げられて、帰ることもできないで。宇宙空間から、青い地球を見ているかな。
ぼんやりとした調子で言った一成は、さらに言葉を継いだ。震える声で、揺れるまなざしを形にしたような響きで。
「オレも一緒だよ。オレも一人だけ、宇宙に放り出されてる」
傷ついたまなざしを、一成は天馬に向けた。真っ直ぐと、震えて揺れながら。それでも、きちんと天馬を見つめて告げられる言葉。
「みんな、オレのところまで来てくれてさ。通信機だって発達してるから、おしゃべりなんかもたくさんできちゃうんだ。だから楽しい時間もいっぱい過ごせるけど、だけど、みんなは地球で生きてる」
何の話だと言うことは簡単だった。突然始まった一成の空想だと断じることもできるけれど、これがそんな話ではないことくらい、天馬にもわかる。これは、どうしようもなく切実な、一成の悲鳴だ。
「オレだけなんだ。オレだけが、宇宙を漂ってる。地球に向かって手を振ってるんだ」
恋がわからないと一成は言った。大したことじゃないだろうと言うことだってできる。だけれど、一成にとってその事実は、生きる世界が違うのだと日々実感してしまう事実なのだ。
どうしてなのか。答えだって、天馬はすぐに取り出せる。だって、何よりも天馬自身が知っている。
今まで出演してきたたくさんの映画やテレビドラマ、舞台。あらゆる媒体で描かれるのは、恋に落ちる人々の物語だ。
最近では同性同士の恋愛が描かれる作品も多くなってきた。何か特別なものとしてではなく、至って当たり前のこととして同性に恋する物語だ。
異性への恋と何一つ変わらないそれらを目にするたび、一成は否応なく突きつけられる。
恋をするのは、こんなにも自然で当たり前だと。直接的な言葉ではなくても、恋をするのが人間にとって当然の行いだと、世界は声高に叫ぶのだ。
そこには、恋をしないなんて選択肢は最初から存在していない。
誰もが恋をして、誰かを求めて、触れ合いたいと手を伸ばし、愛を交わし合う。それが当然の世界で、一成はずっと生きている。
皮肉なことに、一成自身がその世界を作り上げているし、天馬もその例に漏れない。大多数の人間が求める物語なのだから、それに答えて作り出されることはきっと間違いではないのだろう。
だけれど、それなら、と天馬は思った。
恋を謳歌し、誰かを特別に思うことの素晴らしさを説いて、恋をするのだとささやきかけるこの世界で。恋をしない人間の居場所は、一体どこにあるのだろうかと。
「オレさ、何回かすみーたちとご飯食べに行ってるんだよねん」
ぽつりと一成は言った。三角たち、というのは三角とその結婚相手のことらしい。天馬はよく知らないけれど、一成はそれなりに付き合いがあるのだろう。
「オレって片思いしてる同士とか、見つけるの上手いからねん。すみーたち見てて、ああ、この二人はお互いに恋してるんだなって思ったんだ」
気づいた一成は、あれこれとアシストをして二人の仲を取り持とうとした。だって、大事な夏組の大事な友人だ。
思いが通じ合うことは喜ばしいことなのだから、と自分にできることは何でもやろうと思って実際その通りに行動した。結果として二人は互いの思いを確認し合ったのだ。
「良かったって思ったよ。本当に思ったんだよ。だけど、だけどさ、テンテン。二人が恋をしてるなって気づいた時、オレが何を思ったかテンテンわかる?」
問いかける一成は笑っていた。だけれど、それが笑顔なんかじゃないことを天馬は知っている。
そんな風に笑うなと言いたかった。ぐちゃぐちゃに乱れた心ごと、取り出して顔に出せばいいのに。
天馬の心情を察したわけではないだろう。きっともう、限界だったのだ。
一成の浮かべた笑顔がぎこちなく消えていく。一成は言った。小さな声で、苦しそうに吐き出した。ひどい罪を犯したのだと告白するような響きで。
「――ショックだった」
一成はもう笑っていなかった。苦しそうに顔を歪めて、重苦しい言葉を唇からどうにか落とす。
二人が恋をしているのだと気づいた。三角が、恋をした。その事実に気づいた一成は、世界の全てが崩れていく音を聞いた。
「すみーが恋に落ちたってことがショックだったんだよ」
自分自身を嘲る響きは、心の底からのものだった。
大事な友人だ。何度も同じ時間を分かち合って、お互いを大切にしてきた、大事な仲間。三角が幸せなら一成だって幸せだと、疑いなく言えるはずだったのに。
「すみーの幸せをちゃんと願えなかったとか、サイテーじゃんオレ」
三角が恋をしたこと。その事実にショックを受けたこと。二つの事実は徹底的に一成を打ちのめしたのだ。
