Sweet heart night



「ってことは、ドーナツのチョコレートしか残してなかったのも、気づいてなかった系?」

 思い出したようにシュガードーナツを持ち上げた一成が、嬉しそうな雰囲気を漂わせて言うので。「何のことだ」と天馬は首をかしげて尋ねた。一成は満面の笑みで答える。

「バレンタインの時、ドーナツいっぱい買ってきたじゃん?」
「ああ、急に食べたくなった、とか言ってたな」
「そそ。あの時も、テンテンに片思いしてたんだけど。いろんな種類買ってきてさ。テンテン、遅くなったからこれしか残ってなかったんだ~って言ったじゃん」

 一成は時々、思い立ったようにカンパニーメンバーに、と大量のお菓子を持ってくることがある。友達のツテだったり、純粋な一成の思いつきだったりと経緯は様々だ。
 キャンディや駄菓子などの小さなものから、ケーキやドーナツの比較的どっしりしたものなど、内容も多岐に渡る。
 当時はバレンタインも近かったので、寮内はチョコレートにあふれていた。だからこそ、あえてチョコレートではなくドーナツだったのだろう、と思ったのだ。
 その日は仕事で帰宅が遅くなり、一成がドーナツを配り歩いていたことも、残りがチョコレートドーナツしかないのだ、と聞かされた時も。
 寮内では様々なチョコレート菓子が飛び交っていたので、みんなあえてそれ以外を選んだのだろう、とすんなり納得した。
 しかし、事実は違っていた。当時のことを語る一成はやたらと楽しげだし、「テンテンに、わざとチョコレートドーナツ残したんだよねん」と嬉しそうに教えてくれた。
 どうしてわざわざそんなことを、なんて聞くほど天馬は察しが悪くない。バレンタイン。チョコレート。片思いをしていたこと。さすがにこれだけの条件がそろえば、天馬だってわかる。

「だから、あんなに嬉しそうだったのか」

 一成がドーナツを配り歩いていた翌日。小腹が空いた天馬に、一成は「チョコレートのしか残ってないんだよねん」と言いつつ、ドーナツを用意した。別に自分でやるからいい、と言ったけれど、「いーから、いーから!」と押し切られた。
 幸のいない201号室を訪れた一成は、チョコレートドーナツの乗った皿を差し出す。何だかやけに嬉しそうなので、「変なものでも仕込んでるんじゃないだろうな」と言いながら、天馬はチョコレートドーナツを食べたのだ。
 もちろん、いたずらが仕込まれていることもなく、すぐに食べ終えてしまった。チョコレートの風味が豊かな生地はしっとりと甘く、コーティングされた少しビターなチョコレートがちょうどよかった。
「ありがとな。美味かった」と言えば、一成の表情はいっそう輝いて、「こいつは人に何かしてやるのが、本当に好きなんだな」と思っていたのだけれど。

「友チョコは渡したけどねん。こっそり、テンテンにチョコレートあげたくってさ。余るようにって、めっちゃ頑張ったんだから!」

 特別任務を成し遂げたような素振りで、一成は言う。
 実際その場面を見てはいないものの、気持ちを隠すのが上手い一成のことだ。
 恐らく、周囲に不審に思われないよう、さりげなくチョコレートドーナツが余るように画策したのだろう。バレンタインに天馬へチョコレートを渡す、そのためだけに。
 その事実に、天馬の胸はふわふわと軽くなる。あふれるように、言葉が口をついて出た。

「次からは、そんなことしなくていいだろ」

 知らないところで想われて、一成がそれを上手に隠そうとしていたこと。道が違えば、それすら知らないままだった。だけれど、今こうして天馬は一成の気持ちを知っている。特別なのだと、伝え合うことを許されている。
 だから、きちんと言いたかった。次のバレンタインは隠さなくていい。天馬にチョコレートを渡したいと思ったなら、気持ちのまま行動していい。当たり前のようにそう思ってほしかった。

