青に送る




※夏組第九回公演「スカイギャラリー」劇中劇の、白戸色波と青海七海の話




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 あれは、俺の遺書だった。






―1―

 最後の一筆を置いたとき、不思議と気持ちは静かだった。いつも感じる、作品が完成したという高揚感はない。やるべきことを終えたような安堵と、しんとした気持ちだけが横たわっている。
 それは恐らく、この絵が俺にとって最後の作品になるとわかっていたからだ。
 部屋の真ん中には、イーゼルに立てかけたキャンバス。広めのワンルームとは言え、ギリギリどうにか置けるサイズだ。この大きさの絵も描けるスペースを取るために、ベッドは置いていない。布団を敷くのも面倒で、部屋の端っこで丸くなって眠っていた。そんな毎日は、この一枚で終わりだ。
 俺は少しだけ距離を取って、たった今描き上げたばかりの絵を見つめる。青い空を背景に描いた、想像の風景画。明るい空へと羽ばたいていく鳥たちは、潰えた夢の供養でもある。俺はここで何もかもを終わりにするけど、叶わなかった夢はどうか未来へと高く飛んでいけばいい。せめて、最後の絵でくらい願いを叶えてもいいだろう。
 全ての力を注いで描き上げた、最後の一枚だ。いつもの絵とは意味が違うのだとわかっている。この絵を描き終えたら、俺はもう筆を取らない。絵を描くことを諦めるのだと決めていた。だからこそ、最後の仕事を無事に終えた安堵と、なすべきことを成し遂げたという気持ちを感じていた。
 開け放していた窓から風が入って、俺ははっと我に返る。気を抜くと脱力してしまいそうだから、さっさと片付けをしようと思う。汚れ対策はちゃんとしてから制作に入っているし、築年数の経った賃貸は、多少の汚れは気にしないと言われているけど。
 この部屋に決めた理由は、絵を描くのに向いているからだったな、と思う。駅から近いわけでもなければ設備がととのっているわけでもない。ただ、絵を描くスペースがあることと、ある程度の汚れなら許容範囲だと聞いてこの部屋に決めた。
 だけど、それもおしまいだ。絵を描かなくなれば、こんな風に制作場所を考えて住むところを決める必要はない。そうだ、制作スペースも必要がないからベッドを買おう。キャンバスに場所を譲って眠るのはもう終わりだ。
(絵を描かなくなったら)
 最後の一枚を目に映しながら、俺はぼんやりと考える。絵を描かなくなれば、画材のために生活費を削る必要もないし、スケッチをする時間はもっと別のことにあてられるから、他の人の話題にももう少しついていけるだろう。
 そうやって、絵に対する優先順位を下げていくのだ。何をおいても絵を描くことを一番にせず、他のものにも目を向けよう。もっと別のことに時間を使おう。絵を描く以外にも楽しいことは、きっといくらでもある。すぐには慣れないかもしれないけど、いずれそれが生活の一部になる。
 そのための一歩がこの絵なのだと、俺は知っている。
 全ての力を注いで描いた絵。これをあの人に認めてもらえたら――俺はきっと、悔いなく絵を諦められるはずだから。










 高校を卒業してから就職した俺は、どうしても絵に関わる仕事をしたくて会社を辞めた。
 卒業したばかりの俺に会社の人たちはやさしくしてくれて、このまま働いていくこともできるだろうと思った。だけど、俺が就職したのはまったく絵に関係ない会社だ。絵を描くことはもちろん、話題の中で絵が出ることもない。そんな生活は、まるで慣れないものだった。
 このまま、こんな風に生きていくという選択肢は確かにあった。絵を描くこともなければ、そもそも関わることもない毎日が日常生活になるような。そういう風に生きていくのが正解だとさえ思った。
 だって、俺の絵は誰にも望まれないと知っていたのだ。
 暇さえあれば、絵を描いているような子どもだった。コンクールで何度か賞を取ったこともあるし、高校では強豪の美術部に入った。同じような情熱を傾ける同年代がたくさんいて、一緒に絵を描くことは楽しかった。
 だけど、次第に俺は現実を知るようになる。
 高校で出展したコンクールで、賞を取ったことは一度もなかった。周りの人間が次々と評価されていくのに、俺の前に積み上がるのは落選の二文字ばかりだった。
