Jumping 4 joy, 2moro!
用事を終えたレントが、談話室に顔を出した。カンパニーメンバーの挨拶に明るく答えたあと、ぐるりと部屋を見渡す。ソファに座る太一を見つけて、朗らかに声を掛けた。
「この前言ってたライブのチケット、一枚ならどうにかなりそうなんやけど」
「ほんとっスか!?」
思わず立ち上がると、レントは「ほんまや、ほんま。嘘吐いてもしゃーないやろ」と大きな口を開けて笑った。
以前、太一が「一回ライブに行きたいんスよね~」と言っていたバンドのことをレントは覚えていた。人気があってチケットは入手困難だけれど、仕事柄ライブ関係の情報はよく入ってくるし、多少のツテならある。今回チケットを融通してもらえそうな機会に恵まれ、太一の顔が思い浮かんだのだ。
「ただ、日付は指定なんや。大丈夫そうなら、一枚取っておくで」
「えっと、いつッスかね……?」
スマートフォンを取り出したレントにつられるようにして、太一も自分のスマートフォンをのぞきこむ。スケジュールアプリを起動させて示された日付に、自身の画面を確認した太一は大きく目を瞬かせたあと、はた目にもわかるほどはっきりとした苦悩を浮かべた。
「――何か用事でもありそうな顔やな」
面白そうな笑みを唇に刻んでレントが言うと、太一は「そうなんス」とうなずく。レントが指定した日付は、太一・万里・天馬・一成の四人で出かける日だった。
「みんな忙しくて、なかなか全員の予定合わなかったから久しぶりのお出かけなんスよ」
年齢も近いし趣味も合うということで、組は違えど仲良くしている四人である。気になる最新スポットやショッピングに出かけては、朝から晩までわくわくしながら時間を過ごすのが常だ。ただ、天馬は売れっ子芸能人だし、一成も大学卒業後はフリーで働いている。万里と太一とて決して暇ではなく、それぞれやることは案外多い。
結果として全員の予定が合うまで、それなりの時間が空いてしまうこともあった。だからこそ、全員で出かける時間はいっそう掛け替えのないものになるのだ。
わかっているから、太一は悩んでいる。レントの誘いは魅力的で、次にチケットが手に入るかは不透明なのだから今回は貴重な機会だ。ただ、先約はあくまで四人とのものだし、一緒に出かけることをずっと楽しみにしていた。レントは「まあ、こういうのはタイミングやからな」と屈託がない。太一が断ったところで、気を悪くすることはないだろう。
その様子に、ためらいつつも太一が口を開く。しかし、答えるより早く別の声が飛び込んだ。
「行きたいんだろ? なら、今回はライブに行けばいいんじゃないか」
「遊びに行くのは別の日でも平気っしょ!」
力強く言ったのは天馬で、明るい声は一成のものだ。二人とも用事があって談話室を訪れていたので、レントと太一のやり取りが聞こえていた。四人の約束を優先させるため、ライブを辞退しようとしていることを察して思わず声を掛けたのだ。
「ショッピングメインだから、チケット取ってたとかでもないしねん」
「人数が変わっても問題はないからな」
二人の言う通り、今回出かける先は都心に新しくできた商業施設だ。国際色豊かな飲食店や有名ブランド店に、独自のこだわりを持つセレクトショップが入店し、イベントステージなども併設されており、一日楽しめると評判だ。とはいえ、テーマパークなどとは違ってチケットが必要なわけではない。
「たいっちゃんが行けないのは寂しいけど……また別の機会に四人で行けばいいし」
「ライブはいつ行けるかわからないんだろ。それなら、そっちを優先しても問題はない。万里さんもそう言うと思うぞ」
まだ帰宅してない万里の意見はわからないけれど、十中八九二人に賛成することは想像できる。太一も万里ならそう言ってくれるだろう、と疑いなく思えた。