「それにオレだって、次はお前にチョコレートだって何だって渡してやる」

 あの時はまだ、自分の想いに気づいていなかったけれど。今の天馬にとって一成は、他の誰とも違う特別な相手だ。
 くわえて、一成は天馬が思うよりも、ずっと前から特別な気持ちを寄せていてくれたのだ、と今の天馬は知っている。
 だからこそ、もっとたくさん、思う限りの全てで、気持ちを返してやりたかった。一成はそんな風に、天馬から何かを返してほしいと思っているわけではないとわかっていても。
 一成が喜んでくれることは疑っていないから、それなら何だってしてやりたかった。
 案の定、一成は嬉しそうに唇をほころばせる。ただ、気遣いをにじませた声で言った。

「めちゃくちゃ嬉しいけど、全然気にしなくておけまるだかんね!」
「オレがやりたいからいいんだよ」
「うわ、テンテンめっちゃかっこいい」

 楽しそうに答えた一成は、「でも」と言葉を続ける。テンテンからもらったものなら、本当に何でも嬉しい。たいそうなものじゃなくたって、全然いいんだよ、と。
 心からの言葉であることは、天馬だってわかっている。きっと一成は、何かと忙しい天馬の負担になることを憂えているのだろう。
 バレンタインだからと、わざわざ特別な何かを用意しなくてもいいのだと。たとえばコンビニで買えるものだって、心から喜ぶのだからと。
 一成の気遣いはよくわかっている。だけれど、天馬は言いたかった。真っ直ぐ一成を見つめて告げる。

「わかってる。でも、そうやって悩んだり、時間かけたりするのも悪くないだろ」

 今までの天馬なら、無駄な時間でわずらわしいとさえ思ったかもしれないけれど。MANKAIカンパニーでの日々は、遠回りみたいな時間さえも、楽しみへと変えていく術を教えてくれた。
 その筆頭にいたのは間違いなく一成で、いつだって天馬に新しい世界を見せてくれた。
 そんな一成は、今では天馬の特別な相手になった。他の誰とも違う人のため、頭を悩ませたり時間をかけたりするのは、決して負担ではない。それどころか、胸が弾むような体験なのだということを、今の天馬は知っている。

「――そんな風に思うようになるとか、オレも思ってなかったけどな。一成のおかげだし、お前といると楽しいことが増えていく」

 心から天馬は思う。一成が最初の一歩になってくれた場面は、いくつだってある。新しい感情に、新しい自分に、何度だって出会った。一成は近くできらきらと笑って、背中を押して手を引いてくれたのだ。
 一成は天馬の言葉に、きゅっと唇を結んだ。笑顔は浮かんでいないけれど、心配することは何一つないとわかっている。天馬の言葉を心から受け止めて、思いがあふれてしまいそうになったからこその反応だ。

「オレも、テンテンと一緒にいると、いっぱい笑顔になれるよ」

 たっぷりの沈黙のあと、一成はそっと言葉をこぼした。目を細めて、泣き出しそうにも見える表情で、心があふれ出すように告げる。

「何でもないことだって、失敗しちゃったかもってことだって、テンテンがいたら何だって笑顔になれるよ」

 一成自身、小さなことからプラスを見つけるのが上手い人間だ。だから、どんな場面からだって、笑顔の種を拾い上げることに長けているけれど。
 天馬がいれば、もっともっと笑顔になれる。何もかもが、きらきらとした美しい輝きに変わっていく。天馬がいれば。この人だけだと思い定めた相手がいてくれるならば。
 声ではなく伝わって、天馬の胸が温かく満ちていく。

「期間限定品欲しくって買いに行って、結局一個もなくて。残念だったねって言うのだって、テンテンとなら、みんな楽しい思い出になっちゃうよ」

 手の中のドーナツへ視線を向けたあと、一成がやわらかく言う。同じチェーン店ということから、連想が働いたのだろう。天馬も、何の話かはすぐにわかった。
 二人の頭に浮かぶのは、数ヶ月前の出来事だ。
 期間限定のドーナツが食べたくて、一成は店を訪れた。課題やら何やらが立て込んでいて、期間が終わる少し前にようやく作り出せた時間だった。その際、たまたま天馬と行き合って、二人してドーナツショップの扉をくぐった。
 恋人として付き合い始めて、まだ日が浅い頃だ。何となく気恥ずかしい空気もあって、デートというほどしっかりした形ではないこともちょうどよかった。
 いつもより少し上ずるような声だとか、そこはかとなく漂う甘酸っぱさだとか。ほんの少し違う空気に戸惑って、だけれど決して不快ではなかった。
 むしろ、全てがうっすらと色づくようで、胸が高鳴ったことを天馬はよく覚えている。