大切なはずの人を大切にすることもできない。本当に大事だったはずなのに。心からおめでとうを言いたかったのに。一成は、どうしようもなく思ってしまった。
「置いていかれるって、思っちゃったんだ」
まるで罪の告白のようだ、と天馬は思わなかった。これは、一成の懺悔だ。正真正銘の罪の告白だ。一成は告解の響きで言葉を続ける。
「ああ、やっぱりすみーもそっち側なんだって。ずっと隣にいてくれたけど、すみーのいる場所は地球で、やっぱりすみーも地球に帰っちゃうんだ。オレはやっぱり、宇宙に独りぼっちなんだ」
恋をしない一成にとって、恋をするのが当然の世界は遠い場所だった。宇宙から見る地球みたいに、見ることはできるけれど、そこに自分は生きていない。
長い間、三角は一緒にいてくれた。きっと一成と宇宙で二人、地球のことを見つめていた。だけれど、三角は恋をした。
それが意味するものを、一成はもちろん三角だって理解していた。だからあの夜、「ごめん」と告げたのだと天馬だってわかっている。
あの夜の謝罪の意味。今までずっと、一緒に宇宙から地球を見ていた。だけれど、三角はもうそこにはいられない。一成と見つめていた場所が三角の居場所になったのだ。だから、三角は謝った。
ごめんね――かずをひとりにしてごめんね。かずを、置いていってごめんね。
「すみーは全然悪くない。なのに、すみーは謝ってくれた。そんな風に、すみーに謝らせちゃう自分が一番嫌だよ」
沈んだ表情で告げる一成は、自分自身を苛んでいる。
だって本当なら、どんな憂いもなく真っ直ぐと幸せだけを見つめていられるはずだった。
当たり前みたいに一成も恋ができていたら。宇宙で独りぼっちだなんて一成が思わなければ。そしたら三角は心から笑ってくれたのに。
だからこそ、罪滅ぼしとして一成はパーティーの準備に邁進しているのだと天馬は気づく。犯した罪のせめてもの償いとして、自分自身の全てを捧げようとしている。
「――これが恋ならよかった」
上ずった声で一成が言った。笑顔も作れていないし、瞳はどこか茫洋としている。自身の罪を握り締める響きで、一成は続ける。
「すみーに片思いをして、だけどそれが叶わなかったって結末なら、この感情には恋って名前がつけられる。それなら、オレはみんなと同じ場所にいられる。ひとりぼっちだなんて思わなくていい。すみーにごめんねなんて言わせなくて済む」
心からの願いのように、だけれど同時に、犯してしまった罪をなぞるように。切々と言葉を落とす一成は、視線を天馬へ向けた。
じっと見つめて、苦しそうに言った。いくら願っても望んでも、叶わない願いを知っている。
「だけど、これは恋じゃない。恋じゃないんだ。オレはすみーのことが好きだよ。会えなかったら寂しいし、一緒にいたら楽しいし、いっぱい同じ時間を過ごしたいって思う」
それは嘘偽りのない一成の本音だと天馬も理解している。一成はうわごとのように言葉を並べた。
特別なんだ。すみーも、テンテンも、むっくんも、ゆっきーも、くもぴも。カントクちゃんも、カンパニーのみんなも、全員オレの特別な人だよ。
「だけど、独占したいとか会いたくてたまらないとか、触れ合いたいとか、そういう気持ちじゃないんだ」
眉を寄せて、目を細めた一成は泣きそうに告げる。
特別な人。間違いなく、一成にとって特別だと言える人たちなのに、それは決して恋の形をしていない。
みんなそれぞれ大切で、友人であり仲間であり、いっそ家族のような気持ちさえ抱いている。それは一成にとって何よりも大事な宝物だ。
だけれどそれは、恋と名前がつかないものだということも、一成はよく知っている。
「恋ならよかった。そしたら、すみーにごめんねなんて言わせなくて済んだのに。オレが、恋をできないせいで謝らせちゃった」
懺悔とともに吐き出された言葉に、天馬は「違う」と言いたかった。だってそれは、恋をしないことは、一つだって一成の罪ではないのに。
だけれど、天馬は己にそんな言葉を口にする資格があるのかわからなかった。
今まで数多く出演してきた作品の内、一体いくつ恋の物語があったのだろう。数えきれないほどたくさんの恋を演じてきたことを、天馬は自覚している。
だから、そんな自分が一成にどんな言葉をかけてやればいいのかわからない。
だって天馬は、今まで何一つ疑ったことなどなかったのだ。
どうしてこの相手を好きになるのか理解できないと思ったことはあっても、そもそも恋をしないという選択肢が存在すること自体、想像もしていなかった。
全ての人が必ずしも恋をしていると思っていたわけではない。だけれど、それは時間やタイミングの問題で、いつの日か恋をする時が来るのだと無意識に思っていた。