秋組として舞台の上で、何度も心の内をぶつけ合ってきたのだ。万里のやさしさなら、太一もよくわかっている。天馬と一成が心から言ってくれているように、きっと万里もうなずいてくれるだろう。
ここまではっきり言われたのなら、もう答えは決まっていた。三人ともこちらの約束をむげにしたなんて微塵も思っていない。太一の望みが叶うことを喜んで、楽しめるよう背中を押してくれたのだ。
だから太一は「ありがとうッス!」と心からのお礼を言って、レントに向かってチケットの手配を頼んだ。レントは楽しそうにうなずいて、「ばっちりチケット用意しておくで」と朗らかに笑った。
「万里さんにはあとで言えばいいか」
「LIME送っとく? まだ帰ってきてないよねん」
「たぶん、そろそろ帰ってくるんじゃないスかね」
万里は帰りが遅くなるとは言っていたものの、日付をまたぐことはないと聞いていた。だからそろそろなんじゃないか、と太一が言った時だ。談話室の扉を開いて万里が入ってくる。あまりのタイミングの良さに、太一はぱちくり目を瞬かせるし、一成は明るく笑った。天馬も楽しそうな笑みを浮かべている。
万里はそんな三人に不思議そうな表情を流すものの、すぐに真面目な顔になる。「三人そろっててちょうどいいわ」とつぶやくと、申し訳なさそうに言った。
「今度四人で出かけるつってっただろ。あの日、学科の手伝いが入るかもしれねーんだわ」
かもしれない、とは言っているものの、万里の口ぶりはほぼ確定的だと告げている。
詳しく聞いてみれば、強制的に学内イベントの手伝いに駆り出されたらしい。そのイベントは、身内の不幸以外では欠席が認められない、なんてまことしやかにささやかれているし、一成もその噂は知っていた。実際、主管となる担当教授は出欠に異様に厳しいのも事実だ。
「断れそうにないんだよな。まあ、内容的にはカンパニーに持ち帰れそうだから、どうせ出るならきっちりやってくるけどな」
そう告げる万里は、手伝いに参加する方向で今後の行動を考えていることが明白だった。つまり、ついさっき太一が一緒に行けないことが決まったのに続いて、万里も不参加の可能性が高い。
太一は「そうなんスね……」とつぶやくし、一成と天馬は思わず顔を見合わせた。
◆ ◆ ◆ ◆
これからのことを考える、という名目で天馬と一成は201号室で顔を突き合わせている。幸は学校の課題を片付けるため、202号室で椋と勉強中で部屋にはいない。二人で話し合いをするには、201号室が最も適当だった。
「えーと、どうしよっか?」
あいまいな笑みを浮かべつつ、一成が尋ねる。あれから結局、二人に「ごめんッス!」「悪い」とあらためて謝られて、「いや、気にするな」「平気だよん」と答えた。事実として、他に優先することができたなら仕方ないと思っているのだ。四人で出かけられないことは残念だけれど、また別の日に設定することだってできるのだから。
そうなのだ。四人でショッピングに行こうと計画を立てた。しかし、現状二人の不参加が決定している。こうなったら計画そのものを見直すことだって考慮の内だろう。
「まあ、チケットがあるわけでもないからな……」
一成の言葉に、天馬もぼそぼそ答える。
さっき太一にも言った通り、遊びに行こうと計画していたのは都内の商業施設である。日付指定があるわけでもないし、事前にチケットの購入が必要な場所でもない。ふらりと立ち寄ることが可能なのだから、今回はいったん計画を白紙にしてまた別の日を設定するという選択肢はある。四人で出かける、という点においてなら、それが一番適当だと天馬も一成もわかっていた。
しかし二人はあいまいな表情で、はっきりしない言葉を並べるだけだ。天馬は「なら別の日にするか」と言い出すこともないし、一成も「四人で行ける日って言ったら、この辺とかどう?」なんてことも言わない。ただそわそわと、煮え切らない雰囲気を漂わせている。