 それでも絵に対する情熱は消えなかったから、美大への進学も希望した。だけど、経済的な事情で進学はできなかった。小さな頃には「色波は絵が上手い」と言って褒めてくれた両親も美大への進学には反対で、結局俺は絵の道を断念した。両親だけではなく、教師や親戚もその決断にほっとしたような表情を浮かべていた。
 俺は絵を描いて生きていくことはできないのだ、とあのとき確信した。画家になれる人間は、きっと最初から決まっている。
 あふれるほどの才能を持ち、絵を描くのに心配のない環境が用意されていて、美大へ進学できるほどの経済的な余裕もある。周囲の人も協力的で、絵を描くための道がきちんと開けている。そういう人間こそが画家として生きていける人で、絵が望まれている人なのだろう。
 俺はそのどれにも該当しない。でも、趣味で描いていくことはできるだろうし、事実そうして過ごせばいいのだと自分を納得させた。就職したって、美大に進学しなくたって絵は描ける。だから、絵が中心にない生活でもいいと思っていた。それなのに。
 俺の絵は誰にも望まれていないし、絵を描くことを許される環境なんて、俺には与えられない。さんざん思い知らされたのに、それでも、俺は絵が好きだった。望まれなくても、絵を描いて生きていくことはできなくても、俺は絵が好きだった。
 まるで絵に関わることのない職場で働いているうちに、その思いは日に日に強くなっていったのだ。だから、俺は会社を辞めた。画家になることはできなくても、絵に関係する仕事がしたかった。






 それから、縁あって働くことになったのがスカイギャラリーという画廊だった。そこで出会ったのが、ギャラリーのオーナーである青海さんだ。
(青海七海といいます。よろしくお願いしますね、白戸くん)
 おだやかな笑顔とともに、名刺を差し出された。海が二つ踊る名前だからだろうか。この人を描くなら、春の海だ、と思った。陽光を受けておだやかに揺れる水面。単調で起伏なく、ただ丁寧な春の風景。もしも描くなら、そんな風景が似合うんじゃないか、と思ったことを俺は覚えている。いつかそんな絵を描いてみよう、とも。
 ただ、そんな考えは働き始めてから、すぐに消し去った。だって俺は、画家への道は断念したのだ。絵に関係する仕事はしたいけど、絵を描いて生きていくことは諦めなくてはならない。
 最初は、趣味で絵を描いていくつもりだった。絵に関わる仕事をしながら、休日に好きな絵を描く。そんな生活を送ればいいと。だけど、ギャラリーでたくさんの絵と触れていくうちに、訪れる画家とのやり取りを見ているうちに、考えを改めた。
 どうしたって、手にすることのできないものを持っている人たち。俺の望んだ道を歩いて、生き生きと絵を描いている。その事実を目にするたび、俺は自分が望まれていない現実を、決して手に入らない未来を突きつけられる。
 苦しくて、嫉妬でどうにかなりそうで、俺は悟った。絵に関係する仕事をするなら、俺は絵を諦めなくてはならないのだと。絵を描きながら、絵を扱う仕事をするなんて、俺にはとうていできそうにない。画家になれない俺が絵に関わって生きていくには、絵を描くことを諦めなくてはならない。
 ただ、自分の性格はよくわかっている。諦めようと思って簡単に諦められるわけがない。だから、一区切りが必要だった。これで終わりだと自分自身に言い聞かせるために。優先順位の一番上を絵にすることを止めて、他のことを優先するために。そのために、最後に絵を描こうと決めていた。
 俺の持てる全てを込めた、最後の一枚。これを描いたらもう二度と、絵筆は取らない。部屋が汚れないようにレジャーシートや段ボールを敷き詰めることだってしないし、換気のために真冬でも窓を開けたりなんかしない。イーゼルに立てかけた真っ白なキャンバスに向かうこともない。
 絵を諦めるための一枚を描こう、と思いながら、俺はスカイギャラリーでの日々を過ごしていた。
 ギャラリーでの仕事は、こまごまとした雑用がメインだった。来客者の案内や電話対応。絵画の購入手続き、それに付随する伝票処理。事務的な書類の作成に、宅急便の手配や受取など、業務は多岐に渡るものの、主に雑用と言ってよかった。
