エンドロールで待ってて








 遠い記憶を思い出している。


 天馬はまだ小学生で、自分の部屋のベッドで横になっている。夏の入り口に差しかかっていて、少し汗ばみ始めた季節だ。もっとも、空調と加湿器の稼働する部屋は快適に保たれていて、天馬をわずらわせるものは何もなかった。
 明日もまた撮影がある。早々に眠って、体を休めなければいけないことはわかっていた。だけれど、ベッドに入った天馬に眠気はまだ訪れていなかった。ついさっきまで、撮影の参考にと映画を見ていたせいかもしれない。
 天馬はちらり、と枕元に目を向ける。
 スケジュール帳を確認しているのは、幼い頃から天馬をサポートしてきたマネージャーだ。天馬の両親よりもずいぶん年上の男性で、落ち着いた雰囲気をたたえている。仕事だけの関わりよりもっと親密に、だけれど家族のような付き合いにしては遠い位置で、天馬のことを見守っているような存在だった。
 天馬の視線に気づいたのか、マネージャーはスケジュール帳から顔を上げる。「眠れませんか」と尋ねる口調はどこまでもおだやかだった。
 天馬は寝返りを打って、ベッドの中から体ごと向き直る。「さっきの映画のこと考えてたんだ」と言えば、落ち着いた口調で「なるほど」とうなずく。天馬の言葉を、両手ですくいあげるような、そういう声をしていた。天馬はそれに導かれるように、ぽつりと言葉を落とす。夜の空気が、居心地のいいベッドが、天馬の心をゆるやかに溶かしていた。だから、思ったことはするりと声になっていた。

「一人きりで寂しくないのかなって、思ってたんだ」

 天馬が見ていた映画は、老婦人の一日を描いていた。派手な事件が起きることもない、起伏のない日常だ。一般的な小学生であれば退屈だと眠ってしまうかもしれないけれど、幼いながら天馬は立派な役者である。夫に先立たれて一人で生活を営む老婦人の、ささやかな感情の動きをつぶさに見つめていれば、あっという間に時間は過ぎ去っていた。

「大事な人がいなくなっちゃって、ずっと一人きりで生きてるのは、悲しくないのかなって思ってた」

 老夫婦は、森の奥の一軒家に二人きりで暮らしていた。仲睦まじい夫婦は、寄り添うように日々を重ねていたけれど、別れは唐突にやって来る。回想という形で描かれた、永遠の別れ。劇的ではなく淡々としていたからこそ、余計に天馬の胸を打ったのだ。
 起伏のない物語は、決定的な喪失のあとを丁寧に綴っていた。老婦人は、連れ合いを亡くしても日常を続けるのだ。そこかしこに、不在の痕跡を感じながら、たった一人がいない世界を生きていく。悲嘆に暮れるわけではなく、絶望に飲み込まれるわけでもなく、日々は変わらず過ぎ去っていく。変わらない毎日が続いていくからこそ、よけいに天馬は思ったのだ。
 ずっと一緒に生きてきた人がいなくなっても。自分だけがたった一人で残されて、置いていかれてしまったとしても。それでも変わらず明日がやって来ることは、どれほど胸が痛むことだろうかと。
 マネージャーは天馬の言葉を、じっくりと聞いていた。幼い子どもの言うことだから、と蔑ろにすることはしない。彼はいつだって、天馬の言葉に耳を傾ける。
 いくらかの沈黙のあと、マネージャーは口を開いた。天馬の言葉を受け止めて、きっと悲しくて辛い日もあったでしょうね、と肯定してから、さらに言葉を続けた。
 一人で置いていかれても、残された毎日を生きていくとしても、きっと大丈夫ですよ、と。
 静かな口調で、奥底に凛とした鋭さを忍ばせて。何かを確信するような素振りで、彼は言ったのだ。
 遠くを見つめるまなざしを浮かべて、おだやかに、やわらかく。天馬の言葉に答えるようで、自身の心を取り出すように。
 ずっと一緒に時を重ねた人がいなくなっても、きっと大丈夫。共に過ごした日々があれば、重ねた時間を持っていれば、交わした心を知っていれば、たとえ置いていかれたとしても、それでも。

――どれほどまでに愛されたかを知っているから、大丈夫ですよ。