Jumping 4 joy, 2moro!
明日のライブのチケットをレントからもらって、太一は天鵞絨駅まで帰ってきた。授業を終えてレントの仕事場に向かい、少々話し込んでいたおかげで思ったよりも時間は遅くなっていた。
とっくに日も暮れて、街はすっかり夜の装いだ。ストリートACTをしている人たちを横目に見ながら、太一は寮までの道を歩く。
チケットは当日ライブハウスでの受け渡しでもいいとは言われていたけれど、レントは何かと忙しい。わざわざ時間を取ってもらうのは申し訳ない、ということで事前に受け取ることにしたのだ。
何かと忙しくて結局前日というギリギリになってしまったものの、無事にチケットを入手できて太一の胸は大きく弾む。うきうきした気持ちで歩いていると、前方に見慣れた人影を見つけた。万里である。
大きく声を掛けて走っていくと、万里は立ち止まって待っていてくれた。
「太一も今帰りなのか。今日は大学夜までじゃなかったよな」
「レントさんとこ行って、チケット受け取りに行ってきたッス! 万チャンは最近ずっと遅いよね」
「あー、イベントの手伝いが立て込んでるんだよな……」
二人並んで歩きながら、今日の出来事について話す。太一のチケット云々から、自然と明日の話になった。もともとは四人で出かけるはずの日だったけれど、結局太一も万里も不参加になった、という事実をあらためて認識したからだろう。
「明日の予定、変更になっちゃって残念ッス。四人で遊びに行きたかったな~」
心から残念がっていることは万里だってわかっている。ただ、太一の言葉がどこか楽しそうなのは勘違いではないし、理由だって見当はついていた。だから、いたずらっぽい笑みを浮かべて答える。
「まあでも、いいきっかけになっただろ。あの二人には」
万里の言葉に、太一も嬉しそうに笑った。あの二人が誰を指すかなんて当然理解しているし、「いいきっかけ」の意味もわかっている。何せ、明日に向けてそれはもう張り切っている姿を知っているのだ。
「カズくん、明日どんな服着よう~ってめっちゃ迷ってたッスよ」
太一が思い出しているのは、今朝の出来事だ。一成は相当前からどんな服装がいいかと太一や幸、莇に相談していた。ただ、決定打がないままついに前日になってしまったのだ。太一は大学が二限からだったので、時間もあった。今朝も一成とコーディネートについて、あれこれと頭を悩ませていた。
「もともとセンスあるから、どれでもほんとにめっちゃ決まってたんスよ。どのコーデもおしゃれで、さすがカズくんだな~って思ったんだけど、『でも、もっといいのあるかも』って」
太一のアドバイスに感謝しつつも、一成は「ああでもない、こうでもない」と洋服をとっかえひっかえしていた。いつもなら、自分のセンスと直感とひらめきでばしっと決めることが多い一成にしては、珍しい事態と言える。
「天チャンと出かけるってなったら、簡単に決められないんだな~ってほほえましかったッス」
にこにこ言う太一は、一成がなかなか決断できない理由を察していた。明日は天馬と二人で出かけるのだ。夏組や自分たちと一緒ではなく、朝から晩まで天馬と二人きり。最高のコーディネートがしたいと意気込んでいるから、簡単に結論を出せないのだろう。
「そういや、天馬のやつもずっと店調べてたな。普段、たいしてスマホ見ねえくせに珍しいなと思ったら、美味い店についてやたら真剣にリサーチしてたわ」
最近の天馬の動向を思い浮かべて、万里がつぶやく。そもそも、二人で出かけることが決まって以降、天馬がずっとスマートフォンで商業施設を調べていたことは知っていた。台本を読み込んでいるのか、というくらいの真剣具合だったし飲食店には相当詳しくなっていたはずだ。
そして今日は、天馬や九門と通学の時間帯が一緒になった。九門とジャブのような言い合いをしながら電車を待っている間、天馬はずっとスマートフォンを操作していた。ちらりと見れば、試験問題に向き合っているような表情で、明日出かける商業施設の飲食店リストを読み込んでいたのだ。
「九門も気づいて、どの店がおすすめなのか聞いてたぞ。そしたら天馬の方がやたら真剣に、どこがいいか悩んでるんだ、とか言い出すから九門も一緒に悩んでたけどな。どの店も相当詳しかったぞ天馬のやつ」
料理の種類はもちろん看板メニューや、デザートの種類やドリンクまですらすら答えたのだ。九門は純粋に「天馬さんすげー」と言っていたけれど、万里はどれくらい情報を集めて叩き込んだのか理解して、しみじみしてしまった。気合いが違う。
「いつもの天馬なら、さっさと『これだ』って決めるくせにな。一成と行くならって考えると、やたら迷うのがわかりやすい」
