アルファルドへ伝えて。






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「きみと見る景色は、きっとすてきなものだろうね」
流れ星はそう言って隣に座ると、きらきらと輝くように笑うのでした。
  ――絵本『アルファルドのさいわい』


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―1―


 カラフルなプロフィール帳を前にして、咲也はペンを握った。カンパニー恒例となったリレーブログで今回実施されるのは、自己紹介ならぬ他己紹介である。団員たちそれぞれが、自分ではない誰かについて、プロフィール帳へ記していくのだ。
 トップバッターとなった咲也は、気合いもひとしおで自室の机に向かっている。まさか自分がトップのくじを引くとは思っていなかったけれど、これも何かの縁だろう。
 たとえ何番目になったとしても、全力で取り組むことは変わらない。ただ、最初のブログということで、最後まで見届けたいと思ってもらえるような内容にしたい、と思っていた。
 それに、単純に他己紹介という試みにわくわくしていた。カンパニーのメンバーは、咲也にとって大切な人たちで、特別なつながりを結んでいる。その中の一人について、あらためて考えてみる、というのは咲也の心を弾ませた。

(ええと、一成さんのSNSのIDはなんだったけ……?)

 今回、咲也が他己紹介をする相手は夏組所属にして、劇団のデザイン関係を一手に引き受ける一成である。くじ引きによって順番が決まった時、一成はぴかぴかした笑顔で「サクサクが書いてくれるのめっちゃ楽しみ~!」と言ってくれた。
 名前の欄に、「三好一成」と丁寧に書いた咲也は、次の項目であるSNSのIDに頭を悩ませる。一成はよくLIMEでメッセージを送ってくれるし、インステの更新も頻繁だ。目にする機会の多いアイコンならすぐに思い浮かんだけれど、IDとなると考えてしまう。
 ただ、一成はIDを教える時「オレの名前に、ピコって響きがかわいいからつけたんだよねん」と嬉しそうに言っていたし、たびたびそんな話を口にしているので、まったく見当がつかないわけではなかった。

(確か、一成さんの“Kazu”と“Piko”だったはず……)

 プロフィール帳にIDを書き入れたあとは、性格の項目だった。咲也は、一成のことを思い浮かべる。
 いつでも明るくて、笑顔を絶やさない人だ。初対面の時から咲也にも気さくに話しかけてくれたし、不機嫌でいるところなんて見たこともない。ハイテンションでノリが良く、カンパニーに楽しいことをたくさん連れてきてくれる。
 同時に、一成は細やかな気遣いができる人でもある、と咲也は知っていた。
 コミュニケーション能力が高く、誰相手でも臆することなく接することができる、という点はともすれば無遠慮につながってしまうけれど、一成は距離感を保つことが上手かった。内側にするりと入り込む人懐こさに、触れられたくない場所を察知する聡明さも併せ持っているのだ。
 咲也の家庭事情だって、勘のいい一成のことだ。気づいてはいるだろうけれど、興味本位で聞いてくることはなかったし、必要以上に同情を寄せることもなかった。ただ自然体で接してくれた。
 明るさの裏に隠されたやさしさや、浮かべる笑顔に潜ませた細やかな気遣い。そういうものを咲也は確かに受け取っていたから、一成はただノリがいいだけの人間でないことを知っていた。それでも。

(一成さんといると、オレはたくさん元気になれる)

 一成を思い浮かべるのと同時に、湧き上がる気持ちがあった。
 きらきらした笑顔。いつだって元気いっぱいで、カンパニーみんなに光を連れてきてくれる。どんな場面でも、楽しいことや嬉しいことを見つけるのを忘れない。そういう一成に何度も助けられたし、一成に元気をもらった場面なら、咲也はいくつだって思い出せる。
 だから、性格の項目へ咲也はゆっくりと文字を書き入れる。丁寧に、心を込めて。

(――元気で明るくて前向き)

 それだけではないことは充分承知しているけれど、一成の持つものを言葉にするなら、きっとこうなんじゃないかな、と思ったのだ。
 咲也はそのまま、次の項目へとペンを動かした。趣味は何か、と言われればすぐに思い浮かぶ。一成と言えば、という答えでもあるかもしれない。

