Specialty Lesson



 決意した一成は、さっそく行動に移した。次の日にはレターセットを買ってくると、天馬に手紙を書くことにしたのだ。
 勢い込んでペンを握り、少しだけ考えてから「テンテンへ」と宛名を書く。「皇天馬さま」なんて書いてみようかと思ったけれど、自分らしい言葉にならない気がして、結局いつも通りの呼び名に落ち着いた。
 しかし、いざ書き出そうとするも一成の手は一向に動かなかった。胸の内にはいくつもの感情が渦巻いているし、天馬に伝えたいことなら山ほどある。それなのに、いざ手紙を書こうとすると、上手く形にならなかった。
 一成は、ひとりきりの202号室でため息を吐いた。
 今日、椋は十座や九門と出かけていて、しばらく戻らないはずだ。集中もできるし、椋に天馬への気持ちを伝えているわけではないので、格好の状況とも言えた。椋のことなので、特段詮索することはないだろうけれど、やはり人目があると気になってしまう。
 だから、椋が戻ってくるまでに手紙を書き終えようと思っていたのだけれど。
 共同スペースのラグの上。机の上に広がっているのは、真っ白の便せんだ。しばらくの間うなっていたものの、文字が出てくることはない。
 一成はもう一度息を吐き出すと、いつも置いてあるスケッチブックに手を伸ばす。気分転換をしようと思ったのだ。ペンを鉛筆に持ち帰れば、今まで動く気配もなかった手がすらすらとスケッチブックの上を踊り出す。
 何かを考えている時、自然と手が動くようになっている。頭の中にあるものがスケッチブックの上に現れて、一成は思わず笑ってしまう。考えてみれば、とても自然なことではあるのだろう。思い描いた天馬の姿をスケッチブックへ残すことは。
 だってずっと天馬のことを考えているのだ。無意識に手が動いて、天馬を描いてしまうこともうなずける。
 真っ直ぐこちらを見つめる真剣な表情。無邪気に駆けてゆくあどけなさ。花がほころぶような、やさしい笑顔。ずっと見つめていた。記憶に刻まれた天馬の姿が、スケッチブックに増えていく。
 一通り描き終えて満足したところで、一成は鉛筆を置く。それから何の気なしにスケッチブックをぺらぺらとめくる一成は、思わず苦笑を浮かべてしまう。

(めっちゃテンテンばっかじゃん)

 気の向くまま、思うままに一成は絵を描く。作品のヒントになるものも多くはあるけれど、もともとは自分の心に浮かんだものを取り出しているだけだ。
 天馬の姿を作品にしようと思って描いたわけではなく、ただ純粋に描きたくて絵にしている。つまり、スケッチブックに残された天馬の姿は、一成がどれほどまでに天馬のことを考えていたか、天馬を思って心が震えたかの証左でもある。

(こっちはまだそうでもないけど……ここからずっとテンテンのターン)

 部屋には今まで描いた分のスケッチブックも置いてある。最近のものは言わずもがな、二冊ほどさかのぼるとそこにも天馬の姿が描かれているのだ。それ以前は、特に自覚していたわけではなかったので天馬が出てくることはほぼないのに、ある時期を境に突然天馬の姿がやけに多く現れる。
 あまりにも自分の変化がわかりやすすぎて、一成は笑うしかない。ただ、それは呆れているわけではなく、恥ずかしくて照れくさくて、くすぐったくてふわふわとした気持ちを抱えているからだ。

(これは盆栽の手入れ中のテンテン。こっちは台本読んでるところで、これは葉大生組でレポートしてた時)

 一つ一つの思い出を辿りながら、一成は自分のスケッチブックをめくっていく。あふれる気持ちに呼応するように、様々な場面の天馬を切り取っていて我ながら感心してしまう。こっそりと天馬の姿をスケッチしたものから、記憶の中の天馬を取り出したものなど、多様な天馬の姿が現れる。

(絵だったら、すぐ描けるんだけどなぁ)

