mellow my room
フリーランスに正月休みはない。
というわけではないものの、一成は年末年始も忙しく働いていた。一月に納品予定の日本画制作が大詰めを迎えていたからだ。自宅兼アトリエの一室で、一心にキャンバスへ向き合って筆を握っていたら、気づいた時には年が明けていた。
新年を祝うメッセージに返事をしたあとは、再び制作に戻る。元旦らしいことも特にせず、三が日もずっとその調子だった。付き合いのあるデザイン会社へは、仕事始めのタイミングで挨拶はしたものの、それ以外はひたすら絵に没頭していた。
他の仕事は入れていないし、周囲の人間には事前にこもりきりになることは伝えてある。一成の邪魔をしないよう、自宅を訪れる人間もいなかったので、思う存分絵を描くことができた。おかげで満足いく絵が完成したのだ。
(年明けた実感ないのに、もう一週間経ってるとか不思議な感じ)
ソファに座ってコーヒーを飲む一成は、スマートフォンの日付を見てしみじみと思う。
一月七日という表示を疑っているわけではないけれど、どうにも自分の感覚としっくり来ない。年末からずっと絵を描いていたから、何だか未だに年が明けた気がしないのだ。まだ去年の続きを生きているようだった。
(感覚戻していかないとねん)
絵を完成させた時はぼろぼろと言っていいありさまだった。ひとまず睡眠を取り、簡単な食事をして、お風呂に入ってようやく人心地ついた。完全にリラックスモードへチェンジして、部屋着に眼鏡という出で立ちである。
それから、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、SNSなどの巡回を始めたのだ。ちょっと目を離した隙に、世間の情報は目まぐるしく変わっていくので、流れに追いつく必要がある。
最新情報をチェックしてから、自身のアカウントにも制作明けである旨を投稿した。瞬く間にコメントやええながついていく様子を一通り確認して、一成はスマートフォンから視線を転じた。
(ちょっと遅れちゃったけど、お正月気分も味わいたいし!)
視線の先は、リビングに設置されたテレビ画面だった。録画しておいた正月番組で、モニターの中では紅白幕を背景に和装のタレントたちが明るい笑顔を浮かべており、にぎやかな声が響く。
リアルタイムで視聴できないことはわかっていたので、こうして録画を再生しているのだ。自身が出演した番組の出来を確認するという意味合いもあるけれど、大半は純粋に見たくて録画している。
(これは生放送で見たかったな~。テンテン相変わらず面白いもん)
マグカップを傾けた一成は、感心した気持ちでテレビ画面を見つめている。
映っているのは、オレンジ色の髪もあざやかな見知った顔。実力派俳優としてだけではなく、バラエティーでも活躍している天馬である。
ドラマ以外の番組にも積極的に出演するようになってから、面白いキャラクターであることが周知されるようになり、すっかり定番とも言える存在になっていた。
天馬の持つ派手なオーラは正月にもふさわしいだろうし、誠実さと純粋さを併せ持つ性格は、人の心を明るくする笑いを連れてくる。新年の顔としてぴったりだよねん、と一成は思っていた。
結果として、正月ドラマの番宣としてだけではなく、様々な番組に呼ばれているのだ。正月中も相変わらず、芸能人皇天馬が多忙であることは充分承知していた。
(でも、ひとまず一段落はついたみたいでよかった)
テレビ画面の中から、再び手元のスマートフォンへ視線を向ける。画面にはLIMEのやり取りが表示されており、相手は天馬だ。日付は今日の昼頃で、一成の自宅を訪れる旨のメッセージが届いていた。
天馬も一成も、自身の活動が多忙になったことからMANKAI寮を出ている。お互いの家はそこまで近い距離ではないものの、時折天馬は一成の自宅を訪れる。制作に没頭すると寝食を忘れがちの一成を心配して、ということもあるけれど。
(久しぶりに会えるのめっちゃ楽しみ!)