「結局あの時は、あんまりドーナツの種類なかったな」

 ハニーグレーズを口に運びながら、当時のことを思い出しつつ言った。一成も、シュガードーナツをゆっくり味わってから答える。

「遅い時間だったしね~。てか、あの時間にテンテンが駅にいるとか思わなくて、びっくりしちゃった」

 ようやく課題を提出して、すっかり遅い時間帯に一成は天鵞絨駅に辿り着く。すると、奇しくも電車で帰宅していた天馬と行き合ったのだ。
 その日は、井川に別件で仕事があり、車を出せないとは聞いていた。天馬は「別に電車くらい乗れる」と言うし、多少迷子になったとしても、目的地に辿り着けることは実証済みだ。そういうわけで、移動には電車を利用することになったのだ。
 だから、天馬が駅を利用していることに驚きはしなかったものの、もうとっくに帰宅していると一成は思っていた。なので、目を真ん丸にして、駅に天馬がいることに驚きをあらわにしたのだ。
 もっとも、一成はすぐにいつもの調子を取り戻す。ドーナツショップへ寄りたいから一緒にどうか、と明るく誘えば、天馬はこくりとうなずいたのだ。

「予想外に取材が延びたんだ。結果として、お前に会えたからラッキーだった」
「うん。オレも嬉しかったよん」

 夜の天鵞絨駅での出来事を思い出して天馬が言えば、ぴかぴかした笑顔で一成もうなずく。偶然が重なった結果、思いがけず二人だけの時間を過ごすことができたのだ。幸運だったと言えるだろう。
 二人は他愛ない話をしながら、駅前のドーナツショップを訪れた。しかし、目当ての期間限定のドーナツは売り切れていて、入手することはできなかった。
 残念な事態であることは間違いなかったし、落胆する気持ちもあったはずだ。だけれど、一成は笑顔で「やっぱなかったね~」と言っていた。
 無理をしているだとか、虚勢を張っているわけではないことは、今までの付き合いから天馬にもわかった。

「欲しいドーナツは売り切れだったけどさ。テンテンと一緒なら、何かそれも思い出の一つだよねん」

 残念だったね、と隣同士で笑い合えるなら、それだけで何だか特別なことのように思えるのだ、と一成は言うけれど。それは天馬だって同じだった。
 きっとこれから先、いくつだってこんな風に思い出を重ねていく。ささやかなことから、大きな出来事まで、二人で一緒に。
 嬉しいことも、残念なことも、悲しいことも、幸せなことも。何もかもを二人で分け合えば、全ては特別な意味を持つ。
 それを予感させるような夜だった、と天馬は思う。

「夏組にこっそりお土産買って帰ったのも面白かったよねん。特別ミッションって感じで!」
「全員分にはさすがに足りなかったからな。仕方ない」

 陳列されたドーナツは数が少なくて、とてもカンパニー全員へは買って帰れなかった。それなら、というわけで夏組の分だけ箱に詰めてもらったのだ。
 ただ、寮内には当然他の組のメンバーがいる。もちろん、「夏組だけずるい!」なんて本気で言う人たちではないことは、よくわかっている。
 むしろ、夏組の仲の良さの表れだと、ほほえましく思ってくれるだろう、と予想はできた。だから、特別隠し立てする必要はなかったのだけれど。
 ドーナツの箱を持った一成は、華やぐ笑みで、「そだ、いいこと思いついた!」と言った。そのまま、夏組以外にはバレないようにお土産を持ち帰ること、なんてミッションをスタートさせてしまうのが、一成という人間だった。
 そういうところが天馬は好きだったし、何より、きらきら嬉しそうな笑みを向けられたなら、うなずく以外の答えなんてなかったのだ。

