Cotton Candy Dreamy
顔のほてりなのか、単純に日差しのせいなのか。駅までの道を歩く一成の頬は、うっすらと赤い。まだ朝と呼ばれる時間帯とはいえ、早朝とは言い難い。六月も中旬となれば、気温が上昇していく時間帯だし、今日は天気がいいので日差しも強いのだ。だからほてっているのだ、と言うこともできたけれど。
(――テンテンかっこよすぎるんだもん!)
十中八九、いろいろ思い出していることが理由だろうな、と予想している一成は胸中で叫ぶ。さっきから頭によみがえるのは、昨晩の天馬である。
たくましい体に、熱を帯びたまなざし。驚くほど熱い指先が肌をすべる。欲を宿した声で呼ばれて、体の隅々まで溶け合った。それら全ては、一成にとって初めての感覚を連れてきて、何もかもを飲み込んだのだ。あの時の天馬の、見たこともない猛りだとか吐息の艶やかさだとか。知らない天馬を体中全部で感じられたことは、この上もない幸福感を一成にもたらした。
(マジでオレ、グッジョブすぎるっしょ。あの時、誕プレ聞いたのファインプレーすぎ)
真剣な顔で過去の自分を褒めたたえる一成が思い出しているのは、昨晩よりもっと前――そもそもの発端になった日のことだ。
◆
夏組は天馬の誕生日を毎年全力で祝う。もはや天馬は祝われることを当然だと思っているので、サプライズパーティーにはならないけれど、その分めいっぱいに盛り上がることにしている。その一環として、天馬への誕生日プレゼント選びにも全員余念がない。
中でも一成は、もともとプレゼントを選ぶことが好きだった。くわえて恋人へのプレゼントともなれば、それはもう大張り切りしていた。数か月前からあちこちにアンテナを張り、プロジェクトを成功させるような真剣さで、天馬のプレゼントを吟味する。
ただ、その過程で、ふと思ったのだ。サプライズは当然なので、特に何も聞いたことはなかったけれど。そもそも、テンテンって欲しいものあったりするかも?
意外なプレゼントで天馬を喜ばせたい、という気持ちはある。ただ、素直に欲しいものをあげたいな、とも思っていた。だから、今年はあえてのリクエスト制もありだよねん、と思った一成は、すぐに行動に移した。最近多忙で帰りが遅い天馬を出迎えて尋ねたのだ。
「テンテン、今年の誕生日プレゼント何がいい?」
すっかり夜遅い時間帯。他のメンバーはとっくに部屋に引き上げて、談話室には二人きりだ。お疲れの天馬に夜食を温めてやり、ソファで一息つく天馬にそう尋ねた。天馬は意外そうに目をまたたかせる。
「まだ誕生日まで結構あるぞ」
「今から準備しときたいじゃん!」
ぴかぴか輝くような満面の笑みで言うと、天馬の唇がやわらかくほころぶ。いつもの力強いものではない。やさしく抱きしめるようなそれは、一成の前でだけ見せてくれるものだ。
二人きりというシチュエーションに、夜も更けてきた時間帯。いつもの日常が少しだけ特別になるような雰囲気が漂う。くわえて、最近天馬はずいぶん多忙だった。あまり疲れが顔に出ない性質ではあるけれど、まったくこたえていないわけではないだろう。いつもより、理性がゆるんで素直な気持ちが表に出てきてもおかしくはない。
「ありがとな。そうやって、ずいぶん前からオレのことを考えててくれて嬉しい」
「オレがやりたくてやってることだし! テンテンがお礼言うことじゃないよん」
心から、一成は答える。天馬に誕生日プレゼントを用意したいのは一成の希望なのだ。天馬が感謝するようなことではない。
とはいえ、天馬は本気で嬉しいと思っていてくれることはわかっていた。その事実は一成の胸を満たし、何だかふわふわとした気持ちになってくる。舞い上がるような気持ちのまま、一成は明るく告げる。
「リクエストめっちゃ受け付けるし――あ、誕生日プレゼントはオレとかどう!?」