 ただ、他の画廊や美術館などへ出かけるときに伴われることもあり、多くの画家の作品が見られるなど勉強になることは多かった。絵画の扱い方も覚えられたし、描くのとは違った視点で絵に向き合えるのは、絵を扱う仕事には役に立つ。
 俺は素直にその環境を享受することにした。もともと、このギャラリーで長く働く気はなかった。ジンクス云々の話でそれなりに有名ではあるものの、業界内ではそこまで大きなギャラリーではない。ギャラリーで働いていた、という実績さえ作って、もっと大手の画廊に勤めようと思っていた。今のようなフリーターではなく、正社員として働きたかった。未経験では門前払いを食らう恐れがあるから、それを避けるための一定の隠れ蓑だ。
 次の就職先のために、ギャラリーを踏み台にしている自覚はあった。ただ、仕事はきちんとしていたし、扱う絵画をおろそかにしたことは一度だってない。それに、これくらい利用してもいいはずだ。
 一等地に構えられた、親から受け継いだギャラリー。ジンクスなんてもののおかげで、勝手に名前は売れていて客足は途絶えることがない。恵まれた環境で、苦労も知らずオーナーなんてやっている。少しくらい、俺がそれを利用したっていいだろう。








「青海さん、雑誌社の方からお電話です」
 ギャラリーの受付で、郵便物の整理をしていたら電話が鳴った。内容を確認した俺は、電話を保留にしてオーナーである青海さんを呼ぶ。事務室にいるなら内線電話でつなぐけど、ギャラリーなら直接呼んだほうがはやい。受付のすぐ前の机で、青海さんは仕事中だからだ。
 青海さんは「ありがとうございます」と言いながら近づいてくるから、受話器を渡した。保留ボタンを押すと、おだやかな声で「お電話変わりました。青海です」と答えている。その声を聞きながら、俺は郵便物の整理に戻っていた。
 一段落ついたので、何か飲み物でも用意しようか、と思う。給湯室にはコーヒーや紅茶、日本茶などたくさんの種類が用意されていて、好きに飲んでいいことになっていた。
 ただ、青海さんが目の前で電話している最中なので、何だかこのまま席を立ち辛い。どうしたものか、と視線を向けると、ちょうど電話が終わったところだった。おだやかな口調で「それでは、失礼いたします」と言っているけど、いつもの青海さんらしくない難しい顔をしていた。
 意外に思っていると、青海さんは丁寧に受話器を置く。椅子に座り直すと、手元に置いてあるコーヒーカップを引き寄せるけど、中身が空だったことに気づいたらしい。落胆した雰囲気が加わる。それを見ていた俺は、ついでだし、と思いながら口を開いた。
「コーヒー、お代わり淹れてきますけど。俺も飲むんで」
 どうせ自分の分を淹れるのだから、一人分も二人分も変わらない。そう思っての言葉だった。青海さんはぱちり、と目をまたたかせたあとで「それなら、お願いしてもいいですか」と笑みを浮かべるので、カップを持って給湯室に向かう。
 接客の一環として、お茶を淹れるのも俺の役目だからすっかり慣れた。青海さんはコーヒーブラック派だということも知っている。俺も同じだったけど、別にわざわざ言うことでもなかった。
 手早く二つのコーヒーを淹れて、ギャラリーに戻る。青海さんのカップを渡すと、何かを考え込んでいた表情が崩れた。ふわふわとした笑顔でお礼を言われるので、「いえ」と首を振ってから、言葉を継いだ。
「――さっきの、雑誌の電話、何かあったんですか」
「え?」
「青海さんが浮かない顔をしてるので」
 わざわざ聞かなくても、黙って仕事に戻ればいいとわかっていた。だけど、おだやかな笑顔が基本の人が難しい顔をしているのは何だか気になるし、どこかで罪悪感があったのだ。
 いずれ辞めるつもりのギャラリーで、実績作りのために利用しているだけだ。そう思っていたとしても、青海さん自身は別に悪い人ではなかったから。
 嫌なやつなら良かった。恵まれた環境に安穏して、自分の境遇に鼻を掛けている人間なら、罪悪感もなく利用できる。俺にはないものを持って、好きなことをして毎日楽しそうに過ごしている。羨ましくて仕方ない相手が、単なる嫌なやつだったらきっともっと楽だったのに。
 青海さんは、俺相手にしてもいつだっておだやかだった。ギャラリーの仕事を何も知らない俺に、根気強く仕事を教えてくれたし、わからないことを何度も聞いても嫌な顔もしなかった。仕事は慣れたかどうか、困ったことはないかと気を遣ってくれて、丁寧に接してくれた。
