エンドロールで待ってて





 視界に飛び込んだのは201号室の天井で、天馬は混乱のまま硬直している。
 脳裏に浮かんでいるのは、年老いた一成と向かい合っていた病室の風景だ。命が尽きる前の姿を覚えている。もうすぐオレの大事な人は死んでしまうのだ、というあの感情はあまりにもリアルで、実際に感じたものだとしか思えなかった。

「ポンコツ、いつまで寝てるわけ。アラーム止めろ」

 ベッドの下から声が飛んできて、天馬ははっと我に返る。すでに起床していた幸が、いっこうに鳴りやまない目覚まし時計にしびれを切らしたらしい。天馬は反射で謝り、アラームを止めた。
 体を起こした天馬は、自分の両手を見つめた。張りのある若々しい手のひらは、自分がまだ青年であることを教えているし、天馬の頭は自身が学生であることをきちんと認識している。体調は万全で思う通りに体も動くし、昨日予習していた英語長文の文章だって思い出せる。つまり、さっきまで見ていた晩年の姿は単なる夢なのだ。
 病室で向き合って、もうすぐいなくなってしまう一成と話をしていた。まるで自分自身が体験したようにリアルだった。夢だとわかっていても、一成が死んでしまう現実がすぐそこに迫っているような気がした。
 ロフトベッドを降りた天馬は、幸と朝の挨拶を交わす。いつもの朝と変わらない光景だ。ただ、天馬はどうにも落ち着かなかった。さっきまで見ていたのが夢だということはわかっている。だけれど、いてもたってもいられなくて、天馬は部屋を出た。

 一成に会わなくてはいけない、と思った。202号室の扉をノックすれば、笑顔で椋に出迎えられたけれど一成の姿はなかった。「カズくんなら、洗面所に行ったよ」と言われて、天馬は礼を言ってから階段を駆け下りる。
 さっきまでの夢を天馬は思い出している。病床の一成と交わした会話。長い年月を共に歩いて、人生の終着地点を迎える、ほんの少し前の風景。夢の中の自分が言いたかったことを、天馬は知っている。
 あれはただの夢だった。だけれど、これから先の未来に有り得るはずの光景なのだと、直感的に理解していた。このまま二人、共に道を歩んだならいつかあの日はやって来る。それなら、やるべきことは一つだけだ。
 洗面所に駆け込むと、ちょうど身支度を終えたらしい一成と出くわした。三角と九門もいて、それぞれから朝の挨拶が飛んでくる。天馬は一つ一つに返事をしてから、一成の目の前に立つ。
 綺麗に染まった金色の髪。あまり日に焼けない白い肌。楽しそうな笑みを浮かべる唇。きらきらとした輝きを宿す、若草色の瞳。夢の中の一成はずいぶん年を重ねていたし、病気のせいでやつれた雰囲気をしていた。だけれど、この若草色の瞳だけは変わることなく輝いていた。
 天馬は真っ直ぐ一成を見つめると、両肩を掴む。強い力に、一成は戸惑うような表情を浮かべているけれど、構わず口を開く。深呼吸をして、はっきりと言った。

「一成。オレはお前が好きだ」

 告げた瞬間、一成が笑顔で固まる。九門が「え!?」と素っ頓狂な声を上げて、三角が「仲良しだねぇ」と楽しげに感想をこぼす。それらに構うことなく、天馬は言葉を続けた。

「一成が好きだ。好きなんだ」

 固まったままだった一成は、天馬の言葉に見る間に顔を赤くしていく。天馬の性格からしてこんな冗談を言う人間ではないと知っていたし、真剣なまなざしは天馬の本気をこれでもかと伝えていたからだ。

「えっと、うん、知ってるよ……?」

 しどろもどろになりつつ、一成はどうにかそれだけ言った。あまりにも突然のことすぎて、一体何が起きたのかがわからない。だけれど、天馬が一成のことを心から好きだと思っていてくれることは知っているから、そう答えた。

「てか、どしたの、テンテン。何か変なものでも食べた?」
「食べてない。素直になることにしただけだ」

 天馬は基本的に照れが先に来るので、あまりはっきりと言葉にすることはない。わかっているから、体調でも悪いんじゃないか、と思って尋ねれば天馬は真顔で答えた。
 一成は、多少なりとも調子を取り戻して冗談めいた言葉を口にできるようになっていたのに、ストレートに言われて再び口ごもる。素直なテンテン、破壊力高すぎるんだけど!と思っていると、天馬はさらに言葉を続ける。

「照れくさくてあんまりはっきり言えなかったけどな。これからは一成が好きなんだってことを隠さないことにした」

 宣誓にも似た力強さで言われて、一成は何を言えばいいかわからない。
 耳どころか首まで真っ赤に染まっているのは、天馬のこの上もない本気を感じ取ったからだし、天馬は有言実行の男だ。こうと決めたら必ず実行するので、つまりは一成が好きだとこれからも言い続ける、という宣言に他ならない。

