はつはるのよろこびを
待ち合わせ場所のコンビニには、すでに一成がいた。入って来た天馬に気づくと、ぱっと明るい表情を浮かべて近づいてくる。
「テンテン、早かったねん」
「お前のほうが早いだろ」
「楽しみだったから、早めに着きすぎちゃったんだよねん」
軽やかな声は冗談めいた響きをしていて、茶化しているのか本音なのか天馬には判然としない。だけれど、恐らく本心からのものだろうと思った。一成はニコニコと笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「テンテン待つのも楽しいから待つのはおけまるなんだけど。でも、テンテンてっきりもうちょっと遅くなるかな~って思ってたからちょっと意外かも!」
どういう意味か、天馬はさすがに理解している。目的地に向かおうとしても、どういうわけか順調に行かないという事実は認めざるを得ないのだ。
だからこそ、一成は待ち合わせ場所であるコンビニまで天馬がスムーズに辿り着かないことを想定していたのだろう。
「そしたら全然迎えに行くつもりだったけど! 寮の近くなら平気な感じ?」
「――さすがに慣れてる道だからな」
途中で若干危うかったことは伏せて答えた。ただ、まったく知らない場所ではなかったので、何とか辿り着くことができたのは事実だ。
もっとも、本来であればせいぜい10分で着くところを30分前に出てきているのだけれど。その甲斐あって無事に時間前に到着することができた。
店内に設置された時計へ視線を向ければ、待ち合わせ時刻の23時45分まではまだあと少しある。
今外へ出ていっても、寒空の下を歩くだけだ。もう少し、コンビニ内で時間をつぶしてからでもいいだろう。
そう思ったのは天馬だけではなかったらしい。ゆるやかに店内へと歩き出した一成は「何かあったかいもの買わない?」と言って天馬へ視線を向けた。
「めっちゃ外寒いんだもん」
「お前が薄着すぎるんだよ」
ダウンの天馬と違って、一成の冬用コートはうすっぺらい。マフラーはしているものの、あまり暖かい格好には思えないのだ。一成は「寒いと冬って感じするよね~」と答えにならない答えを返しながら、コンビニの店内を進む。
「あったかい飲み物いっぱいあんね」
ホットドリンクのコーナーの前で立ち止まった一成が、何だか楽しそうにつぶやく。確かに、ホットのお茶やコーヒー以外に、柑橘系のドリンクや甘酒、おしるこなどが並んでいる。売れているのか、ちらほらと空きスペースが目立つ。
「外で飲むとマジでほっとするし、手とか冷えてるからめっちゃあったかいんだよね~」
しみじみとした口調の言葉に、手袋をよく忘れる一成を思い出して天馬は眉をしかめる。
だからちゃんと防寒しろよ、と言いかけて、はた、と我に返る。ポケットを探って、出掛けに渡されたものを取り出した。
「一成。これ、三角からお前に渡せって言われた」
「すみー?」
目をまたたかせた一成に渡したのは、未開封のカイロだ。どういうことなのか、という顔をしている一成に向けて、天馬は説明を加える。なるべく落ち着いた声で、何てことのない表情を浮かべながら。
「出掛けようとしたら、外は寒いからちゃんとこれ持っていけって言われた。オレの分と、それからお前にって」
ふわふわとした笑顔で掛けられた言葉に、天馬はどんな言葉を返せばいいかわからなかった。だから、なるべく平静を装って「わかった」とうなずくしかなかったのだけれど。恐らくそれは、一成も同じなのだろう。
「――普通にバレてんね」
いつもの笑顔に似て、だけれどどこか少しだけちぐはぐな笑みを浮かべている。理由は天馬だってわかっている。
だって今日、二人で出かけることは誰にも言っていないのだ。それなのに、当然のように知られているのは、果たして二人がわかりやすいからなのか、はたまた三角だからなのか。
理由としてはどっちもなのかもしれないな、と思う天馬は今日に至るまでの経緯を思い浮かべている。
**
きっかけは、天馬の些細な一言だった。