普段の二人であれば、そんな空気にもすぐ気づいただろう。しかし、今に限って言うならばそんな場合ではなかった。降って湧いたような「二人きりで出かけるチャンス」にどぎまぎして、他のことが考えられなかったのだ。
一体いつからなのかはわからない。夏組として大事な仲間だと、大切な友達だと思いながら過ごしていた日々の中で、一成と天馬は、いつしか相手に特別な感情を抱くようになった。ただの友達としての気持ちなのだと言い聞かせたけれど、自分だけを見てほしいだとか、相手の一番になりたいだとか、日に日に大きくなる感情は、もはやごまかせなかった。
相手のことが特別なのだと、日常のささやかな瞬間で二人は何度も思い知った。
自分に向かって笑ってくれることが嬉しい。名前を呼ばれるだけで胸がときめく。顔を合わせられない日が続くと、気分が落ち込んでしまう。一緒にいられるだけで体中に力があふれたし、自分がそんな存在でありたいと思う。
たくさん笑わせて幸せでいてほしくて、そのためにできることなら何だってやりたい。持っているものの全てで、思う限りの強さで、ただ大切に抱きしめて宝物みたいに大事にしたい。
そんな風に思うたび、天馬は「ああ、オレは一成が好きなんだな」と実感していたし、一成は「オレ、テンテンのこと大好きじゃん」と自分の気持ちを噛みしめていたのだ。
しかし、夏組としてともに過ごして友情を育んできた時間も、二人にとっては特別だった。天馬にとって一成は、初めて自分を友達だと呼んでくれた相手だ。一成にとって天馬は、初めて自分の本音を受け取ってくれた相手だ。
心を交わして分かち合った最初のきっかけとも言える存在だから、友人としても当然大切だったし、夏組としての結びつきも強い。
だから、今までずっと友達の顔をしていた。相手が特別だと認識したとして、友人であることは変わらない。友情がなくなったわけではないし、いっそう特別な感情がくわわっただけなのだ。そう認識しているから、友達という関係をわざわざ変化させることにもためらいがあったし、何よりお互い信じていた。――こんな風に思ってるのは、きっと自分だけだ。
天馬も一成も、相手が自分のことを大切に思っていることは一つだって疑っていない。夏組として友達として、ともに多くのことを経験してきた。互いの心に触れて、大切なものを知って、時間を重ねるにつれて、よりいっそう結びつきは深まった。
ただ、それはあくまで友情と名づけられる関係だと認識しているだろう、と二人とも思っていたのだ。こんな風に、恋心を抱いているなんて自分だけに違いないと。あまりに強すぎる感情だからなのか、客観的な判断はさっぱり機能していなかった。傍から見ればこんなにもわかりやすいのに、当人たちだけが気づいていないのだ。
そういうわけで、「二人きりで出かける」というチャンスが巡ってきて、おおいに慌てている。四人で出かけるのなら、太一も万里もいるのであくまで友達の顔をしていることはできた。ただ、二人きりである。常に一緒に行動し、お互いの存在を強く感じるような時間だ。舞い上がるほど嬉しくて、浮かれてしまうことは予想できた。
もともと四人で出かける約束だったのだし、いったんは中止や延期にするという選択もある。ただ、二人ともそんなことをしたくなかった。できることなら、このまま計画を進めて二人で出かけたかったのだ。
だから、二人は行けなくなったけれど、予定は変更せず一緒に遊びに行こうと誘えばいいと頭ではわかっている。単なる友人としてなら別に何てことのない事態なのだから。
ただ、恋心を自覚している手前、あからさまに言うのもためらわれて、煮え切らない言葉になっていた。特別な感情を抱いているからこそはっきり口にしたら、気持ちが伝わってしまうかもしれない、と煩悶しているのだ。