(絵を描くこと)

 一成は楽しいことが好きで、よく様々なイベントに出掛けているし、誰かと何かをするのも大好きだ。好奇心も旺盛だし趣味も多岐に渡る。しかし、一成が最も心を傾けるものと言えば、絵を描くことだと咲也は思う。
 カンパニーのメンバーなら、誰もが同じ結論になるだろう。事実として、フライヤーやWebサイトのデザインでお世話になっているし、今回使用しているプロフィール帳だって一成が作成したものだ。彼の芸術的センスには、カンパニー一同いつも助けられている。
 だけれど、それだけが全てではない。一成の本質に根差すのが絵を描くことなのだと、きっと誰もが理解している。息をするように自然に、一成は絵を描く。スケッチブックに向かうこともあれば、台本の端っこだったりちょっとしたメモ帳だったり。
 美大生として日本画を専攻しているということもあるし、展示会では目を見張るような作品をいくつも完成させている。様々な場面で、心を写し取るように一成は絵を描くのだ。
 だからこそ、咲也は迷うことなく趣味の項目を書き終えたのだけれど。次のコーナーへ視線を移した咲也の手は、ぴたりと止まる。
 質問コーナーは、三つの質問に対してYESかNOを選ぶというものだ。最初の質問――「実はさみしがりやさん?」に、咲也は考え込む。

(一成さんは、一人の時間を過ごすのも得意だと思う)

 最初に浮かんだのは、NOだった。一成は大勢とわいわい過ごすことが大好きだけれど、同じくらいに一人の時間を大切にできるのだと知っていた。某かの制作期間にはよく一人で作業しているし、驚異的な集中力を発揮する。
 一成自身も一人での作業を厭っているわけではなく、むしろ深く取り組めることが楽しいと言っていたのだ。だから、咲也には一成に対して寂しがりのイメージはあまりないのだけれど。

(でも、一成さんも寂しいと思う時はあるかもしれないし……)

 自分の見ている側面だけが、一成の全てではないことは重々承知している。だから、果たしてこの問いはどちらなのだろう、と咲也は考え込む。
 とはいえ、ここでずっと立ち止まっているわけにもいかない。しばしプロフィール帳を見つめたあと、咲也はNOに丸を付けた。一成ならきっと「直感って大事だよねん!」なんて笑ってくれる気がしたのだ。
 よし、と小さくうなずいてから、咲也は次の質問へ移る。幸い、「好きな人には甘えたい?」という質問はすぐにYESを選べた。
 これに関しては、一成が常々「オレ、好きな人にはめっちゃ甘えたいタイプなんだよね~」と言っていたからである。一成は好意を伝えることにためらいがないし、好きな人に対してはきっと特別に心の内を見せるのだろう、と思えた。
 だから、二つ目の質問は比較的すんなりと丸をつけられたのだけれど。三つ目の質問――「愛されるより愛したい?」に、咲也はペンを握る手を止めた。まじまじと質問を見つめる。
 難しい質問だ、というわけではない。一成はとても愛情深い人間だと知っているから、真っ直ぐ人を愛することができるだろう。自身の心をそっと傾けて、包み込むように愛をそそぐのだ。一成は、誰かを愛することの喜びを知っている。
 だからきっと、「愛したい」という質問はYESだと、咲也は思った。
 しかし、それで終わりにできなかったのは、「愛されるより」という言葉がついているからだ。一成は愛情を真っ直ぐ傾けられる人だと咲也は思っているし、それは間違いではないだろう。
 ただ、同じくらいに思っていた。一成は、誰かからの愛情を受け取ることもとても上手で、同じくらいに喜びと感じてくれるはずだ。
 たとえば、一成が好きかもしれない、と舞台のフライヤーを持ち帰ってきた時。そういえば食べたいと言っていたかも、と買った期間限定のたい焼きを渡した時。帰り道で見慣れた後ろ姿を見つけて、一緒に帰りませんか、と声を掛けたら心底嬉しそうに笑ってくれた時。
 一成はどの瞬間も心からの喜びを伝えてくれたし、咲也が一成のことを思ってくれたのが嬉しいのだと、輝くように告げたのだ。それは心底からのものだったし、あの時のきらきらとした笑顔を、幸せを抱きしめるような表情を、咲也はずっと覚えている。
 誰かを心から愛することのできる人だからこそ、誰かから愛されることも、この上ないほどの喜びと感じてくれるのだ、と思ったのだ。だから、「愛したい」と一成が思うのは間違いないけれど。同じくらいに、「愛される」ことだって一成は選ぶだろう。
 咲也の手が止まったのは、質問が難しいからではなかった。一成のことを考えた時、すんなりと心に浮かんだものは一つ。