苦笑を浮かべてこぼされた言葉に、太一は楽しそうに笑った。一成も天馬も、二人だけで出かけるという日に対して、並々ならぬ情熱を傾けているのだろう。だからこそ、ついに明日になったという段階でも悩んでいるし緊張だってしている。
「明日、ちゃんと告白できるんスかね~」
それにしても、といった調子で太一は言う。天馬も一成もお互いに告白を考えている、ということは万里も太一も知っているのだ。雑談している内に判明して「長かったな」と言い合ったものである。万里は大きく息を吐いて答える。
「これで明日何もなかったら、さすがにいい加減にしろって思われるだろ」
一成と天馬がお互いに好意を抱いていることは、寮の大半が察している。夏組は当然全員わかっているので、ときどき四人で出かける太一や万里は「何か進展はないのか」と聞かれる始末である。もっとも、進展あったら夏組がすぐに気づくだろ、と秋組は思っているので大体そうやって答えている。
「まあ、兵頭のやつは気づいてねーな」
「あーちゃんも、『あの二人仲いいよな』としか思ってないのかわいいよね」
万里と太一が言う通り、秋組でも十座と莇は天馬と一成が恋愛感情を抱き合っていることに気づいてはいない。もっとも、臣と左京は当然気づいているし、全体で見れば察していない人間の方が数えるほどだった。それくらい、二人の気持ちはわかりやすい。
「カズくん、普段はめちゃくちゃ鋭いのに、天チャンのことだけ察しが悪いんスよね~」
「天馬のやつ、いつもはあれだけ堂々として強気のくせに、一成がからむとやたら弱気になるんだよな」
太一と万里は、これまで見てきた一成と天馬の様子を思い浮かべて言い合う。
一成は他人の感情の機微に敏感で、人の気持ちにはすぐ気づく。些細なことだって拾い上げて寄り添ってくれるのに、天馬が自分から向ける好意に関しては全て友情に変換しているのだ。あれだけ天馬はわかりやすいのに。
天馬は基本的に、即断即決の人間だ。己の意志をしっかり持っているし、自分に対する確かな信頼をもとに揺るぎなく決断できる。しかし、一成のことになると途端に優柔不断になって、あれこれ思い悩み始めてしきりに迷うのだ。
二人とも、お互いを前にするといつも通りの自分でいられない。傍から見ているカンパニーメンバーからすれば、これほどわかりやすいことはないのだ。普段通りの顔ができない、心を乱されてしまう理由なんて。他のどんな人でもない、たった一人の特別が誰かなんて。天馬と一成を近くで見てきたからこそ、お互いの心が誰に向いているかなんてとっくにわかっている。
「付き合い始めたら、四人で出かけることもあんまりなくなっちゃうのかな~」
ぽつり、と太一がこぼす。明日お互いに告白しようとしていることは知っている。両想いであることはよくわかっているから、気持ちを言葉にするということは、二人が恋人同士になることと同義語だ。もちろん、一成と天馬が幸せになることは嬉しいからお祝いの気持ちでいっぱいなのだけれど、同時に寂しさも覚えていた。
恋人となれば、二人でデートする時間が欲しいと思うだろう。ただ、二人とも忙しい身の上である。簡単に時間は取れないだろうし、わずかに確保できた時間は恋人と過ごしたいと思っても当然だと太一は考えている。だから、今まで四人で出かけていた分が二人のデートになるかもしれない、という可能性に思い至ったのだ。
「ま、しばらくは恋人らしいことさせてやるのもいいんじゃねーの」
太一の気持ちも理解しながら、万里は言う。時間が無限にあるわけではないのだから、取捨選択も必要だ。天馬と一成が仲間を蔑ろにするとは思っていないけれど、配分という観点で考えれば四人での時間が減る可能性は高いのだ。ただ、自分たちとの時間がなくなるわけではないだろうし、恋人になってからしばらくくらいは満喫させてやってもいいんじゃないか、と思っていた。
「――うん、そうだよね。天チャンもカズくんも、やっと恋人になったんだし!」
いくらかの沈黙を流したあと、太一はそう言った。万里の言葉をきっかけに、自分の中で折り合いをつけたのだろう。二人の幸せを願う心は本物なのだ。寂しさは事実でも、想いが通じ合ったことを心から喜ばしいと思っている。そんな二人のデートを応援できるのも幸せなことだ、と太一は思い直したのだろう。
吹っ切ったようで太一の口調も軽くなる。楽しげに「いろいろ話聞きたいッスよね~」「浮かれてたらいくらでも教えてくれそうじゃね」なんて言いながら歩いているうちに、寮に到着する。慣れた様子で玄関の扉を開いて中に入った瞬間、「おかえり!」「遅かったな、おかえり」という声が響いた。
ほとんど反射で帰宅の挨拶を返した太一と万里は、大きく目を瞬かせる。玄関には一成と天馬が立っていたのだ。
「何かあったッスっか?」