「あのね、テンテン……それはオレ的にめっちゃ嬉しいけど、マジで嬉しいけど……なんで?」

 どうにか声を絞り出した一成は、かろうじてそれだけ尋ねる。天馬に好きだと言われることは嬉しい。ただ、あまりにも突然すぎる事態に戸惑ってしまうのは仕方ないだろう。一体どういう心境の変化なのか、と真っ赤になりつつ尋ねると、天馬が大きく深呼吸をした。
 真っ直ぐ一成を見つめる。きらきらとした若草色。どれだけの時間を重ねるとしても、この輝きは決して衰えない。それをずっと近くで見ていたいと願っているし、何があっても曇ることがないよう、自分のできることは何だってしたいのだ。
 己に芽生えた決意を握りしめながら、天馬は口を開いた。射抜くようなまなざしで、他の誰でもない一成に誓うような気持ちで。

「オレはお前を大事にしたい。オレの持ってるもの全部で、お前のことを大切にしたいんだ」

 きっぱり告げる天馬の頭には、さっきまでの夢が思い浮かんでいる。
 ベッドに臥せる一成と交わした会話。天馬を一人にしたくないとこぼした、誰より心やさしい大切な人。一成に伝えたかった言葉を、あの時の答えを天馬は知っている。
 いつかこの道の果てで、分かれ分かれになる日は来るだろう。同じ瞬間に心臓を止めることはできないから、いずれどちらかが片方を置いていく。一成のいない日々を生きることになるかもしれない。一成がいなくても正しく回り続ける世界で、生きていく日が来るかもしれない。
 それは確かに辛いことで、苦しい毎日なのだろう。だけれど、それでも、心から「平気だ」と言えると天馬は思っている。やさしくて、一人ぼっちで残していくことを憂う一成に、嘘でも強がりでもなく言える。どうしてなのかと言えば、それはこれからの日々が答えになるからだ。

「いくらだって、お前に好きだって言わせてくれ。どれだけ大切かって、何回だって言いたいんだ」

 照れだとか意地はもう止める、と天馬は決めたのだ。素直になることが恥ずかしくて、きちんと言葉にすることができなかった。夏組やカンパニーの前でも、恋人としての振る舞いをすることをためらってしまって、一成はそれでもいいと笑ってくれたけれど。
 あまりにもリアルな、晩年の夢に天馬は悟った。オレはオレのできる精一杯で、ただ真っ直ぐと、大事な人を大事にしていきたい。いつか、この人生に終わりが来るとして。どちらが先に旅立つかはわからないけれど、もしも一成が残されるオレを心配するなら、心から答えたい。
「お前に愛されたから平気だよ」と、夢の中の天馬は言っていた。あの言葉に嘘はなくて、一成に心から愛されたという事実は、お守りのように天馬の未来を永劫に照らすだろう。先代マネージャーが言っていたように、たとえ二度と会うことができなくたって、愛された記憶があればその先だって生きていける。
 だけれど、天馬は同時に強く思っていた。天馬を置いていく事実に胸を痛める一成に、心から言いたいことがあった。
 天馬の頭には、いつかの光景が思い浮かんでいる。遠い昔、先代マネージャーと交わした会話。一成と二人で墓参りに行ったこと。帰りの電車のホーム。あの時感じたことが、何よりの答えだ。
 天馬の言葉一つで、ささやかな行動で、一成は世界で一番幸せなんだと笑ってくれた。だから、天馬は決めたのだ。
 これから先、オレはお前をたくさん笑わせて、目いっぱい大事にしてやる。オレの言葉で、行動で、何度だってお前を幸せにしてやるんだ。それこそがオレの幸福だと、オレはもう知っている。

「一成にはたくさん笑ってほしい。オレにどれだけ大切にされてるかって、毎日実感してくれ」

 揺るぎない意志で、天馬は告げる。言葉にすることをためらうのはもう止める。やさしくて時々自分に自信のない恋人が、当たり前みたいにオレからの愛を受け取れるように、何度だって伝えよう。そういう毎日を積み重ねてこれから先を生きていく。だからきっと、と天馬は思う。
 終わりの瞬間を迎える時、オレは心から言うのだ。たとえ置いていかれて独りぼっちになったとしても、この世界のどこを探したってお前がいなくても。
「オレの全部でお前を愛せたから平気だよ」と、心の底からお前に言う。
 愛されただけじゃない。オレの全てで、持っているもの全部でお前のことを愛せたなら、それならきっと大丈夫だ。
 だから、心配しないで先に眠っているといいと伝えよう。どうせそのうち追いつくんだ。オレが行くまで、少しだけ待っててくれ。








END


幸せな終わりの話