Cotton Candy Dreamy
どうにかインタビューを無事に終わらせたあとは、大学で講義を受ける。夕方の授業には間に合うようスケジューリングしているおかげで、きちんと講義には出席できた。ただ、夕方からの授業は終わりも遅い。寮に戻った頃にはすっかり夜が深まっていた。
談話室に顔を出したあと、部屋に戻って荷物を置きに行く。夕食を食べるタイミングがなかったので、これから夕食の予定だ。大学が遅くなることは連絡済みなので、天馬の分は当然ちゃんと確保されている。
足早に201号室へ向かって、階段を上る。すると、ちょうど向こう側から人がやって来る気配がした。何の気なしにそちらへ視線を向けるのと同時に、人影がひょい、と顔を出す。
「うわ!?!?」
心底びっくりした、といった声を上げるのは一成である。天馬もびくり、と反応してしまったのは、さんざん今日頭に思い浮かべていた人間が登場したからだ。一成は胸を抑えて「びっくりした~!」と言いつつ、明るい笑顔を浮かべて続ける。
「おかえり~! 大学遅くまで大変だねん」
「ただいま。――まあ、今日は遅めの授業取ってるからな」
仕事に関してはレポートによる代替処置を取ってもらうこともあるけれど、できるかぎり出席できるよう調整はしている。その一環で、朝や夜に偏りがちの時間割を組む日があることは一成も知っている。
だから「さすがテンテン! めっちゃえらい!」と誉めそやすのだ。いつもなら「子供扱いするな」と言う場面だけれど、今日の天馬はそうしなかった。
「一成は――その、今日は一日体の方は大丈夫だったか」
真剣な表情で尋ねる。一成は数秒黙ったあと、大きな目を瞬かせてから顔を赤くした。天馬もつられて頬を染めるのは、何の話をしているのか二人とも理解しているからだ。
恋人と過ごす初めての夜。同性同士、どちらがどの役割を果たすかは比較的スムーズに決まり、一成は天馬を受け入れることを望んだ。結果的に、一成には大きな負担を強いることになったからこその質問である。昨日の夜の具体的な行為を想像してしまったのは、無理からぬことだろう。
「あはは、だいじょぶだよん! てか、テンテンちょいちょい聞いてくれるけどさ、めっちゃオレ元気だったし!」
「それならいいんだけどな。でも、負担をかけたのは事実だろ。どこか痛いとかはないか」
「ないない! だから、マメに連絡してくれなくてもおけまるだからねん!」
軽やかに一成が言う通り、天馬は時間を見繕っては一成の体調を気遣うメッセージを送っていた。もっとも、仕事中はスマートフォンを常に持っていられるわけではないので、一成が言うほどマメではなかったのだけれど。
天馬の状況を理解しているからこそ、ときおり送られるメッセージが天馬にできる範囲での最大の気遣いであることはわかっているのだろう。
「――それに、あんまりメッセージ送られるとオレの心臓がもたないっていうか……」
ぼそり、とつぶやかれる言葉は一成にしては珍しい。いつも明るく、ハキハキとした一成らしからぬささやきだった。ただ、耳にはしっかり届いていたので天馬は尋ねる。
「悪い。迷惑だったか」
一成に負担をかけるのは本意ではないのだ。もしも天馬からのメッセージを受け取りたくないと思っているなら、これからは控えるべきではないか、という意味での確認だった。ただ、不快な思いをさせたかもしれない、と考えると胸が締めつけられて、思ったよりも悲しげな声になってしまった。だからだろう。一成は慌てたように首を振った。
「迷惑じゃないよん! テンテンのメッセージ、めっちゃ嬉しいし! 毎回飛び上がっちゃうくらい喜んでるもん!」
力強い言葉に嘘はないようだった。一成は笑顔で感情を隠すのが上手いけれど、天馬をはじめとした夏組やMANKAIカンパニーのメンバーの前でそんなことはしない。何より、天馬は一成をいつでも近くで見守ってきた。一成が本音で話しているかどうかくらいわかる。
だから、天馬のメッセージを喜んでくれているのは、間違いないと判断する。ただ、そうなると先ほどの言葉の意味がわからない。どういうことか、と思っていると天馬の疑問を読み取ったのだろう。
困惑した表情を浮かべて、もじもじした様子で一成は口を開く。ためらいながらも声にすることを選んだのだ。天馬によけいな心配をさせたくないだとか、誤解されたくないだとか、そういう気持ちで。
「あの、ねー……何ていうか、今日一日ずーっと昨日のこと思い出しちゃって……。テンテンのこと考えるとさ、昨日のテンテンめっちゃかっこよかったな~とか、いっぱい触ってもらえて嬉しかったなとか、思って……。嬉しいんだけど、すげー恥ずかしかったんだよね」
