アルファルドへ伝えて。




―3―

 図書館で借りた絵本を持って、咲也はバルコニーに向かった。
 昔読んだことのある絵本は、星にまつわる物語だ。雰囲気のある絵は繊細で、落ち着いた色遣いの中にも輝きがちりばめられている。あらためて読み直している内に、何だか実際の星空が見たくなったのだ。
 そういうわけで、いざバルコニーに出ようとしたところで、一成に声を掛けられた。
 もう夜も遅い時間帯である。どこへ行くのか、と聞かれて「少し星を見ようと思ったんです」と答える。すると、「オレも一緒に見てもいい!?」と明るく尋ねる。断る理由はないので「もちろんです!」と言えば、一成は嬉しそうに笑った。
 まだ寒い季節である。しっかり防寒した上で、二人はバルコニーに出た。一成は星に詳しくて、オリオン座や冬の大三角形、一等星のアルデバランなど、いろいろな星を教えてくれた。
 夜空を見上げて、星座の話からこの前の地方公演のこと、最近の寮内でのブームだとか他愛ない話をする。会話は弾んで笑い声が響き、寒さは次第に気にならなくなっていた。

「てかさ、サクサク。ずっと絵本持ってるけど、どしたの?」

 話が一段落ついたところで、一成が「そういえば」と尋ねる。ずっと胸に抱えていたから、地味に気にしていたのかもしれない。咲也はにこにこと答えた。

「これ、今度の読み聞かせで読もうと思って借りてきたんです。外国の絵本なんですけど……一成さん知ってますか?」

 一成は好奇心旺盛な人間だし、特に絵に関してはいろいろな方面にアンテナを張っている。この絵本のことも知っているかもしれない、と咲也はそっと絵本を差し出して表紙を見せる。とたんに、一成はぱっと顔を輝かせた。

「うわ、『アルファルドのさいわい』じゃん! なつかし~! これ、星のおはなしシリーズっしょ。オレ、この絵好きなんだよねん」

 嬉しそうに言う一成は、小さい頃に読んだことがあるのだと告げる。一成の心にも残っていた絵本である、という事実が嬉しくて、咲也はさらに笑みを深めて口を開く。

「すごくすてきな絵ですよね。丁寧に描かれていて、一つ一つがきれいで」
「そそ。色遣いもさ、真っ暗な宇宙じゃなくて深みのある青っていうのもいいよねん。吸い込まれそうな青だな~ってしみじみしちゃった」

 唇をほころばせた一成は、思い出をなぞるような調子で言った。
 絵本の表紙は、藍色とも紺色ともつかない青い空間に、オレンジを帯びた星と中性的な顔立ちの人物が一人。人間の姿を取った星――アルファルドが、油彩画風のタッチで描かれている。
 一成の思い出の中に、この表紙はきちんとしまわれているのだろう。

「アルファルドって初めて知ったのこの絵本だな~。今の時期だと、見えなくて残念だよねん」

 少しだけ眉を下げての言葉に、咲也もうなずく。アルファルドというのは、ウミヘビ座で一番明るい星である。ただ、ウミヘビ座は春の星座なので、今の時期に見ることはできない。

「そうですね……。絵本を読むと、実際の星を見てみたくなります」
「それな~。それで、流れ星とか見つけちゃったら、めちゃテンアゲっしょ」

 空へ目を向けた一成は、楽しそうに言った。その言葉に咲也は、一成はきちんと絵本の内容を覚えているようだ、と察する。
『アルファルドのさいわい』で描かれるのは、ひとりぼっちの星の話だ。
 アルファルドという明るい一つ星の周りには、どんな星もいなかった。長い間、誰と関わることもなく、宇宙にぽつりと浮かんでいる。そんな日々にすっかり慣れていたところ、迷子の流れ星が近くにやってきたことから物語は始まるのだ。
 事実として、アルファルドの周りには、明るい星がほとんどない。アルファルドという名前自体もアラビア語で「孤独なもの」を意味しており、まるで孤立しているように見えるということから名づけられているのだ。

「最初はアルファルドもそっけないですけど、だんだん距離が縮まって流れ星と隣同士で座って語り合うシーン、すごくきれいだなって思いました」
「わかる~! 一枚の絵画って感じだよねん。最終的には、流れ星だからまたいなくなっちゃうけど……ちょっと切ない終わり方が絵にも合ってるよねん」