 いつもへらへらしていて、苦労知らずの人間だとしても、決して悪い人ではないことは確かだったから、踏み台のために利用していることに、少なからず罪悪感を持ってしまったのは仕方がないと思う。
 それに、何よりも俺は薄々と理解していた。
「……取材の申し込み依頼だったのですが、主にジンクスについてのものだったんです」
 俺の言葉にいくらか考え込んだあと、青海さんはぽつりと言う。ジンクスとは、新人がスカイギャラリーで個展を開けば、幸運が舞い込むというジンクスのことだ。青海さんは、このジンクスをあまり快く思っていないことは、今までのやり取りから気づいてはいた。
「名前が売れていいと思いますけど」
 コーヒーカップを傾けて、俺は答えた。事実としていい宣伝材料にはなっているから、たくさんの画家がここを訪れる。結果として豊富な作品を扱うことになり、来客者も増えるという寸法だ。青海さんは俺の言葉に、少しだけ困ったような、憂いを含んだ笑顔で言った。
「ギャラリーを知る方が増えてくれるのはありがたいのですが、幸運はジンクスのおかげではないですからね」
 落ちた言葉は丁寧でおだやかだ。だけど、奥底に強い響きを宿している。青海さんは、その声のままで言葉を続ける。
「結果に結びつくのは、絵本来の力と熱意を持ったプロモーションあってこそですから」
 新人画家が幸運をつかんで飛び立つことは嬉しい、と青海さんは言う。だけど、その全てが「スカイギャラリーで個展を開いたから」で片付けられてしまうことを、青海さんは快く思っていなかった。そのジンクスを理由にすれば、画家の努力も才能も、絵が持っている力も、画商の熱意も何もかもがなかったことになってしまう。青海さんはそれを良しとしない。
 普段のおだやかさに似て、どこかに熱を宿すような言葉。俺はただ「そうですね」とだけ答えて、コーヒーカップを傾けていたけど、納得はしていた。
 目の前の、いつだってへらへらしているお坊ちゃんみたいな人。恵まれた環境で、生き生きと日々を過ごす。悪い人ではないし、やさしい人だと思う。だけど、スカイギャラリーで働くうちに理解していることもあった。
 青海さんは、作品に対してどこまでも真摯だった。名前の売れていない新人画家の作品を、丁寧に丹念に見つめて、心からの言葉を返す。褒めるところがあると思えない絵だって、青海さんは言うのだ。色遣いが、モチーフが、構図が、作品への向き合い方が素晴らしいと。あなたの絵は素敵な作品だと。
 最初はお世辞が上手い人だなと思っていた。だけど、青海さんは画家が去ってからもさっき見た絵について、嬉しそうに話すのだ。本人がいないんだから、俺を相手にお世辞を言う必要もないのに、と思っていた俺はしばらくして悟った。この人は、本当に心からさっきの絵を評価している。
 眼鏡の奥の瞳がきらきらしていて、まるで子どもみたいな表情で、絵について話す姿を覚えているから、ジンクスを快く思っていないこともうなずける話ではある。青海さんは、誰よりも作品の持つ力を信じている。だからこそ、ジンクス一つで全てが片付けられてしまうことを厭っている。
 スカイギャラリーで働くうちに、薄々と理解したことがある。いつもへらへらしていて、恵まれた環境を与えられた苦労知らず。そんな人だと思っていたけど、青海さんはどこまでも真っ直ぐに、作品に対して向き合っていた。
 どんな絵画もおろそかに扱うことはせず、作品の持つ力を信じているのだ。だから、作品をたくさんの人に知ってもらうために、青海さんはいつだって全力だった。どうしたら最高の形で作品を届けられるかと、夜遅くまで企画を考えたり足しげく広告代理店に通ったりして、「できることなら何でもやりたいんですよ」と笑っていた。
 全面的に降伏したつもりはないし、恵まれた環境を与えられていることは事実だ。真正直に信用しきることもできないけど、踏み台にしているということにちくちくと胸が痛むのも事実だった。
「――ああ、そろそろ桜田くんが来る時間ですね」