(一成さんなら、愛することも愛されることも、どっちも選ぶんじゃないかな)

 どちらか片方だけではなく、どちらも一成にとって大切なことなら。きっと一成はあえてどちらか一つだけではなく、両方を選ぶのだ。それは一成がこれから先の人生において、好きなものは全部選ぶのだと決めた、と告げた答えのように。
 本当ならYESかNOのどちからに丸をつけるのが、本来の流れなのだろう。わかっていたけれど、「一成なら」と考えた時一番しっくり来るのがこの答えなのだと、咲也は両方に丸をつけた。

(一成さんなら、笑ってくれるよね)

 もしかしてずるをしているのかも、と咲也の胸にちらりと不安が芽生えるけれど。きっと一成なら、と思えばこれでいいんだよね、と思えた。
 そのまま、咲也は次のコーナーへ移る。連想させる人の名前を書く、というもので、「やさしい人」「かっこいい人」「あこがれの人」を記入していくのだ。
 一成は、果たしてカンパニーメンバーの誰のことを連想するだろうか、と咲也は考える。ヒントとなるのは、普段の一成の行動だろう。一成がいつもどんな人と一緒にいるかを思い浮かべながら、まずは「やさしい人」について思いを巡らせた。

(やさしい人かぁ……一成さんは、みんなやさしい人だって思ってるんじゃないかな)

 事実として、カンパニーのメンバーは誰もがやさしい心根の持ち主だと咲也も思っている。だから、全員該当するというのもあながち的外れの答えではないだろう。

(でも、中でも一番って考えると、やっぱりいつも一緒にいる椋くん、かな)

 一成は他人の感情の機微に聡いので、些細なやさしさを拾い上げるのも上手い。傍からはわかりにくくても、きちんと一成は受け取ってくれるだろう。
 その中で、やさしさを最もよく感じる相手――と言ったら、やはり接する時間が一番長い相手ではないか、と咲也は思ったのだ。見つけるのが上手い人だからこそ、一緒にいる時間が長い相手であれば、一番やさしさを受け取るのではないか、と。
 そう考えれば、おのずと椋の顔が浮かんだ。202号室のルームメイトとして過ごす二人の仲の良さは、カンパニーでも周知の事実である。年齢差なんて何のその、お互いを大事に想い合っていることは周りで見ていてもよくわかるし、二人が楽しそうに話している姿を見ているだけで和むと評判である。
 お互い気遣いに長けていることや、心根がおだやかで、好意を素直に口へ出すタイプなので、争いなど一切無縁で親交を深めているのだ。
 おかげで、一成と椋は一緒にいることが多い。相手のことを勘定に入れるのが当然なので、たとえばお菓子をもらった時は「むっくんとお茶する時に食べるねん」だとか「カズくんもこのお菓子好きなんです!」という答えが返ってくるのだ。
 思い出したいろいろな諸々から、咲也は「やさしい人」の欄に椋の名前を書き入れる。いつも一緒にいる、愛すべきルームメイトから、一成はたくさんのやさしさを受け取っているだろう。
 続く「かっこいい人」については、何人かの顔が思い浮かんだ。一成は常々、カンパニーにはイケメンが多いだとか、これめっちゃ格好良くね!?と写真を見せてくれるだとかで、一成が「かっこいい」と認識している人のことはわかっていたので。
 ただ、同じくらいに思っていた。たぶん、ここで一成さんが書くのは、外見的な話じゃないんだろうな、と。
 もちろん、純粋な外見としてかっこいいと思っている人がいるのも事実だろう。だけれど、ここで一成が連想する「かっこいい人」は恐らく、そういうことではないと咲也は思った。