 しみじみとした調子で言う一成は、絵本の内容をよく覚えていた。
 孤高の存在として、明るい光を放つアルファルド。周囲に誰もいないのは当たり前のことで、ひとりぼっちを寂しいと思うこともなかった。群れることなく、自身の光を掲げていられることが幸福でもあったのだ。
 そんなある日、偶然行き着いたのが迷子の流れ星だった。どこに行くべきなのかがわからないと、行き先を思い出すまでアルファルドの傍で過ごすことにした、と勝手に隣へ居座ってしまう。
 当初こそペースを乱されて辟易していたものの、次第に距離を縮めていく。流れ星は決してひとりぼっちのアルファルドを笑わなかったし、孤高の輝きを放つ姿をかっこいいと称賛する。誰かが隣にいることも悪くないと、共に過ごす時間を大切なものだと思い始めるのも自然な流れだった。
 しかし、流れ星は自分の目指す場所を思い出したことで、旅立っていく。
 偶然の出会いだ。一瞬すれ違うだけの、束の間の邂逅だ。別れてしまえば、それで終わりだ。再会する日は来ないだろう。
 それでも、アルファルドも流れ星も笑顔でさよならを告げる。二度と会うことはなくても、これから先共に過ごすことができなくても。隣同士で見た景色の美しさは、決して消えないとわかっていたから。
 明確なハッピーエンドとは言えないながらも、余韻の残る終わりだった。ひとりであることを卑下することもなく、同時に誰かが隣にいることの賛歌にあふれた話だ。
 繊細な線と流れるような筆致の絵もあわさって、硝子細工にも似た雰囲気が漂っている。そんな絵本は幼いながら、ずいぶんと印象に残ったのだ、と一成は言う。
 おだやかな笑みで告げられた言葉に、咲也は「一成さんは記憶力がいいんですね」と感心する。もっとも、一成は「大学入ってから読んでたからねん」と朗らかに笑う。
 絵本の持つ表現方法がインスピレーションにつながることもあるので、いろいろと読んだりしていたのだという。その内の一つとして、昔懐かしい絵本として『アルファルドのさいわい』を手に取ったのだ。

「絵本紹介してるインステとかもあってさ。あ、サクサクもチェックする系? 絵本の情報いろいろゲットできるかも!」

 スマートフォンを取り出しての言葉に、咲也は顔を輝かせる。新しい絵本の情報などを入手できるのはありがたかった。
 一成は咲也の反応に「おけまる~!」と言って、何やらインステ画面を操作している。慣れた手つきを、咲也はしばし眺めていたのだけれど。インステ画面と見慣れたアイコン、そこに並ぶIDを見ている内に、咲也の胸に浮かぶものがあった。
 些細なことで、きっと一成は気にしないとわかっていたけれど。それでも、申し訳ない気持ちがよみがえってきて、一段落ついたところを見計らっておずおず口を開く。

「あの――今さらなんですけど、プロフィール帳で一成さんのインステID、間違えてしまってすみません」

 心からの謝罪を込めて言うと、一成が固まった。笑顔のまま、はてなマークを浮かべて咲也を見つめる。ただ、それもほんの数秒だ。一成は、心底楽しそうな笑い声をあげて答えた。

「全然平気だよん! てか、あれほとんど正解っしょ!?」

 カンパニー恒例のリレーブログ企画で、トップバッターを務めたのが咲也だ。一成のことを紹介するという形で、一成のプロフィール帳を埋めてくれた。その際、SNSのIDを間違えたことを咲也は気にしているらしいのだけれど。

「スペルとか大文字か小文字かの違いくらいだし! むしろ、ちょっとわかりにくくてオレの方こそめんご~って感じ!」

 咲也の間違いは、「Kaz」が「Kazu」になっていたとか、「PIKO」が「Piko」だったとか、そういったレベルなのだ。かすりもしないだとかそもそも覚えていないだとか、そういうわけではなかったし、むしろ素直に考えればそうなるかも、と思ったくらいである。
 だから、咲也が謝る必要は一切ない、と一成は思っている。

「性格とか趣味とかばっちりだったし! オレのこと、めっちゃわかってくれてるって感動したもん」

 お世辞でも何でもなかった。咲也が書いた自分自身の姿は、咲也がどれほど真剣に一成のことを考えてくれたのかを如実に語っていた。三好一成という人間を、咲也はきちんと見つめていてくれたのだ、と思うには充分すぎるほどだったのだ。
 しかし、咲也の表情は晴れない。何とも言えない顔をしているので、一成はほんの少し苦笑を浮かべた。呆れているとか困っているとかではなく、咲也のやさしさを噛みしめるような気持ちで。