 ぼんやりコーヒーを飲んでいたら、青海さんがはっとしたような表情で言った。そういえば、今日は次の個展の打ち合わせがあると言っていた、と思い出す。桜田というのは新人画家で、自分の作品を文字通り我が子のように大事にしている人間だった。人当たりは悪くないものの、なかなか強烈な性格をしているので、どう扱えばいいかわからない。
 もっとも、青海さんは慣れているのか本人の性格か、おだやかに接していた。スカイギャラリーにやって来るのは、個性的な人間が多いから慣れているのかもしれない。どんな相手でも、青海さんは決して態度を変えないし、真っ直ぐとした目で作品と向き合うのだ。
 そんなことを考えていると、扉が開いて件の人物がやってくる。嬉しそうに「個展の打ち合わせに来ました!」と言っていて、青海さんもニコニコと出迎える。
 席に着くと早速展示方法について話し出して、我が子をいかにして魅力的に見せるかについて熱く語っている。青海さんは「白戸くん、お茶をお願いできますか」と言ってから、楽しそうに相槌を打っていた。
 俺は一つうなずいて、給湯室に向かう。その前にちらり、と二人を見ればレイアウト地図と展示する作品資料を間に挟んで、あれこれと話し合っていた。
 楽しそうな雰囲気があたりに漂っていて、俺はすぐに目を逸らす。それなのに、どうにもあの光景が焼きついて離れない。あれは俺のいられなかった場所だ。自分の作品を集めて個展を開くことも、どうしたら一番の形で展示できるかと考えることも、俺にはとうてい訪れない現実だ。
 思いながら、給湯室に辿り着く。奥まった場所にあって窓もないから薄暗いけど、すっかり慣れた場所だ。電気も点けずに、俺はやかんに水を入れて火をかけた。カップや茶葉を取り出しながら、去らない光景を思い浮かべる。
 青海さんは、どこまでも真っ直ぐとした目で作品を見ていた。今度開く個展で展示する作品を、澄んだ瞳で見つめていた。
 描きかけの絵を思い出した。部屋の真ん中に陣取っている、大きなキャンバス。まだ下書き段階の、未完成の絵。絵を諦めるために描く、最後の一枚だ。全ての力を込めて描き上げるあの絵を、青海さんならどんな風に見るだろうか。
 そんな日は来ないのに、俺はぼんやりと思っている。青海さんが俺の絵を見たら、どんな言葉を口にするだろうか。










 スカイギャラリーでの日々は、順調に過ぎていった。高校時代の同級生である東雲と再会したのは完全に想定外ではあったけど、それ以外は特に大きな出来事もない。
 雑用だけではなく、打ち合わせに参加する機会も与えられて、企画についての勉強も始めた。並行して、最後の絵も描き進めている。
 ギャラリーを訪れる人は相変わらず多い。個展も盛況だし、絵を見てほしいというアポも多かった。青海さんは、ジンクス自体を快く思っていないものの新しい作品と出会えることは嬉しいようで、アポの電話を告げるとわかりやすく顔を輝かせる。
 普段は比較的落ち着いた笑みを浮かべているのに、絵を見てもらいたいという依頼を受けるときは、子どものように目をきらきらさせるのだ。だから、電話に出るとき俺は自然と、絵を見てほしいという依頼であればいいのにな、と思うようになった。
 自分の気持ちが変化していることには、気づいていた。青海七海という人間が絵に向き合う姿勢を、一番近くで見ていれば否応なく思い知らされるからだ。青海さんは、確かに恵まれた環境を与えられている。だけど、それだけに甘んじて努力もせずに怠けているわけではなかった。
 自分の持てる力の全てで、精一杯に作品と向き合おうとしていることなんて、俺はすでに充分知ってしまった。誰よりも真剣に、心からの誠実さを持って作品の全てを受け取ろうとする。画家の意志を限りなく尊重しながらも、作品を届けることに尽力するのだ。
 萌黄と山吹という、不可思議な美大生が訪れたときもそうだ。
 自分からポートフォリオを持ってきておいて、個展を開こうと提案すれば「やめます」と言って去って行く。どう考えても失礼な行為だと、俺は憤慨したのに青海さんは首を振った。何か事情があるのかもしれないと言って、もう一度確かめてみようだなんてお人好しにもほどがある。だけど、それが青海さんの本心であることは充分わかっていた。
 青海さんは言うのだ。「表現した以上、誰かに見てもらいたいという気持ちは、皆あるような気はします」「何よりも、作品が見てもらいたいと言ってる気がするので……」なんて。