困ったように眉を下げて、顔を赤く染めた一成はこぼす。
大学へ向かう電車で。友人に渡された雑誌で。天馬の姿が目に入るたび、一成は天馬を思い出す。恋人と過ごした初めての夜。どんな風に自分に触れて、二人で肌を重ねたのか。
何度も思い出していたところに、天馬本人からのメッセージである。昨日の夜を思い出すには充分すぎて、一成は今日一日ずっと落ち着かないままだったのだ。
「てか、テンテン売れっ子すぎない!? どこ見てもいるじゃん!」
おかげで全然落ち着かなかった、と文句のように言うけれど。これは単なる軽口だし、本気で不満に思っているわけではない。むしろ、何を見ても天馬との行為を思い出してしまう、というかわいらしい告白だ。その事実に天馬は思わずといった調子で笑い出す。
「もー、テンテン! 笑いごとじゃないかんね!」
怒ったような表情で言うものの、口元は笑っている。天馬は「ああ、そうだな、悪い」と言いながら、種明かしのような気持ちで口を開いた。
今日一日、一成は天馬のことを思い出していたという。初めて過ごした夜を、肌を重ねた記憶を、強く刻みつけていたからだ。天馬との時間を、何よりも大切に思っていてくれるからだ。わかっているから、伝えたいことは一つだった。
「――オレも、今日ずっとお前のこと思い出してた」
井川と顔を合わせてから、撮影スタジオに着いて挨拶をして、衣装やメイクを整える時も、いざスタジオへ入った時も。インタビューへ向かう車中でも、インタビューを終えた時も。仕事に支障は来たさなかったけれど、気を抜いたらすぐに思考は一成との夜に結びつく。
「ずっと夢の中みたいだった。スタジオでも扉とか大道具にぶつかって、井川には心配されたしな。授業中も、気を抜くとお前のこと考えそうだから気合い入れてた。まあ、配られた資料うっかり取り忘れそうにはなったけど」
天馬の言葉に、一成は数秒黙る。それから「マ!?」と言って、じわじわと笑みを広げていった。楽しい、嬉しい、幸せだ。そんな笑顔に、天馬の胸はただ満たされていく。やさしい表情でうなずくと、一成は少しだけ沈黙を流してから、ゆっくり口を開く。天馬が浮かべたものによく似た、やわらかい笑みとともに。
「――オレも、今日はずっとふわふわしててさ。一日挙動不審だったし、にかわの分量うっかり間違えそうになるし、授業の教室間違えたりとかしちゃって。テンテンのことばっか考えて、すぐぼーっとしちゃうんだよねん。だから、友達にはめっちゃ心配されちゃった」
照れたような、困ったような、そんな笑顔でやさしく告げられる言葉。これはうっかりミスの話であって、何一つかっこいい要素なんてないのはわかっている。それでも、二人は同じくらい理解している。
初めての夜を二人で過ごし、同じ朝を共に迎えた。まるで夢のような、何もかもがふわふわと、やさしく包み込まれるような時間。それは夜を越えても終わらずに、今この時まで続いている。それはどんなこともよりも確かな、幸福の証だ。
やわらかなまなざしを浮かべて、一成は言葉を重ねる。心の中があふれてこぼれていくような、弾んだ声で。
「オレら、二人とも何やってんだろうね?」
「まあ、二人とも今日一日挙動不審だったろうな……」
くすくす笑う一成に、天馬はしみじみ答える。周囲の人間はきっと、今日の二人は一体どうしたのかと思うに違いない。その事実に、天馬と一成は目を合わせる。言いたいことなら手に取るようにわかった。
「――でも、悪くないだろ」
「うん。オレら、二人でみっともなくなっちゃおうか」
楽しそうに、軽やかに、いたずらっぽいまなざしで一成は言う。天馬はこらえきれないといったように笑って、「ああ、そうだな」とうなずく。
今日一日の出来事を思い出せば、みっともない姿ばかりがよみがえる。不格好で恥ずかしいエピソードだと言ってもいいのかもしれないけれど、二人は知っている。この記憶は、今日の出来事は、みんな特別な一晩につながっている。
きっと二人、こんな風にこれから先、一緒に特別を知っていく。まるで夢の中みたいな、ふわふわとした時間を、二人でずっと何度も重ねていくのだ。特別だからこそいつも通りではいられなくて、挙動不審になってしまうのなら、それすら愛おしさに変わっていくのだと二人ははっきり理解していた。
だから、天馬も一成も言葉にせずともわかっていた。かっこわるくたって、みっともなくたって、二人一緒ならそれはいつだって幸福と呼べる。
END