待ってるよん、と送った自分のメッセージと、そこについた既読の文字に一成の唇は自然とゆるむ。浮き立つような気持ちになるのは仕方ない。
天馬が来訪を告げた時間は、もうそろそろだ。遅くなる場合は連絡があるし、それがないということはいつ訪れてもおかしくない。
そわそわとした気持ちでいると、玄関のチャイムが鳴った。勢いよく椅子から立ち上がった一成は、走って玄関に向かい扉を勢いよく開け放つ。
するとそこには、薄いグレーのシャツにジャケット、スラックス姿の天馬が立っていた。
勢いよく開いた扉と足音で、走ってきたことを察したらしく、天馬は目を瞬かせている。ただ、すぐ唇に笑みを浮かべると「別に走ってこなくていいだろ」と言って、部屋に一歩踏み入った。
「テンテンに会いたかったんだもん、走っちゃうじゃん!?」
慣れた様子で、後ろ手で玄関の鍵を掛ける天馬に向かって言い放つ。リビングから玄関まで大した距離じゃなくたって、それすらもどかしいのは当然だ。
一成は浮き立つ気持ちのまま、イタズラっぽい笑みをいっぱいに広げて言った。
「いらっしゃい、ダーリン!」
言葉と同時に抱き着けば、天馬は両腕を広げて抱き留めてくれた。
******
二人が恋人同士として付き合い始めたのは、一成が寮を出た頃のことだ。
今生の別れというわけではないし、これからもちょくちょく顔を見せるつもりではあった。ただ、今までのようにいつでも顔を合わせられる関係でなくなることは確かだった。だから、一成はいい機会だと思って天馬に思いを告げた。
薄々察してはいたのだ。一成はもともと人の顔色を読むことが得意だったし、天馬はよく言えば素直で悪く言えば単純、思っていることが顔に出やすい。だから気づいてはいた。――テンテン、オレのこと好きなんじゃね?
友人として好意を持たれていることは確信していた。夏組の一人として、特別な位置に自分がいることは単なる事実でしかない。だけれど、そのどれとも違った感情が恐らく向けられていることに、一成は気づいていた。
ただ、察していることを悟られないようにすることだって一成は得意だったから、それまでと何一つ変わらない態度で天馬に接していた。
あくまでも友人としての顔を保ちながら、天馬の気持ちを確かめる日々はくすぐったくて、心地よくもあった。だって一成は、ずっと天馬に片思いをしていた。
天馬の態度がそれとなく変わるよりも前。一成のことを友人だとしか思っていなかった頃から、天馬に対して特別な気持ちを抱き続けてきた。だからこそ、天馬の小さな変化にだって気づいたのだろう。
恐らくどちらかが一歩踏み出せば、二人の関係には別の名前が与えられる。わかっていたけれど、天馬が踏み込んでこないので曖昧なままずっと日々を過ごしていた。
特別な気持ちを抱いてはいても、恋人としての関係は望んでいないのかも、とか。友達というものをことさら大事にする人だから、その関係を壊すようでためらっているのかも、とか。
いずれ天馬が新しい関係を望むまでは待っていようかと、一成も思っていたのだけれど。
あまりにも長い時間が経ちすぎて、さすがにこの辺りでケリをつけよう、と一成は思ったのだ。
この頃になってくると、もしかしてオレの勘違いかも?という疑いさえ持ち始めていたのは仕方ない。ただ、一成自身の気持ちは何一つ変わらなかったし、たとえ勘違いでも友人関係が壊れることはないだろう、という確信はあった。
なので、今までの環境が変わるのはいいきっかけだ、と思ったのだ。どんな返事だったところで、寮を出てしまえばお互い気まずい思いをしなくて済む、という目算もあった。
そういうわけで、引越しの手伝いをしてくれていた天馬に思いを告げれば、天馬は三秒くらい呆気に取られたあと、苦悩に満ちた表情で呻いていた。
それから「オレから言おうと思ってたんだぞ」と恨みがましく言われたけれど、一成は未だに思う。これは絶対にオレ悪くない。
ただまあ、その後天馬はあらためて「一成のことが好きだ」と言ってくれたし、恋人としての関係をスタートすることになったのだ。