 しみじみとした気持ちで思ったのは、さっきから一向に進まない手紙の存在が念頭にあるからだ。伝えたいことはたくさんあるのに、文字にするのはこんなに難しい。絵だったら、あふれるくらいに天馬への気持ちが形になるのに。
 そこまで思ったところで、一成はふと気づく。手紙を書こうと思った。友人の延長だとしか思っていない天馬に特別なんだと伝えるため、自分の心を形にしようと思った。だけれどうまくできなくて悩んでいた。

(――絵だったら)

 一成の心臓が、どきんと跳ねる。鉛筆で描かれた、たくさんの天馬の絵。心があふれて自然と手が動いて、天馬の姿を何度も描いた。それは、この上もないはっきりとした一成の心の形だ。
 自覚するのと同時に、心臓がめまぐるしいスピードで鼓動を刻み始める。一成の表情が次第に真剣になっていくのは、たった一つの事実に思い至ったからだ。
 スケッチブックに描かれた、たった一人のたくさんの姿。心が動いてあふれ出すたびに描いた軌跡。それが意味することを、一成ははっきりと理解する。

 これはオレの心だ。真っ直ぐとテンテンに向かう気持ちを形にしたら、こうなる。

 一成は宛名だけの手紙を見て、それからスケッチブックへ視線を向けた。天馬に伝えたいもの。取り出したい心。手紙という形にしたら、特別なのだと告げられる気がした。だから、文字にしようと便せんに向かったのだけれど。
 大事なのは、手紙を書くことではないのだ。伝えたいのは、届けたいのは、自分自身の心そのもの。天馬が大事だと、他の誰でもない特別なのだと告げることだ。
 だからそれなら、これ以上に適したものがあるだろうか、と一成は思った。だって一成だ。どんな時も絵を描いて、自分の心を取り出して目の前に描き出してきた。
 そうだ、と一成は思う。どんな時だってオレはずっと絵を描いてきた。だからそれなら、これ以上にふさわしいものなんて、きっとないんだ。
 どうして今まで気づかなかったんだろう、と思う一成はいてもたってもいられなくて立ち上がる。今なら何だってできる気がした。あふれだしそうな心を、天馬に告げるのは今しかないと思った。
 衝動のまま、一成は部屋を飛び出す。
 201号室に天馬の姿はなかった。在室していた幸に聞けば、そろそろ出かけるから昼でも食べてるんじゃないか、と言われる。一成は礼を言うと談話室へ向かい、天馬を捕まえた。
 最近の天馬が多忙であることはわかっている。一時間もすれば迎えが来るというし、準備もあるだろうから、あまり時間は取れないだろう。
 シチュエーションとして雰囲気があるわけでもないし、片手間みたいに告白したところで、今まで通り友達の好意として受け取られるんじゃないか、という恐れがないわけではなかった。
 だけれど、たぶん大丈夫だと一成は思っていた。自分の心が形になったものなら、ちゃんと手元にある。天馬は一成が絵に向ける思いを、きちんと知っていてくれる。一成が描く絵のことを、天馬が大事にしてくれたことを、一成はよく知っている。
 そんな天馬なら。今まで何度だって、一成の本音を、心を大事にして認めてくれた人ならば。描いたものの意味を、ちゃんと受け取ってくれると一成は信じた。

 202号室へ連れてこられた天馬は、いささか戸惑ってはいたようだけれど、比較的落ち着いていた。「どうした?」と尋ねる口調は、純粋な疑問だけで構成されている。一成の突拍子もない行動自体はいつものことなので、すぐに受け入れたのだろう。
 向かい合って座った一成は、大きく深呼吸をすると天馬を見つめる。紫色の瞳が、同じように一成を見つめ返す。
 いつだって、天馬はこんな風に力強く何もかもを目に映す。辛くて苦しい現実だって、目を逸らすことなく全てを見ていようとする。その強さがまぶしかったし、輝きが衰えることのないように、いつだって守っていたかった。
 自分の気持ちを握りしめるような気持ちで、一成は口を開いた。ゆっくり言葉を口にする。