たとえそれがたった一回だったとしても、ほんの少しの時間だとしても。一生のうち、どこかで必ず恋は訪れるのだと思っていた。最初から「恋をする回路が存在しない」なんてこと、考えもしなかった。
見渡せば、世界には驚くくらいに恋にまつわるものたちがあふれている。
物語の上でもそうだし、雑誌やテレビ、Webでは好意を持たれるための特集が組まれて、恋人たちの日常を演出する情報はいつでも手に入る。恋をするのだ、と世界中がささやきかける。
誰かを好きになること、特別に思うこと、愛を交わしあうこと。それは確かに素晴らしいことで、決して否定されるようなことではない。
わかっていても、同時に理解してしまった。この世界は、恋をしないことを当たり前みたいに否定する。
自分がその一端を担っていたことを、天馬は自覚している。物語の中でたくさんの恋を演じることは天馬の仕事でもあるし、そこには役者としてのプライドもある。
だから決して卑下することではないとも理解しているけれど、同じくらいに誰かを傷つけた可能性にも思い当たっている。
あふれんばかりの恋物語は、恋をしない人間にとってまるで罪を暴き立てるもののように思えるのかもしれない。
恋ができない。誰かに恋することのない自分は、どこかおかしいんじゃないかと思わせるには充分なのかもしれない。目の前の一成が、恋をできないせいで三角を傷つけたと懺悔するみたいに。
「一成」
何を言えばいいかわからない。だけれど、黙ったままではいたくなかった。夏組リーダーとしてのプライドだとかそういうことではなく、ただ純粋に、目の前の友人に向けて何か言葉をかけてやりたかった。
いつだって明るくてコミュニケーション能力が高い。そのくせ、時々臆病で自分の本音を口にすることが苦手だ。
それでもそんな一成が、今きちんと己の心を取り出して、自身の罪すら言葉にしたのなら。長い間同じ時間を刻んできた友人として、きちんと答えてやりたかった。
「……お前はどうでもいいことでもすぐに連絡取ってくるし、情報収集が速いからオレより先に公式情報知ってたりする。というか、夏組の動向把握しすぎだろ。マネージャーより詳しいんじゃないかお前」
淡々と並べられた言葉に、一成は目をまたたかせた。一体何の話を始めるつもりだ、という顔だ。わかっていたけれど、天馬は無視して言葉を続けた。
「出演作は必ず見るし、よく見てんなってところまで細かい感想くれる。お前の番宣のはずが、オレとか三角の宣伝して帰る時もあるし、幸のステージには真っ先に駆けつけて、椋の主演の時はお前がデザインした祝い花贈ってたし、九門の地方公演の時行ける公演はみんな見てただろ」
一つずつ取り出すのは、今までの一成の行動だ。一成は不思議そうにうなずいていて、天馬の意図をはかろうとしている。天馬は真っ直ぐと一成を見つめて言った。
「いつだってオレたちのことを気にしてて、何かあったらすぐに駆けつけるって知ってる。不安なことがあったら、どうしたのかって話を聞く。お前は人の話聞くの上手いからな。つい心配なことを話すと、意外と的確なアドバイスくれるから、結構重宝してる」
だから、と天馬は言う。恋ならよかったと言った一成を思い浮かべながら。
恋をしないこと、恋ができないこと、自身の心に恋という感情が生まれないこと。それらを指してひどい罪を犯したように言った一成に、真っ直ぐと告げる。
「お前の愛情深さなんてオレたちとっくに知ってるんだよ」
一成は恋をしないのだ。いつか恋をするとか、まだそのタイミングではないとか、そういう話ではなく。
生まれついた時から、一成にはその回路が存在しない。だから一成は恋をしない。
だけれど、それは決して冷たい人間だからでもないし、愛を知らないからでもない。だって天馬は、夏組は、MANKAIカンパニーのメンバーは知っている。三好一成という人間が向ける深い愛情を。
「恋をしようがしまいが、お前はお前だ。胸張ってオレたちを大切にしてろ」
傲慢とも言える力強さでそう言えば、一成は驚いたように目を丸くしたあと、大きく息を吐き出した。溜め息のようでもあり、重苦しい心の内をどうにか外へ押し出したようでもあった。
しばらくの間、何だか放心したように一成は黙りこくっていた。
天馬は何も言わず、流れる沈黙に身を任せている。今必要なのはどんな言葉でもなく、心を整理する時間だろうと思ったからだ。ただ静かにグラスを傾けていると、一成がようやく口を開いた。
「――さすがテンテンって感じ?」
へにゃりと眉を下げてつぶやく声は、いつもより小さい声だ。だけれどそれでも、どこかに軽やかさを含んでいる。