Jumping 4 joy, 2moro!






 昼食時間を過ぎた学食は、比較的閑散としている。空いた席でちょっとした軽食を腹に収めながら、天馬と太一は次の講義までの時間をつぶしていた。他のカンパニーメンバーはこの時間、それぞれ講義中なのだ。
 これから受ける講義の話やレポート課題の進捗状況、今年の春から葉星大学に入学した九門についてなど、ささやかな雑談を繰り広げる。大学生ならではの会話も二年目となれば、どことなく板についてくる。以前よりも掘り下げた話ができることになった、という事実に二年生になったんだなぁと太一はしみじみ思っていた。
 すると、他愛ない話が途切れた。沈黙が気まずい間柄でもないので、普段なら気にすることはない。しかし、思わず天馬を見つめたのは漂う雰囲気が変わったように思えたからだ。案の定、天馬はやたらと真剣な顔をしている。

「――これは、友達からの要望なんだが」

 重々しい表情でそう言うと、天馬は大きく深呼吸をした。にらみつけているとも思えるような、力強いまなざしを向けると一息で言った。

「どういう風に告白されたいかについて、意見を聞きたい」
「へ?」

 思わず口をついて変な声が出てしまったのは仕方ない、と太一は思う。一体何かと思ったら「どういう風告白されたいか」である。完全に想定外だった。もっとも、即座に理由は察したし、「ついに天チャンも覚悟決めたんスね~」という感想が頭に浮かぶ。タイミングが想定外なだけで、内容は特に驚くべきことでもなかった。
 四人で出かける約束がなかったことになったものの、結局天馬と一成は一緒に遊びに行くことにしたという。自分のせいで予定が変わってしまうのは申し訳なかったし、自分がいなくても楽しい時間を過ごしてほしいと思ったから、中止ではなく続行という決定に「それがいいッス!」とうなずいたけれど、理由はそれだけではない。
 天馬の好きな人が一成であることは、天馬を見ていれば気づいた。演技力はピカイチなのに、自分の感情を隠すのは著しく下手なのが天馬である。わかりやすすぎて、太一もさすがにすぐ察した。
 さらに、恋愛というフィルターを通して見た結果、どうやら一成も天馬のことが好きらしい、と気づいたのだ。「両想いじゃないッスか!」と太一はテンションが上がったし、このままぜひ恋愛成就してほしい、と太一は心から思った。だから、四人で出かける時はさりげなくアシストもしていたのだけれど、なかなか進展しないのが二人だった。
 友達という期間が長かったからなかなか踏み出せないのかもしれない、と思っていたところ、告白についてのシチュエーションを天馬が尋ねてきたのだ。思いがけず二人で出かけることになったし、どうやら一成も乗り気で悪いようには思っていない、とわかったからだろうか。それとも、今まで積み重ねてきた想いがついに臨界点を突破して、あふれ出してしまいそうになったのかもしれない。
 どんな理由だったとしても、太一からすれば全力で応援する以外の選択肢はなかった。いいきっかけにはなれたようだし、やっぱり二人きりで出かけるというシチュエーションは大きかったんだな、と思いながら天馬の続きの言葉を待つ。

「その、友達が……好きな相手に告白したいと思ってるんだが、どう告白するのがいいかと悩んでてだな……参考意見を聞きたい」
「えっ、天チャンなら、いろいろドラマとかで参考にできそうじゃないッスか!?」

 しどろもどろの天馬の言葉に、思わず言った。天馬は売れっ子役者としてあまたの恋愛ドラマに出演している。それはもう様々なバリエーションの告白場面を演じてきただろう。太一とて、恋愛ハウツー本はよく読んでいるものの、告白シーンに関しては天馬も相当な場数を踏んでいるはずだった。
 天馬はその言葉に、「いや、まあ、そうなんだか……」前置きをしてから、静かに答える。

「その、相手っていうのが、結構太一と似てる」

 そう言った天馬は、少しだけ目を細めた。紫色の瞳に宿る光はやさしくて、どこか甘い。輝きを目に溜めたまま、天馬は「いつでも明るくて笑顔でいてくれる」「流行りものが好きで、どんなことも楽しめる」「人の心をすくいあげるのが上手い」「人と人をつなぐのが得意だ」と言って、想い人を語る。