「パーティーするにはドーナツ少なかったけど、夏組みんなでわいわいできて楽しかった~!」
「確かにな。隠れて食べるっていうのも、よけい盛り上がった気がする」

 ドーナツの箱をこっそり部屋に持ち帰ったあとは、夏組を201号室へ集めた。一体何事か、と最初は不思議そうにしていたけれど。経緯を説明すれば、何だかんだで全員乗り気になり、密かにおやつタイムが始まったのだ。
 それぞれ一つずつ、ジャンケン勝負で勝った人間から好きなドーナツを選べる、ということで大いに盛り上がった。

「二人ともオールドファッションだったのも、何か嬉しかったよねん」

 201号室での様子を思い出して、目を細めた一成が、くすぐったそうに告げる。
 どうせなら、みんな違う種類がいいよねん、と一成は言っていたのだけれど。遅い時間ということもあり、陳列されたドーナツはあまり種類がなかった。
 なので、重複しているものがあり、最終的に夏組全員へ行き渡った時、天馬と一成の手には同じドーナツがあった。
 意図したわけではなく、偶然の結果だということはわかっていた。それでも、そんな小さなことにさえ、喜びの種を見つける。
 大した意味はないとわかっていても、同じものを手にしている、という事実だけで胸は高鳴った。他でもない特別な人とのつながりを感じられるような気がして。
 それは当然一成だけではなく、天馬も同じだった。
 夜の201号室で、天馬はオールドファッションを口にした。さっくりとしたドーナツをかじれば、ほろりとした甘さが口の中に溶けていった。初めて食べたわけではないのに、やたらと甘く感じたのはきっと気のせいではないのだろう。

「まあな。オレも嬉しかった」

 天馬がぽつりと言えば、一成は嬉しそうに唇をほころばせる。いつもの明るい笑みより、もっとやわらかくてあざやかに。見ているだけで、天馬の胸には豊かな色彩が広がっていくようだった。
 こんな風に笑ってくれることが嬉しい。いつもと違う笑みを見せてくれることが嬉しい。特別なのだと、言葉よりもっと強く伝わる。

「きっとさ、ドーナツ食べるたびに、今日のことも思い出すよ」

 砂糖のまぶされたドーナツを、丁寧に食べて一成が言う。ドーナツから思い出すものが、こんなにもたくさんあるのだと、天馬も一成も実感していた。
 思いを告げ合う前から、二人の関係に新しい名前をつけてから、たくさんの時間を分かち合ってきた。その一つ一つを、ささやかなきっかけから、こんなにもあざやかに思い出す。今日の夜だって、その一つになっていく。
 一成の告げる言葉に、天馬は力強くうなずいた。

「そうだな。そうやって、いろんなことにお前との思い出が増えるのは嬉しい」

 これから先に出会う、いろいろなものたち。その一つ一つに、きっとオレは一成との思い出を見つけていくんだろう、と天馬は思った。
 それはとてもすてきなことで、この上もないほどの幸福に違いなかった。何があっても、どんな時も、近くに一成がいてくれるのだ、とただ真っ直ぐ信じられる。
 一成は天馬の言葉に、いっそう笑みを深くする。まろやかで、どこか艶めいた表情に天馬の心臓がドキリと鳴る。一成の笑顔なら近くで何度も見てきたけれど、これは自分の前でだけ浮かべるものだと知っている。
 ひそやかで、あざやかで、どこまでも甘く色づくような。この人だけが特別だと、お互いに思い合うことが許されているのだと、言葉より確かに伝わる。
 心の全てがあふれ出していくような、そんな笑みを見せてくれることが嬉しくて、胸が弾んで仕方がない。