ちなみに、この辺りは寮内で盛大にやらかしたおかげで、カンパニー全員にバレている。「やっとくっついたか」「長かったね」やら言われて天馬は目を白黒させていたけれど、一成は「それもそうだよねん」と思っていたので、特に驚きはない。
その後しばらくして、天馬も仕事の関係から寮を出ることになった。顔を合わせる機会が減っちゃうかなぁ、と一成は密かにしょんぼりしていたのだけれど。
それを察していたのか、天馬は真剣な顔で一成に合鍵を預けてくれた。「いつでも来ていい」という言葉は天馬の本心だとわかったし、一成も同じ気持ちだったから自分の家の合鍵を渡した。
だから、二人は時間を見つけては互いの家を訪れる。
夏組の友人として、という側面がないわけではないけれど。いつもの見慣れた部屋に天馬が、一成が、一人でやって来る。その時二人の間に流れるのは、恋人としての甘くてまろやかな時間だった。
「これ録画してたのか」
「そそ。リアタイできそうになかったけど、テンテンの雄姿はばっちり見たいじゃん?」
「そんなに面白いこと言ってるつもりはないぞ」
「まあ、テンテンの場合計算なしが一番面白いかんね」
リビングに入ると、点けっぱなしだったテレビに気づいて天馬が言う。自分の仕事はきっちり把握しているので、どの番組なのかはすぐにわかるのだろう。
一成はからからと笑いながらリモコンを操作して再生を停止すると、テレビを消した。録画なのであとでも見られるし、今は目の前の天馬との時間を大切にしたい。
にぎやかな音が消えて、リビングは途端にしんとした静けさに包まれる。天馬は持っていた荷物をダイニングテーブルへ置くと、一成へ視線を向ける。
「ずいぶん忙しそうだっただろ。体調崩してないか心配だった」
「ちょうど年末年始が大詰めでさ。でも、テンテンだって大忙しだったじゃん」
「まあ、正月なんて稼ぎ時みたいなものだからな」
「まね~。年末年始休暇とか存在しないかんね、オレら」
天馬も一成も、一般的な会社員という身分ではない。定められた休暇がないので、年末年始だろうと働こうと思えば無限に働くことができる。
何より、娯楽を提供するという立場であるから、多くの人たちが休暇を過ごす時こそ働き時とも言えた。
「いっぱいテンテン見られるから嬉しいよん! お正月の番組、いろいろ録画してるんだよねん。正月ドラマもテンテンのアクション見られるの楽しみ!」
「ああ。あれは雄三さんにもだいぶアドバイスももらったし、いい出来だと思うぞ」
自慢げに胸を張る様子に、一成の唇には笑みが浮かんだ。こんな風に、自分の演技に真剣で、誇りに思っている天馬を見るのが一成は好きだった。
「一成も正月の特番何個か出てたよな。収録だっていうのはわかってたけど、顔見られて嬉しかった」
そういえば、という顔で天馬が口を開く。お互い忙しいし一成はこもって絵を描くと言っていたから、会うこともできなかった。そんな時に、テレビとは言え一成の顔が見られて心が弾んだのだ。
天馬の素直な物言いに、一成の表情はやわらかく溶ける。
「オレも、絵描き終わってお正月番組見よ~って録画したやつ見てたけどさ。テンテンの顔見られて嬉しかったよん!」
明るい声ではあるけれど、声の端々にとろけるような響きがにじむ。真っ直ぐと向けられる好意が、嬉しいと伝えてくれる事実が、一成の胸をどうにも甘くくすぐるのだ。
それを受け取る天馬も照れくさそうに唇に笑みを刻んだ。
子供のようなあどけない笑顔に、一成の心臓は大きく脈打つ。大人としての落ち着きを持つ、いつもの天馬も一成は大好きだけれど。こんな風に、どこまでも純粋な少年みたいな表情も、一成の胸を高鳴らせるには充分だった。
ドキドキしながら見つめていると、天馬は、はたと気づいた、という表情を浮かべた。
「そういえば、お前ちゃんと食べてるのか。昔よりマシになったのは知ってるが」
そう言うと、天馬はダイニングテーブルに置いた紙袋を開いた。一成は「一応食べてたよん」と答える。