「……違う、友達だ、友達の話だからな!」

 ただ、途中で最初の設定を思い出したらしく、慌てて付けくわえた。もっとも、誰を思い浮かべているかなんて太一には丸わかりなので「天チャン、カズくんのこと話す時こんな顔するんスね」としみじみ思うだけだった。
 ただ、そこをつつくと天馬も意固地になるだけだろうし、天馬をからかうつもりはなかった。何より、天馬はそんな一成を「太一に似ている」と言ってくれたのだ。天馬にとっての特別な人に自分が似ている、と言ってくれたことが嬉しかった。
 それに、天馬に頼られたなら力になりたかったし、そもそも太一は二人に幸せになってもらいたいのだ。だから、全力で答えるに決まっていた。

「そーッスね……! 遊園地の観覧車とか二人の思い出の場所で告白するのとか、憧れるッス!」

 今まで読んだ恋愛ハウツー本や、収集したデートコース情報を思い浮かべながら太一は答える。
 ぐっと来るシチュエーションといえば、やはりロマンチックな場面だ。遊園地の観覧車は二人きりの個室でありつつ、場所がら魔法がかけられたような空間だろう。気持ちが盛り上がることは間違いない。
 二人の思い出の場所というのも、二人だけの特別な記憶につながっている。今まで積み重ねた時間を意識させるし、これまでの歩みを大事にしてくれる、という象徴にもなるはずだ。

「テーマパークのお城の前で告白とか、フラッシュモブとかもありかも!?」
「まあ、確かに好きそうだな……」

 太一の言葉に、天馬もぶつぶつつぶやく。一成はお祭り騒ぎが好きでイベントごとも大好きな人間である。大勢の人でにぎわう場所だとか、たくさんの人が総出で繰り出すイベントのような告白も「めっちゃテンアゲ!」と喜ぶ姿が想像できた。
 それ以外にも、「おっきい花束をプレゼント!」「花火刺さってるケーキとかあるよね」「サプライズ感は大事ッス」だとか、太一はテンション高くアイデアを口にした。今までに読んできたハウツー本や収集した情報が、これでもかと発揮された瞬間である。
 天馬はどれにも真剣にあいづちを打っていて、参考になりそうだと思っているのだろう。太一はそれを嬉しく思っていたのだけれど、一通りの話をしたあと、雰囲気を変えて言った。それまでのテンションの高さではなく、ゆっくりと静かに。

「でも、シンプルに『好き』って言われるのが、一番印象に残るんじゃないかな」

 太一がこれまで口にしたシチュエーションも、決して的外れだとは思わない。一成の性格から考えても、サプライズ満載のにぎやかなイベントも心から喜んでくれるだろうと思えた。だけれど、一成を知っているからこそ思うのだ。

「楽しい思い出なら、これから一緒に作れるよね。だから、そういうんじゃない場面の方が、告白の特別さはあるかも」

 一成が楽しいことを好むのは事実だし、実際いつでも笑顔でにぎやかだ。だけれど、だからこそ。ただ落ち着いた場所で「好き」という言葉を告げられるのが、何より強く心に響くんじゃないか、と太一は思った。普段笑顔で楽しいことをたくさん追いかけている一成だからこそ。

「全然にぎやかじゃない静かな場面で、普段とは違う雰囲気で『好き』って言うのが、一番特別さが出るんじゃないかなって思うッス」

 心からの言葉を告げると、天馬はしみじみとした雰囲気で「なるほどな……」とうなずく。いたく感心したようなそぶりなので、思うところがあったのだろう。太一はそんな天馬を勇気づけるように、さらに言葉を続けた。

「天チャンが告白するってだけで、ドラマチックになるから大丈夫だよ!」

 サプライズとかイベントだとか、特別なシチュエーションなんてきっと必要ない。天馬が告白するというだけで充分だと太一は本気で思っているのだ。天馬は「それならいいが……」と言いかけて、我に返ったらしい。