よくある冗談の一つだ。きっと天馬は苦笑を浮かべて、「何言ってるんだ」なんて答えてくれるだろう、と思ったのに。
天馬は一成の言葉に、ぴたりと動きを止めた。それから、やけに真剣な顔で一成を見つめるので、ドキリ、と心臓が鳴る。
もしかして、テンテンこういう冗談嫌いなのかも? と、じわじわ不安が忍び寄ってくる。何か言わなくちゃ、と口を開くけれど、それより早く声が飛び込んだ。
「――いいのか?」
小さなつぶやきのような言葉なのに、やけに耳に残る声だった。一際高く一成の心臓が跳ねる。先ほどの焦りや不安とは種類が違う。これは、期待や切望の類であり、隠された熱を感じ取ったからだ。天馬は言う。真っ直ぐ一成を見つめて、うかがうように。奥底に確かな熱を宿して。
「――お前が欲しいって、言っていいのか」
恐る恐るといった調子の問いに、一成はすぐに言葉を返せない。ただ、それは天馬の言葉の意味がわからなかったからではないし、嫌だと思ったからでもない。天馬から向けられるものが一直線に胸に突き刺さって、言葉が上手く形にならなかったのだ。
だってこれは。「お前が欲しい」と天馬が言うその意味は。
一成は他人の心の機微を読むのが上手いし、隠された真意を見つけるのも得意だ。天馬自身がわかりやすい人間だということもあるし、何よりも恋人としての時間をずっと重ねてきた。だからこそ、天馬の言いたいことははっきりとわかった。
恋人という関係を結んでから、少しずつ二人で仲を進展させてきた。最初はぎこちなかった触れ合いも、今では日常のようにすんなりとなじんだ。キスなら何度も交わし合ったし、もっともっと近くで触れ合いたいと二人とも望んでいる。だから、今天馬の発した言葉の意味を一成は理解する。
勘違いではないはずだ。天馬が宿した熱も、うかがうような調子も、真剣なまなざしも。何もかもが一つの答えを告げている。一成が欲しい。身も心も何もかも余すところなく、一成の全てが欲しい。
ああ、本当にテンテンってオレのこと大好きなんだ。真剣な言葉に、一成は心から実感する。疑ったことはないけれど、あらためてそれを思い知らされてじわじわと体温が上がっていくし、胸がいっぱいになってしまう。だから、すぐに答えを返せなかった。
「悪い。無理強いしたいわけじゃないんだ」
一成の沈黙を、天馬はやわらかな拒絶と受け取ったのだろう。バツが悪そうな顔でそんなことを言うので、一成ははっと我に返る。勢い込んで答えた。
「待って違うから! テンテン! あの、えっと、その――誕プレ、オレでいいの?」
都合のいい夢なんじゃないか、という気持ちで尋ねる。すると、天馬は一瞬黙ったあとすぐに笑みを広げた。
呆れるようにも見えるけれど、これは違うと知っている。一成が変なところで気を遣うだとか、踏み込むのをためらう瞬間だとか。弱さとも言えるところが愛おしいと思っているのだと、はっきり告げるようなまなざしを向けて、ゆっくり答える。
「一成がいいんだよ」
そう言って、天馬はゆっくり手を伸ばした。一成の指先をそっと辿って、ぎゅっと握る。冗談みたいに熱い手に、一成の心臓はさっきからずっと鳴りっぱなしだ。このまま心臓壊れちゃったらどうしよう、と思いながら握られた手に力を込める。体温が手のひらから溶け合って、こんな風に熱を分ける日がいずれ訪れるのだと、二人とも理解していた。
◆
(はー、マジでテンテンってばかっこよすぎやばたん)
駅までの道を歩く間、一成は何度も思っていた。
常々一成は天馬のことをかっこいいと思っている。そもそも、友達の段階で「テンテンってば顔面国宝すぎね?」とは思っていた。そこから片思いが始まり、恋人となるに至り、その気持ちはさらに強くなった。最近では、世界遺産か何かだと思い始めている節がある。
(誕生日プレゼントにオレが欲しいとか言われて、めっちゃきゅんきゅんしちゃった。かわいくてかっこいいとか、テンテン最強すぎっしょ)
