エンドロールで待ってて








 ノートパソコンの画面を、下から上に文字が流れていく。キャストから始まり、監督や脚本、撮影スタッフの名前が音楽とともに映し出される。
 天馬は一つ一つを見逃すまいとするように、真剣な顔でエンドロールを見つめている。この映画を制作するにあたって尽力した人たちの名前なのだ。一つとして蔑ろにすることはしたくなかった。
 自分自身がたびたび映画に出演しているからこそ、どれだけの人の手によって作品が出来上がっているのかを知っている。たとえ自分が出ていない映画だとしても、関わる人たちのことを尊重するのは天馬にとって当然だった。
 画面の文字は、スタッフから協賛会社のロゴへと変わっていた。終わりが近いことを示しており、案の定すぐにエンドマークが打たれる。余韻を残した音楽も終わりを迎えて、画面は真っ黒になった。エンドロール後の映像もないタイプの映画のようで、正真正銘の終わりなのだろう。

「いい映画だったねん、テンテン!」

 笑顔を浮かべて言ったのは、天馬の隣に座っていた一成だ。いそいそとノートパソコンを操作して、映画を終了させている。
 一成はいつでも明るくて、ノリが良い。だけれどこんな時――天馬と二人で映画を見ている時は、普段の様子が嘘のようにおとなしかった。エンドロールだって、最後の瞬間まできちんと見ているし、途中でスマートフォンを取り出すこともない。それは、天馬がスタッフたちを大切に思っているということを知っているから、というよりも一成自身の性格の問題だろう。
 人のことをよく見ていて、相手を気遣うことがごく自然にできる人間だ。目の前に映し出される名前が、ただの文字の羅列ではなく実在する人間である、ということを理解しているから、蔑ろにできるはずもないのだ。
 だから、天馬と同じように真剣な顔でエンドロールを見ていたんだろうな、と天馬は思っている。そういうところが好きだな、と思うと何だか胸のあたりが落ち着かないような気持ちになるけれど、決して不快ではなかった。一成の好きなところをあらためて認識できるのは、天馬にとってくすぐったくてそわそわして、同じくらいに胸が弾んで仕方ないのだ。

「評判良かったのも納得って感じだったよねん。今度はみんなで見るのもいいかも!」

 誰かが映画を借りてきたり配信サービスを利用したりして、鑑賞会が始まることはたびたびあった。談話室で映画を再生すれば、気づけば団員たちが集まってくることが常なのだ。プロジェクターを使えば大画面で鑑賞もできるので、普段なら談話室で映画を見ることも多いのだけれど、今回二人はそうしなかった。
 理由は単純で、二人きりの時間を過ごしたかったからだ。
 偶然から始まったような出会いから、夏組という特別なつながりを結んだ。友達、という言葉の意味を何度も噛みしめるような日々を過ごすうちに、互いに対して特別な気持ちを抱くようになっていった。
 いくらかの葛藤と困難を経て、最終的には同じ想いでいてくれることを確かめ合った。結果として、二人は恋人同士という関係に落ち着いたのだ。
 ただ、夏組やカンパニーへ正式に報告をしたわけではない。一部の人間は薄々感づいてはいるだろうけれど、気恥ずかしさや照れくささもあいまって、おおっぴらに恋人同士として振る舞うのは気が引けた。天馬の職業上のこともあり、気軽にデートへ行けるわけではない、ということも加味されて、寮内で隙を見つけて二人きりになることで、恋人同士の時間を過ごすのが天馬と一成の常だった。
 だから今日も、椋が学校の友人と出かける、と聞いて202号室で二人きりで過ごしているのだ。前から気になっていた映画を見る、なんて些細な出来事でも、お互いが一緒にいればそれだけで特別な時間になることはわかっていた。

