Cotton Candy Dreamy



「本当に大丈夫なのか」
「だいじょぶだよん! テンテンの家から駅まで、いつも歩いてるし!」

 心配そうな表情の天馬に向かって、一成は明るい笑顔で答える。実際、今まで何度も行き来した道のりだ。複雑な道でもないし、途方もない距離があるわけでもない。心配する要素なんてかけらもないと、天馬だって理解しているはずだ。
 しかし、天馬は真剣な顔で言い募る。

「でも、今日は、その――違うだろ。体調とか……そういう……」

 珍しく語尾が尻すぼみになっていくけれど、一成はそれを茶化す余裕がない。何せ目の前の天馬の耳が、じわじわと赤くなっていくのを直視してしまったからだ。つられるように、一成の顔にも熱が集まっていく。天馬の言葉の意味なんて、よくわかっている。

「えっと、でもほら、オレ元気だし! だいじょぶだかんね!」

 赤い顔のまま、それでも力強く告げる。天馬が気に病むことではないのだと言いたかった。確かに、普段使わない筋肉を使ったようで多少違和感はあるし、声も微妙にかすれてはいる。それでも、けがや病気の類でないことは確かだ。むしろ、体調が万全でなければできないことをしたと言える。
 天馬はほっと息を吐いて、「そうか。それならいいんだ」とうなずく。ただ、すぐ真顔になって言葉を続けた。

「でも、もう少し待てば井川が来るから、車で送ってやれるぞ」
「ありがとねん。でも、テンテンは今日駅の方行かないっしょ?」

 今日の天馬は、朝からドラマの撮影が入っているし、その後は取材があると聞いている。スタジオは駅と正反対だし、わざわざ一成のために寄り道をさせることになってしまうのだ。とはいえ、大した距離ではないのだから、さしたる労力でないことも確かだろう。
 案の定、天馬は「そんなこと気にしなくていい」ときっぱり答える。それが天馬のやさしさであることを、一成は充分理解していた。だから、むげに断ることもしたくなくて、もごもごと答える。天馬に嘘は吐きたくなかった。

「うん。テンテンの気持ちは、めっちゃ嬉しいんだけど――その、ねー……今日はちょっと、いがっちと顔合わせづらいかな~みたいな?」

 心からの本音に、天馬はぱちりと目を瞬かせる。どういう意味だ。井川とケンカでもしたのか? とでも思っていそうな天馬に、へらりと笑って告げる。

「いがっち、テンテンの保護者枠じゃん? そういう人の前で、昨日のこと思い出しちゃったらめちゃくちゃ気まずいかも的な!」

 極力明るく告げるものの一成の顔は赤いし、一成の言葉に天馬の顔も瞬時に真っ赤に染まった。二人そろって、昨晩のことを思い出したからだ。
 昨日の夜。恋人同士の二人は互いの気持ちを確かめあうように、初めての夜を迎えた。
 分け合った体温や、触れ合った肌の感触。欲を秘めたまなざしや、とろりと宿る熱、甘く切ない声の響き。あらゆる全てが脳内によみがえれば、とても平静ではいられない。普段通りを装ってはいるものの、それもすぐにはがれてしまうのだ。だって昨日の夜の記憶は、あまりにも甘くてきれいで、夢みたいな時間だった。
 それに、朝目が覚めて一番に互いの顔が見られることも。少しかすれた声で名前を呼ばれることも、恥ずかしくてだけれど嬉しくて、目が合うと笑い出したことも。何もかもがふわふわしていて、今もずっと、夢の中にいるみたいだった。
 いつも通りの自分でいられないことを、一成は自覚している。だから、井川に会うのは恥ずかしかった。もちろん井川の前では、夏組の三好一成の顔をしているけれど。昨晩のことを思い出したら、きっと天馬の恋人の顔になってしまう。いかんせん、ただの友達だった頃から知っているだけに、そういう顔を見られるのはとんでもなく気まずかった。
 だから、井川の車に同乗せずに駅まで歩くことする、と一成は宣言する。そう言われてしまえば、天馬とてうなずかないわけにはいかない。一成の気持ちをを尊重したいと思ったのだ。

「わかった。本当なら、駅まで送っていきたかったんだけどな」
「そんな時間ないっしょ。てか、テンテンってばめっちゃエスコートしてくれるじゃん」

 ようやく軽口を思い出したように、一成は冗談めかして告げる。普段の天馬なら、駅まで送るなんてことは言わないからだ。天馬はその言葉に、意外そうに眉を上げた。それから、ぼそりと答える。

「当たり前だろ。お前の方が負担は大きいんだから、体調が心配なんだよ」

 小さな声ながらもはっきり言われて、一成は言葉を失う。純然たる事実なので、何もおかしいことはないとわかっている。それでも、「負担が大きい」の詳細が頭によみがえってしまうので、何だか上手く笑顔が作れない。
 顔に集まる熱を感じながら、やっぱりいがっちの前に出られないよねん、と思っている。