駅に到着して、慣れた動作で改札を通過した一成はしみじみ思う。
誕生日当日は寮でのお祝いもあるので日にちはズレてしまったけれど、無事に「誕生日プレゼント」を贈ることができたので、一成は満足している。
浮かれた気持ちのまま、一成はいつものようにホームへ向かい、電車を待つ。天馬の実家にはたびたび訪れているので、最寄り駅から大学までの経路もすっかり慣れたものだ。
(テンテン、もう家出たかな。今日は帰り遅いんだっけ)
所定の位置で立ち止まった一成は、天馬の今日のスケジュールを思い浮かべる。朝からドラマの撮影、その後はWebメディアのインタビュー。それが終わったら大学で夕方からの授業を受けると聞いている。
一般的な大学生に比べれば、どう考えても多忙な毎日だ。しかし、学業も仕事もおろそかにせず、天馬はきちんと全てをこなしている。そうするのが当たり前だと言って、実際何一つ手を抜かない天馬のことを、一成は心から尊敬している。
(やっぱ、テンテンってかっこいいよねん)
単純な外見だけにとどまらず、皇天馬は生き方そのものがかっこいいのだ。そんな天馬と恋人同士であるなんて、まるで夢みたいだけれど間違いのない事実である。
嬉しい気持ちになりつつ、一成は自分に気合を入れた。大学での制作も大詰めを迎えている。もともと手を抜くつもりはないし、胸を張っていられるような絵を描くのだ、という決意が新たになる。
そろそろ頭を切り替えないと、なんて思っているとホームにアナウンスが流れる。そろそろ電車が来るらしい。電車に乗れば、大学まではあっという間だ。
ここから日常に戻るのだ、と一成は思う。天馬とのことはとりあえず思い出として保護しておいて、あとでときどき取り出して眺めればいい。さすがに本人がいたら無理だけれど、こうやって距離は取れるから多少落ち着ける時間があってよかったよねん、なんて思っている間に電車はホームに到着した。
深呼吸をして、普段通りの顔で電車に乗り込む。ここからは日常だ。天馬と過ごした特別な夜はひとまず置いておいて、いつもの三好一成になっていくのだ、と思ったのだけれど。
乗り込んだ車両の中吊り広告に、一成の思考がフリーズする。天馬が出演する連続ドラマの広告だった。
どっと心臓が大きく跳ねた。
社会派のサスペンスドラマで、主人公である刑事に協力する青年として天馬は出演している。爽やかな笑顔ではなく、真剣なまなざしがこちらを見据える。普段の一成であれば、「テンテン広告でもかっこいいよねん!」なんて思っていただろう。しかし、今日ばかりはそうも行かなかった。
あまりに強く、射抜くようなまなざしは、心の全てを傾ける時の顔に似ていた。息を詰めて、熱い吐息とともに一成の名前を呼んで。心と体の全てで一成を抱きしめて、何もかもを注いでくれた時の、あの真剣なまなざしを思い出す。
顔に熱が集まっていくのが、一成にもわかった。ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
頭は自動的に昨晩の記憶を呼び起こして、あざやかに展開する。熱いまなざし、触れる指先、甘い声、やわらかな口づけ。何もかもがあまりにも鮮明に浮かんで、一成はぎくしゃくと体を動かす。立ち止まったままでいるわけにはいかないと、どうにか車内中ほどまで進むけれど、頭は混乱していた。
(待って待って、むりむり、テンテンかっこいいのは知ってるけど、待って待って)
誰に言っているのかもわからないけれど、一成は胸中で言葉を並べる。その間も、思い出すのは昨晩の天馬だった。
天馬はいつでも太陽みたいな明るさを持っている。だけれど昨日の天馬は、もっと夜の匂いをさせていた。たくましい体は大人の色気をまとって、触れるだけで一成の胸を熱く焦がした。一分の隙もなくくっついて、熱と心を交わした。あの時の天馬の表情、声、仕草。昨晩の記憶がエンドレスでリピートに入ってしまいそうになり、一成はぶんぶん首を振った。