「こういう映画って、解釈人によって変わりそうだから、いろいろ感想聞いてみたいんだよねん」

 パソコンをシャットダウンした一成が、しみじみとした口調で言う。
 今回二人が見ていた映画は、一組の男女の一生を描いた物語だった。
 子ども時代の出会いから始まり、成長して恋人として交際を始めるも、別れを迎える。それから異なる道を歩み始めて、互いに別人と結婚して過ごしていく。しかし、思いがけない再会から人生が交わりはじめ、最終的には結ばれる物語だ。
 幼年期から青年期を経て、壮年や老年までの一生を描いており、ラストは妻を看取った男性が二人の思い出の場所を訪ねるシーンで終わる。愛する人との別れという悲しみと、最期の瞬間まで寄り添い続けた慈しみがないまぜになり、バッドエンドともハッピーエンドとも言い切れない結末だった。

「まあな。純粋な悲劇ってわけじゃないし、見ようによっては幸せだとも思える。かといって、わかりやすいハッピーエンドとも違うよな」

 一成の言葉に、天馬も大きくうなずいた。痛快なアクション映画とは異なる雰囲気の映画だ。見る人によって感想が変わるのも道理だろう、と天馬も思っているので一成の言葉には大いに納得できた。

「二度と会えないっていうのは確かに悲しいけど、きっと主人公は満足してただろうなってオレは思えたしな。一成はどうなんだ?」

 ラストシーンにおける主人公は、静かな目をしていた。しかし、それは全てへの諦めといったものではなく、愛する人と積み重ねてきた時間を抱きしめて、これから先を歩いて行く決意のように思えたのだ。だから、天馬としてはあまり悲観的なラストだとは思っていなかった。
 一成は天馬の言葉に、数度目を瞬かせる。それから、ゆっくりと口を開いた。

「悲劇的って感じはオレもしなかったかな~。絶望してあとを追う、みたいなことはしないだろうって思ったし。でもやっぱり悲しいよねん。二度と会えないっていうのもそうだし、きっと置いていきたくなかっただろうなぁって思っちゃって」

 わずかに目を伏せた一成は、主人公を残して逝く妻のことを指してそう言う。物憂げともいえる雰囲気だった。
 天馬は、主人公ではなく妻への言及があったことに一瞬驚くものの、一成らしい、と思う。一成なら、登場するどんな立場の人間に対しても、そっと寄り添おうとする。死にゆく誰かの気持ちにだって、自身の心を重ね合わせるだろう。

「――そうだな。オレだって、もしもお前を置いていくことになったら心配すると思う」

 静かな口調で、天馬は言葉を返す。一成はいつもと違って、しんみりとした空気を漂わせている。それを壊さないように、と同じ空気感で言葉を口にした。いつもの明るい笑顔ももちろん好きだけれど、一成が自分といる時はこんな風に落ち着いた顔をしてくれることが、天馬には嬉しかった。

「お前のことだから、ちゃんと立ち直ると思うけどな。でも、一成は傷つくだろ。お前を悲しませたくない」

 一成は明るい空気に上手く隠しているけれど、とても細やかな心の持ち主だ。だから、大事な人がいなくなってしまえば確実に心を傷つけるだろう。一成にとっての大切な人間に自分が含まれている、というのはうぬぼれでも何でもないと天馬は思っている。だから、もしも一成を残していかなくてはならなくなったら、やわらかな心に確かな傷を与えてしまうのだ。
 わかっているからこその言葉だった。一成は、天馬の気持ちを受け取ったのだろう。「さっすがテンテン、男前だねん」と、やわらかく笑ってから言葉を継ぐ。

