はつはるのよろこびを
夏組へ買っていくものを真剣に吟味しすぎて、慌ててコンビニを出ることになった。時刻は23時55分。結局何も買わないままだった。
初詣の行き先は、住宅街にある小さな神社だ。近くに大きな寺があることから、そちらに参拝客が流れていることもあって人はあまり多くないだろう、というのが一成の予想だった。コンビニからは10分ほどで着くはずの場所にある。
二人は心持ち足早に、外灯に照らされるアスファルトの上を歩く。濡れるような影がひっそりとついてくる以外、他にひと気はなかった。遠くから鐘の音が聞こえている。
「住宅街に突然出てくるからねん。知ってる人じゃないと、神社があるとか絶対予想してない系のとこ!」
「お前よくそんなところ知ってるな」
「カズナリミヨシの情報網駆使しました☆」
軽い調子でピースサインを掲げて言うけれど、実際色々なツテを使ってくれたことは事実だろうと思ったので、天馬は「ありがとな」と告げた。
一成は少しだけ驚いたような顔をしたあと、「全然」と言って首を振った。
やわらかく瞳を細めて、寒さのせいだけではない赤を頬にのぼらせて。照れくさそうに、だけれどこの上もなく嬉しそうに笑って。
「……でも、そんな小さい神社、初詣とかできるのか」
やわらかい笑顔にどぎまぎしそうになって、天馬は他の話題を口にした。一成はいつも通りの調子に戻って「だいじょぶだよん!」と力強く答える。
「いつもは全然人いない感じなんだけど、新年にはちゃんと神主さんとか来て色んな行事やるからおけまる!」
オッケーサインを示す一成は、関係者からきちんと話を聞いていて、初詣が可能かどうかの確認も取っているらしい。一成は何てことない調子で言葉を続ける。
「参拝の人もあんまりいないし、来るとしても近所のおじいちゃんとおばあちゃんがメインなんだって。朝早くからは来るけど、夜は誰も来ないから、テンテンが行っても平気だと思うよん!」
だから天馬は何も心配しなくてもいいのだ、といった様子で告げる一成は屈託がない。
天馬と出掛ける際には、人目を考慮しなくてはならないことが多々ある。本来ならば要らない労力のはずだ。
しかし、一成は当然のように、天馬が無事に初詣を終えられるかどうかを考えてくれる。その事実が天馬にはくすぐったいし、同時に嬉しいとも思う。
もう一度感謝を告げると、一成がくしゃりと笑った。心臓が跳ねるのと同時に鐘の音が聞こえて、天馬は内心で苦笑を浮かべるしかない。煩悩とやらが全く払えていない事実を認識してしまったからだ。
「あ、ちっちゃいけど結構歴史はあるところなんだよん! だからご利益もバッチリ!」
ぱっと明るく笑った一成は言って、「おみくじ引かなきゃねん」と続ける。ウキウキとした口調と同じで足取りは軽やかだ。
「お参りしたらおみくじ引いてさ。境内で甘酒配ってるっぽいからちょっと飲んで帰ろっか!」
そういえば、結局温かい飲み物を買えなかったな、と天馬は思う。幸い三角のカイロで暖は取れているけれど、日付が変わる前には神社に到着している予定だったのに、気づけば0時まで5分を切っていたから慌てて出るしかなかったのだ。
「甘酒か。昔ロケで飲んだことあったけど、あんまり美味しくなかったんだよな。臣さんが作ったのは美味しかったけど」
「おみみが作れば何でも美味しいからねん! アレンジ効いてるのもめっちゃ美味しかったし」
「確かにな。まあでも、いい機会だから飲んでみてもいいかもな」
「だよねん!」
天馬の乗り気な答えに、一成が嬉しそうにうなずいた。以前ロケに行った時は美味しい飲み物だとは思えなかったけれど、今日なら美味しいと思えるかもしれない、と天馬は思う。
何もかもが特別な意味を持つような日なのだ。そんな時に口にするのならば、今までとは違った味わいを持つのではないかと思えた。
「お参り終わったら、もう一回さっきのコンビニ寄って色々買わなきゃだねん」
「結局、買うもの大して決まってなくないか」
「まねー。でも何となく絞り込めたし……あと、普通にお腹空いちった」
あっけらかんと一成が言って、「この時間帯って何か食べたくなるんだよねん」と続ける。
からあげがいいか、肉まんがいいか、それとも逆にアイスとか、なんて言っているので「アイスは腹にたまらないだろ」と答えると一成は何だかひどく面白そうに笑っている。