(――それなら、同じ裏方で頑張ってる幸くん、だよね)

 デザイナーズペアとして、カンパニーに彩りを添える二人組を思い浮かべて、咲也は名前を書き入れる。
 一成は幸の作る衣装が心底大好きで、新作衣装が披露されるたびテンションが高い。自身のインスピレーションにもつながるし、幸の衣装をもとにフライヤーのアイデアを形にしていくのが楽しい、とよく言っていた。
 それに何よりも、一成は幸の服作りに対する情熱や、自分の信念を貫く姿をずっと間近で見てきたのだ。もちろん、他のメンバーだって幸が真剣に衣装作りと向き合う姿は知っているけれど。恐らく、誰より近い場所で、何度も意見を交わしてきた一成は、幸の信念を強く受け取っていた。
 亀吉の世話をしている時、次の公演の話になることはよくあった。一成は嬉しそうにフライヤーの話をしてくれたし、幸の衣装から着想を得たのだと教えてくれることもあった。
 そんな時、一成は言うのだ。キャラクターに寄り添って公演の世界に深みを与える服を示して、幸の情熱と信念が形になった衣装を指して。――ゆっきーは、ほんとにかっこいいよね。
 目を細めて、落ち着いた言葉で語る横顔。亀吉におやつのナッツを与えながら、さらりと告げられた言葉はしかし、どこまでも真摯な熱をたたえていた。
 幸はいつだって、衣装作りに真剣だ。困難だって乗り越えて、彼の思う最高の衣装を作り上げる。それが決して簡単な道のりではなかったことを、一成も咲也も理解している。幸はことさらそんなことを口にするわけではないけれど。
 たとえ何があったって、諦めることなく前を向いて、情熱の炎を絶やすことなく、衣装を作り続けてきたのだと、一成は知っている。だからこそ言うのだ。
 折れることない信念を胸にして、自分の芯を決して手放さず、そうして今日もたゆまぬ意志で衣装と向き合う幸はかっこいいのだと、心から。
 衣装を見るたび、一番近くでそれを感じるたび、きっと一成はその思いを深めていた。咲也はそう思うからこそ、一成が連想する「かっこいい人」と言って思い浮かんだのは幸だったのだ。
 丁寧に名前を書いたあと、咲也は最後の質問と向き合った。
 連想コーナーの最後は、「あこがれの人」。一成のことなので、カンパニーメンバー全員に対して、憧れるポイントは持っていそうだな、と思う。冗談めかした軽い言葉で、だけれど奥底には真剣さを宿して「そういうとこ、憧れちゃうよねん」なんて笑う姿は想像できた。
 それでも、咲也はあらためて考える。カンパニーの全員、と言うこともできるけれど、その中でも一番の人がいるはずだ、と思ったからだ。たとえば椋や幸のように。

(一成さんが、一緒にいる人)

 普段の行動からヒントを得ようと、咲也はいつもの一成の様子を思い浮かべる。
 一成は人懐こいし、誰かを大切にすることも大好きだ。だからきっと、特別な相手とは一緒にいる時間が多いはずだ、と考える。「あこがれの人」も、その中にいるのではないか、と思ったのだ。

(憧れの人っていうと……絵とかに関係するというより、やっぱりお芝居関係かな)

 記憶を丹念に紐解きつつ、咲也は思考を深める。憧れという言葉からは、一人で深く集中していく絵よりも、世界を共鳴させていくような芝居の方がしっくり来るような気がしたのだ。この辺りは、咲也自身が憧れと芝居が結びついているからこそなのかもしれないけれど。

(お芝居……)

 板の上での様子や、練習風景、ストリートACTの姿。いろいろな場面を思い浮かべてあれこれ考えていると、咲也の思考は一つの光景に結びついていく。