「でもさ、テンテン寂しがり屋だからな~。残してったら心配なのはオレもなんだよねん」

 ふわりと抱きしめるような笑みで、一成は言う。茶化すような雰囲気に似ているけれど、瞳の奥底には真摯さが潜んでいた。これが限りない一成の本心であると、天馬とて理解している。
 MANKAIカンパニーという場所で出会い、友人として夏組としてのつながりを結んだ。それから自分たちは、もう一つ特別な名前をお互いに与えあったのだ。
 まだ年若い二人にとって、未来はあくまでも広大だ。何が起きるかなんてわからないし、永遠にこの関係が続く保証はない。それでも、終わらせるために始めた関係ではなかった。たとえそれが夢物語で、子どもの戯言だと言われても、少なくとも隣同士で同じ道を歩いていくつもりがなければ、互いの手を取ることなんかしなかった。
 だから、これから先の未来を、長い道の果てまで、共に時間を重ねていきたいと願っている。それは二人とも同じ気持ちであると天馬は信じているし、事実間違ってはいないだろう。
 人生の終わりが訪れるその瞬間まで、寄り添っていることができたなら。無限に広がる未来の道を、最期まで手を取り合って歩いていけたなら。きっとそれは、この上もなく幸福な未来の形だ。
 だけれど、同時に理解もしていた。どれほどまでに、相手のことを大事にして慈しむとしても、いずれ別れがやって来る。二度と会えない別れは否応なく訪れる。たった今二人で見ていた映画のように。

「……それなら、健康には気をつけるしかないな。どっちも長生きすれば問題ないだろ」

 何てことのないような口調で、天馬は言った。
 いつか、相手を置いていく日は来るかもしれない。長い人生を共に歩むとしたら避けることのできない結末だ。だけれど、少しでもその瞬間を先へ延ばすことならできるはずだ。
 そのために何ができるかを真面目に考えるのが、天馬という人間だ。確かな決意を宿した響きを、一成は敏感に察知したのだろう。
 目を細めて、天馬の真剣さを抱きしめるような微笑を浮かべたあと、ぱっと笑顔を切り替える。いつものような、明るい雰囲気が一成を包む。

「たかし~。健康的な生活目指しちゃう?」
「お前は本当に目指したほうがいいと思う。この前も徹夜してただろ」
「やべ、ばれてた」

 軽い口調でぽんぽんと言葉を交わし合う。実際、一成は規則的な生活をしているとは言い難い人間なので、天馬の小言自体はあながち的外れでもないのだ。

「今はまだいいけどな。そういう積み重ねがあとになって響いてくるんだ」
「めっちゃガチトーンで言うじゃん……」
「まあ、年上の人間と接する機会なら、一成よりオレのほうが多いからな。体が資本の仕事だから、よけいにそういうアドバイスをされるっていうのもあるかもしれないが」

 きっぱりとした口調に、一成は「そだよねん」と納得する。
 身一つで芸能界という場所を生き抜いている人間なのだ。仕事道具でもあるわけで、一成よりもよっぽど自分自身をメンテナンスすることに長けているし、年長者との関わりが多いこともそういった意識に拍車をかけているのだろう。

「オレ、そこまで年上の人としょっちゅう会うって感じじゃないしねん。教授とか先生とかはいるけど、めっちゃ年上じゃないしな~」

 天馬は芸能人として活動する関係上、老若男女との出会いが多い。それこそ、老年期でも現役で活躍している人間はごろごろいるのだ。そんな人たちからのアドバイスは、どこまでも真剣なものなのだろう。
 一成の言葉に、天馬はつくづくといった調子で口を開く。

「そういう意味で、オレは環境に恵まれてると思う。人生の先輩たちから、直に話が聞ける機会が多い。どんな風に道を歩いてきたのか、いろいろと教えてもらえる」

 どうしたって天馬は、生まれ落ちてからせいぜい20年の若者なのだ。人生経験の差は埋めようがない。だからこそ、確かな年月を重ねた人から直接話を聞けることは、天馬にとっての大きな糧になっている。

「オレにはまだまだわからないことだらけでも、確かに今日までを生きた人の話を聞けるのは、オレにとっての大きな財産だな。芝居に活かすことができれば、演技にも深みが出る」