 その言葉を聞いたとき胸によぎったのは、自室に置いてある俺の絵だった。
 絵を諦めるために描いている一枚だ。終わりにするための、最後の作品だ。誰かに見せるためのものではなかったはずだ。終わり向かっていくだけの絵なんて、誰の目にも触れさせないのが正解のはずだ。
 だけど、青海さんは言う。表現するのは誰かに認めてもらいたいという気持ちがあるからで、作品自身もそれを望んでいると。
 描きかけの俺の絵も、誰かに見てもらいたいのだろうか、と思う。俺も奥底でそれを望んでいるのか。わからないけど、青海さんは当たり前のようにそう信じていて、疑いもしない。そういう人だからこそ、どんな状況でもただ純粋に、作品を届けようと尽力できるのだ。









 青海さんとともに美大から帰ってきた俺は、何となく落ち着かなかった。
 美大の様子にこんな風になっているのか、と感慨深く思うとともに、そこに通う美大生たちに複雑な気持ちになっていた。俺はここへ通うことはできなかった。受験すらもできなくて、スタートラインにも立てなかった場所だ。当たり前のように、この場所で勉強ができる学生たちがうらやましかった。
 加えて、例の不可思議な美大生たちの件の真相を知ったことも、複雑な気持ちに拍車をかけていた。蓋を開けてみれば、自分に自信はないもののお互いの絵については一片の曇りなく才能を認めている、という二人の茶番劇に巻き込まれただけらしい。
 結局、二人展を開くという形で一件は落ち着いたものの、俺にはどうして青海さんがそこまでするのか、納得できなかった。いや、青海さんという人ならそうするだろうとは思っていたけど、思った通りの結論になるのが何だか悔しかった。
 面倒くさい相手だ。望んだ通り美大へ通って、好きな絵を描ける環境を与えられているのに。あんな風に、自分の絵を認めて望んでくれる相手がいるのに。それなのに、自分の絵に自信がなくて、せっかくの個展のチャンスだって辞退しようとする。あのまま放っておけばよかったのに、という気持ちが抑えきれなくて、俺はつい言葉をこぼした。
「なんであんな面倒くさい相手にあそこまでしてあげるんですか?」
 苛立つような俺の言葉に、青海さんは落ち着いた表情で答えた。放っておくこともせず、どうして個展を開くよう話を持って行ったのか。朗らかとも言える雰囲気で言う。
「いい作品を多くの人に知ってほしいんです。そして作品の持つ力を作者にも知ってほしい」
 やわらかな微笑を浮かべて、青海さんは答えた。いつものおだやかさに似ていて、だけどどこか力強い。奥底の芯に触れるような、熱を帯びた言葉だと思った。
「それは、人々に見てもらってはじめて理解できる感覚だから……。そのために、その瞬間のためにギャラリーをやってるんです」
 静かでいながら力強い声。眼鏡の奥の緑色の目が真っ直ぐ俺をとらえて、心の中で息を吐く。たった今紡がれた言葉、放たれたもの。これは、青海さんの矜持で揺るぎない意志なのだ。
 この信念を持っているから、青海さんはどんな作品に対しても真摯に向き合う。自分にできることを、と持てる力の全てを投げうってでも、作品を多くの人に届けようとする。
 今まで見てきた青海七海という人間が、何より物語っている。己の信念を貫くために、この人がどれだけ懸命に、真剣に画家たちと向き合ってきたか。どれほどの努力の上で、今ここに立っているのか。
「まあ、父親からの受け売りなんですけどね」
 雰囲気を変えた青海さんが言う。困ったような、恥ずかしがるような、そんな言葉に俺は反射的に口を開いていた。青海さんは父親からこのギャラリーを受け継いだと聞いていた。そのときのことを尋ねたのだ。
 青海さんはうなずいて、俺と同じようにアシスタントとして働きながら仕事を覚えた、と言うから。とっさに思ってしまった。俺と同じじゃない。俺は青海さんみたいに、真っ直ぐ作品と向き合ってなんかいない。俺は画家になれないから、ギャラリーの仕事を選んだ。俺は絵を描いていたかった。受け継ぐものなんかなかった。同じじゃない。同じじゃないんだ。
 美大での出来事だとか、青海さんの信念だとか、俺には持つことのできない何もかもが胸の中に渦巻いて、勝手に声になる。
「自分の、しかもこんな一等地に大きなギャラリーを持てるなんてうらやましいです」