寮を出たばかりの頃、空腹も感じなかったので何も食べないでいたところ倒れた前科があるので、さすがに何かは腹に収めるようになった。
なので、食べているかどうかという点についてはイエスと答えられる。ちゃんと、という点にはいささか疑問符がつくけれど。
「こっちに来る前、寮に寄ったんだよ。そしたら、これ持っていけっていろいろ持たされた」
「なる~! テンテン、何こんなに持ってきたのかと思ったんだよねん」
納得する一成の前に、天馬は次々と紙袋から品物を取り出す。スープジャーやらタッパーやら、レトルト食品やら林檎や蜜柑の果物やら有名どころの菓子やらが出てきて山と積まれていくので。一成は思わず言った。
「……多くね?」
「ロクに食べてないだろって全員言ってたからな」
「オレ信用ない!」
「今までの行動を顧みろ」
「最近は食べてるじゃん! 倒れてないし!」
「それは最低ラインなんだよな。ちゃんと食えってことだよ」
白い歯をこぼして笑う天馬は、イタズラを成功させたような雰囲気を漂わせている。
新年のMANKAI寮には、入れ替わり立ち替わり人が訪れる。天馬と一成以外の寮を出たメンバーも、この機会に集って盛大な飲み会が開催される。
スケジュールの都合上、三が日に訪れることができなかった団員も、松の内にはやって来ることが多い。その中で、唯一顔を見せなかったのが一成だったのだ。
事前に連絡はされていたから、絵を描くために引きこもっていることは知っている。なので、寮へ来られないことを残念に思うものの、仕方ないとは言えた。
ただ、一成の様子を誰かが見に行くべきなのでは、なんて話になっていたのだ。そんな時に天馬が新年の挨拶のために訪れて、これから一成の家へ行くと聞かされればデリバリーよろしく荷物を持たされるのは自然な流れだった。
「生ものはさすがに避けたんだぞ。酒も持っていけって言われたけど、それは寮で飲むだろうから断った。一段落ついたら、寮に顔出すだろ」
「その予定~。来週納品だからその後になると思うけど」
「だよな。だから、日持ちしそうなもの中心にした。あと、こっちは今のお前にはちょうどいいだろって」
言いながら示したのは、大き目のスープジャーだった。何だろう、と思っていると面白そうな顔で天馬は言う。一成からはサプライズを仕掛けられてばかりなので、知らないことを教えられるのが楽しいらしい。
「寮に行ったら、今日は一月七日だからってみんなで七草粥作ってたんだよ。どうせお前はロクに食べてないから、消化にいいものから腹に収めた方がいい。それなら、七草粥はちょうどいいだろって持たせてくれた」
天馬の言葉に、一成は目を瞬かせる。今日が一月七日であることも、七草粥の存在も認識はしていたけれど、目の前に現れるとは思っていなかったのだ。
ただ、すぐに納得はした。寮では気づいたら何かのイベントが始まっていることが多かった。季節の行事には敏感だったし、むしろ一成が率先して取り組んでいたくらいだ。
そういえば、寮にいる間だって七草粥を作ろうと材料を探しに行ったこともあったし、自分たちのオリジナル七草粥を作ろうと各自で七つの野菜を集めるなんてこともしていたな、と思い出す。
思い出に分類される記憶であることはわかっていたけれど、脳裏へよみがえるものはあまりにもあざやかだった。MANKAIカンパニーで過ごした日々は、いつになっても一成にとってはきらきらと輝いているのだ。
あらためてそれを思い知る一成は、感無量といった気持ちで言った。心からの思いを込めて。
「みんなも、テンテンもマジでありがとねん! 日付の感覚曖昧だったから、余計に何かこういうの嬉しい!」
年が明けたという気もしないまま、新しい年を迎えていた。だからこそ、季節の節目となる日を感じられる出来事がありがたかった。
持ってきてくれた七草粥は、一日一日を大切に慈しむ、MANKAIカンパニーらしい贈り物でもあるのだろう。
「それに、今オレの家ほとんど何もないから助かっちゃった」
冗談めかして続いた言葉は、純然たる事実だった。冷蔵庫はすっからかんで、夕食の買い物に行かなくちゃなぁ、と思っていたのだけれど、この分なら外出しなくても済みそうだった。
