「いただきます」のその前に



 お弁当の蓋を恐る恐る開けた天馬は、ほっと息を吐く。中に広がるのは、鮭の切り身を中心としたオーソドックスな和風弁当だった。

 今朝、弁当箱を手渡した一成はぴかぴかの笑顔で、「期待しててよねん!」と言っていた。
 人の嫌がることをするような人間でないと知っているが、サプライズを仕掛けるのも大好きな人種である。くわえて、天馬をからかうことにも熱心なので、何かとんでもない奇天烈な弁当を持たされる可能性はあった。
 大学の昼休みという時間帯だ。葉星大学先輩陣に教えられた、穴場の休憩スポットとはいえ人がいないわけではない。他の場所に比べれば人数は少なくても、隣の机では学生たちが和気あいあいと昼ご飯を広げている。

 いつもなら誰かと昼食を共にすることが多い天馬も、今日は一人きりだ。カンパニーの葉大生組や、クラスメイトはそれぞれ用事があるということで、時間が合わなかった。
 誰かがいる場合は、遠慮してか声を掛けられることは少ない。ただ、一人で行動しているとなると、若干ハードルが下がるのかもしれない。声を掛けられる機会は少し増えるのだ。
 もちろん、芸能人として対応することはやぶさかではないし、ファンサービスの一環なのだから快く答えている。
 しかし、そんな時に奇妙奇天烈な弁当を目撃されることは避けたい。イメージと違う程度ならまだしも、そこから妙な尾ひれがついて噂が広まる、なんてことも考えられるのだ。
 なので、万が一の場合は周囲の目を気にしながら弁当を食べる必要がある、と思ってはいた。
 もっとも、食べられないものを詰めるようなことはしない、という信頼はある。一成のことなので、食べ物を粗末にすることは決してしないし、天馬の不利益になるようなことも選ばないだろう。
 ただ、それはそれとして、奇抜な見た目を追求しているかもしれない、と覚悟しながら蓋を開いたのだ。

 しかし、現れたのは至って普通の――というより、気合いの入った和風弁当だった。
 二段弁当の上段の箱。メインになるのは、大きな鮭の切り身。ふっくらと肉厚でボリュームがある。つけあわせはアスパラガスで、鮭のオレンジと緑のコントラストがあざやかだ。
 さらに、カボチャとレンコンに、精巧な飾り切りがされたニンジンの煮物や、焦げ目一つないきれいな卵焼き、カマボコで作られた白とピンクの花だとかが、色彩豊かに並んでいる。
 それ以外に、ミートボールや小さなエビフライなど、天馬の好みそうな洋食も入っているのは、一成の気遣いなのかもしれない。
 どのメニューも食欲をそそる見た目をしており、一成が丹精を込めて作ったのだとわかる。
 全体的な見栄えも考慮されているのだろう。一つ一つのおかずは弁当箱へバランスよく丁寧に詰められているし、色彩もカラフルだ。
 くわえて、凝った飾りが施されているおかげで、いっそ仕出し弁当にさえ見える出来だ。
 天馬は仕事の関係上、弁当を食べる機会は多い。その際に用意されるものの内、有名料理店の弁当をほうふつさせるのだ。
 元来器用な人間だし、色彩感覚とデザインセンスに優れているので、全てが遺憾なく発揮されるとこうなるのか、と感心しながら天馬は下段の蓋を開く。
 上段にはおかずが入っていたのだ。下段はご飯であると予想はしていた。ただ、単なる白米ではないだろう、と天馬は思ったし、その通りだった。
 下段の弁当箱には花の形をしたご飯が二つ、きれいに収められていた。一つは真ん中に梅干し、もう一つはふりかけを混ぜ込んだようで、オレンジ色をしている。押し型でも使ったのか、どちらもきれいな丸い花弁を持っていた。

(一成らしい弁当だな)

 広げた弁当を見つめる天馬は、しみじみ思う。弁当の一つ一つ、細部に至るまで神経が行き届いていることも、全てにおいてデザインセンスが発揮されていることも、全ては一成の気遣いと芸術性の表れだろう。

(それに、こういうのを用意するのも一成らしいよな)

 ちらり、と目を向けたのは弁当箱と一緒に渡された巾着袋である。
「足りなかったらこっちも食べてねん!」ということで、追加のおにぎりも用意されていたのだ。その時は若干いぶかしんだものの、弁当箱を広げて状況を察した。
 下段に並んでいるのは、きれいな花の形のご飯だ。弁当箱いっぱいに白米を詰め込んだわけではないので、量が足りないかもしれないと思ったのだろう。だから追加として、おにぎりを用意したのだ。
 基本的に明るくハイテンションだし、ノリも軽い。天馬をからかう時は心底楽しそうで、しょっちゅう遊ばれていることは事実だ。
 ただ、同じくらいに天馬は知っている。
 一成がいつでも周りを気にしていること、相手のことを考えた上で行動すること、誰かのために何かをするのが好きなこと。
 ――天馬のためにと、心からの気持ちを込めてこの弁当を用意してくれたこと。