 遠くを見つめるまなざしで、天馬はぽつりとつぶやいた。
 どうあがいてもカバーできない年月の差は存在する。だけれど天馬は、他者からの話を聞き、想像力の翼を広げることで、自分の中に重ねた年月を蓄積するのだ。そうして演技に反映させていくことで、天馬の芝居はますます進化していく。生きた年月さえ超越して、自分ではない誰かを演じるのだろう。
 皇天馬という役者のすごさを、一成はよく知っている。近くでその努力を見てきたからだし、今天馬が口にする言葉がどれほどまでの真剣さで紡がれたものなのかだってよくわかっている。だから、あらためて「テンテンはカッコイイなぁ」と隣に座る天馬を見つめていた。

「――それに、いろんな話を聞けるってことは、未来の選択の参考にもなるしな」

 遠くへ向かっていたまなざしが、不意に一成へ向けられる。寄り添うように座っているから、二人の距離はずいぶん近い。心臓が大きく跳ねるのは、至近距離で射抜くように見つめられたからだ。真剣な口調で、天馬は言った。

「思い出したことがあるんだ。まだオレが小さい頃だけどな。置いていかれることとか、そういう話をしたことがある」

 井川の前のマネージャーだ、と言われて一成はわずかに驚きを浮かべた。ただ、考えてみれば当然の話ではある。幼少期から子役として活躍している天馬なのだ。井川の年齢から考えて、その頃から担当できるはずがないので、先代のマネージャーがいることはそうおかしなことではない。

「あんまりプライベートな話をするようなタイプじゃなかったんだけどな。ただ、時々昔のことを話してくれることもあった」

 詳しい話を聞いたわけではない。それでも、何度か交わした会話で天馬はおおよそのことを察していた。先代のマネージャーは、大切な人との死別を経験している。大事な人がいたけれど、その人はもう傍にいない。二度と会うことはできない。まさしく、彼は置いていかれた人だった。

「まだそんなこと知らない頃に、そういう――置いていかれるのは寂しくないか、なんて話をしたことがあった。映画の感想だったんだけどな」

 夏に差し掛かる季節だった。些細な夜のことを、天馬は今も覚えている。何てことのない日常の一場面だけれど、忘れることがなかったのは、恐らくマネージャーと交わした会話が印象的だったからだ。あの時は、彼の事情など知る由もなかった。だけれど、あとになって気づいたのだ。
 あの時口にした言葉は、どこまでも純粋な彼の本心だった。
 大事な人がいなくなる。欠けた世界でも時間は進む。置いていかれたまま、日々を生きることはどれほど辛くて悲しいだろうか。
 そう言った天馬に、彼は答えた。しかしそれは、映画の感想ではなかったのだ。あれは、紛れもなく自身の心から導き出された答えだ。
 天馬はゆっくりと、あの夜に告げられた言葉を取り出す。目の前の一成に、きちんと伝えたいと思ったのだ。一言ずつを確かめるように、天馬は言う。

「どれだけ愛されたかを知ってるから、置いていかれても大丈夫だって言ってたんだ」

 ただの強がりで、自棄になって発せられた言葉だとは思わなかった。あの時聞いた言葉は、宿る響きは、どこまでも真剣で心からのものだった。重ねてきた思い出を、交わし合った心を、抱きしめているような言葉だったのだ。
 だから、天馬はただ素直に思ったのだ。置いていかれるとしても。一人残されるとしても。それでもきっと大丈夫だと、言うことはできるのだ。共に過ごした年月が、お互いに向け合った心が何よりの答えになる。
 どうして天馬がこの話をしたのか、一成は理解している。これは天馬なりの、映画に対する見解で、同時に一成への誓いでもある。
 これから先の未来で、永遠の別れが訪れるとしても大丈夫だ、と天馬は言いたいのだ。自分たちはまだ若くて、行く先に何があるかはわからない。だけれど、先に道を行く人たちの言葉を受け取ることはできる。だから天馬は一成に、長い道の果てに訪れる別れだって、恐れる必要はないと告げるのだ。