「マジでさ、質問コーナーとか連想コーナーとかも嬉しかったんだよねん。サクサク、こんな風にオレのこと見ててくれたんだ~っていうのがめっちゃわかって」

 言いながら、一成はスマートフォンを操作した。画面に表示させたのは、自身が採点したプロフィール帳だ。咲也へ画面を見せて、質問コーナーの最後を示した。

「『愛されるより愛したい?』に両方丸するとか、めっちゃオレらしいっしょ」

 YESかNO、どちらかに丸をつけるコーナーである。普段の咲也であれば、恐らくきちんと一つだけを選んだだろう。だけれど、画面のプロフィール帳では、両方に丸がつけられている。それは「一成なら」を念頭にしたからこその答えなのだろう、と一成は思った。
 愛されるだけでも愛するだけでもなく、どちらも選びたいときっと思う、と考えてくれた。一成ならそう思うのではないか、ときちんと心に想いを馳せた。この答えは、咲也が一成のことを理解してくれているからこそだ。

「サクサクがオレのこと、いーっぱい考えてくれたんだなって、めっちゃ嬉しかったよん。連想コーナーだってさ、ばっちりだったし!」

 スマートフォンに表示されたプロフィール帳を示して言えば、咲也はいくぶん表情をやわらげる。ほっとしたような空気は、一成が心から言っていることを理解したからだろう。咲也が懸命に考えた、という事実をきちんと受け取ってくれる人なのだ。

「むっくんは仲良しルムメだし! いっつも一緒だからやさしいとこいっぱい知ってるし、ゆっきーがかっこいいのとか、マジわかりみだよねん」

 しみじみとした調子で、一成は椋のやさしさを感じたエピソードや幸のかっこいい面を語る。咲也は興味深くそれを聞いていたのだけれど。スマートフォンのプロフィール帳を示す指先が、一箇所で止まる。連想コーナーの最後の個所。「あこがれの人」の項目だ。
 一成の採点がされたプロフィール帳である。椋には「ルムメ!」、幸には「わかりみ」とコメントが記されているけれど、天馬の名前を記入した「あこがれの人」には顔文字が一つ。
 なんだかちょっと困ったような、ほんの少し笑顔を浮かべるような。何とも言えない顔文字の持つ意味を、咲也は上手く理解しきれていなかった。悪い意味ではないとは思えたけれど、いつでも笑顔の一成が選ぶにしては、珍しい類の顔文字だ。
 咲也は一成が天馬を見つめる表情を覚えている。だから、マイナス感情からの顔文字ではないはずだ。ただ、何か一成を困らせてしまう答えだったのかもしれない、と思った。コメントを残すことが難しいような、言葉にすることをためらうような。そういう答えだったのかもしれない。
 思った咲也は、申し訳なさそうな表情を浮かべて口を開く。一成を困らせたいわけではなかったのだ。何か気に掛かることがあったのなら謝らなくては、という気配を一成は瞬時に察した。

「サクサクが謝ることは、一個もないかんね!」

 慌てた調子で一成が言った。プロフィール帳に記した顔文字。明確な言葉でコメントをしたわけでもないし、わかりやすくハッピーな笑顔でもない。だからこそ、咲也は真意を測りかねたのだろう。
 結果として、目の前の咲也は申し訳なさそうな、気落ちしたような雰囲気を漂わせているのだ。もしかして自分の答えが一成の気に障ったのでは、と思っていることは明白だった。もちろん、そんなことはひとかけらもなかったから、一成は慌てて否定の言葉を口にしたのだ。
 ただ、それだけでは咲也の憂いが全て晴れるとは思えない。それなら、と一成は続きの言葉を口にする。プロフィール帳に記した顔文字。託した意味は、抱えた気持ちは。