この調子では、とてもいつも通りになんて戻れない。せめて広告から目を離さなくては、と一歩踏み出す。車内はそれなりに人はいるものの、満員というほどではない。中吊り広告が目に入らない場所へ移動しよう、と数歩進んだ時だ。
向かいのドアの上部に設置された液晶ディスプレイ。そこに映し出された、車内広告の映像が目に飛び込む。
爽やかな炭酸飲料のコマーシャル。青空の下、プールで大型犬とたわむれるのは天馬だった。一成の呼吸が止まる。画面の中の天馬はきらきらと光を弾いて、夏の明るさを体現しているようだった。白いTシャツが爽やかで、プールの水がかかって濡れる姿もまばゆく輝いて目が離せない。
釘付けになった画面では、天馬が炭酸飲料を飲んでいる。水に濡れて張り付く髪、額や首の水滴、Tシャツの裾で顔を拭いた時に見える腹筋。
爆発するように心臓が音を立てる。苦しくなって呼吸を止めていたことに気づき、急いで息を吸った。ただ、顔には熱が集まっているし、心臓はあり得ない速さで鼓動を刻んでいる。たった今流れた映像。普段ならきっと素直に受け取れた。しかし、今の一成にはあまりにも刺激が強すぎた。
昨晩の記憶が鮮明によみがえる。ベッドの上、一成を見下ろす天馬。しっとりと濡れた体、額に浮く汗。均整の取れた肉体は、彫刻のような美しさだ。切なそうに目を細めて、真っ直ぐ一成を見つめる。大きな手のひらが体を辿り、余すところなく一成に触れる。知らないところなんて何一つないみたいに、一成さえも知らない一成を見つけていく。
昨日の夜に知った、今まで見たこともない天馬の表情、声、体温、熱。あざやかに思い浮かべた一成は、呆然と思う。
(むり)
今朝からずっと、昨日の続きのようなのだ。ただ、距離を取れば冷静になれるだろうと思った。記憶の中にその姿はあっても、実際の天馬は目の前にいないのだから、落ち着く時間は取れるはずだと。
実際、天馬と別れて駅へ向かう間はだいぶ平静を取り戻していたのだ。このままなら、大学へ着く頃には普段通りの自分になるだろうと思っていた。
しかし、実際はそんなに上手く行かなかった。天馬とは別行動をしているはずなのに、目の前には否応なく天馬の姿が現れる。どうしてなのか、答えは簡単だ。皇天馬はあらゆるメディアに日夜現れる、売れっ子芸能人だからだ。
一成をはじめとして、夏組やMANKAIカンパニーのメンバーにとって、天馬が芸能人であることは単なる事実であって、特別意識することではない。だから、芸能人であるとはわかっていても、特段対応が変わることもなかった。しかし今一成は、天馬が芸能人であることをまざまざと思い知らされている。
一成の意志とは関係なく、天馬の姿が目に飛び込む。ドラマはもちろんコマーシャルにだって引っ張りだこ、あらゆる場所で活躍するのが天馬なのだ。別れて行動したところで、街中を歩けばすぐに天馬に行き当たる。
結果として、一成の頭はすぐさま昨晩の記憶を取り出して、鮮明なループを始めてしまう。いったん別れて落ち着くはずだったのに、天馬が天馬であるがゆえ、そうすることもできずにいる。
(テンテンが活躍してるのは嬉しいけど……! 嬉しいんだけど……!)
電車内で崩れ落ちそうになりながら、一成は思う。
天馬の体温や、分け合った鼓動。降り注ぐように、大事なのだと大好きなのだと伝えられて、心も体も全部が溶け合う。あの瞬間の、息が詰まるような幸福感。高揚して酔いしれるような気持ちで、一成は瞬く間に満たされてしまう。恥ずかしくて嬉しくて、幸せで照れくさい。暴れまわる心臓の音を聞く一成は、めまぐるしく動く感情に翻弄されながら思う。
(こんなのずっと思い出すじゃん!)