「あのね、テンテン。オレ、テンテンのことが好き」

 いつものハイテンションはかけらもなかった。しんとした静けさが宿るような、そういう声で一成は言った。
 天馬はぱちり、と一つまばたきをするけれど、自然な口調で「ありがとな」と言う。その声は案の定いつも通りで、友情の好意の一つとしてとらえられていることはわかる。だから、一成はさらに言葉を継ぐ。

「友達としてもリーダーとしても大好きだし、尊敬してるのは本当だし全然間違ってないけど、オレの『好き』はそういう意味じゃないんだ」

 真剣なまなざしで一成は告げる。告白に適したシチュエーションはいろいろ考えたけれど、それは今の状況に一つだってあてはまらない。それでも構わなかった。
 何もかもが、全ては今だと告げていたのだ。一成は怪訝な顔をしている天馬に向かって、目を逸らすことなく言葉を重ねる。

「他の人とは全然違う。オレのたった一人はテンテンだ。特別な意味で、テンテンが好き。好きなんだよ」

 伝える声は震えていた。だってこれは、紛れもない一成自身の心だ。
 夏組やカンパニーのおかげで、本音を言えるようにはなってきた。だけれど、どうしてもどこかで恐れが残っているのも事実だ。
 無防備にすべてをさらけ出して、やわらかい部分までみんな預けてしまうような。触れられれば容易く傷ついてしまうものを、みんな目の前の人に差し出すような。それはやっぱりまだ怖くて竦んでしまいそうになるけれど、それでも言いたかった。
 自分の心の全てで、触れたら痛いものまで含めた何もかもで天馬を好きなのだと、それくらい特別な人だと伝えたかった。

「いきなりこんなこと言われて、びっくりしちゃうよね。オレ、いつもすぐ好きって言うし、それとおんなじなんじゃないかって思われるのわかってるんだ」

 そう言った一成は、机の上に置いていたスケッチブックを引き寄せた。ここ最近の三冊を手に持つ。一瞬目を閉じ、息を吐く。大きく息を吸い込むと、目を開いて天馬を見つめた。
 紫色の瞳。戸惑うような、驚きを浮かべた目が、それでも揺るぎなく一成を見ている。まなざしに導かれるようにして、一成はスケッチブックを一冊天馬に差し出した。

「これ、中見てほしいんだ。そしたらきっと、わかってくれると思う。全部見てほしい」

 天馬は何かを言いたげな表情を浮かべたものの、スケッチブックを受け取る。一成の真剣さを感じ取ったからだろう。一枚ずつページをめくっていくにつれ、驚きの表情が浮かぶ。自分の姿がいくつも描かれていればその反応も当然だ、と一成は思う。

「何してても、テンテンのことを考えるよ。テンテンが笑ってくれると嬉しいから、喜びそうなもの見つけたら全部教えたくなっちゃう」

 天馬が好きそうな映画だとか劇団のこと。盆栽の話だとか、おいしそうなお店だとか。
 天馬の心が弾むなら、何だって教えて天馬を笑顔にしたかった。天馬が笑っていてくれることは一成の喜びでもあったし、天馬を一番笑顔にできるのは自分でありたかった。

「テンテンのことぎゅってするの好き。筋肉めっちゃあってかっこいいな~!っていうのもあるし、テンテンあったかいから抱き着くとほっとするし、テンテンがいるんだなぁって思えるからいっぱいくっつきたい」

 もともと、一成は近しい人とのスキンシップが好きだ。ただ、天馬を相手にすると、他の誰とも違う高揚感に包まれるし、同じくらいに泣きたくなった。
 天馬の存在を強く感じられること。近い距離にいることを許されていること。それら全てが嬉しくて幸せで、気持ちがあふれてしまう。
 誰相手だってスキンシップを取ることが好きだけれど、あふれる喜びになぎ倒されてしまうような、そんな相手は天馬だけだ。