クリスマスを終えて、途端に全てが正月へのカウントダウンへと塗り替えられていった時分だ。年末年始の過ごし方特集がテレビで流れていた。
談話室でぼんやりとテレビを見ていた天馬は、そういえば、と思って言ったのだ。日付が変わるころに初詣へ行ったことがないな、と。
初日の出を迎えてから、早朝に初詣へ行ったことはある。ただ、0時前に家を出て、いざ日付が変わったころで神社なり寺なりに詣でる、というのはしたことがなかったのだ。
それを聞いていたのは、近くのソファに座ってスマートフォンを操作していた一成だけだった。他のメンバーはダイニングテーブルで何やかんやと話をしていて、ロクにテレビも見ていなかった。
何となく、テレビの前のソファはぽっかりと他から引き離されたような空間になっていた。
だからなのだろう。天馬がぽつりと、心のままに声を落としたことも。それを拾い上げた一成が、当たり前みたいな顔でするりと答えたことも。
誰も二人のことを気にしていない。今この会話は、天馬と一成の間だけで交わされるものだと、言葉はなくとも理解していた。他の誰も知らないなら。二人だけにしかわからない会話なら。それなら、心のままに答えても平気だと一成は思ったのだろう。
一成はスマートフォンから顔を上げると、至って自然な調子で答えた。いつもの明るい笑みでもなく、楽しそうな雰囲気でもなく、落ち着いた表情で。
――それじゃ、一緒に行かない?
そうすることが前から決められていたみたいな調子で言われて、やっぱり天馬も自然とうなずいた。きっと、「行ったことがない」と告げた時点でこうなることはわかっていたのだ。
天馬がそう言えば、一成が「それじゃ」と提案することも、当たり前みたいにうなずくことも。
二人はそれから、淡々とした調子で31日の予定を確かめ合った。
一成は実家に帰省しているし、天馬もギリギリまで仕事が入る可能性だってある。もしかしたら流れてしまう約束かもしれないけれど、今のところは無事に31日の夜は時間が取れそうだった。
お寺と神社どっちがいいとか、なるべく静かなところがいいな、だとか。ささやかな希望を口にして、時間や場所を決めていく。
もっとも、天鵞絨町内の神社にしよう、ということになったけれど、具体的な場所はさらに一成がリサーチをするという。天馬が訪れても問題なさそうな場所を選ぶのだろう。
何だかんだ言いながら、そういう点においてはしっかりと気遣いを見せる人間だとわかっているので、天馬は素直に「任せた」と答える。一成は嬉しそうに「おけまるだよん!」と笑っていた。
喧騒を遠くに、天馬と一成は談話室のソファで簡単に全てを決めた。もっとも31日の夜、一緒に初詣へ行こうという約束だけが確かで、具体的なことはほとんど未定だ。
場所が決まっていないのだからそれも当然なのだけれど、それだけではないと二人ともわかっていた。
大晦日の夜にわざわざ待ち合わせをして、初詣に行くのだ。こんな特別なイベントを、一成が好まないわけがない。天馬だって、こういった季節的なイベントはカンパニー総出で行うものだと思っている。
たとえそうでなくても、夏組のメンバーを誘うという選択肢は当然ある。きっとみんな、快くうなずいてくれるだろうということもわかっていた。
だけれど、二人はメンバーについて何も口にしなかった。31日が終わるほんの少し前の時間を共に過ごして、新しい年を迎えるのだという約束だけをした。
一体誰が来るのだとか、誰に連絡を回すのだとか、そういう話は一切しなかった。具体的なことが決まってから連絡すればいいだとか、そういうことではないのだということも、二人はわかっている。
**
「カイロのお礼って何がいいかな~」
のんびりとした調子で一成が放った言葉に、天馬は我に返る。ホットドリンクを見つめた一成が、うーん、と首をかしげている。カイロをもらったので、お礼をコンビニで調達しようと思っているのだろう。
「おにぎりは絶対喜んでくれるけど、サプライズ足りなくね?」
「別にサプライズがなくても三角は喜ぶだろ」