「違う、友達の話だ!」

 必死の顔でそう答えるので、太一はほほえましい気持ちになりながら、「あはは、そうだったッス!」と返した。



 ◆ ◆ ◆ ◆




 万里のスマートフォンに、一成から連絡があった。仕事の関係で天美に顔を出したから、時間があったらお茶でもしないか、という誘いである。用事も終わったところで、あとは寮に帰るだけだ。それに、こんな風にわざわざ連絡を寄越してくるのは、何か話したいことがあるのだろうと察した。まあ、本当にお茶を飲みたいだけの時もないではないけれど。
 そういうわけで了解の返事を送ると、すぐに一成が姿を現した。連れ立って向かったのは、落ち着いた雰囲気のカフェである。席に着いて注文を終えると、開口一番一成は言った。

「ね、セッツァーのぐっと来る告白シチュエーション教えてくんね?」

 一切脈絡のない質問である。いぶかしんでもおかしくない場面だけれど、万里はすぐに察した。同時に、わざわざ連絡を寄越してきた理由も。

「ついに天馬に告白するのか」

 尋ねるのではなく、単なる事実確認である。
 一成が天馬に恋していることは、カンパニーでも比較的早い内に気づいたのが万里だった。一成は自身の本心を悟らせないのが上手い人間であるけれど、万里はもともと察しがいいし、一成と過ごす時間も多かった。それに、天馬と出かけることもよくあるので、天馬に対する一成の態度や視線についても知る機会が多い。
 双方との関わりの深さから、些細な違和感にも気づいた。そこからすぐに理由を察し、一成が天馬を特別に思っているのだと理解した。
 天馬が同じ気持ちを抱いていることも、当然すぐにわかった。一成と違って、感情表現が素直な人間である。一成に対しての恋心なんて、隠そうとしたところで筒抜けだった。
 もっとも、当人たちは気づいていないので、二人とも――特に一成は――自分のこととなると客観視できないんだな、と妙に感心してしまったくらいである。
 そんな一成が、とうとう告白のシチュエーションについて尋ねてきた。これはもう、天馬を想定していると考えるのが妥当だろう。何らかの創作的なアイデアという可能性も否定はできないけれど、状況とタイミングから考えれば結論は一つだった。
 四人で出かける約束がなくなり、二人で一緒に遊びに行くことになったと聞いている。ちょっとしたデートといった様相になってきて、どぎまぎしていることは万里も察している。ただ、心から楽しみにして浮かれているし、どこで食事をするかどの店を見るかなんて、二人してわいわいと盛り上がりながら当日を待っているのだ。そういった積み重ねの中で、ついに告白を決意したのだろうと万里は察した。
 友達として長い間過ごしてきた一成と天馬だけれど、互いを特別に思う気持ちはずっと大きく育っていった。お互いのことは真っ直ぐ信頼しているし、たとえどんな結果だろうとむげに扱うことはないとわかっている。天馬なら、どんな気持ちもきちんと受け取ってくれると一成は思っている。だから、二人きりで出かける日にあふれ出しそうな気持を告げようとしているのだろう、と理解した。

「どうかな~?」

 万里の問いかけに、一成はいたずらっぽい笑みで答える。もっとも、「天馬に告白するのか」という問いにノーと言わない時点で、ほとんど答えになっている。もしも違うなら、冗談めかして茶化しながら「確かにテンテンのことは大好きだけど!」なんてごまかすだろう。そうしない時点で、イエスの答えを返したようなものだ。

「で、セッツァーおすすめ告白シチュエーションは?」
「特にねーわ」

 あらためて問われるものの、万里は肩をすくめて言うしかない。作品の演出としての告白シーンならいざ知らず、万里個人の趣味嗜好として告白シチュエーションのおすすめなんて、考えたこともないのだから仕方ない。

「そもそも、天馬ならどんな状況でも喜ぶだろ」
「テンテンはピュアだかんね~」

 相手が天馬であることを前提とした言葉にも、一成は訂正をくわえない。もはや天馬に対して告白を計画している事実を隠すつもりはないのかもしれない。一成は「テンテンなら、どんなシチュでも絶対ちゃんと聞いてくれるのはわかってるよん」と続けた。真っ直ぐ気持ちを受け取ってくれることを、疑ってはいないのだ。