「みんなで出かけるのも楽しいけど、二人だけで遊びにいけるのが嬉しい。オレだけしか知らない時間とか、オレだけテンテンが見てくれるのが嬉しい」

 天馬と同じ時間を過ごせることはもちろん、天馬の時間を自分だけのものにできることが嬉しかった。みんなと一緒が好きな一成にとって、それは青天の霹靂みたいな感情だったのだ。
 だけれど、驚きはしたものの違和感はなかった。それどころか、至って自然な心の流れのだとわかっていた。朝になれば太陽が昇るように、雲が立ち込めれば雨が降るように。すんなりと、天馬という存在の特別さを一成は自覚したのだ。

「友達なら全部普通のことだって言った時は、本当にそう思ってたよ。だから、テンテンは素直に受け取ってくれたんだよね。オレの気持ちはみんな、友情の『好き』なんだって」

 真っ直ぐと天馬を見つめて、一成は告げる。一成の言葉を、当然のように信じてくれたことは嬉しい。生来の素直さが発揮されたのだろうし、それは天馬の魅力の一つだ。
 だけれど、今は天馬が受け取った言葉を覆したいのだ。一成は、天馬が手に持つスケッチブックを指して「それ」と言う。

「テンテンばっかり描いてるっしょ。どんな時のテンテンも大事で、宝物みたいだなって思うから、手が勝手に動いちゃうんだ。いつだってテンテンのこと考えてるから」

 スケッチブックに描かれる自身の絵を、天馬はじっと見つめている。その耳はじわじわと赤く染まっているもののそれだけだ。表情に嫌悪の類がなくて、一成はほっとする。
 天馬がそんなことを思う人間ではないと信じてはいたけれど、こっそりと天馬の姿を描き続けたことは事実だ。気味が悪いと思われるかもしれない、とどこかで不安はぬぐえなかったから。
 背中を押されるような気持ちで、一成はスケッチブックに描かれた絵を示して言葉を続ける。
 バルコニーで風景を見つめる横顔。出かける時や談話室でくつろいでいる時の、日常のワンシーン。テレビの中で活躍する、芸能人としての顔。夏組と過ごすリラックスした姿。二人だけで出かけた時、一成の前だけで浮かべられる表情。
 一つ一つを思い出せば、心があふれるように絵になった。それは、一成の気持ちが揺るぎなく天馬へ向かうことの証明だ。スケッチブックを埋めるように描き出されるのは、一成の心そのものだ。

「テンテンが特別なんだよ。他の誰とも違ってて、ただの友達だけじゃ嫌だって思っちゃった」

 一成は言う。カンパニーのみんなも夏組も、学校の友人も家族も、みんな大切な人たちだ。だけれど、こんな風に心の全てが向かうのはたった一人だ。友達という言葉だけではとうてい片づけられない。

「テンテンが好きだよ」

 告げれば、天馬は弾かれたように一成を見つめた。瞳が潤んで顔が真っ赤で、一成は笑みを浮かべる。スケッチブックに描かれた自身の姿から、ちゃんと天馬は理解してくれたのだ。
 だって天馬はちゃんと知っている。一成が、自身の心が震えた瞬間をいくつも絵にしてきたこと。わかっているからこそ、あふれるほどに描かれた自分の姿をどんな気持ちで描いたかだって察することはできるのだ。
 テンテンなら大丈夫、という気持ちで一成は口を開く。答え合わせをするみたいに、確かめるように。一成にとっての絵が持つ意味を知っていてくれるから、天馬なら受け取ってくれる。言葉よりも強く、ちゃんと届く。

「ねえ、オレの特別だって、伝わった?」

 尋ねれば、天馬は真っ赤な顔でこくりとうなずく。









END

2022年てんかずの日
一成は一人を特別にする方法よくわからなさそう、と思った結果。そして、てんかずの二人には甘いものが似合う