終末エスケープ 前編




 テンテンと旅に出ます。探さないでください。


 そんな書き置きを残して、天馬と一成が寮から消えた。ずいぶん早い時間に寮を出たようで、二人の姿を見たものは誰もいなかった。部屋からは貴重品以外にも衣服などが持ち出されているし、どこかに向かったのは間違いない。
 ただ、あまり緊迫した空気が感じられなかったのは、書き置きの下には「明後日には戻るよん」という言葉が書き添えられていたからだ。
 一成はときどき、こんな風に突発的に寮を飛び出すことがある。インスピレーションを求めてだとか、創作の息抜きだとか、そういう名目でふらりとどこかへ出掛けていくのだ。今回は珍しく、それに天馬が付き合わされたのだろう、とカンパニーメンバーが判断したのも自然な流れと言える。
 いつもなら、カンパニーのグループトークや監督へ、外出してからメッセージが送られることが多いので、書き置きなんて珍しいな、とは思ったもののそれくらいだ。そもそも、天馬と連れ立っていること自体がイレギュラーなのだ。今回の一成は気まぐれがいつもより多く働いているのだろう、と判断した。
 だから、突然の出来事に驚きはしたものの、寮はすぐにいつもの調子を取り戻した。
 泊まりがけというのも珍しいけれど、「電車なくなっちった☆」とか何とか言って、一泊してくることもある。事前に旅行の準備をしているだけマシではないか、なんて空気さえあった。
 それに、天馬もいるのだから無茶なことはしないはずだ。一人だけならふらふら歩き回って何かと首を突っ込む人間ではあるけれど、天馬を巻き込むようなことはしないだろう。それに天馬なら、予想外の行動を取る一成のストッパーにもはるずだ。
 カンパニーメンバーは、おおむねそういう判断をしていたので、特に心配した様子はなかった。明後日には帰ってくるのだから、その時土産話でも聞いてやろう、と結論づける。ひとまず全員談話室へ集合していたものの、メンバーは解散していったのだ。
 書き置きを前に残されたのは、夏組の四人だけ。
 四人は黙り込んで、目の前の紙を見つめていた。見慣れた一成の字。軽やかなメッセージは確かにいつも通りだ。
 今回は書き置きを残したのだって、何かそういう映画やドラマに影響されただけで、深い意味はないのかもしれない。明後日には帰ると言っているのだ。その時に詳しい話を聞けばいいと、頭ではわかっていたのだけれど。

「何も言ってなかったよね……?」

 おずおずといった調子で、椋は三人に尋ねた。案の定、全員首を振る。
 一成の気まぐれは確かにいつものことだから、突然寮からいなくなることはある。ただ、少しばかり素振りを見せることはあったのだ。
「アイデアが浮かばない」と騒いでいたり、「海行ってみたいよね~」と言っていたり。その時は気づかなくても、一成がふらりと出掛けた後で「あれは、このことだったんだな」と気づくことはあった。しかし、今回は一つもそんな素振りはなかった。

「一成ならともかく、ポンコツは一言くらい言え」

 強い語気で幸がつぶやく。それは、何も言わずにいなくなった天馬に向けての言葉だ。一成の気まぐれならともかく、天馬が何も言わず出掛けるなんてことは、ほとんどない。律儀な報告を欠かさないということもあるし、何よりも。

「天馬さん、どこか出掛けるって感じ全然なかったよね?」

 首をかしげながら、九門は言う。天馬は基本的にわかりやすい人間なので、隠そうとしても大体バレてしまうのだ。だから、何も言わずに出掛けるなんて事態になることはない。少なくとも、察しのいい幸にさえ気づかれず寮を出た、というのは今までにないことだった。

「外国とか行ったのかな~?」

 遠くを見つめるまなざしでこぼしたのは三角だ。三人が「どういう意味か」と尋ねると、三角はぽつぽつ「てんま、この前パスポート探してた」と言う。
 書き置きを残していなくなる前日のことだ。たまたま部屋を訪れた三角は、探し物をしている天馬に声を掛けた。驚いたように振り返った天馬の手には、パスポートが握られていたという。

「――そういえば、カズくんも海外旅行の荷物セットとか整理してたかも……」

 考え込むような素振りで椋が続いて、四人の間には奇妙な沈黙が流れる。
 二人の行き先に心当たりはない。恐らく国内だろうと漠然と思っていたけれど、パスポートを探していたことや海外旅行の荷物を整理していた、という事実からは海外の可能性も考えられる。
 しかし、いくら何でもふらりと出掛ける先として海外を選ぶだろうか。一成のことなので突飛な行動はしかねないし、天馬もときどき一般的な常識からかけ離れた選択をすることもある。だから、絶対にありえないとは言い切れないとは思っていた。
 ただ、それにしてはあまりにもおかしい。夏組の四人の胸には何とも言えない違和感がじわじわと広がっていった。
 一成の気まぐれ、というのは理解できる。だけれど、もしも海外へ向かったのだとしたら、さすがに夏組に隠すだろうか。一成のことなので、大喜びで写真を送ってきそうなのに、スマートフォンにその気配は一切ない。一成からのメッセージは何もないし、送ったメッセージも既読にならないのだ。
 天馬だって、夏組に何も言わずにこんな風に出掛けるだろうか。何だかんだ言いながら、六人で行動しようとするのが夏組リーダーであることは、全員が理解しているのだ。
 だから、最初からずっと違和感が拭えない。ふらりと一人で出掛けるだけならまだしも、天馬と一緒にいなくなるなんて。夏組の六人ではなく、夏組の二人だけが消えてしまうなんて。
 寮のメンバーはいつものことだ、と特に気にしてはいない。「明後日には戻る」という言葉があるし、一成が嘘を吐くとは思えないから、確かにそこまで大した事態ではないはずだ。
 そう思うのに。夏組の四人は、どこか晴れない表情で書き置きを見つめていた。