何一つ落ち着かなかった。天馬が視界に入るたび、そのたくましい体や吐息を想像しては、内心でただもだえるしかない。電車でなければ暴れていた。
もう少し時間が経っていれば平静でいられたかもしれない。しかし、昨日の今日である。二人で重ねた時間は鮮明で、残り香をまとっているような気配さえしているのだ。この状況で、否応なく天馬の姿が飛び込んでくるという状況は、どうしたって落ち着けるはずがなかった。
普通の人間であれば、こんな風に意図せず視界に入ってくるなんて状況にはなりえない。別行動してしまえば、自分からアクセスしない限り姿を目にすることはないだろう。
しかし、天馬はれっきとした芸能人であり売れっ子なのだ。あらゆるところで顔を見るし、勝手に姿は飛び込んでくる。それもこれも、天馬が実力派役者として世間から評価されているからであり、人気芸能人であるからだ。
いつもならば意識しないことを、今日ばかりは一成も否応なく思い知らされるしかない。ただの一般人ではないからこその、今の事態である。ああ、オレって芸能人と恋人だったんだなぁ……と現実逃避気味で思う始末だ。そんな一成の前では、再び先ほどの炭酸飲料のコマーシャルが流れ始める。
(あーだめ、めっちゃかっこいい。好き)
観念した気持ちの一成の前では、天馬が爽やかに笑っている。
とはいえ、電車を降りれば多少の平静は取り戻せた。駅に天馬の広告はなかったし、大学までの道のりや大学構内に、さすがに天馬の痕跡はないからだ。
よし、これなら落ち着けるっしょ、と一成は思う。それに、昨日の余韻を引きずりながら大学の友人たちと顔を合わせるのは気恥ずかしい。気合を入れて平静を装う必要があった。一成は大きく深呼吸をしてから、明るく教室へ入る。
「おっはよ~☆ ねね、昨日の課題ちょっと謎ポイントない!?」
大きな口を開けて、テンション高く言葉をかければ、ほうぼうから答えが返る。一つ一つに返事をする一成は至っていつも通りと言える。軽やかに明るい口調は、どんな不自然さもない。
ようやく落ち着いてきたなぁ、と一成は内心でほっと息を吐く。すると、友人の一人が思い出したように声を発した。
「――あ、そうだ。三好さぁ、前探してるって言ってた雑誌あったじゃん。あれ、見つけたから持ってきたんだけど」
「マ!? どれだろ!? 古典特集のやつ!?」
「いや、そっちじゃなくて……芸能雑誌とか珍しいと思ったんだよな」
そう言いながら、友人はごそごそとカバンを探る。芸能雑誌。何だか昔、頼んだ覚えがあるような。脳内に散らばる鍵を拾い集めて、何を頼んだのか思い出そうとしたところで、雑誌がカバンから取り出される。瞬間、一成の喉から押し出されるように「ひっ」と声が出た。
目の前に差し出された雑誌。表紙を堂々と飾るのは、天馬だった。
すっかり落ち着いたと思っていた。ようやく普段通りの顔になれると思った。大学ならさすがに天馬の痕跡もないし、と油断していたこともある。不意打ちの天馬は、思った以上に衝撃が大きかった。
くわえて、雑誌の天馬は今よりも少し幼い。そうだ、と一成は思う。天馬のことはMANKAIカンパニーに入る前から当然知っていたけれど、雑誌の類を買うようになったのは入団後だ。
だから、入団前の天馬の雑誌は持っていないものが多くて、友人たちに収集の協力を呼び掛けていた。その内の一冊がこれなのだろう。
この天馬は、まだ夏組も一成のことも知らないのだ。どこかあどけなさを感じさせる、幼さを残した天馬。しかしこの天馬はいずれ夏組と出会い、成長し、少年らしさを脱皮して精悍な青年となっていく。夏組とのつながりを深くして、一成と恋をして気持ちを確かめ合って、次第に大人へなっていく。
大人に、と一成は思う。もう子供ではない。大人になる。
その言葉に、連想的に昨晩の記憶がよみがえって、じわじわと顔には熱が集まっていく。熱っぽいまなざしで見つめ合って、汗ばんだ手のひらを握り合って。触れてくっついて溶け合って、一つになる。あますところなく思い出した一成は、もうギブアップ寸前だった。
(むり、おちつかない、これはむり)
思わずその場にしゃがみ込むので、当然友人は心配して声をかける。一成は「だいじょぶ、だいじょぶ」と答えるものの、説得力はまるでない。ただ、もうこれは今日一日オレずっとこのままだろうな、という予感だけは確かだった。