もっともな言葉ではあるので、一成は「そうだけど~」と答えを返す。三角形の中にランクはあれど、形として三角形であれば三角が喜ぶことはよくわかっている。
むしろ、三角形ではないとしても一成が「プレゼント」として選んだものであれば何だって喜んでくれるだろう。
「すみーもだけど、夏組みんなにも何か買っていこうかな~」
一成がぶつぶつとつぶやいているのは、新年の挨拶のために寮を訪れる夏組のことを念頭に置いての台詞だ。
それぞれ年末年始は帰省しているけれど、寮にやって来ることはわかっている。だから、そのために何かを用意しておこうと思っているのだろう。
真剣な顔で品物を吟味する一成は、夏組メンバーの名前を口にしてあれやこれやと思考を巡らせている。それを聞く天馬は、改めて夏組の不在を思い知る。
いつもなら、きっとここには他の夏組がいて一緒に「これはどうかな」とか「こっちのがいいんじゃない」なんて、お菓子やら何やらを持ち寄っている。
どんな時も騒がしい夏組らしく、コンビニでお菓子を選ぶだけなのに何だかワイワイとしているに違いないのだ。だけれど、ここには天馬と一成の二人しかいない。
一緒に初詣の約束を交わした時、誰が一緒に行くか確認をしなかったのは、わかっていたからだ。
はっきりとした言葉にしたわけではない。だけれど、この約束は今ここにいる自分たちの間だけで交わされるものだと、天馬も一成も理解していた。
他の全てから切り離されたような空間で、静かに約束をした。一年の最後の日を共に過ごして、新しい年を迎えるのだと。特別な日の特別な瞬間の約束は、他の誰でもなく自分たち二人だけのものなのだと、天馬も一成もわかっていた。
事実として、待ち合わせのコンビニに一成以外の姿はなかったし、天馬も誰かと連れだってやって来るなんてことはしなかった。
もしかしたら夏組や勘のいいカンパニーメンバーは察しているかもしれないけれど。少なくとも、今日のこの約束は、他でもない天馬と一成だけのものだった。
言葉にしなくてもお互いが同じ気持ちでいることを、あの時の二人は疑いもしなかったし事実その通りだったのだ。
「二人だけで初詣行ったとか、ごめピコ~って感じだから、ちょっと豪華なもの買っちゃう?」
イタズラっぽい笑顔を浮かべて、一成は天馬に問いかける。茶化すような雰囲気だけれど、奥底にはほんのりと罪悪感が漂っていることを天馬は見逃さない。
三角をはじめとして察しているメンバーがいるだろうことは、予想がついている。
他の夏組だってもしかしたら気づいているかもしれないし、天馬と一成もそこまで頑なに秘密にするつもりはない。だから、二人で初詣へ行ったことは、いずれ夏組全員が知ることになるだろう。
多少は「二人だけでいいな~」だとか「一緒に行きたかった」だとか、そんな話はするかもしれない。だけれど、本気で腹を立てることはないだろうと天馬も一成も思っている。
理由までを察していないとしても、二人が決めたことならば、受け入れてくれるのが夏組の彼らだとわかっている。
一成だって、それくらいは当然理解しているのだ。それでも、夏組全員ではなく天馬と二人きりで初詣へ行ったという事実を、何だか後ろめたく思ってしまう気持ちは理解できないわけではなかった。だから、ゆっくり口を開く。
「――幸はコンビニ限定のケーキ食いたいとか言ってたぞ」
「マ!? どれどれ!?」
「ボリュームありそうな……クリームがいっぱい乗ってるやつ」
「えー、どれだろ。ちょっちテンテン現物見て!」
「オレだってそこまで覚えてない」
「テンテンの記憶力ファイト!」
軽口を叩きながら、コンビニのデザートコーナーへと歩いていく。
並ぶデザートのうち、果たして幸が食べたいと言っていたケーキはどれなのか、記憶の中からどうにか探ろうとするけれどどれも同じに見えて、天馬にはよくわからない。
途中から「これ、むっくん好きそうじゃね?」だとか「九門はレジ前の何か喜ぶんじゃないか」だとか「デニッシュとか結構サンカクだよねん」だとか、それぞれが喜びそうなものを言い合っていた。