 するりと口に出た言葉に、青海さんは一瞬虚をつかれたような顔をする。ただ、すぐに苦笑を浮かべると父のおかげです、と言ってから「プレッシャーはありますけど」と答えた。そんなこと、わかっていたのに。青海さんが、父親から継いだスカイギャラリーを大事に思っていることも、だからこそこの場所を維持するために努力していることだって。
 知っていたのに、声にしてしまった。黙ったままでいられない自分の未熟さに、俺は唇を結んだ。すみません、と言えばよかった。そうですよね、と青海さんの努力を知っているとうなずけばよかったのに、俺の唇は接着剤でくっついたみたいにはがれなかった。
 青海さんは特に俺の言葉に気を悪くした様子もなかったけど、だからこそよけいにいたたまれない。俺は一つお辞儀をして、逃げるようにギャラリーの奥に向かった。オープンの札は掛けてないから、お客さんはまだ来ない。その間に頭を冷やしたかった。
 ただ、行くところもないから、薄暗い給湯室で俺は一人たたずんでいる。
 明かりは入らないけど、それでよかった。何も見たくなかった。鏡の類もないから、自分の顔も見えなくてよかった。さっきまでの自分の言動を思い出す。青海さんの境遇をうらやましいと、まるで青海さん自身が何もせずに全てを与えられているみたいな、そんなことを言った。
 あれは間違いなく俺の本心で、スカイギャラリーで働き始めた頃に思っていたことだ。だからこそ、恥ずかしくて仕方なかった。親から受け継いだものを、ただ安穏と享受している。恵まれた環境で、苦労も知らずにへらへらしている。そんな風に思っていた、という事実が恥ずかしい。
 だって、今の俺は青海さんがどれほど真剣に、懸命に作品たちと向き合っているか知っている。真っ直ぐとしたまなざしで、澄んだ瞳で、一つだって嘘のない心で作品を受け取ろうとしてくれる。青海さんに見てもらえる絵は幸せだ、と疑いなく思える。
 自分の気持ちが変化していることなんて、とっくに気づいていた。
 最初は、へらへらした苦労知らずのお坊ちゃん。利用したって心も痛まない。次第に悪い人ではないと思うようになった。そのうち、青海さんがどれほど真剣に画家と向き合っているのかを知って、持ちうる全てで絵を届けようとする姿にまぶしい気持ちになった。
 訪れた画家の絵を見て、個展を開きましょうと持ち掛ける。その様子を何度も見ているうちに、胸の奥が騒いだ。どうしてなのかわからなかったけど、今なら答えられる。
(絵を見てもらいたい)
 奥底から湧き上がるような感情だった。
 脳裏に浮かぶのは、少しずつ描き進めている俺の絵だ。部屋の真ん中に陣取っている、最後の一枚。絵を諦めるために描き上げる、俺の絵。
 青海さんは、どこまでも真剣に作品と向き合ってくれる。だからきっと、終わりにするための俺の絵すら、澄んだ瞳で見つめてくれるだろう。数多くの絵を見てきた青海さんは、俺の絵をどんな風に評価するだろうか。俺の実力を青海さんは認めてくれるだろうか。
 持てる力の全てを込めて描く絵だ。青海さんほど真剣に、心の全てで絵を見てくれる人を知らないから、最後の絵を見てもらうのにふさわしい。まるで寄り添うみたいに、絵に向き合って真剣な心を返してくれる。そんな青海さんに認めてもらえたら、きっと俺は悔いなく絵の道を諦められる。
(青海さんに、俺の絵を見てもらいたい)
 奥底からの言葉が形になり、俺は一つ息を吐いた。そうか、と思った。そうか、俺の望みはこれなんだな、と。いつか青海さんが言っていたことを思い出す。表現した以上、誰かに見てもらいたいとう気持ちがある。作品が見てもらいたいと言っている気がする。あのときははっきりとわからなかったけど、今なら「そうだ」と言える。俺は、青海さんに俺の絵を見てもらいたいのだ。
 どんな形でそれを叶えるのか、本当に見てもらうことができるのかなんてわからない。青海さんは、あくまで俺をギャラリーのバイトだと思っていて、絵を描く人間だとは思っていないだろうから、なおさら。
 だけど、最後のワガママくらい叶えてもいいんじゃないか、と俺は思う。誰にも望まれることのなかった俺の絵だけど、せめて最後のはなむけに。心の全てで寄り添って作品と向き合ってくれる人に、俺の絵を見てほしい。