「急ぎの用事か何かか」
待ち構えていた、といった様子に思わずそう言うと、二人は「そういうわけじゃないんだけど」「聞きたいことがあったんだ」と答える。一体なんだ、と思うと勢い込んで言った。
「明日はばっちりお土産買ってくるじゃん!?」
「何がいいかって話してたんだが、今意見が割れてるところだ」
そう言って、それぞれ自分のスマートフォンをずい、と差し出す。映し出されるのは明日出かける商業施設に入っているショップの公式サイトらしい。ずらりとアイテムが並んでいる。どういうことだ、とはてなマークを浮かべていると、天馬と一成が説明を始めた。
何でも、明日の話をしているうちに太一と万里に何を買ってくるか、という話題になった。ショップリストを吟味しながら、普段のコーディネートや身に着けてほしファッション、面白グッズに奇抜な雑貨など、あれこれ選択肢を挙げていく内に「たいっちゃんにはこっちっしょ!」「万里さんならこっちが似合う」と盛り上がったらしい。
結論が出なかったので、「ここは実際に二人に決めてもらおう」ということになり、玄関でスタンバイしていたという流れだった。
明日に向けて今からエンジン全開だったし、恐らくすでに浮き立っているのだと万里も太一も察した。天馬も一成もなんだかテンションが高いのだ。よっぽど明日が楽しみなんだろう、としみじみ思ったのだけれど。
「今度四人で遊びに行く時、どういうものがいいか事前に把握しておきたいからな」
「ばっちり偵察してくるよん!」
きっぱり言い切る二人の表情は、はつらつとしていた。今回は二人になったけれど、次は四人で出かけるのだと思っているし、それを心底楽しみにしているのが伝わってくる。一緒に行けない万里と太一の好みを把握したうえで、次の機会にはちゃんとエスコートするのだ、と意気込んでいる。
再び四人で出かけるのだと、当たり前のように告げられた言葉だと、太一も万里も理解する。これは、二人きりのデートではなく、四人でまた遊びに行くことを前提としたからこその一成と天馬の行動なのだと。
テンションが高かったのは明日が楽しみということもあるけれど、いずれ訪れる四人で過ごす時間を思ってのことなのだと、当たり前のように思えた。だってそうだ、ずっと近くで見てきたのだ。天馬と一成が仲間のことを大事に思っていてくれることなんて、ずっと前から知っている。
帰り道での会話を太一は思い出すし、それは万里も同じだったのだろう。意味ありげな視線を寄越されて、太一は嬉しそうに笑った。
さっきまでの心配は杞憂だったのだと、一成と天馬の行動が何より告げている。二人が恋人同士になってデートをするようになって、四人の時間は多少減るかもしれない。それなら、短くなった分だけもっと濃い時間を過ごせばいい。四人で過ごすことを、二人が大事にしてくれることなんて、疑う必要もないくらい当たり前なのだから。
「なんだ?」
「なになに?」
万里と太一のやり取りに気づいて、天馬と一成が尋ねる。太一はにかっと明るい笑みを浮かべて、力強く答えた。
「今回は行けなかったけど、次四人で遊びに行けるの楽しみだなって話ッス!」
万里も「まあ、そんなとこだ」と同意を返した。一成は楽しそうに「もうちょっと遠出するのもいいよねん」と言って、天馬も「太一の運転もだんだん上手くなってきてるしな」と答えた。プチ旅行もいいんじゃないかとか、せっかくなら車ならではの場所も行きたいだとか、四人で遠出の話をすれば話はすぐに盛り上がる。
玄関から一歩も動かないままで、いくらでも話ができそうだった。ただ、ずっとここにいるわけにもいかないのだ。適度なところで、万里が声を掛ける。
「ま、でも、明日はお前ら二人でちゃんと楽しんで来いよ」
「そうそう。明日のお土産話、楽しみにしてるっスよ!」
満面の笑みで太一が続けば、一成と天馬は数秒言葉に詰まる。「明日」という言葉に、二人きりで出かけるという事実を思い出したのだろう。反射的といった調子でお互いの顔を見つめたあと、はにかむような笑みを浮かべる。
明日には、二人きりで時間を過ごす。特別な相手と一日一緒にいられる。その事実に胸を高鳴らせる天馬と一成は、明日はすてきな日になると予感を抱いたのだ。それを抱きしめるような雰囲気で、二人はゆっくり口を開く。
「任せろ」
「おけまる~」
照れくさそうに、楽しそうに。答える二人は、あふれんばかりの輝きがこぼれるような、きらきらとまばゆい表情を浮かべている。
END
『Spotlight:イマドキ男子&ツーリング』イマドキ男子編からできました
Jumping 4 joy=Jumping for joy:飛び上がらんばかりに大喜びする、躍り上がって喜ぶ
2moro=tomorrow