それから、いくつかくだらない話をしていると、一成が唐突に立ちどまった。どうしたのか、と天馬も足を止めると一成はごそごそとポケットのスマートフォンを取り出す。
スリープモードを解除して画面を数秒見つめていたかと思うと、華やかな笑顔とともに言った。スマートフォンの画面を天馬へ見せて。
「日付変わってた!」
一成が向けたスマートフォンには大きく時刻が表示されている。「0:03」を示すとともに、その下には1月1日の文字。日付が変わり、年を越したことを示していた。
「神社にいるはずだったのに、結局着いてないし!」
面白そうに言った一成は、周囲を見渡す。
至って普通の住宅街が広がっていて、神社の姿はどこにも見えない。周りはありふれた住宅街で、誰の住居かもわからない一般住宅の前で、二人は年を越したことになる。
「そういえば鐘の音聞こえないなーって思ってたんだよねん」
二人で何でもない話をしている間にも、鐘の音は聞こえていた。近くにあるという大きな寺が鳴らしている除夜の鐘だろう。
天馬はあまり気にしていなかったけれど、一成は音が聞こえなくなったことに気づいて、スマートフォンで時間を確認したのだ。すると、時刻はすでに0時を過ぎていて新年になっていたことを知った。
「神社じゃなくて路上になっちゃったねん」
本当なら神社で新年を迎えるはずだったのに、蓋を開ければ単なる路上である。一成が何だか少し申し訳なさそうな空気を漂わせているのは、計画通りには行かなかったからだろう。
しかし、声の端々には面白がるような雰囲気がにじんでいるのも事実だった。
「――まあ、何かそれはそれで思い出にはなるだろ」
答える天馬の口元に浮かぶ笑みは、一成の声ににじんだものと同じだった。
本当なら、ちゃんと神社にいるはずだったし、計画通りに進まなかったのは事実だ。
一成はこういったアクシデントも面白がる性質だけれど、天馬は決まった通りに進まないと何だか落ち着かない気持ちになる。だから、あまり好ましくない事態とは言えた。
天馬ならそう思うことを理解しているから、一成は申し訳なさそうな空気を漂わせていたに違いない。ただ、同時に理解もしていたのだ。確かに、普段の天馬なら不機嫌になったかもしれないけれど、今の天馬は違うのだと。
「うん。二人で路上で年越したな~って思うと面白いよねん!」
一成は楽しそうに言った。天馬に宿るのは不機嫌さではなく、この予想外の成り行きを面白がっているのだと理解しているからこそ。
確かに計画通りには行かなかった。神社には辿り着かなくて、何の変哲もない住宅街で年を越した。だけれどそれは決して不快な記憶にはならないだろう、と天馬は思っている。
たとえ計画通りに行かなくたって、何だかそれすら笑ってしまいたいような気持ちになるのだ。心が思わず弾んでしまうような、くすぐったくなるような。
そんな気持ちになるのはきっと、誰と一緒にいたのかという記憶が、何よりも強い意味を持つからだ。
「そだ、ちゃんと挨拶してなかったねん! あけましておめでとうございます」
はっとした顔をした一成が、やけに神妙な顔をして深々頭を下げる。天馬はぱちり、とまばたきをしてから一つ咳払いをする。顔を引き締めて答えた。
「ああ、あけましておめでとう。――その、今年もよろしくな」
最後の言葉は、真面目な雰囲気がくずれてやわらかくなる。
去年もたくさん同じ時間を過ごしたことを知っている。今年も同じくらい、もしかしたらそれよりもっと、共に時間を過ごしたい。あらゆる感情を込めての言葉を、一成は真っ直ぐと受け取る。
「うん。オレのほうこそ、今年もよろしくねん!」
まばゆいほどの光を散らして、一成が答える。ふわふわと、やわらかいものを腕いっぱいに抱きしめるような。嬉しくてたまらないと、あらゆる幸いを知っているような、そんな表情だった。
思わずまばたきをして、天馬はその顔を見つめる。一成はそんな天馬の視線を受け止めつつ、ゆっくり一歩を踏み出す。歌うように言葉をこぼした。
「新年最初の一歩~!」
スキップを踏むような足取りでそんなことを言うので、天馬は呆れた調子で口を開く。唇には苦笑を乗せて、一歩を踏み出しながら。
「そんなこと言ったら、全部が新年初になるだろ」
隣に並んだ天馬が言えば、一成は嬉しそうな笑顔で「そだよん!」と答える。天馬を見つめて、ぴかぴかとした表情で力強く肯定すると、同じくらいに輝きを放つ声で言葉を続けた。