かといって、このまま「それじゃ、今回はなしで」になってしまうのも避けたい。四人で出かけるのは別日程を確保するとして、突然訪れた二人きりの時間を過ごすチャンスを逃したくなかった。
そわそわとした空気を流しながら、しばらく二人は核心に迫らない世間話を続けていた。ただ、それではらちが明かないと踏んだのかもしれない。
意を決したように、一成がスマートフォンを取り出した。画面を操作して深呼吸すると、明るい笑顔で言った。
「今さ、世界の朝ごはんを食べられるってイベントやってるんだって! 屋台とかも出てて、めっちゃ面白そうだな~って思ってるんだよねん」
テンション高い笑顔で告げる一成は、いたっていつも通りに見える。ただ、内心では心臓がドキドキと高鳴っていた。一成はじっと天馬を見つめながら「それで」と言葉を続ける。
「期間限定だからさ、他の日になると終わっちゃうかも」
少ししょんぼりした空気で告げられた言葉に、天馬は即座に反応した。少し上ずった声で答える。
「そうか。なら、やっぱり予定通りに行った方がいいよな。オレもせっかくオフ取れた日だし」
「あ、だよねん。テンテン、次いつオフ取れるかわからないもんね!」
天馬の言葉に、一成もすぐに答えた。時間が経ったら気持ちが変わってしまうことを恐れるような調子で、それは天馬も変わらない。ある意味では阿吽の呼吸で、二人は言葉を積み重ねる。
「この日ってなると、あいつらも予定あるって言ってたよな」
「あ~、だね。むっくんとくもぴはヒョードルとお出かけで、ゆっきーは実家帰るって言ってたし、すみーも客演の稽古日だって!」
オフの日は夏組と行動をともにすることも多いのが一成と天馬だ。万里や太一と出かける計画を立てる際、「ちょっと予定合わないかも!」と断る場合、すでに夏組との先約が入っている割合は高い。
しかし、今回に限っては夏組も全員予定がある。少なくとも、夏組一緒にどこかへ出かけようということにはならないだろう。もっとも、「一緒に行くか?」と声を掛ければ、予定を変更して同行してくれる可能性もゼロではない。むしろ、喜んでショッピングについてきてくれる姿は充分想像できた。天馬も一成もそんなことは充分わかっていたのだけれど。
まるで気づいていないようなそぶりで、二人は話を続ける。期間限定イベントを楽しむためには、もとの予定を動かさない方が得策だ。せっかく予定を空けられたのだし、行かなくなってもオフであることは変わらないのだから、そのまま出かけたっておかしくない。夏組はみんな予定があるし、一緒に出かけることはできない。だから、自分たち以外のメンバーがいないのはおかしくない。
外堀を埋めるように、二人で出かける口実を積み上げていった。
「――まあ、だから、その、何だ。予定通りに出かけないか。オレと二人だが」
大きく深呼吸をしたあと、天馬がゆっくり言った。何でもない顔をしているけれど心臓は胸を突き破りそうに暴れている。ただ、同じような状況の一成が気づくことはない。何より、天馬から告げられた言葉はどんなものよりもぴかぴか光り輝いていたから、他のことは全て吹き飛んでしまった。
「うん! そだね!」
勢いよく一成は答えて、天馬の提案に何度もうなずいた。聞き間違いだと思われてしまったら嫌だったし、心から嬉しいのだと乗り気なのだと、ちゃんと伝えたかったのだ。天馬はその反応にほっとしたように笑って「そうか」とつぶやく。一成もいっそう深い笑みを浮かべて、スマートフォンを操作する。
「あ、じゃあ、テンテン見たいお店ある? 行きたいとこチェックしよ!」
「そういえば、初出店のブランドあるとか聞いたな……」
「えーと、ここかな?」
すいすいと指を動かしてスマートフォンを掲げれば、天馬が興味深そうに画面をのぞきこむ。近くなった距離に二人はドキドキしながら、この時間がもっと続けばいいのにと思っている。