「これから先も、もっともーっと、思い出いっぱい作っちゃおうね」

 軽やかな声に、隠しもしない甘さをしたたらせて一成が言う。嬉しそうに、きらきらと目を輝かせて告げられた言葉に、天馬は力強くうなずいた。
 一成はにこにこと、シュガードーナツを食べ進める。あっという間に消えていき、最後の一切れを口に入れる。浮かぶ満面の笑みに、本当に美味しそうに食べるよな、と思いながら天馬も自身のドーナツを食べ終えた。
 天馬はそこまで甘いものが好きというわけではないけれど、一成と一緒なら何だって美味しく感じられるので、結果としてスイーツもよく食べるようになっていた。
 これも一成と過ごすようになってからの変化だな、とぼんやり思っていると、ふと目の前の光景に視線が吸い寄せられる。ドーナツを食べ終えた一成が、指先についた砂糖を舐め取る仕草が飛び込んできたからだ。
 細い指が、口元に引き寄せられる。わずかに開いた唇から舌がのぞいたかと思うと、ぺろりと指先の砂糖を舐めた。
 取り立てて、意味のある行為ではないことはわかっている。カンパニーの誰かが同じことをしていたって、何にも思わないのに。
 恋人として付き合うようになって、友達同士とは違う距離感で接するようになった。触れることを許されて、それまで知らなかったことを知っていった。
 だから今、目の前の仕草にさえ、別の意味を見出してしまう。その唇のやわらかさを、酔いしれるような感触を、どうしたって思い出してしまう。
 どっど、と心臓が鳴り、顔に血が上っていくのを天馬は感じている。ただ、自分でどうすることもできなくて、黙り込むしかできない。
 一成はその沈黙に気づいて、不思議そうな空気を漂わせたのだけれど。元来察しのいい人間なので、状況と天馬の反応から、おおよそのことを理解したらしい。
 いたずらっぽい空気を流すと、椅子から少し腰を浮き上がらせた。机の上へ乗り出すように、上体を天馬の方へ近づける。
 戸惑う天馬を気にすることなく、耳元へ顔を寄せた。吐息が触れて、びくりと体をすくませる天馬に、そっとささやく。
 普段の明るさではなく、二人きりで過ごしている時にだけ聞かせる声で。なめらかな手触りのするような、艶めいた色を宿して言う。

「今キスしたら、きっとめちゃくちゃ甘いね」

 砂糖のたっぷりまぶされたドーナツを食べたあとだ。唇にも砂糖がついているから、今重ね合わせたら同じ味がする、と一成が言う。だけれどきっと、それだけではない。
 二人きりで過ごして、甘やかな時間を分かち合ってきた。お互いしか知らない顔を、いくつも知っていった。これから先も、たくさんの思い出を作っていく。大切なのだと、特別なのだと、確かめ合った。
 だからこそ、二人で交わす口づけは、めまいがするほどの甘さになる、と一成は言うのだ。
 どんな反応をしていいかわからず、天馬が固まっている間に一成は体を離した。椅子に座り直す様子は、普段と変わらないように思えるけれど、漂う雰囲気にはまだ甘さの余韻を残している。
 どうにか硬直を解いた天馬が一成へ視線を向けると、ばちりと目が合った。すると、いたずらを成功させたみたいな、きらきらとした笑顔を浮かべるので。
 普段の負けん気が戻ってきて、天馬はほとんど衝動で一成へ手を伸ばす。机の上に投げ出された左手を掴むと、自分の方へ引き寄せて言った。
 一成の言葉。くらくらするような、二人だけに交わされる甘い気持ちに、答えるのなら。

「――ホテルに戻ったら試してやる」

 低い声で、それでもきっぱりと告げた。何の話か、一成に正しく伝わることは疑っていなかった。案の定、一成は数秒呼吸を止めたあとで、笑みを浮かべた。それはもちろん、普段のものではない。
 ふわふわとやわらかくて、驚くくらいにあざやかな。色めいた雰囲気を漂わせる、どんなものより甘い、甘いほほえみ。

「それじゃ、ドーナツたくさんテイクアウトして、いっぱい試さないとだねん」

 とろけるような笑顔に、したたる蜜みたいな甘い声。ああ、今すぐキスがしたい、と思う天馬は、一成も同じ気持ちでいることを知っている。











END

テーマが「甘い話」だったので、内容的にも物理的にも甘いものを目指した。
てんかず、甘いものがあまりにも似合うし、相変わらずお互いのこと大好きで最高だなって思いました。タイトルは、期せずして最後が全て「t」で終わる単語できれいな感じになったのも嬉しかったです。