「――えっとね、テンテンが憧れの人っていうのは間違いじゃないんだよねん。憧れてないって言ったら嘘になるし」

 困ったように眉を下げて、唇にほんの少しの笑みを乗せて。プロフィール帳に記した顔文字みたいな表情で、一成は言う。

「テンテン、すごいところいっぱいあるし。マジ尊敬してるし。憧れてないわけじゃないんだ」

 こぼされた声は、やわらかい響きをしていた。咲也とて、一成が天馬を大切に思っていることは、充分わかっていた。だから決して意外な言葉ではない。
 ただ、それならあの顔文字は――純粋なイエスとも言えない顔文字はどういうことなのだろう、と咲也は思う。一成のことだ。憧れているなら、明るくイエスを返してもおかしくはない。
 もっとも、尋ねたいわけではなかった。一成が形にしなかったものを、あえて聞く必要はないと思っているから、ただ疑問が浮かんだだけだ。しかし、一成は他人の心の機微に聡かった。咲也の疑問を拾い上げることくらい、わけはなかったのだろう。
 一成は少し沈黙を流したあと、それまで浮かべていた表情を拭い去る。ゆっくりと息を吐き、大きく息を吸った。咲也を真っ直ぐ見つめる。困ったような笑みではなかった。ひたむきな情熱とおだやかな光をたたえた、真剣な表情をしていた。
 その表情に、咲也は理解する。一成さんは、今、オレに答えようとしてくれている。これはきっと、一成さんの心だ。奥底にあるものを、形にしようとしてくれている。それなら、オレはきちんと受け取りたい。咲也は心を丸ごと受け取ろうと決意する気持ちで、一成を見つめ返す。
 咲也の決意を、一成は察した。実直なまなざしをじっと見つめたあと、ゆっくりと口を開いた。あえて言葉にする必要はないとわかっている。それでも、咲也が疑問に思っているなら答えよう、という気持ちがあったのは確かだ。
 だけれど本当は、きっと言葉にしたかった。形にして、確かな決意にしたかった。だからこれはオレのワガママだけど――サクサクならきっと受け取ってくれるよね。
 自身の心に芽生えた気持ちを握りしめて、一成は言った。凛とした宣誓のような響きで。

「オレは、テンテンの隣に立ちたい」

 静かに、強く、一成は言う。落ち着いて、平淡な、それでいて奥底には確かな熱を宿した声で。咲也を見つめたまま、凪いだ静けさで言葉を続ける。

「憧れの気持ちが一つもないわけじゃない。だけど、憧れだけを全てにしたくないって思う。だって――憧れにしちゃったら、テンテンはきっと一人になっちゃうでしょ?」

 そこで一成は、笑みを浮かべた。いつもの明るいものに似て、おどけるような空気で。それでも、どこまでも真剣な言葉であると咲也は理解した。一成を真っ直ぐ見つめ返せば、視線を受け止めてさらに言葉を続ける。

「テンテンはオレたちの太陽で、追いかけたい背中なんだけどさ。でも、ずっと追いかけてるだけじゃ、テンテンはいつも一人で先頭走らなきゃじゃん?」

 背中を見つめて走るということは、いつだって天馬が一番前にいるということだ。いつでも夏組を引っ張ってくれるのが天馬だから、それは間違いではないのかもしれないけれど。

「憧れってさ、たぶんずっと追いかけちゃうんだよねん。オレより上の、オレより前にいる人って感じかなって――あ、サクサクが間違ってるとかそういうんじゃないんだけど!」

 慌てたように付け加える一成は、咲也の言葉を否定したいわけではないのだと言う。それは当然咲也もわかっていたので、こくりとうなずく。同時に、一成が困ったような顔文字を記したわけも理解し始めていた。
 きっと一成は、素直に「あこがれの人」だと言いたくなかったのだ。もちろん、天馬が値しない人物だからだとかそういうことではなく。
 憧れの気持ちもゼロではないけれど、素直にうなずくこともしたくなかった。だから、「イエス」ととらえられるような顔文字もコメントも書くことをしなかった。
 かといって憧れていないわけではないから、明確なノーを答えることもできなかったのだろう。だからこその、何とも言えない表情の顔文字になった。
 どうしてなのか。咲也は一成の言葉へ、丁寧に耳を傾けて理解していく。

「憧れって言葉にしちゃうと、いつでも追いかけ続ける人になっちゃう気がするんだよねん。絶対に追いつけないっていうかさ。オレとは違う別世界の人って感じがしちゃって。まあ、芸能人的な意味ならそうだったかもしれないけど!」

 茶化すような明るさで、一成は言う。
 子役として小さな頃から有名で、両親も名前の知られた役者という、芸能一家に生まれ育ったのが皇天馬という人間だ。テレビの中でいつだって輝いていて、他とは違うオーラを持っている。
 MANKAIカンパニーで出会わなければ、芸能人としての天馬しか知らなかった。別の世界の住人として認識して、それで終わりだったろう。