天馬は「そうだろうな」とうなずいているし、もしかしたら何も持たさなければ買い物をしてきてくれた可能性もあるな、と一成は思う。
最近のテンテン、そういうところ気づいてくれるし、たぶん夕食は食べていくはずだし。そう思ったところで、一成は口を開く。
「あれ、テンテン夕飯食べてくんでいいんだよね?」
当然のようにそう思っていたけれど、もしかしたら他に用事があるかもしれない、と思っての質問だ。時間的にはまだ夕方なので、食事には早い時間帯である。荷物を届けたら自宅に帰る、という選択肢もあるのだ。
しかし、天馬は「ああ、そのつもりだ」と答えるので、一成は「よかった~!」と笑顔を浮かべる。天馬も一瞬唇に笑みを刻むものの、すぐに表情を曇らせて言う。
「ただ、明日は出が早いから、夕飯食べたら帰るつもりだ。お前絶対起きるだろ」
「テンテンお見送りしたいかんね」
「気持ちは嬉しい。だけど、睡眠時間足りてないんだからちゃんと寝ろ」
そう言って手を伸ばすと、くしゃりと頭を撫でる。一成は冗談めかして「ええ~」と唇を尖らせるけれど、天馬の言葉に異を唱えるつもりはなかった。
一成の体調を慮って言ってくれたことはわかっていた。それに、井川の迎えは天馬の家に来る。一成の自宅に泊まるとなると、天馬の家までの移動時間が追加されるので、ただでさえ早い出の時間がさらに早くなってしまう。それは一成の本意ではないので、素直に天馬の言葉にうなずいた。
「せっかくの七草粥だしねん。体に悪いことはしない方がいいっしょ。無病息災!」
「一成は余計に噛みしめて食べた方がいいんじゃないか。生活が不規則だからな」
「テンテンだって、別に規則正しくはなくね?」
無茶な撮影スケジュールに臨むことは多々あるのが、お互いの生活である。なのでそう指摘したけれど、天馬は涼しい顔だ。
「否定はしないけどな。でもオレは一成より体力はある。相変わらず細いんだから、無病息災は一成の方が切実だろ」
「それはそうかもだけどさ~」
一成自身筋肉がつきにくい体質ということもあるけれど、筋トレが趣味という目の前の人間が比較対象だと分が悪い、と一成は思う。若干恨みがましい目を向けると、天馬は楽しそうに笑い声を弾けさせた。
その様子に、一成も思わず笑ってしまう。結局の所、天馬が笑ってくれれば一成だって嬉しくなってしまうのだ。
「そういえばさ、テンテン七草粥が何かって知ってる?」
思いついた、という顔で一成は問いかける。天馬はこういった雑学があまり得意ではないことは知っていたので、ちょっとばかりのからかいの気持ちも込めて。しかし、天馬はあっさりと言った。
「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ」
「え、正解じゃん! どしたのテンテン。最近クイズ番組出てたっけ?」
「絶対お前に聞かれると思ったから調べた」
ニヤリと笑みを浮かべる天馬は、何だかちょっとばかり誇らしげだ。一成に聞かれることを想定して調べたうえ、ちゃんと覚えたのだろう。その様子を想像した一成は、心底思う。テンテン、めっちゃかわいいな。
ときめきに満たされた胸はふわふわと軽い。同時に、何だか無性に心が弾んでしまって、その気持ちのまま、一成は笑顔で口を開く。
「さすがテンテンだねん! それじゃ、今ホトケノザって呼ばれてる植物は七草じゃない、とか知ってた?」
「は!?」
「あのね、今一般的にホトケノザって呼ばれてるのは食用じゃないから、あんまり美味しくないんだって。春の七草のホトケノザは、コオニタビラコってやつだよん」
以前読んだ本で仕入れた知識である。せっかくなので天馬に教えたいな、と思って口にすると、天馬はまじまじと一成を見つめて言った。本当に心からといった調子で。
「お前、やたらと物知ってるよな……」
悔しいとかそういう雰囲気も一切なく、感心してくれるので。そういうところ、テンテンのめっちゃいいところだよねん、と一成は満面の笑みで思っていた。