「でも一応参考に聞いておきたいんだもん。ほらセッツァー、テンテンと趣味近いし?」
「やっぱり天馬じゃねーか」

 あっさり告げられた言葉に笑いながらも、「告白のシチュエーションか」と万里はつぶやく。経験がないわけでないけれど、一成が求めるような答えかというと疑問だった。

「シチュエーションの話ならテンテン、ドラマとか映画でいっぱい経験済みじゃん? 大体どんなのでも、撮影したな……とか思いそうでハードル高すぎるんだけど」
「それはあるかもな。恋愛ものよく出てるし」
「でしょ~!?」

 勢いよく言う一成は堂々としていた。それは、天馬に対しての告白であることを隠すことを止めた、という事実を裏付ける。
 一成自身が聡い人間で、他人の感情の機微には敏感だ。だから、万里がすでに気づいていることにも気づいているから、隠しても意味がない、という理由もあるだろう。
 しかし、それだけではないのだと万里は思う。きっと一成は、想いを告げると決めた時にもう覚悟をしたのだ。本音を言うことが苦手で、なかなか自分の気持ちを口にできなかった。そんな一成は天馬をはじめとした夏組との関わりの中で、少しずつ自分の心を形にしていくことを覚えた。そして今一成は、大好きなものに真摯でいるのだと決めて、未来への道を歩き出したのだ。
 だからこそ一成は、天馬への気持ちを隠さない。大好きな人にきちんと向き合うと決めた。その一環として、想いを告げるという事実を堂々と口にすることにした。隠すことなんて何一つないのだと、この人が好きなのだと自分の気持ちを掲げるように。

「そういえば、気になってるレストランがあるって言ってたな。美味い飯食うって状況はいいんじゃねえの」

 覚悟を決めて歩き出した一成の背中を押すような気持ちで、万里は口を開く。何かと世話になったから力になってやりたいとも思っているし、そもそも天馬も一成も万里にとって大事な友人である。二人が幸せになる手助けをすることはやぶさかではないのだ。
 だから万里は、天馬から聞いた話を思い浮かべながら言葉を並べる。

「ヘリのチャーターとかしてたこともあるし、そういうのは自然にやりそうだよなあいつ」

 万里の言葉に一成は、さっそくスマートフォンを取り出して調べ始めた。気になると言っていたレストランやヘリコプターのチャーターページに「なるほどねん。いろいろプランあるな~」と真剣に考えこんでいる。その様子に、さらに万里は続ける。

「天馬はわりと、ベタなシチュエーション好きだろ。夜景のきれいな場所とか夕暮れの海とかそういうのじゃね」

 何だかんだ言いながら、天馬はロマンチックな場面が好きだ。恐らく恋愛に夢見ている部分があるのと、本人の資質が王道に向いているからだろう。一成は「そゆとこかわいいよね」と真顔で言うので、万里は思わず苦笑を浮かべる。
 天馬のことを面白いと思ったことは多々あれど、さすがにかわいいと思ったことはない。しかし、一成は天馬のことを本気で「かわいい」と言っているのだ。そんな風に思えるからこその「好きな相手」なんだな、と心から実感する。
 同時に思うことがあって、万里はゆっくり口を開いた。天馬の好むシチュエーションというのは確かにあるし、ロマンチックな場面を天馬が喜ぶことはうなずける。確かにそう思うけれど。

「――案外特別じゃない方が、天馬はぐっと来そうだけどな」

 一成が理想的なシチュエーションを追い求めるのが悪いことだとは思わない。しかし、天馬という人間はあまたの作品で告白シーンを演じている。どれも力の入れた演出がされているだろうし、ドラマチックな場面なら通常の比ではないくらいよく知っている。だから、かえってそういうものではない方が新鮮なのではないか、というのが一つ。
 もう一つは、天馬なら一成の素朴な言葉をことさら喜ぶだろうと思ったからだ。ドラマチックなワンシーンではなく、ありふれた日常の中からこぼれるような。たいそうな台詞ではなく、他愛ない日常から紡がれるような。そんな言葉こそ、一成の心を広げて見せてくれたのだと実感して、天馬は何より喜ぶんじゃないかと万里は思っている。

「変な小細工しないで、ストレートにぶつかるのが一番だろ」

 心から万里がそう言うと、一成は笑った。へにゃりと眉毛を下げて、困ったような表情で。嬉しそうに愛おしそうに「それな~」と答えた。