「でも、オレたちMANKAIカンパニーで会ったからさ。夏組で、同じ舞台に立って、一緒にいろんなことやって――全然別世界の人間じゃないって知ってる」

 だからだよ、と一成は言う。しんとした静けさに、照り輝くような炎を抱いて。別世界の住人ではない、同じ世界で生きる天馬を知っていった。だからこそ、一成は決意する。

「テンテンは、才能と努力の塊だかんね。一人だって、めちゃくちゃ明るく輝けるよねん。周りがどれだけ暗くたって、きっとたった一人でもずっと光を放っていられる」

 ちらり、と一成が視線を向けたのは咲也が持っている絵本だ。ひとりぼっちの明るい星。孤独の意味を持つ、一つの星。
 恐らく天馬はそんな風に、孤高の存在として輝き続けることはできるのだ。一人で先頭に立って、いつだって光を放つ。目印になって、目指す方向になって、あそこに行くのだと指さす先になる。
 天馬の生まれ育った環境や持ち得た資質は、それを叶えるに足るものだろう。
 でも、と一成は言った。静かな声で、決意を握りしめる響きで、やさしさと強さをあわせもった声で。

「オレは同じ世界で、テンテンの隣に立ちたいんだよねん」

 憧れの人だと、遠い背中にするのではなく。追いつけない相手だと、世界を区切ってしまうのではなく。孤高の輝きを放つ星に、ただ憧れるのではなく。同じ世界で、隣に立ちたいと一成は望んだ。

「テンテンって寂しがり屋じゃん!? アルファルドと違ってひとりぼっちでも大丈夫じゃなくね!?」

 ぱっと笑みを浮かべた一成は、おどけた調子で続けた。事実として、天馬は素直に言わないものの寂しがり屋で、一人で取り残されることを嫌う。咲也もそれは知っているので「そうですね」と笑った。一成は「でしょ~!?」とうなずく。

「テンテンをひとりぼっちにしないのはさ、カンパニーのみんなも夏組全員ができることだけどねん。だから、これはオレのワガママ」

 おどけた笑みをそっと拭った一成は、落ち着いた調子で言った。咲也の持つ絵本に視線を向けて。描かれた一つ星を思い浮かべる素振りで、心の奥へ焼きついた、孤独の星へ語るような口調で。

「オレはテンテンを一人にしないよ」

 寂しがり屋の、誰より強い輝きを放つ人を知っている。一人でも光を抱いて、先頭に立ってくれるだろう。目指す背中で在り続けてくれるだろう。だけれど、一成は密かに決めていることがある。

「テンテンの隣に立つんだ」

 追いかける背中ではなく、肩を並べて隣にいる。たった一つの明るい星ではなく、隣で一緒に光を掲げて立っている。それは、一成の揺るぎない決意だった。

「アルファルドは笑顔でさよならしたけど――オレはさよならしないで、これからずっとテンテンの隣に立ってたいんだよねん。他の誰かじゃなくってさ」

 これはオレのワガママだよ、と一成はもう一度言った。一成じゃなくたって、天馬の隣に立てる人はたくさんいる。夏組だってカンパニーだって、誰も天馬を一人になんかしようとしないのだから。
 そんな中で、一成は望んだ。密かに決意をした。天馬の隣に立つのは自分がいい。他の誰かではなく、そこにいるのは自分がいい、と。

「テンテンは自覚ないけど、オレはいっぱいテンテンに助けられちゃってるかんね。テンテンに何かあったらさ、一番に力になりたいから――それなら、やっぱり一番近くにいないとでしょ」

 おどけるようにも聞こえる言葉に、確かな真剣さを潜ませて、一成は言う。きっとそれは、今まで二人の間にあったいろいろなことの積み重ねの答えだ。
 一成がこんな風に自己主張をする場面を、咲也はあまり知らない。だからこそよけいに、一成の真剣さを感じ取った。

「アルファルドは呆れちゃうかもだけど。オレの決意を聞いても、きっと笑わないでいてくれるよねん」

 目を細めた一成は、絵本に語り掛けるような口調で言う。やわらかでありながらどこか強い言葉は、咲也ではなくアルファルドに告げられている。
 孤高の輝きを放つ、明るい星。まるで天馬みたいな星に向けて、一成は言葉を紡ぐ。隣に立つという決意を、胸に宿った想いを語り掛けて誓うみたいに。