「そっか。それじゃ、テンテンのこといっぱい大事にしないとだねん」

 言いながら、一成は隣に座る天馬へそっと手を伸ばした。かろうじてクーラーが効いているような部屋だ。常であれば、スキンシップなんて暑苦しいと言われる場面だけれど、天馬はそうしないと一成はわかっていた。
 太ももに置かれた手をぎゅっと握れば、天馬は驚きもせず握り返す。お互いのまなざしが至近距離で混ざり合った。
 言葉はなくても、互いの心は手に取るようにわかった。天馬が一成に告げた言葉。これから先の未来で訪れる別れは、決して怖いものではない。その意味を、二人はしかと理解している。
 大事なのだと、どれほどまでに相手が大切なのかと、長い年月で何度も教えあう。今、この瞬間にありったけの愛を伝え合うことが、何よりの答えだとわかっていた。
 どちらが先に動いたのか。握り合った手に力込められて、互いの体が近づいていく。まつ毛の先がぶつかりそうな距離に、一成がそっと目を閉じる。天馬は一瞬息を止めてから、ゆっくりと唇を重ねた。
 やわらかな感触を確かめながら、二人はキスを交わす。触れ合った唇から愛おしさがこぼれていくような、心の全てを取り出すような口づけだった。
 数秒してから、二人はそっと体を離した。ただ、距離は未だに近いままで、お互いの顔がよく見えた。天馬は照れくさそうな表情を浮かべているし、一成の唇にもはにかむような笑みがのぼっている。

「やっぱちょっと照れんね」

 まなじりを赤く染めて、一成は言う。友達としての期間のほうがまだ長くて、キスだって片手で数えられる程度なのだ。恋人としての触れ合いに慣れないのは仕方ないだろう。

「でも、テンテンとちゅーできるの嬉しいよん」

 いたずらっぽい笑みで続けたのは、照れてはいるけれど嫌がっているわけではない、と伝えたかったからだ。天馬が勘違いするとは思っていないけれど、きちんと言葉にしておきたかった。
 天馬はその言葉に、三秒ほど一成の顔を見つめていた。それから、何かを言おうとして口を開閉させたものの、結局言葉になることはない。
 もっとも、顔は真っ赤に染まっているし、何か葛藤を抱えたような表情から言いたいことは察していた。自分も同じだ、と言おうとして照れが先に来ちゃったんだろうな、と察する一成はそんなテンテンもかわいいよねん、と心から思っていた。
 結んだつながりに一つ一つ名前をつけて、ここまで一緒に歩いてきた。自分たちのペースで、少しずつ進めばいいと思っているから、天馬が同じように言葉を返せないことも一成は特に気にしていなかった。
 天馬のことをよく知っているからこそ、大事なことはきちんと伝えてくれるとわかっている。今はまだその時期じゃないだけだと一成は思っている。

「一成」

 だけれど、天馬自身はそういうわけには行かなかったらしい。名前を呼ぶと、握ったままだった手に力を込めて、自分のほうに引き寄せる。ぱちり、と一成が目を瞬かせた隙に、天馬は一成の体を抱きしめる。壊れ物に触れるような、まだぎこちない仕草だった。
 どうしたのか、と一成は尋ねなかった。代わりに、そっと天馬の背中に手を回した。いつものスキンシップが嘘のようにたどたどしくなってしまったのは、天馬の行動の理由を察していたからだ。
 言葉にできないのなら、せめて行動で示そうと天馬は思ったのだ。触れること、大事にしたいこと、好きだと思っていること。あらゆる全ての心が形になったのだとわかっているから、受け止める一成は宝物に触れるような繊細さで、天馬を抱きしめる。

「……テンテン」

 言葉にはできなくても、行動には移せるの、本当テンテンだなぁと思いながら、一成は名前を呼ぶ。応えるように、抱きしめる腕にわずかに力が込められる。
 一成の心臓はドキドキと鳴っている。だけれどそれは天馬も同じだった。早い鼓動が脈を打ち、全身を駆け巡っている。寄り添うように、共鳴するように、響くリズムが二つ重なり合う。それはまるで、同じ心臓を二人で分かち合っているようだった。