「今日これからの全部は、みんな初めてっしょ。初詣行くのも、夜の道歩いてるのも、テンテンと一緒に出掛けてるのも。あ、今オレ、テンテンって今年初めて言ったんじゃね?」
初テンテン、おめ~!と何だかテンション高く言うので、天馬は思わず「何だよそれ」と笑みをこぼす。
楽しそうな一成に釣られたということもあるけれど、「初めて」という言葉に天馬の心も浮き立ったからだ。
時間の流れが変わったわけでもない。いつもと同じように時計が進んで、0時を回った。たったそれだけなのに、今のこの瞬間だけは、それがこの上もなく特別なことになる。
何もかもが新しく生まれ変わって、目に映る全てに初めての名前をつけてもよくて、その瞬間に隣でいられることを許されている。
ささやかな、だけれど確かに特別な時間なのだと、改めて思い知るとどうにも心が弾んでしまう。
「まあでも、一成の言う通りかもな。今日の全部は、みんな今年初だ」
浮かんだ笑みを消さないままで、天馬がはっきりと言った。一成はほんの少し驚いたような顔をしてから、くすぐったそうな笑みを浮かべる。
けれどそれも一瞬で、すぐに大きな口を開けて、「テンテンの初一成じゃん!」と騒ぐ。カンパニーみんなでいる時のような、イベントごとには率先して取り組む時のような、そういう顔だ。
だけれど、一瞬の微笑が意味するものを天馬は理解しているし、その事実はやっぱり天馬の心を浮き立たせる。
一成、と呼んだ名前に込めたもの。気づかれなくても構わないくらいの、他とは違う響きを一成はきちんと拾い上げる。わずかに浮かんだささやかな微笑が答えで、それを天馬の前で見せてくれることが嬉しい。
静かな道路を二人で歩く。住宅街のあちこちからは光が漏れて、凍える夜を照らしている。
普段と変わらない冬の夜も、今だけは特別な時間だ。きっと色んなところで「おめでとう」という言葉を口にして、新しい年を迎えたことを喜び合っている。
「あ、神社見えてきたよん!」
角を曲がると同時に一成が声を上げる。見れば、住宅街の一角に立派なヒノキの木と鳥居が突如として現れる。
提灯がぶら下がり、鳥居にはしめ縄が結ばれている。ゆるやかな坂を登ったところにあり、石畳が真っ直ぐと延びていた。
小さな神社だというから寂れた雰囲気でもあるかと思ったけれど、そんなことはなかった。
提灯の明かりは確かな光を灯しているし、境内にはのぼりがいくつかはためき、簡易テントも張られている。新年のための準備が整えられていることは一目瞭然だった。
「新年初の神社だねん!」
「初詣なんだからそれはそうだろ」
天馬のもっともなツッコミに、一成は声を弾けさせて笑う。楽しそうな顔に、天馬の気持ちもふわふわと軽くなる。一成はいっそう笑みを深めて、「それじゃ、テンテンの初・初詣行こっか!」と告げた。
別に初詣に行ったことがないわけじゃない、とか。初・初詣ってなんだよ、とか。
そういうことを言おうと思ったけれど、天馬の口から言葉がこぼれ落ちることはなかった。それは、一成の笑顔を真正面から受け取ったら、どんな言葉も声になる前に溶けてしまったからだ。
きらきらとした光を宿して、真っ直ぐと天馬を見つめて一成は言う。普段の明るい笑顔に似ているけれど、奥底に宿るものが何であるかを天馬は知っている。一成も、天馬が知っていることに気づいている。
お互い何も言わなかったけれど、一緒にこの夜を過ごそうと約束した時点でわかっていたのだ。誰が来るのかとか、他のカンパニーメンバーや夏組に話をしたのか、なんて聞かなかった時点で。
0時を過ぎれば、新しい年を迎える。一年に一度だけ訪れる、ささやかで特別な瞬間。いつもと変わらず時間が過ぎるだけなのに、今日この時だけは、何もかもに新しい意味をつけられる。だからそれなら、と思ったのだ。
「――そうだな」
一成の言葉に、天馬は丁寧にうなずいた。唇に浮かぶ笑みはきっと、一成と同じ種類のものだ。
新しい年が始まる。何かが劇的に変わるわけでもなければ、全てが塗り替えられていくわけでもない。
それでも、今日を区切りに何もかもが新しくなるというのなら。全てに初めての名前をつけていくことができるというなら。二人は確かに同じ気持ちで思ったのだ。
新しい年だ。初めて顔を合わせて初めて言葉を交わして、初めての瞬間を分かち合うのなら。
初めては全部、目の前のたった一人がいい。
END
年末年始のてんかずチャレンジ。ちゃんと1/1に投稿できました