「隣で一緒に見る景色が、どんなにきれいかってアルファルドは知ってる。そういうものを、オレはテンテンにあげたいんだよねん。一人じゃ見られない景色を、一緒にいっぱい見たいよ」

 一成の視線は、絵本の表紙にそそがれている。繊細に描かれるオレンジ色の星を、それを抱く姿を見つめて一成は言葉を重ねた。

「そうやって思ってるんだって、アルファルドに覚えててほしいな、なんて」

 ひとりきりでも明るく輝く。共に過ごす美しさを知る、気高い星。だからこそ、一成は自身の想いを掲げるような気持ちで言ったのかもしれない、と咲也は思った。
 だってこれは、紛れもない一成の誓いだ。胸に宿る決意だ。それを、何か大きくて強いものに告げたいと、確かに伝えたいと思ったのかもしれない。
 震える心で紡がれた、とびきり美しい想いだからこそ。決して手放すまいとする、強い想いだからこそ。頭上で輝く星へ自分の心を伝えて、確かな誓いを懸けたいと望んでいる。

「きっと、うなずいてくれると思います」

 絵本の中のアルファルドを思い浮かべて、咲也は答えた。一見するとそっけないけれど、心根がやさしいことは物語が進むにつれて明らかになってくる。だからきっと、一成の心も誓いも受け取ってくれるだろう。
 一成は咲也の言葉に「だったらいいな」と笑った。その笑顔を見つめて、咲也は思う。
「あこがれの人」という言葉にうなずかなかったのは、一成が決めているからだ。憧れという名前で遠い世界にしてしまうのではなく、目指す背中だと常に先頭にいてほしいと望むのではなく。
 一成は同じ世界で生きていく。肩を並べて、隣同士で歩いていく。そういう自分でいるのだと、一成はずっとずっと決めている。
 一成にとって天馬は、憧れの遠い人ではない。隣同士で輝きを分かち合う相手なのだ。
 その想いが詰まったプロフィール帳だったのだ、と咲也は思う。胸を打たれるような気持ちで、咲也は一成を見つめた。
 深い思いの片鱗にそっと触れさせてもらえたような。一成の奥底の、やわらかい場所を知ったような。いっそ敬虔な気持ちで黙り込むと、一成は照れくさそうな笑みを浮かべた。咲也が一成の本音をきちんと受け止めてくれたことを察したのだろう。
 しかし、すぐに一成は表情を変える。照れ隠しで、ぱっと明るい笑顔を咲かせたのだ。ほんの少しはにかみつつ、それでもきらきらとした声音で、嬉しそうに言った。

「その内隣だけじゃなくて、追い越しちゃうかも! そのためにも、もっとめっちゃ頑張らないとだねん!」

 軽やかな響きで一成は告げる。いずれ一成は力をつけて、天馬の隣に並ぶつもりだけれど、決してそれがゴールではない。ずっと進化を続けていきたかったし、そうなれば天馬を追い越す日も来るはずだ。
 いつかの未来を想像して、一成は言う。嬉しくてたまらないといった調子で、隠しきれない真剣さをたたえて。

「夏組って紹介される時もさ。テンテンと同じ組の、じゃなくて、カズナリミヨシと同じ組のって言われるようになるかんね!」

 夏組の認識には「皇天馬が所属する」という枕詞がつくのが現状だ。それを指して、一成は言う。
 いつかもっと先の未来では、皇天馬ではなく三好一成の名前が最初に出てくるようになるのだ、と。冗談めかしてはいるものの、紛れもない本心であることは咲也にも伝わった。だから、唇をほころばせて言う。

「――天馬くんが悔しがりそうですね」
「だよねん。でも、そしたらテンテンめっちゃやる気になりそうだし、オレもますます頑張っちゃうし!」

 そうして、もっともっと高くまで駆けあがっていくのだ、と一成は言う。お互いの力も輝きも何倍も掛け合わせて、はるかな空を目指していく。それは、一人きりでは決してなしえないことだ。
 一成の言葉を、咲也は嬉しそうに聞いている。未来の光景を想像すれば、胸には光が満ちていくような気がして、唇には自然と笑みが浮かんだ。
 天馬と一成。孤高の星ではなく、共に並び立って光を分かち合う二人のこれからは、どこまでも明るい。隣同士で並んでいるからこそ見える景色を、きらきらと輝く光を、二人はいくつも知っていくのだ。









END




アルファルド:アラビア語で「孤独なもの」を意味する
作中に出てくる絵本は架空のものです